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二階堂合戦記  作者: 犬河兼任
第八章 ズレゆく世界
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1582-1 前夜

〜 第八章 ズレゆく世界 〜


主人公:二階堂盛義 38歳 従五位下 左京亮


正室:南御前 41歳

├当主:二階堂盛隆 21歳 - 正室:甄の方 22歳

│ └嫡孫:麒麟丸 3歳

├次男:二階堂盛行 12歳

└次女:元子 8歳

愛妾:吉次 32歳(懐妊中)

├長女:吉乃 11歳

└三男:久丸 6歳

実弟:大久保資近 30歳 - 正室:彦姫 30歳

├姪:れんみつ 12歳

├姪:だんみつ 7歳

└姪:こいみつ 1歳

養女:阿蛍 21歳 - 婿:前田利益 31歳


義弟:伊達輝宗 38歳 伊達家16代目当主 正四位上 左京大夫 鎮守府将軍

<1582年 1月>


「オギャーオギャー」


 天正九年の暮れ。

 宇都宮城で吉次の出産を見届ける。

 俺にとっては六番目の子供となる。


「吉次、頑張ったな。珠のような男の子よ」


「はい。名前はどうしましょうか」


「そうさの。栄丸にせぬか?」


 史実の二階堂盛義の最後の子供の名は二階堂行栄。

 二階堂家滅亡後に京の聖護院に預けられ、修験者として大成する。

 二十歳の若さで故郷の須賀川に戻って徳善院を建立した、後の行栄僧都である。


 二階堂盛義の亡くなった年に二階堂行栄は誕生している。

 言わば二階堂家の終焉の始まりを象徴する未子であった。


 この子が元服するまで、須賀川二階堂家の滅亡を防ぐ。

 新たなるミッションのスタートだ。






 明けて天正十年の一月。

 正月明け早々、須賀川経由で二戸の九戸政実から書状が届く。

 南部晴政の訃報であった。


 大内定綱と囲炉裏で餅を焼きながら四方山話をしている最中に、その書状を受け取る。


 南部晴政の南部家二十四代目当主としての事蹟を挙げればキリがない。

 三戸系と八戸系に分割していた南部家を統合し、岩手郡に侵攻して戸沢家を角館に追いやり、更に鹿角地方へも勢力を広げる。

 鹿角に攻め寄せる安東愛季の軍勢を何度も撃退し、「三日月が丸くなるまで南部領」と称されるほどの領地を築いていた。

 その偉大な当主を南部家は失った。


 炭を火箸で突きながら大内定綱が呟く。


「南部晴政殿が亡くなりましたか。確か南部の跡取りはまだ年若いと聞きますな」


「うむ。南部晴継はまだ十二歳よ。身辺を固く警備するように、九戸政実には助言せねばなるまい」


 長年嫡男が生まれなかった南部晴政は、かつて甥の石川信直に長女を嫁がせて後継候補としていた。

 しかし、待望の男子である南部晴継の誕生と嫁がせた長女の病死により、石川信直は後継の座から排除される。

 戦国大名への脱皮を図って中央集権化を進める南部晴政を快く思わない南部の一族連中は、そこで密かに石川信直を援護。

 石川信直を御輿に担ぎ上げる機会を待ち続けていた。


 場合によっては南部領は内戦に陥る可能性もある。

 九戸政実宛の手紙をしたためて須賀川の盛隆の元へ送り、三戸への弔問の使者に持たせるよう命じておく。






<1582年 3月>


 仙台に向かう最中に須賀川に立ち寄る。

 四歳になった麒麟丸と久しぶりに対面する。


「麒麟丸、おうおう、大きゅうなったなー。じいじゃぞ」


「おじいちゃま、ごきげんうるわしゅう」


 キリッと挨拶される。

 むぅ、はしゃいでいるこちらが恥ずかしくなってくる反応。


「もうここまで喋れるとは凄いな」


「麒麟丸は本が好きなんです。私が読み聞かせているうちにいろいろ覚えてしまって」


 第二子を妊娠中の甄の方が、はにかみながら教えてくれる。

 

