1577-1 端午
<1577年 1月>
栃木の皆川広勝が年の瀬に急死した。
皆川広勝に子は無く、家督を継げるのは弟の皆川広照だけ。
しかし、その皆川広照は北条家に身を寄せていて栃木へは戻れない。
先年の遠征で所領の半分を召し上げていたが、浮いた残りの半分も強引に接収する。
北条家からの抗議は黙殺。
諸々の後始末をした後、米沢に年賀の挨拶に向かう。
今回は同行者がいる。
田村家の郡司敏良と郡山城で待ち合わせて共に米沢へ。
かねてより秘密裏に進めていた、田村清顕息女の愛姫輿入れの最終交渉であった。
米沢城の大広間での新年の挨拶の儀。
輝宗殿の仕える伊達家の諸将の首座はこの俺、二階堂盛義だ。
音頭を取る。
「あけましておめでとうございまする」
「「「おめでとうございまする!」」」
皆が追従する。
「うむ。大儀である」
鷹揚に輝宗殿が応じ、新年の大計を述べる。
「雪が溶け次第、葛西の一揆退治を進める。しかる後に我が伊達家の本拠を宮城の仙台に移す!」
伊達家の現在の版図から見ると、米沢は本拠としては領内の南西に寄り過ぎていた。
それを是正する為の本拠地移転だが、大崎葛西を伊達家の直轄領にするのと合わせて前倒しする。
新領土の統治を万全とする為の施策であった。
なお輝宗殿に唐代の漢詩を示し、千代を仙台と読み替えるよう進言して採用されている。
伊達政宗の将来の事績を、父親の輝宗殿が先取りである。
大崎を任されていた梁川宗清は、大崎の一揆鎮圧の功もあって米沢城代への栄転が決まっていた。
反対に一連の一揆騒ぎで再び醜態を見せた蘆名盛重は蘆名の家名を剥奪され、ただの伊達盛重に戻っている。
既に本拠移転は規定事項として伊達家中に広まっており、ははーっと平伏する皆の顔に驚きは無い。
しかし、もう一つサプライズがあった。
「さらに皆に言い渡すことがある。郡司敏良、これへ!」
輝宗殿の声に応じ、郡司敏良が姿を現して一礼。
紅潮した顔で名乗る。
「田村家中、郡司敏良にござる!」
なんで田村の家臣がここにいるのかと困惑が漂う。
それを鎮めたのは遠藤基信の説明であった。
「このたび殿は、若君の梵天丸様の正室に、田村清顕殿の御息女の愛姫様を迎えることを決められました」
どよめきが走る。
伊達家に反抗を続けてきた相馬家と、田村家は長年に渡って婚姻同盟を結んでいる。
伊達家の組下大名である我が二階堂家とも、阿武隈川を越えてかつて幾度も干戈を交えた間柄であった。
その田村家から姫を迎えるというのだから驚きだろう。
「なんとっ。田村の姫御ではいささか、いやっ、いささかならず、梵天丸様とは釣り合いが取れますまい!」
家臣を代表して鬼庭良直が吃りながら輝宗殿に訴える。
鬼庭良直は梵天丸の保母である喜多の実父だ。
自分の孫以上に、梵天丸の行く末に並々ならぬ期待を抱いている。
その不満も当然と言えた。
既に伊達家の所領は奥羽六十六郡のうち二十九郡を占め、石高換算で言うと百五十万石に達する。
対する田村家の所領は、たかだか田村郡の八万五千石程度。
月とすっぽんである。
「聞き捨てならぬ物言い!我が三春の愛姫さまでは不足と申されるのか!」
「そうじゃ!」
お家を侮辱されて堪らず怒る郡司敏良に目も合わせず、断言してしまう鬼庭良直。
先年に家督を譲ったばかりの息子の鬼庭綱元の制止も気にも留めない。
「父上、お控えなされっ」
「なんじゃ綱元!釣り合いが取れぬものを釣り合いが取れぬと言うて、何が悪い!」
苦笑する輝宗殿。
「まぁそう言うな左月斎。田村が我が方に転ずれば、自ずと相馬も頭を下げに参ろう。これで陸奥に敵はいなくなるではないか」
