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XX:「ありがとう。」

 



「そう。では結局城を出ることにしたのね」

「はい」



  そう、ともう一度うなずいて、その人は優雅に紅茶を飲んだ。

  アンドリアさまと呼びかけると、なにかしらと相変わらず何を考えているのかわからない顔で返事をする。



「いろいろありがとうございました」

「…それはやめて頂戴。責任をとるのは当たり前よ」

「それでも、です」



  この世界でいちばん命くんのことを想っていてくれたのは彼女だ。やり方は間違えてしまったかもしれないけど、その気持ちは本物だった。

  命くんも、改めて時間をとって謝罪を受け入れたと話していた。

  その命くんはといえば、いまはリゼと一緒にお引越しの準備中だ。

  お姫さまと改めてお茶してくると言ったら、さんざん渋ったあとに許してくれた。命くんは、ちょっと、かなり、過保護である。



「…私、私の知らない命くんの三年間を知ってるお姫さまがちょっと羨ましかったんです」

「…そう。……三年間は、すぐだったわ。あっという間に世界は救われて、あっという間にミコトは名実ともに勇者になった。ミコトに…安らぐ時間があったのか、わたくしにはわからないわね」



  私が命くんと知り合ったのは中学三年生の冬。それから一緒に過ごせた時間は、一年と半分くらいだ。

  命くんがこの世界で過ごした三年間のたった半分。だから、羨ましかった。



「ついでだから言うけれど……わたくしは、あなたの言葉が羨ましかったわ」

「言葉?」

「ミコトの名前を、正しい発音で呼べるでしょう?」



  理解して、思わず笑ってしまった。

  そんなことを気にしていたのだ、このお姫さまは。美しく、地位もあり、書く文字までもが綺麗なこのお姫さまに羨まれることがあるなんて、ちょっと素敵だ。ひとつくらいあったっていいと思う。