「そうか。麒麟丸は本が好きか。それは良い。じいも本が好きゆえ、宇都宮から届けさせよう」


「あい、ありがとうごじゃいまする」


 麒麟丸、ぺこりとお辞儀。

 か、かわいい。


「おほん。父上。それで今回の仙台行きは南部家の騒動に関する評定への参加、と聞いていたのですが・・・」


 盛隆が俺の後ろに控える面々を紹介するよう促してきた。


「おお、そうよ。新たに家族となった者たちを、改めてお主らや南たちに紹介しようと思うてな」


 既に前田利益は盛隆と戦陣を共にしており今更ではあるが、我が養女として利益の妻となった阿蛍は初お披露目になる。


「前田利益にござる。これは我が妻の阿蛍。夫婦ともども末長くよろしくお願い致す」


「阿蛍にございます。左京亮様の養女として頂いた御恩は、二階堂家への終生のご奉公でお返ししとうございます」


 最近また美しさに磨きがかかった感のある甄の方の対し、前田利益が外面良く挨拶。

 阿蛍も夫のそれに倣う。

 さすがくノ一で如才がない。


「阿蛍は盛隆と同い年なれど早生まれ。頼れる兄と姉が出来た格好だな」


「それは良いのですが父上。そちらは?」


 前田夫妻の横にちょこんと座っている久丸の方を見る盛隆。


「久丸にございます。兄上にはお初にお目にかかります」


 今年七歳になる久丸がハキハキと挨拶。


「吉次に産ませた子よ。唐沢山城の佐野房綱から正式に申し入れがあった。佐野宗綱の遺児である珠姫の婿に久丸を迎えたいとな」


 佐野家ほどの家に婿養子に入れるとなると、こちらも諸々整えねばならない。

 久丸を我が子と認知し、正妻の子として扱わねば佐野家には失礼に当たる。

 佐野家を二階堂家の傘下に組み込み、二階堂家の屋台骨を支える家へと変えていく為には必要な段取りであった。


「はぁー。母上が何と仰せられるか」


 盛隆がため息を吐く。

 うん、それは俺も心配。






 仙台の二階堂屋敷での久丸を巡る南御前とのすったもんだは、次男の盛行と次女のお元が間に入ってくれて丸く収まる。

 盛行はわざわざ久丸の為に、鎮守府で一番強いと噂の鬼庭綱元に碁の相手を頼み込んでくれた。

 お元の方は吉次や吉乃の話を聞きたがり、久丸の話相手を甲斐甲斐しく務めてくれている。

 久丸の件はそれでなぁなぁに出来たのだが。


「また一人、あやつに子を産ませたと聞く」


「すみませんでした」


 そちらの件は平謝りするしかなかった。

 しこたま薙刀の修練に付き合わされる羽目になる。


 ちなみに阿蛍は南御前に大いに気に入られ、仙台に滞在する間、何かと世話を焼かれていた。

 随分と扱いに差があり、かなり悲しい。

 ちょっと涙が出ちゃう。






 仙台城の千畳敷の大広間。

 鎮守府の文武百官が勢揃いだ。

 壮観である。


「いててっ」


「その、大丈夫でござるか?」


 唯一ボコボコな顔で参加の俺を、輝宗殿の側に控える遠藤基信が心配してくる。


「お、おほん。問題ない。始めて頂いて結構」


 濡らした布で額のたんこぶを冷やしつつ、取り繕った澄まし顔で応える。

 格好がつかないこと、この上ない。


 既に隠居扱いの俺が今回呼ばれたのは、かねてから親交が深かった二戸の九戸政実の弁護の為であった。


 助言の甲斐無く、南部晴政の死後一月足らずで南部晴継は暗殺されてしまった。

 月命日の法要の夜の犯行である。

 ただ史実と異なり、警備に付いていた九戸の郎党が下手人の拘束に成功。

 厳しい拷問の末、石川信直の手の者の仕業であることが明らかになっている。


 九戸政実は石川信直の身柄の引き渡しを要求するも、石川一派は濡れ衣であると激しく反発。

 逆に石川一派は、九戸政実が弟の実親に南部当主の座を与えようと画策したと喧伝し、南部家は内戦状態に突入していた。

 その隙に高水寺城主の斯波詮直が兵を最上義光に預け、鎮守府に無断で岩手郡の奪還に動いている。


 この陸奥北部の争乱を、如何に手早く鎮めるかが本日の議題である。

 遠藤基信の合図によって、皆が活発に発言し出す。


「下越の新発田重家への支援は上手く運んでいると言うのに、なんとも厄介な話でござるな」


「実際問題血筋の面から見ると、石川信直が後継としては最も相応しいのではないか」


「しかし、石川信直は南部晴継を殺めた当人でござるぞ」


「それは真実かどうかまだ分からん。九戸政実の言い分でござろう」


「その九戸政実は、実弟の実親こそが南部家次期当主に相応しいと主張しているようだが」


「うむ。九戸実親には南部晴政の娘が嫁いでおる」


「だが、その正室との間には男子がいないと言うではないか。そこが弱い」


 侃々諤々だ。


「さて、左京亮様は如何お考えか」


 頃合いを見て、司会役の遠藤基信に話を振られる。

 皆がピタリと口を閉じ、固唾を飲む。


「まずは鎮守府として石川、九戸、斯波に惣無事令を発動し、これ以上戦さの火の手を広げぬよう命令しましょう。そして南部晴継殺害犯と南部家の家督相続と岩手郡の国割の三点について、鎮守府が追って詮議する為、各々の当主に仙台まで出頭するように要請なさいませ」