南奥羽一統において、田村と相馬の両家はまさしく喉に刺さった魚の小骨。
ここらで一気に抜いてしまうに如くはなかった。
「それに三春には我が叔母の紫御前がおる。愛姫は我が姪ぞ。攻め落とすのは容易だが、それではあまりにも不憫に過ぎよう」
田村家には亡き我が母と同腹の叔母が嫁いでいた。
田村清顕は輝宗殿と俺の従兄弟となり、愛姫は俺にとっても姪にあたる。
「むぅ。お東の方様はいかが仰せでございましょうや」
「もちろん東も承知じゃ」
鬼庭良直の精一杯の懸念を輝宗殿が一蹴する。
後ろ盾であった実家の最上家とその本家である大崎家を失って以降、東の方の伊達家中の発言権は大きく低下していた。
家庭内でも同様のようで、今や完全に輝宗殿の亭主関白である。
娘御にも大人しく牛の乳を絞らせているようで安心だ。
「それにのぅ左月斎。このたびの縁談は義兄上がわざわざまとめて来てくれたのだ。無碍には出来まい」
「・・・そうでござったか。しからばこの左月は黙りまする。失礼仕った」
おっと種明かしされてしまったか。
田村家の信用を得るために、十五年前の人取り橋の戦さで田村家から奪った鬼生田城を婚儀成立後に返却する起請文まで作った。
もちろん現在鬼生田城を治める大内定綱には、日頃の奉公への褒美も兼ねての加増の上の替え地を約束している。
鬼庭義直だけでなく皆が押し黙る。
この伊達家中の雰囲気はマズいよなぁ。
梵天丸、伊達政宗が元服して将来家督を嗣いだら、家中統制の為の排斥対象になるのは確定だろう。
つまり、かつて俺がこの手で斬り捨てた中野宗時と同じポジションである。
化け物を討った自分が、いつの間にか気づかぬうちにその化け物に成り代わっている。
よくある話であった。
とりあえずこの雰囲気を些かなりとも変える為、次男の勢至丸を人質がてら資福寺に預けるのを前倒ししておくか。
新年の挨拶の儀が終わった後、輝宗殿と遠藤基信と共に、つい先日届けられた織田信長の書状への対処を検討する。
案の定だが、織田信長は東西からの上杉家の挟み撃ちを提案してきた。
提案というか命令?
征夷大将軍と同格の右大将となった自負が垣間見える手紙のフォーマットと言葉使いだ。
先年織田信長に馬や鷹を送って好を通じてはいるが、上杉謙信との不可侵条約もかれこれ五年となる。
どちらにも良い顔を見せておきたいのが本当のところである。
史実の伊達家であれば、織田家に早くから尻尾を振って部下のポジションを獲得し、家の安泰を図るでも良かった。
しかし今の伊達家は、組下大名の我が二階堂家や新たに傘下に加わる田村家の領土も合わせれば、二百万石を超える大領だ。
味方したとしても当然警戒はされるだろうし、天下が定まった後に織田信長がこちらの力を削ぎにくるのは必定。
友好は維持しつつも、直接向き合うにはそれなりの準備が必要である。
上杉謙信には勝ってもらっても全然構わない。
反対に勝てないなら勝てないで、こちらの準備が整うまで是非頑張って頂きたい。
輝宗殿と遠藤基信の考えも一緒であった。
「さすがに織田の有利は動かぬと見るが、織田と上杉との戦さは長く続こう」
「今はまずは葛西の一揆を鎮めて本拠を仙台に移し、所領全域を安定させるのを優先しとうございますな」
であれば、どうお茶を濁すかだ。
織田家への味方の表明はするけど、兵はなかなか動かせない建前が欲しいな。
せっかくこの時期に愛姫と婚約したのだ。
こういうのはどうだろう。
「織田信長に奥州探題の返上を申し出ては如何か。もちろん身共も合わせて陸奥守護代を返上いたしましょう」