「……そういえば、手紙をいただいて思ったんですけど、私どうしてこちらの言葉を話したり書いたりできるんでしょうか?」

「それは、古の魔法の一部だと思うわ。せっかく異世界から呼んだ救世主と会話ができないと困るものね」

「なるほど…」



  謎が解けた。

  頷くと、お姫さまはちらりと空を仰ぎ見た。前に四人でお茶会をしたときと同じように、とっても晴れている。いい天気だ。



「そろそろ戻ったほうがいいんじゃないかしら。あなたの勇者さまがきっと待っているわよ」

「そう、ですね……あ、そうだ」



  これを、とお姫さまのほうに手を伸ばすと、不思議そうに首を傾げたお姫さまも受け取るために手を出してくれた。

  その華奢な白いてのひらに、いつかもらった青い耳飾りを乗せる。

  その青は、お姫さまの宝石みたいな瞳にそっくりだったから。

  いただいたものをあげるのはどうかとちょっと悩んだけど、またシトリーのお店でお買い物をすることで許してもらおうと思う。

  お姫さまにきっと似合うと思うから。



「……わたくしに?」

「はい。きっとお似合いです、瞳とお揃いで!」



  しっかりと頷く。耳飾りを一通り眺めたお姫さまは、きれいでかわいらしい、ただの女の子みたいな顔で微笑んだ。



「ありがとう。大切にするわ」







 ◇







  部屋に戻ると、同時に顔を上げた命くんとリゼが同時にホッとした顔をするので笑ってしまった。



「おかえり、美結さん。大丈夫だった?」

「うん。普通にお話してきたよ。ただいま、命くん」



  ミユ様が戻ってきたことですしお茶にしましょうかと、リゼが簡易キッチンのほうへ向かってしまった。さっきまでお茶会だったんだけどなあ。まあ、いいか。

  手招きする命くんに従い、彼の隣に腰を下ろすと、よかったと微笑んでこめかみにキスをされた。



「だ、だから、それやめない? っていつも言ってるのに!」

「それって?」

「キス!」

「嫌なの?」

「ほら、すぐそう言う! 勇者さまのくせに卑怯だよ!」



  二人で出掛けたあの日からさらに一週間ほど経って、いまはお屋敷を建てるのか買うのかどこにするのかなどなど、主にリゼと命くんが考えている。

  私はたまに命くんに連れられて町を歩いて、ここはどう? とか、こういうところは? とかの質問にどこでもいいよ! って返事して怒られるくらいの役割です。



「“元”、だよ。でしょ?」

「そうでした……けど! それとこれとは別!」



  命くんは純日本人のはずなのに、なんだかスキンシップが好きなようだ。流石にくちびるには二人のときくらいにしかしないけど、ほかの場所へはリゼがいるくらいじゃ躊躇わない。

  城下を歩いていてもほっぺとかおでこにはちゅーされたりするので、顔見知りになった屋台のおっちゃんなんかは相変わらず甘すぎるなって笑いながらおまけしてくれたりする。

  私は普通にはずかしいのに、命くんははずかしくないのだろうか。



「美結さんがかわいいから。ついね」

「な……なにそれ。すぐ誤魔化す!」

「本心だよ?」



  そう言って、今度はまぶたに口付けられる。

  甘い! 甘いよ、命くんってば!!

  リゼに助けを求めようと思っても、リゼは笑顔でスルーするから期待出来ない。

  かといって私が本気で拒めるかと言うとそんなわけがないから、もう慣れるしかないのかと思う日々だ。あまり慣れたくないんだけど。



「う……そ、それで、決まりそうなの?」

「うん。いい場所があったから、建てようかなって……美結さん、何か希望はある?」

「うーん…私、本当にどこでもいいの。命くんと一緒に暮らせるなんて、やっぱりちょっと夢みたいだし……あ、あんまり豪華すぎないと嬉しいかな?」

「それは、うん。もちろん…僕もあんまり落ち着かないから」



  無言で見つめ合うと、二人で思い描いている建物が日本家屋であることをお互いに察して吹き出した。

  だよね、洋風のお屋敷は華やかすぎるよね。



「楽しみだね」

「そうだね、美結さんが楽しみだと思ってくれて嬉しいよ」

「…シトリーとパティにもまた会いに行きたいな」

「美結さんの行きたいところなら、どこへでも」

「……命くんってそんなだったっけ!?」



  どうだろうねとおかしそうに笑っている命くんを、ほんのりと熱を持つ頬を自覚しながら睨んでいると、ティーセットの一式を持ったリゼが戻ってきた。

  仲がよろしくてなによりですとわかったふうに笑うリゼは、私を助けてはくれないことを知っている。



「そういえば……リゼに好きな人はいないの?」

「そうですね、ミユ様でしょうか」

「えっ」

「ミコト様も好きですわ」

「ありがとう。僕も好きだよ」

「え…そ、そうじゃなくて! いや、私も好きだよ!?」

「まあ。嬉しいです」



  なんだか最近はこんなふうに遊ばれてばっかりだ……。

  ぐったりとソファの背もたれに凭れかかると、意地悪な顔の命くんが覗き込んでくる。



「僕は? 美結さん」

「好きだよ! バカ!」

「ひどいなあ。でも嬉しいよ、ありがとう。僕も大好きだ」



  目尻から頬にかけてをうっすらと赤らめて本当に嬉しそうな命くんに、ぐうの音も出なくて言葉を飲み込む。

  私はもともと能天気で素直なほうだから、好きと口にすることにあまり抵抗はないんだけど……。

  言うたびにこんなに幸せそうな命くんを見ると、やっぱり照れてしまう。



「そういえば、お聞きしてみたいことがあったのですが」

「なに? リゼ」



  一通り私で遊んだ命くんは、慣れた手付きで紅茶を淹れてくれたリゼにお礼を言いつつ聞き返した。

  私も紅茶をちびちび口に含みつつ、聞く体勢になる。



「いえ、雑談なのですが……ミコト様は、いつからミユ様がお好きなのですか?」

「ぶっ」

「え、美結さんっ? 大丈夫!?」

「だだだ大丈夫……! 大丈夫だから!」



  むせかけた私にきょとんとしたリゼは、すぐに柔らかいタオルを持ってきて渡してくれる。ありがとう。そんな質問をするなら先に教えてくれる優しさがほしかった。

  命くんは私の背中を何度かなでたあと、本当に大丈夫だとわかるとリゼに向き直った。そうだなぁ、と思案する声に本当に答える気だと戦慄する。

  ……いや、まあ、その。ちょっと気になるけれども!