「手緩い!三家とも一気に攻め潰してしまえば良かろうっ」


 求められるままに意見を開陳すると、対面の政宗が独眼をギラつかせて吠えてくる。

 政宗ももう十六歳。

 だいぶ迫力も出てきた。


 その覇気は好ましいが、まだまだ青々しい。

 さてどう説得するか。


「ご注進!ご注進にござる!」


 緊迫を打ち破って政宗側近の片倉景綱が大広間に転がり込んできた。


「評定中ぞ、何事ぞ!」


 鬼庭左月が一喝。

 しかし片倉景綱は止まらない。


「信濃の木曽義昌、武田方から離反!これを受けて織田信長、甲州征伐を宣言致しました!その兵の数、公称十万!」


 どよめく大評定。


 始まったか。

 南部どころではなくなったな。


 急ぎ宇都宮に戻らねば。






<1582年 5月>


 武田家が滅ぶ。

 随分と呆気ない最期であった。


 折悪く浅間山が噴火して武田領は混乱。

 さらに武田勝頼と婚姻同盟中の上杉景勝も、身動きが取れない状況にあった。

 柴田勝家率いる織田勢の越中侵攻が激化する中、揚北で独立した新発田重家の討伐にも失敗。

 領土の西と東で二正面作戦を強いられ、とてものことだが信濃まで手が回らない。


 天にも味方にも見放された武田家が甲斐源氏の気概を唯一発露したのは、武田信玄五男の仁科盛信が守る高遠城の戦いのみとなる。

 織田信忠率いる三万の甲州征伐先遣隊を、仁科盛信は三千の手勢で信濃高遠城で待ち受けた。

 奇しくも両将は二十六歳と同い年であり、仁科盛信の妹の松姫は織田信忠の形式上の正室であった。

 高天神城同様に武田勝頼の後詰めも無く、高遠城は激戦の末に僅か一日で落城。

 籠っていた武田兵は、奮闘虚しく城将の仁科盛信ともども全滅する。


 この高遠城の敗戦で武田家の崩壊は決定的となる。

 親族筆頭の穴山梅雪の裏切りで駿河も失った武田勝頼は、重い労役を課してせっかく作った新府城を投げ捨て、岩殿城に退こうとする。

 しかし、小山田信茂に裏切られて天目山に追い込まれ、嫡男信勝や北条夫人と共に自刃した。


 あれほどの威勢を誇っていた武田家がわずか一ヶ月ばかりで消滅してしまう。

 武田信玄の死から九年足らずの滅亡である。

 四ヵ国に跨がる武田家の遺領は、織田家の諸将と徳川家康によって分配された。


 信濃は森長可らと本領安堵の木曽義昌。

 甲斐は河尻秀隆と本領安堵の穴山梅雪。

 駿河は徳川家康。

 そして上野には滝川一益が入る。


 滝川一益は織田家の宿老の一人であり、織田信長から関東御取次役を任されている。

 織田信長の威勢を畏れた真田昌幸を始めとする旧武田方の上州勢は、ことごとく自らの城を明け渡して滝川一益の配下に入った。

 沼田城、松井田城、箕輪城、厩橋城など、上州の主要な城郭は全て滝川一益の持ち城となる。

 北条氏政も織田家の甲州征伐の陰で上州を狙っていたが、出る幕は何処にも無かった。






 武田家がどうなろうと、我が二階堂家のすべき仕事は変わらない。

 宇都宮城に人夫を集め、第二期工事に仕掛かる。


 大手門の普請の指揮を自ら取っていると、前田利益が巨馬に跨って工事現場にやって来た。


「義父殿、上州からの書状に(そうろ)う」


 最近は壬生城を抜け出してフラフラ何処かに赴いていると聞いていたが。

 滝川一益に会っていたようだ。


 前田利益の実母は滝川一益の姪であった。