「な、何を言い出すのだ。義兄上!?」
突拍子も無い俺の提案に輝宗殿が驚く。
奥州探題も陸奥守護代も、現在は鞆にいる足利義昭をトップに戴く室町幕府の役職だ。
織田信長は室町幕府と敵対しており、その役職を捨てるということは織田方に立つという表明に他ならない。
その上で、上杉謙信の関東管領に対抗出来る新たな権威を織田信長に求める。
「その代わりに官位を求めるのですな。関東管領に対抗出来るとすれば、従三位以上」
さすがに遠藤基信は理解が早い。
しかし、俺が求めるものはその想像の上をいく。
「いや、それでは反感を買おう。それと本当に任官されてしまったら動かざるをえなくなる。なので求めるのは、鎮守府将軍」
「ううむ」「なんと」
絶句する輝宗殿と遠藤基信。
鎮守府将軍。
四位相当の令外官となり、かつてこの奥州に設置されていた鎮守府の将軍職である。
鎌倉幕府以降、征夷大将軍にその職責と権能が吸収されて補任が途絶えていたが、建武の新政の折に一時的に復活している。
有名どころでは、古くは大伴家持や坂上田村麻呂から始まり、伊達家祖先の藤原秀郷、源氏棟梁の源頼義に源義家、出羽俘囚の清原武則と清原真衝、奥州藤原氏の藤原秀衡、北朝の足利尊氏、南朝の北畠顕家など、壮々たる面々が名を連ねる役職であった。
新たな鎮守府将軍の補任は、つまり現職の征夷大将軍の権威を削ぐことを意味する。
織田信長にとっては非常に興味深い提案になるに相違ない。
ここ二百年以上補任の例の無い官職の為、朝廷の説得に時間はかかると思うが、こちらにとってはその方が好都合である。
「伊達家は藤原秀郷に連なる藤原北家であること。そしてこのたび坂上田村麻呂を祖とする田村家の姫君を嫡男の嫁に迎えることを伝え、織田信長に伊達家が鎮守府将軍に相応しい家柄であると強く主張しましょう。また、ちょうど拠点を米沢から移動させようとしていた折ゆえ、仙台を新たな奥羽鎮護の鎮守府としたいと申請すれば如何か」
奥羽に根付く在地の武家が鎮守府将軍に補任された場合、出羽俘囚の清原氏しかり奥州藤原氏しかり、中央の軍事力に滅ぼされている。
なので浅はかよと織田信長は我らをあざ笑うかも知れない。
それもまた狙いであった。
<1577年 4月>
伊達家の大軍による葛西の一揆勢の討伐が進む。
須賀川城で待機しつつ、一応はいつでも応援に駆け付けられるよう、すぐに兵の動員が可能な状態は維持していた。
その心配りが幸いする。
夜分に人の気配を察知し、ムクリと起き上がって臥所から出る。
行灯を持った須田盛秀が控えていた。
「葛西への出兵要請か」
「三春からの密使に御座います」
「なに、三春だと?」
差し出された密書の内容を行灯に翳して確認する。
叔母である田村家の紫御前からの緊急の知らせであった。
内容は意表を突いたものであったが、即断即決する。
「すぐに出立する。陣触れを致せ」
「ははっ」
臥所に戻ると南の方も起きていた。
「如何した?」
「相馬で謀叛が起こったと、三春の叔母が知らせてきた」
田村家と伊達家の婚約による動揺が続く相馬領にて、黒木宗俊と堀内宗和の兄弟が挙兵し、黒木城を乗っ取っていた。
黒木宗俊はかつて宇多郡を治めていた黒木正房の一族である。
黒木正房の娘で、今は須田盛秀の妻女である冴を一時期匿っていた人物だ。
「ふむ。だが、それだけではあるまい」
さすが我が妻。
勘が良い。
「道を貸すゆえ、息子の尻を叩いてくれぬか、とさ」
「ほう。しかし、清顕夫人は相馬の出ではなかったか」
「それ故の密書よ」
南奥羽の覇権争いは既に大勢が決している。
