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115/180

115. シメのラーメンを食べに行ったら、月華楼の楼主がいました

いつも応援ありがとうございます!

当作品は、【毎日 朝06:00 / 夕方18:00】の1日2回、定時更新でお届けしております。


最新話までじっくりお楽しみください!

 取材は、順調に終わった。新しくできたテーマパークの写真を撮り、施設の説明を聞き、広告に使えそうな素材を集める。サクラは会社員として、思った以上にまじめに働いていた。いや、もともとまじめなのは知っている。ただ、ダンジョンで走ったり、俺に怒ったり、ラーメンを食べて幸せそうにしている姿ばかり見ていると、会社で働くサクラを見るのは少し新鮮だった。ホテルで鬼塚に会った時はどうなるかと思ったが、その後は特に問題もなかった。鬼塚(おにづか)とも、あれ以来会っていない。そして、静岡県での仕事最終日。金曜日の夜。

「お疲れ様でした〜」「お疲れ様でした〜」

 サクラと藤井(ふじい)は、チェーン店の居酒屋――黄金鳥貴族で、打ち上げを始めた。俺はサクラの影の中にいる。居酒屋という場所は、なかなか騒がしい。人間は、酒が入ると声が大きくなるらしい。


「藤井さんも日曜日帰りですか?」

 サクラが焼き鳥を取りながら聞いた。

「いや、僕は明日の昼便で帰るよ。彼女が待ってるから」

「え? 彼女さん?」

 サクラが少し驚いた顔をする。

「良いんですか〜? 仕事とはいえ、私と三泊。しかも居酒屋さんにまで来て」

「仕事だから仕方ないよ。ちゃんと説明して、理解してもらってる」

「良い彼女さんですね〜」

「うん。ありがたいと思ってる」

 藤井は照れたように笑った。悪い男ではなさそうだ。ホテルで絡まれた時も、無駄に威張るわけでもなく、相手を刺激しないようにしていた。気が弱いというより、揉め事を大きくしないタイプなのだろう。サクラも、それが分かっているのか、気楽に話している。二人は仕事の反省をしながら、ある程度飲み食いした。焼き鳥。唐揚げ。ポテト。枝豆。サクラは普通に幸せそうだった。こういう時のこいつは、本当に分かりやすい。


 打ち上げは、ほどよいところでお開きになった。サクラと藤井は、泊まっているホテルへ向かって歩く。その途中で、サクラが足を止めた。

「私はシメのラーメン食べて帰りますので、藤井さんはお先にどうぞ!」

「まだ食べるの?」

 藤井が少し笑う。

「シメは別腹です」

 どこの臓器だ、それは。俺は影の中でそう思ったが、口には出さなかった。

「うん、分かった。それじゃ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 藤井はホテルへ戻っていった。サクラは一人、ラーメン屋を探して歩き始める。静岡の夜は、昼間よりも少し涼しかった。店の明かりが並ぶ通りを歩き、サクラは一軒のラーメン屋の前で足を止めた。

「ここ、良さそう」

『食べ過ぎではないのか?』

「仕事頑張ったから大丈夫」

 何が大丈夫なのかは分からない。だが、サクラは迷わず店へ入った。


 店に入った瞬間、俺は違和感を覚えた。美人が多い。いや、美人が多いだけなら問題ではない。問題は、その美人たちの気配が妙に整っていることだ。姿勢。目線。指先の動き。ただの客ではない。たぶん、月華楼の者たちだ。サクラも、それを感じたのか少し足を止める。その奥の席から、聞き覚えのある声がした。

「あの鬼塚の野郎め……!」

 サクラの肩が、ぴくっと跳ねた。俺も気づく。九条(くじょう)椿姫(つばき)月華楼(げっかろう)の楼主だ。どうしてここにいる。いや、鬼塚が近くのダンジョンにすごい鉱物があると言っていた。月華楼が来ていてもおかしくはない。おかしくはないが、なぜサクラが入ったラーメン屋にいる。サクラは無言で体を反転させた。出ようとしている。正しい判断だ。だが、遅かった。

「待ちなさい」

 九条の声が、店内に静かに響いた。


「アナタ、確かサクラさんでしたわね」

「はい……」

 サクラの声が小さい。逃げられなかった。九条は優雅にレンゲを置き、サクラを見た。

「あなた、鬼塚の恋人ですわよね?」

「ち、ち、違います!」

 サクラの否定は速かった。かなり速かった。

「じゃあ、なんでここにいるのかしら?」

「し、仕事です」

「ふ〜ん。仕事……ね」

 九条の目が、細くなる。疑っている。完全に疑っている。

「この辺なの?」

「はい、すぐそこです」

「まあ、そういうことにしておいてあげるわ」

 サクラは明らかにほっとした。だが、九条はそこで微笑んだ。

「ラーメン、食べて行かないの?ここは絶品よ」

「はい、食べて行きます……」

 断れなかった。サクラは、逃げ場を失った小動物のような顔で席についた。


 注文を終えると、サクラは小さく息を吐いた。まだ緊張している。九条は月華楼の楼主だ。ただの美人ではない。そして、深淵王の時にも同じ場所にいた相手だ。サクラが身構えるのも分かる。しばらくして、ラーメンが運ばれてきた。湯気が上がる。香りが広がる。サクラの目が、少しだけ輝いた。おい。さっきまでの緊張はどこへ行った。サクラは箸を取り、麺をすすった。そして、顔をほころばせる。

「う〜ん、美味しい♪」

 やはり、こいつの神経はなかなか太い。いや、違う。食べ物に対する信頼が強すぎるのかもしれない。九条は、その顔を見て少し目を丸くした。そして、ふっと笑う。


「美味しそうに食べますわね」

 九条が言った。サクラは麺をすすりながら、目だけでそちらを見る。

「あなたの顔を見て、怒りは飛んでいきました。ありがとう」

「えっ?」

 ラーメンをすすりながら、サクラが固まる。何とも言えない顔だった。面白い。

「うっふっふっ。本当に面白い子」

 九条は楽しそうに笑った。そして、さらりと言う。

「鬼塚にはもったいないわね!」

「ブホーッ!」

 サクラが盛大にむせた。ラーメンの汁が危うく飛びかける。

『汚いぞ、サクラ』

「ご、ごめ……違っ……」

 サクラは咳き込みながら、必死に否定しようとした。だが九条は、もう聞いていない。


「あらあら、気をつけなさい」

 九条は上品に立ち上がった。月華楼の女性たちも、静かに席を立つ。さすがというべきか、ラーメン屋にいても動きが優雅だ。

「それじゃ〜ね」

 九条はそう言って、店を出ていった。サクラはまだむせている。

「ごほっ、げほっ……なんだかな〜。何か勘違いされているわ……」

『間違いなくされているな』

「クロ、そこは否定して」

『事実を言っただけだ』

「ひどい」

 サクラは少し涙目になりながら、レンゲを手に取った。そして、スープを一口飲む。

『まだ食べるのか』

「美味しいから」

 そうか。美味しいなら仕方ない。取材は順調に終わった。藤井との打ち上げも平和だった。シメのラーメンも美味かった。だが、鬼塚の次は九条椿姫。サクラの静岡の夜は、やはり普通では終わらなかった。

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