 夫を戦場で亡くして前田利久に再嫁し、この時の連れ子が前田利益である。

 前田利久の実子ではなかった為、主君の織田信長の命令で前田利家に荒子城を明け渡すはめになる。

 その後、前田利益は母の実家の滝川一族の元に戻り、長篠の戦いまで陣借りして生計を立てていたと聞く。


 書状を受け取り、中身を確認する。


「ほぅ。厩橋城で能興行とな」


 織田家の関東入りを記念しての関東御取次役主催の能興行。

 上州だけでなく関東の諸将にも声掛けしているようだ。

 史実では北条家も馳せ参じていたが、果たしてこの世界線ではどうだろうか。


 書状には興行への招待に加え、その前日に直接会いたいとの要請が記載されていた。


「伯父上は常陸の佐竹と手厚くやり取りをしている模様。いろいろと面倒なことを押し付けて参りましょうなぁ」


 のほほんと重要情報を漏らしてくる前田利益。

 佐竹義重は今、北条氏政に支援された水戸城主の江戸重通退治に難儀している。

 織田家と誼みを通じたとして、どう滝川一益を動かしてくるのか。


「まぁ良かろう。会いたいと言うなら会いに行くまでよ」


 厩橋城に行くとしよう。


 佐久間信盛にも同行してもらおうか迷ったが、話がややこしくなりそうだったので、それはやめておいた。






 厩橋城は後に関東の七名城の一つに数えられる、上州のほぼ真ん中に位置する上州支配の要の城である。

 北条高広が長く城代を務めていたが、今は滝川一益の傘下に入り、織田軍の関東支配の前線基地と化している。


 僅かな供廻りを引き連れ、前田利益に案内されて登城する。

 手土産については、佐久間信栄に滝川一益が好みそうな茶器を聞いて適当に用意した。

 安い茶碗だ。

 ここで財を見せつけても相手の欲を掻き立てるだけで意味はない。


 厩橋城の三ノ丸の屋敷に通される。

 滝川一益の登場を待つ。


 しばらくして謹厳実直そうな老年の男が現れた。

 確か滝川一益はこの年五十八歳だったはず。


 この男が滝川一益か。

 織田信長の配下で数多の戦場で勝利を重ねてきた歴戦の武将である。

 威風堂々であった。


「滝川左近将監一益である。わざわざのご足労かたじけない」


「お初にお目にかかかる。二階堂左京亮盛義にござる」


 官位の位階は同格ゆえ、(へりくだ)りはしない。

 そして俺は鎮守府を代表してこの場にいる。

 滝川一益の背後には織田信長が、俺の背後には伊達輝宗がいるのだ。

 既にここは高度な外交戦の戦場である。


 侮られるわけにはいかなかった。

 





 非公式の会合ということで、上州の諸将の姿は見えない。

 滝川一益の引き連れてきた将は、滝川一族の者たちだけである。


 滝川益氏と滝川益重。

 自分の後ろに控えている前田利益とは当然顔見知りである。

 どちらが前田利益の実母の兄なのだろうか。


 滝川一益が切り出してくる。


「ふむ。そこな利益が左京亮殿の養女を娶ったと聞いた。つまり我ら滝川一族と二階堂家は縁続きというわけだ。その縁を頼りたいのだが如何かな」


「さて、どのようなお話でしょうや」


「来月、下野の宇都宮二荒山神社に儂自ら赴いて、宇都宮伊勢寿丸の元服式を執り行う予定である。ついては宇都宮城の普請を即時に取り止め、下野守の官位と宇都宮城を宇都宮家へ返却して頂きたい」