田村家は伊達家と婚約して相馬を裏切ったが、どうせ勝ち馬に乗るなら徹底した方が良いとの叔母の判断だろう。
清顕夫人をはじめとする田村領内の相馬派が騒ぎ出す前に、電光石火で動く必要があった。
すぐ動かせる三千の兵を率いて三春に進軍する。
大平城主の郡司敏良は、伊達家との交渉役を担っていることもあり、田村家中での伊達派の急先鋒である。
紫御前とも気脈を通じており、三春城までの道案内を買って出てくる。
「では、よろしく頼もう」
「お任せあれ!このように轡を並べて共に兵を進める日が来るとは。感慨無量ですなぁ」
郡司敏良の上機嫌っぷりさには辟易するが、決して面には出さないでおく。
三春城下は突然の二階堂家の大軍の到来に大騒ぎであった。
最後に田村家と矛を交えたのは人取り橋の戦さとなり、もう十五年も前になるが、田村家にとっては我が二階堂家は長年の仮想敵国である。
怯えるのも無理はない。
あまり刺激しても仕方ない。
軍を城下町の外で留め、郡司敏良に案内させ、僅かな共を連れて三春城に乗り込むことにした。
「おお、剛毅ですな」
「ここで怯むくらいなら、そもそも出兵などせぬ」
郡司敏良に感嘆されるが、それよりもだ。
なんで此奴がここにいるのか。
「そなた、宇都宮にいたのではなかったか」
「花見に参じた次第。三春の滝桜とやらは一度拝んでおかねばなりますまい」
軍勢の中に紛れ込んでいた前田利益が、ちゃっかり俺のお供に加わろうとしていた。
さすがに大ふへん者というところか。
戦さの気配には敏感だな。
三春城内に乗り込み、田村家の重臣たちに囲まれた状態で、田村清顕と叔母の紫御前の二人に対面する。
もともと梵天丸と愛姫の婚約は、田村家中でも郡司敏良をはじめとする一部の家臣が秘密裏に進めていたものだ。
この正月の突然の婚約発表は大部分の家臣にとっては寝耳に水であり、動揺は未だ収まっていない。
過半を占める相馬派の重臣たちからの敵意のプレッシャーが、心地良い緊張感をもたらしていた。
二人とはこれが初顔合わせだ。
叔母はやはり同腹の姉妹ということで、亡き母と顔立ちが似ていた。
母の薫の方は儚げであったが、叔母は溌剌とした印象を受ける。
「二階堂左京亮盛義にござる。お誘いを受けて参じ仕った」
「よく来てくれました。これ清顕、挨拶なさい」
叔母が難しい顔をしている田村清顕を促す。
「田村清顕じゃ。母上には困ったものよ。それで共に相馬を討てと申すか」
「少し違いますな。清顕殿には相馬が降伏しやすい環境を整えて頂きたい」
詭弁よ!という声が周りから飛ぶ。
「田村の御家中はまだ状況を把握されておられぬ様子。相馬領の北部はほぼ亘理元宗殿に攻め取られつつある。今、我らが合して相馬の本拠である小高城に迫れば、兵が足らぬ相馬盛胤は長年の友誼を結んでいた田村も敵に回ったかと落胆し、戦わずに降参するのは必定。無駄な血が流れずに済むというものよ」
黒木宗俊の謀反に連動した亘理元宗殿が、相馬方の北の守りである蓑首城を攻め落としていた。
既に駒ヶ嶺城の攻撃にも取り掛かっている。
相馬盛胤は相馬中村城にあって、これに対処しようとしていた。
「仮に相馬盛胤が亘理元宗殿を追い返し、此度の謀反を鎮めたとしよう。しかし、次に攻め来るのは伊達家の三万を超える大軍ぞ。そうなれば相馬領は焦土と化そう」
俺の言葉に悔しそうに押し黙る重臣たち。
誰も反論出来なかった。
田村清顕がボヤく。
「やれやれ、相馬に手を出させぬと約束して、於北には愛姫の婚約を認めさせたのだがな」
「何を甘いことを。於北殿には田村家当主の嫁としての覚悟が足りないわ。それに嫡男を挙げていないのに、まだそんなワガママを言ってるなんておかしな話ね」