「たぶん…はじめて話してからすぐだったと思うから、中学三年生の冬――じゃ伝わらないな。美結さんからみて一年半、僕から見て……四年半?」

「四年半ですか…」



  純愛ですわねとにっこりするリゼから目をそらし、私はタオルに顔を埋める。

  四年半。大学に入学して、卒業しているくらいの長さだ。決して短くはない。

  命くんとは高校受験のために通っていた塾が同じで、志望校が同じことから知り合い、二人揃って合格した上にクラスも同じだったから仲良くなったはずだ。

  愛想がよく穏やかな命くんは話しやすくて、いろいろと頼った覚えがある。

  私は高校に入学して仲を深めてから……夏くらいから意識していたように思う。あれこれ他愛もない話をしていた頃から命くんが私のことを好きでいてくれたなんて……。

  考えるだけで頬があつくなる。



「…でも……こっちにきてからも、想ってくれてたんだ?」

「そりゃあね。家族のことを思い出すときなんかには、だいたい一緒に思い出してたかな。向こうのひとたちには僕の記憶はもうないだろうって聞かされてたから……」



  そうか、私も命くんに関する記憶は失ってしまっているはずだったんだ。

  私が呼ばれる時間軸が少し遅ければ、命くんの記憶もない状態できっといまより相当ひどいことになっていたに違いない。

  そうならなくてよかったと笑みを浮かべて命くんを見ると、彼もにこっと笑ってくれた。



「素敵ですね。お二人を見ていると恋がしたくなります」

「そうだよ、リゼにも良い人いないの?」

「どうでしょうね」

「リゼはかわいいし、仕事もできるし、優しいし、引く手数多だと思うんだけど」

「まあ。ミユ様が殿方でしたら貰っていただけたでしょうに、残念です」



  私とリゼの会話を笑いながら聞いていた命くんは、あれ? と首を傾げる。



「これ、僕は怒ったほうがいいのかな? それとも美結さんが男の子になったら僕が女の子になると宣言すべき?」

「しなくていいです! 女の子なので!」



  それは残念、と命くんは愉快そうに言った。

  全然残念じゃないんだけど。でも、女の子の命くんはきっと美少女だから気になる気もする。



「美少女な命くんはちょっと見たかったかなぁ」

「うーん。僕は美少女にはなれないけど、簡単な方法はあるよ?」

「簡単? なになに?」

「美結さんが、僕似の女の子を産んだらいいよ。ほら、簡単でしょ?」

「……えっ!? ……簡単っていうか、こ、こども」

「僕は美結さん似の女の子も男の子もほしいから、三人は産まなきゃいけないかなぁ……」

「な、何言ってるの、もう!!」



  動揺して手が滑りかける私の指から、リゼが器用にティーカップを抜き取る。

  おそらくは顔全体が真っ赤になってしまっているに違いない私を見て、命くんは嬉しそうに微笑んだ。

  うぐ……その顔見たら怒れないから反則なんだよ、バカ!



「こ、子供ができたら!」

「うん?」

「男の子は太郎、女の子は花子にします!!」



  わあ、和風だ。超日本人。とかなんとか言いながらそれでも笑っている命くんの横で、きっと意味はわかっていないはずのリゼまでが笑っていた。


  ……もうっ!!






駆け足気味でしたがこれでおしまいです。

ちまちまネタだけはあるので、番外編でも書けたらなーと思ってます

ありがとうございました!

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