 そうきたか。


 これは織田信長から突き付けられた踏み絵であった。

 先に臣従を明らかにしていた佐竹義重の要請に応えるものであろう。


 しかし、現場責任者の滝川一益も苦しい立場にある。


 房総の領国化に成功した北条家は、史実と異なって織田家への形ばかりの臣従の姿勢も見せていない。

 そして水戸城主の江戸重通と連携し、常陸の対佐竹戦線も巻き返し始めている。


 ここで織田家がオフィシャルに我が二階堂家に宇都宮城返還を命じたとしよう。

 もしその要求を俺が敢然と跳ね除けた場合、俺の背後にいる伊達家ごと織田家の敵に回る可能性が高い。

 そうなれば織田方の佐竹家は南北から攻め潰され、滝川一益は上州以外の関八州と奥羽の敵勢を一手に引き受ける羽目になる。


 まだ越後には上杉家が健在であり、さらに西国では毛利家と対峙中だ。

 すぐには織田の援軍はやって来ない。

 武田の残党が後背の甲信で蠢動する畏れもある。

 まず勝ち目は無く、滝川勢が関東から追い出されてしまうのは目に見えている。

 つまり織田家中の苛烈な出世レースから、滝川一益は転落してしまうのだ。


 如何に織田信長の命令とはいえ、現時点では北条と伊達の両者を同時に敵に回したくない。

 それが滝川一益の正直な胸の内であろう。

 まずは様子見として、一族の前田利益の伝手を使っての内々に打診してきた。

 貧乏くじを引かぬよう、滝川一益は細心の注意を払っていた。






 史実の織田家の関東進出の際、滝川一益は臣従してきた北条家に小山城返却を申し入れている。

 北条氏政はこれを受け入れ、小山秀綱の小山城帰還を認めた。

 そのイベントのお鉢が、この世界線では我ら二階堂家に回ってきたのだろう。


 数瞬考えを巡らせた後、深く頷く。


「わかりました。よろしいでしょう」


「なにっ!?」


「ただし三つ条件があります」


 親指と人差し指と中指の三本の指を掲げる。


「聞かせていただこう」


 居住まいを正し、身構える滝川一益。


 まずは親指を説明する。


「一つ目は代替の官位に(そうろ)う。二階堂家当主の我が息子盛隆に、下野守に代わる官位を頂きたい。我が須賀川二階堂家は信濃流二階堂氏の流れ。出来ますれば信濃流宗家の家職、中務大輔が欲しゅうございますな」


 親指を折って、続いて人差し指。


「二つ目は多気山城の破却に(そうろ)う。伊勢寿丸殿が宇都宮城を移られれば、関東一の巨大な山城など最早不要のもの。残しておくと逆に戦さの原因になりかねませぬ。許可を頂ければ、我が二階堂家から破却の為の人足を派遣いたしましょう」


 人差し指を折って、最後に中指のみを滝川一益に突き出す。


「三つ目は佐野家との縁組に(そうろ)う。佐野家とは我が三男の久丸の婿入りの話が進んでおります。これをご許可頂きたい。久丸婿入りの暁には、六年前の謙信入道存命の折に攻め取った所領を佐野家に返却する所存」


 最後の指を折って拳を引っ込める。


「以上でござる」


「まことにその三つでよろしいのか」


「はい」


 もっと無理難題を突き付けられると思っていたのか、滝川一益は困惑気味だ。

 配下の滝川益氏と滝川益重らも、拍子抜けした表情であった。


「お受け頂けますかな」


 こちらからズズいと答えを求めてみた。

 逆に押される形で滝川一益が頷く。


「よかろう。その三つであればさして難しくない。一つ目は上様に掛け合うことを約束致す。二つ目、三つ目は我が裁量の範囲内ゆえ、この場で許可致そうぞ」


 よし。

 押し切れた。

 密かにほくそ笑む。


 場の緊迫感が一気に緩む。

 宇都宮城返却の承諾は、二階堂家と伊達家が織田政権への臣従を表明したのと同義であった。

 滝川一益にしてみればこれで北条征伐の目処がついたわけで、安堵するのも当然である。


 油断したわけではないだろうが、こちらの好意?に応える形で、意外な警告を発してきた。

 