しかし、紫御前に一蹴されてしまった。
さっさと離縁すべきとプリプリ怒る紫御前。
嫁と姑の確執が隣国の存亡にまで発展しつつある。
けだし嫁姑争いは恐ろしいものであった。
樹齢約六百年の三春滝桜を鑑賞しながら、田村家の軍勢の集結を待つ。
前田利益は花見酒と洒落込んでいる。
田村勢二千と須賀川からの増派二千と合わせ、合計七千の軍勢で相馬領に乱入。
当然だが、既に田村家中の相馬派が、相馬方に向けて情報を流している。
さらに士気の低い田村勢を連れていることもあって、こちらの行軍スピードは遅い。
相馬方が迎撃体制を整えるだけの猶予は十分にあった。
天神山城、新山城、権現堂城の守備を放棄。
本拠の小高城に兵を集結させ、我らを迎え討つつもりのようだ。
小高城で防戦の指揮を取っているのは、相馬盛胤の長男の相馬義胤。
父に疎まれて半ば幽閉状態であったが、この窮地に急遽登板してきた。
相馬盛胤に無断で小高城に入り、見事に城中をまとめ上げている。
相馬義胤は俺のいる二階堂家の本陣への突入しての討ち死に誓い、小高城下で妙見水を飲んだそうだ。
それに賛同した家臣や民草が二千名。
全員が妙見水を飲み、我らの手勢を待ち受けていた。
「あれは、死兵ですな」
小高城下の様子を遠目に見た前田利益が呟く。
戦闘モードで見ても、敵軍のゲージは赤く点滅していた。
「武士の生き様としては見事。されど無駄な殺生は避けるとしよう」
敵も味方も、ここで死ぬのは勿体な過ぎる。
「俺自ら小高城に赴いて相馬義胤を説得するのでも良いが、さすがに皆に止められよう。前田利益、そなた降伏を促す使者を務めてくれぬか。何、相馬義胤は武士の道を知る男よ。使者を斬るような無様な真似はすまい」
黒木の手の者の情報では、既に相馬中村城の相馬盛胤は亘理元宗に恭順の意を示していた。
史実においては、蘆名を滅ぼした伊達政宗の圧迫を受けて降伏すべきか迷っていた相馬盛胤を、当主の相馬義胤が説得。
城を枕にしての討ち死を決意しての徹底抗戦を選択するのだが、この世界線では親子仲が不仲だったこともあって、それが無かった。
当主である相馬盛胤が降伏してしまった以上、それに従うのもまた武士の道であろう。
相馬義胤は前田利益の説得に応じた。
小高城攻めは回避される。
相馬義胤の覚悟に敬意を表し、我ら二階堂勢は権現堂城まで兵を下げ、小高城への乗り入れは田村勢のみで行った。
伊達家に正式に降伏した相馬家は、輝宗殿の温情によって山中を除く行方郡の大部分の保持を許される。
相馬盛胤は頭を丸めて輝宗殿への恭順の意を示し、隠居して家督を息子に譲った。
大方の予想に反し、相馬盛胤が家督を譲ったのは三男の相馬郷胤ではなく、不仲であったはずの相馬義胤であった。
表向きは、相馬義胤の正室が直山公(伊達稙宗)の末娘の越河御前であることがその理由である。
しかしその実、相馬盛胤は相馬義胤のことを認めていたのだろう。
家中の事情で愛息の排除に動かなければならなかったのが、相馬盛胤の不幸であった。
つい先日まで敵であった伊達家に仕えなければならない新当主の相馬義胤。
堅忍自重の日々となろうが、能力もあって人望も厚く武士道精神に溢れる相馬義胤である。
いずれ日の目を見ることもあるはずだ。
尚、田村家においては相馬派が力を失い、小野城の田村清康と大越城の大越顕光が失脚。
相馬盛胤の妹で清顕夫人の於北殿は船引城に追いやられ、愛姫の成育は祖母の紫御前が面倒を見ることになる。
伊達家の嫁に相応しいお姫様にしっかり育てるから心配しないで、との紫御前の手紙を後日受け取る。