「羽州の安東愛季を通し、上様のもとへ奥州は三戸の南部信直なる者から訴えが上げられておる。鎮守府からの横車で、疱瘡で亡くなった南部晴継の後継がなかなか決まらず難儀しているとな。上様からよくよく調査するよう仰せつかっているが、伊達家が無理難題を押し付けて奥羽の国人どもを苦しめているようならば、鎮守府将軍の役職も見直さないとなるまいて」


 聞き捨てならない話だ。

 反論しておく。


「さて、南部晴継は従兄弟の石川信直の手の者に害されたと聞き及んでおります。おおかた遠く上方にあって奥州の事情を把握されていない先の右府様に嘘を告げ、南部家の家督を騙し奪ろうとしておりまするな。全くもってけしからん話です」


「なんと。それはまことか」


「はい。しかし、南部の一件を捌けずに先の右府様の耳を煩わせてしまうとは、奥羽を預かる鎮守府の統制がまだまだ甘いという証拠。主人の左京大夫に代わってお詫び申し上げまする。半年、いや三月の猶予を頂きたい。必ずや南部家の後継者争いを鎮めてみせましょう」


「ふむ。一旦は了承しておこう。この事は上様に伝えておく」


 滝川一益としては、これで鎮守府に貸しを作ったつもりだろう。


 しかし俺の考えは違った。


 もうすぐ六月だ。

 三ヶ月と言わず、一ヶ月有れば全てが有耶無耶になるはずであった。






 厩橋城下の長昌寺で、滝川一益主催の能興行が開催される。

 嫡男の滝川一忠と次男の滝川一時を従えて、滝川一益自らが舞を披露する。

 織田家の家督を継いでいる織田信忠も、相当に能が好きと聞く。

 余裕があって文化的な上方の大名は華やかで違うなーと見せつけられる思いだ。


 この能興行には、上州のほぼ全ての武将が参加している。

 六年前の唐沢山城攻めの際に、上杉軍の陣中で顔を合わせている武将も幾人かいた。

 その中の新田金山城主の由良国繁と館林城主の長尾顕長の兄弟から挨拶される。

 両者とも野州の足利郡と梁田郡にも所領を保持しており、我が二階堂家とは連携が取り易い位置にいる。

 彼らのお供の者たちにも、何かあったら二階堂家を頼るようアピールし、両家との誼みを厚くしておく。


 上州以外では佐竹家の岡本禅哲、北条家の板部岡江雪斎の顔が見えた。

 表面上は友好的な雰囲気である。


 宇都宮伊勢寿丸の宇都宮城復帰を画策し、織田家と交渉を進めたのは岡本禅哲であろう。

 何食わぬ顔で挨拶されたが、こちらも微笑んで応じておく。

 武田忍びの一件もあるので、そろそろブチ切れても良いよね。

 どうなっても知らないよ。


 板部岡江雪斎は敵情視察のようだ。


 一指し舞終えた滝川一益が、能面を取って居並ぶ武将たちに向けて宣言する。


「下野の宇都宮城が宇都宮家に返却されることと相なった。来月、宇都宮伊勢寿丸の元服式を宇都宮二荒山神社にて執り行う」


「「「おおっ」」」


 騒めきが諸将の間で沸き起こり、視線が一気にこちらに集まる。

 我が二階堂家が、延いては伊達家が織田家に臣従するか否かは、彼らの最大の関心事であった為にそれも当然だろう。

 見れば岡本禅哲がニコニコ笑い、板部岡江雪斎は苦々し気な表情を浮かべている。

 関八州の覇権争いの方向性が今この時に定まった、と皆が勘違いしていた。






 長昌寺の能興行が無事に終了し、諸将が己の所領に引き上げていく。

 さて、そろそろ俺もお暇しようと思ったら、前田利益が面識の無い親子連れの武将を連れてきた。


「義父殿。是非挨拶したいと申すので連れてまいった」


「拙者、真田安房守と申す者でござる。以降お見知り頂きたい」


 おっと此処で真田昌幸の登場か。

 ということは、この若いのは真田信幸か。

 俺の記憶が正しければ、まだ十七歳のはず。


「二階堂左京亮じゃ。真田殿の活躍の噂はよく耳にしておる。無類の戦さ上手だと」


「いやいや、それがしなど左京亮殿の足下にも及びもうさん。とてもとても」


 あっはっはっと笑う真田昌幸。

 えらく調子の良い男であった。


「ご謙遜なさるな。こちらはお身内かな?」


「倅の信幸にござる。ほれ、お主も挨拶せよ」


「真田信幸と申しまする」


 こちらは真面目一辺倒な雰囲気だ。


「さて、ただ挨拶に来たわけではあるまい。どのようなご用件かな?」


「お見通しとはさすがですな。では早速。宇都宮城を譲られた真意をお伺いしたい」


 ぐいぐい来るなー。


「安房守殿が沼田を譲られた理由と同じよ。先の右府様のお力に敬意を表してのこと」


「なるほどなるほど。して宇都宮城は改修中と伺っておりますが、その普請はどうなりますかの」


 腹の探り合いだな。


「そうよな。滝川一益殿からはすぐに退去するよう要請されておる。普請は宇都宮家が引き継ぐことになろう。それが何か?」


 さも当然というように答えてやる。

 じぃーと表情を覗き込んでくる真田昌幸にニコリと笑ってみせる。


 沼田城は放棄したが、名胡桃城は保持したままの真田昌幸と立ち位置的には同じである。

 すぐに取り返す為の仕込みは万全であった。


 数瞬の間を置いて、真田昌幸も笑い返してくる。


「いや、結構なことでござる。これで下野も安泰でござろう。我らも上杉相手の戦さに集中出来るというもの」


 この能興行が終わった後すぐ、滝川益重が三国峠を越えて上杉領に攻め込む手筈となっていた。

 真田昌幸も同道するようだ。


 上杉景勝は越中、信濃、上野の三方向から織田家に圧力を掛けられることになる。

 新発田重家の独立により、上杉家はいま越後最強の揚北衆を動員出来ない状況だ。

 上杉家の最大の危機であった。


「武運をお祈り致そう。上州の諸将とは懇意にしたいと思っておった。何かあれば、我が二階堂家を頼って頂きたい」


「ありがたいお言葉でござる。何かあれば、是非頼らせて頂きましょうぞ」


 互いに「何かあれば」を強調。

 真田昌幸と固く手を握りあって別れる。


 うん、やっぱり表裏比興の者だった。

 いつでも立ち位置を変えれるように方々に目端を利かせ、事前に仕込みをしておく隙を見逃さない。

 沼田城は遠からず真田昌幸の手に戻ろう。


 まぁ、向こうもこちらに同じ印象を抱いたようではあるが。






<1582年 6月>


 織田家の要請を受けての宇都宮城の返却に関し、かなり揉めるかもと思っていたがそうでもなかった。

 少なくとも二階堂家中からの表立っての反発は上がらなかった。

 武田家を一瞬で滅亡に追い込んだ織田家の武力は、それだけ皆に衝撃を与えていたと言える。


 面倒だったのは仙台の鎮守府側への報告である。

 織田家に対抗する拠点として宇都宮城を整備すると宣言していた手前、説明に骨が折れた。

 一時的に宇都宮家に預けるだけである、と何とか輝宗殿には納得してもらった。

 まだ政宗が騒いでいるようではあるが。


 佐竹家の岡本禅哲・顕逸父子の立ち会いの下、宇都宮家への宇都宮城引き渡しを行う。


 宇都宮伊勢寿丸とその母の南呂院とも初めて顔を合わせる。

 伊勢寿丸は十五歳。

 精一杯威勢を張っている。

 南呂院からは思いっきり睨まれた。

 まぁ当然だろう。


 伊勢寿丸に付き従う宇都宮家譜代の家臣の今泉泰光らは皆ウキウキだ。

 織田家の支援を受けての大逆転を喜び、事あるごとに我らを揶揄してくる。


 無視して粛々と引き渡しを進めた。

 宇都宮城の第二期拡張工事を行なう為に集めていた人足たちは、そのまま多気山城に向かわせる。


 宇都宮家と入れ替わる形で、早速多気山城の破却処理を開始した。






 そして天正十年六月二日早朝。

 天が下たる皐月かな。


 早起きをして多気山城の本丸山頂に登る。


 眼下の各廓の防備は解除されており、多気山城はほぼほぼ廃城寸前だ。


 雨に煙る西を望む。

 ちょうど今頃、京の本能寺は水色桔梗の旗に囲まれている頃だろう。


 会いたかったなー、織田信長。

 見たかったな、明智光秀の金柑頭。


 合掌。







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