<1577年 6月>
葛西の一揆が鎮圧され、田村家が婚約を契機に服従の姿勢を示し、そして相馬家は降伏。
天文の大乱以降騒乱が絶えなかった南奥羽の一統が、伊達家の輝宗殿の手によって遂に成った。
伊達領内はお祭り騒ぎである。
杉目城(福島城)に隠居の伊達晴宗は、これまで家臣や親族を招いてたびたび宴を開いている。
もうすぐ端午の節句となるが、今回の宴は南奥羽一統を記念して特に盛大に行う運びとなった。
端午の節句は男子の健やかな成長を祈る日である。
主役は伊達家の御曹司である梵天丸。
祖父の伊達晴宗の前で和歌を披露する予定だ。
俺と南の方もお呼ばれする。
ただ、嫡男の盛隆は宇都宮に赴いており留守にしている。
また娘のお元がまだ数えで四歳と幼いこともあって、南の方は須賀川を離れることを渋る。
しかし、息子の嫁の甄姫の説得を受けてようやく折れた。
「義母上、勢至丸殿も梵天丸様のお付きとして杉目に参られるそうではありませぬか。お城の差配と、お元殿のお世話は私にお任せください」
「そうか。盛隆の妻として、経験を積む良い機会でもあろうしな。わかった。任せよう」
今年八歳になる勢至丸は、塩谷の岡本正親の次男清九郎と共に、二月から資福寺の虎哉宗乙の下に赴いている。
人質兼梵天丸の学友となり、将来梵天丸の側近となるべく勉学に励んでいた。
親元を離れての厳しい修行は辛いだろうから、如何に突き放した態度を取ろうとも母親としての本心は心配だろう。
南の方と連れ添いながら杉目城を目指す。
珍しくソワソワしている南の方。
初めての里帰りとなれば仕方のないことであった。
伊達家に戻るのは、かれこれ二十一年ぶりなのだ。
それ故に俺の複雑な心境は南の方にバレることはなかった。
もうすぐ梵天丸が元服する。
俺の記憶が確かなら、史実の伊達晴宗は梵天丸の元服を見届けた一ヶ月後にこの世を去っていた。
であれば、南の方が父に会えるのはこれが最期やも知れない。
何か良い手はないものか。
伊達家先代の晴宗も今年で五十九歳。
しかしダンディさは相変わらずである。
と言うか、ロマンスグレーになって男の色気が増している気がする!
本当に半年後に亡くなるのか疑問符が付く。
笑窪御前も美魔女ぶりは変わらない。
まだ全然いけそう。
連れ立って二人の前に進み、南の方の挨拶を見守る。
「父上、母上。ご無沙汰しておりました」
「南か。見違えたぞ」
「まぁ。嬉しいわ。もっと顔を見せて頂戴」
二十一年ぶりの再会に家族一同で涙だ。
そして話は尽きない。
笑窪御前の労りの声に澄まして答える南の方。
「苦労をしましたね」
「はい。このような破天荒な夫、この日ノ本を隈なく探しても二人といないでしょう。日々驚きが絶えませぬ」
随分な言われようだ。
晴宗からは苦言を呈される。
「盛義。そなた相馬攻めでまた活躍したようだの。少しは自重せよ。輝宗に儂と同じ苦労を背負わすつもりか」
お前中野宗時になってるぞ、とのツッコミである。
はい、気付いてます。
「心配ご無用。あと数年の後に家督を倅の盛隆に譲って隠居する所存」
「なに?」
突然の話に身動ぎする晴宗。
おやまぁと笑窪御前も驚いている。
ふー、と見れば隣で南の方がため息を吐いている。
「またこれだ。夫殿、聞いておらぬぞ」
南の方にはまだ伝えていなかったか。
「俺が家督を継いだのは十八の折よ。盛隆も来年で十八。それにそろそろ甄姫にも子が出来ようしな」
「やれやれ。勝手にせよ。私はそなたを信頼して付いていくのみだ」
「うむ。輝宗殿に許可を得て、仙台に隠居用の屋敷を既に建設中になる。いや俺だけではないぞ。伊達家中の大身や従属する大名小名の屋敷も城下の用意し、皆が仙台に家族を住まわせることになろう。これで輝宗殿の力は更に増し、奥羽の統治は万全となる。俺が率先して従うのだ。皆も従わざるをえまい。おお、そうだ。義父上も義母上も先に仙台に移られてはどうか。もうだいぶ屋敷も出来上がってきていると聞いております。城が出来上がって梵天丸殿が元服されるまでの間、我が屋敷をお貸しいたそう。暖かいうちに動いておいた方が後々楽では有りませぬか」
一昨年の秋に国分領を接収した直後から、かねてからの俺の進言に従って、輝宗殿は青葉山の千代城を縄張りし直していた。
そして去年の早い時期から千代城と城下町のリビルドに着手しており、今年の暮れに前倒しになった本拠移転に向けて急ピッチで建築作業が進められていた。
俺も吉次に命じ、この一大プロジェクトに結構な額の高玉金山の金を投じている。
四ツ谷用水の建造を前倒しすべく、最上家臣で治水に明るい北楯利長を若年ながら抜擢。
将来的な用水路計画に合わせて町割りを行い、そこに大小名たちの屋敷用地も記載した。
そして役得として広瀬川沿いの一等地を我が二階堂家に割り当てている。
伊達晴宗は杉目城で亡くなったというから、場所を変えれば延命出来るかもしれない。
先乗りしての仙台屋敷の準備を南の方に任せれば、親孝行にもなって一石三鳥ではないか。
「・・・初めて会った時のことを思い出したわ。南、お前の夫の脳天の中身は、本当にいったいどうなっているのだろうな」
「わかりませぬな」
嬉々として仙台の町割りと四ツ谷用水の素晴らしさを語るも、どうも期待してたほど義父と妻に浸透していかない。
十万人、百万人が住む町に絶対成る!と力説してもピンと来ていない。
何故だ。
「さぁさぁ。梵天丸ももうすぐ参りましょう。南、貴女も甥の顔を見ていきなさい」
その笑窪御前の言葉通り、梵天丸を連れた輝宗殿がすぐに来着した。
表に出て輝宗殿を出迎えると、一行の中に我が息子の勢至丸や喜多の顔も見える。
輝宗殿が笑いながら話かけてくる。
「おお義兄上。もう着いておられたか。姉上、お久しゅうござる。どうでござろう。父上も母上もだいぶ老けられたであろう」
「二人ともご壮健そうで何よりよ。それよりも輝宗。そこの眼つきの悪い小童が、そなたの倅の梵天丸か」
輝宗殿と妻が言葉を交わしている間、俺は梵天丸と向き合っていた。
これまで自分の存在が梵天丸、伊達政宗の成育に悪い影響を及ぼさないよう、極力接触は避けてきていた。
言うなれば、この瞬間が本当の意味での初顔合わせである。
まだ華奢な身体をしっかりと仁王立ちさせ、俺に向けて隻眼で睨みを利かせている。
そして幼いながらも怒りの声を上げる。
「そなたが勢至丸の父御か!なぜ膝をついて挨拶せぬのかっ」
皆が呆気に取られる中、ささっと傅役の片倉景綱が登場。
「若、二階堂盛義様は若の父君の義兄上であらせまする」
「義兄であろうが、家臣は家臣であろうっ」
梵天丸は退かない。
伊達家中の誰もが俺に対して一歩引いてしまう中、梵天丸はその反対を行く。
仕上がってるなー。
さすが虎哉宗乙よ。
苦しいときに笑い、熱いときに寒いと嘯く。
空気を読まずに空気を作る。
立派なへそ曲がりに仕上がってる。
嬉しくなってきた。
ニンマリと笑みが溢れてしまう。
やはり天下を相手取って我を通そうとするなら、これくらいの器が無ければ務まるまい。
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よろしくお願いします。




