第1部01、用兵所
「うおりゃあああっ!」
手にした二刀で目の前の獣を斬り裂く。最後の一匹、それも息絶えた。
二刀を持つ、赤みがかった黒髪の少年の周囲には、かつて魔術が繁栄していた時代に生息していた「魔物」と呼ばれた生物の、ウルフが三匹、レオが二頭、リザードが二頭倒れている。この部屋には少年しかいないため、すべて彼がやったことになる。
『修了候補生フェン、討伐試験レベル10完了。これが最大レベルのため、これにて終了する。お疲れ』
部屋内にアナウンスが響く。それはこの戦闘の終了を告げた。
「お疲れ様でした。…ありがとうございました」
そう言ってフェンと呼ばれた少年は、部屋を出た。
ここは『フォルムーン帝国用兵所』。次代を担う若き少年少女を兵士として育成する場所だ。
課程は最短三年。ただし普通に留年等が存在し、三年で出る生徒は少ない。
フェンは入所して三年目。最短で課程を済ませ、間もなく修了する修了候補生だ。
「フェンーーー!」
部屋を出て早々、少し離れた部屋の扉の前から、水色の髪をした少女がフェンに駆け寄った。
「おうミナ。試験はどうだったんだ?」
「レベル10でアウトだったよ。フェンは…聞くまでもないか」
ミナと呼ばれた少女は、そう笑って答えた。
「まぁな。このくらい余裕だぜ」
そうフェンが答えると…
『これより合格発表を行う。修了候補生は全員、中庭に集まれ』
再びアナウンスが流れた。
「行こっか?」
「ああ」
「全員揃ったようだな。それでは合格発表を始める。…わかりやすくていい、全員合格だ」
厳しい目をした教官は、喜ぶこともなくそう告げた。
「やったね、フェン!」
「ああ!」
三十人ほどが、それぞれの友人と喜びあっていると…
「甘い!全員合格と言えど、特務合格はたった二人!ほとんどが雑兵扱いということだ!」
この『フォルムーン帝国用兵所』では、修了生は二つに分けられる。
一つが一般合格生。部隊配属は、その他大勢の一般兵だ。
そしてもう一つが特務合格生。部隊配属は特務部隊で、一般部隊長並の権限を、一兵士が持つ。
「特務合格生はフェン!ミナ!お前たち二人だ。よくやった」
その瞬間、周囲の合格生すべての視線が、二人に注がれた。
特務合格の条件はいたって簡単、「いかに有用な人物であるかを証明すること」だ。それは戦闘能力から、衛生技術、諜報技術に暗殺能力など戦争に関係するものならなんでも構わない。
「やった!特務合格だよ!」
「…これで、あの人に近づいた」
ちなみに二人は戦闘能力による合格だ。
「各自、訓練生用の腕輪を外せ。…近くの係に返却しろ。それと、特務合格の二人にはオリジナルの腕輪を渡す。前に来い」
教官はそう言って二人を呼んだ。
腕輪とは、新しい技術「フォーム」を扱う際に必要な道具だ。
腕輪にも二種類ある。
片方が「レプリカ」と呼ばれるもので、安価(といっても民間人が買えるような値段ではないが)で凡庸的なものだ。しかし、個人の個性が全く生かされないうえ、性能も悪い。まさしく「一般兵用」だ。
対する「オリジナル」と呼ばれるものは希少だが、性能が非常に高い。そして特筆すべき部分が、「一つの理念のもとに、個人の能力を引き出す」ことだ。例えば「燃焼」の理念なら、炎を操ったり、自らの力を「完全燃焼」させる力を得ることができる。
「各々の配属部隊は追って報告する。各自、課程ご苦労だった」
フェンとミナは幼なじみ。十二年前両親を事故で失ったミナと、七年前父親が戦死したフェン。この二人を女手一つで面倒見てきたフェンの母親、フィーネ。度重なる苦労は彼女を逆に若返らせたのか、三十代後半のくせにまだ二十代前半に見える。
家に帰って、二人が特務合格したことを聞いたフィーネは、とても喜んでいた。
「明日からは兵舎住みか…。ちょっと寂しくなるね…」
「…ごめんなさい、母さん」
「いいんだって。今は亡きダンナの後を追うんだろ?がんばってきなさい!」
「おばさん、今までありがとうございました!」
「ミナちゃんもがんばりな!…運よく同じ部隊になれるのを祈っているよ」
「…はい、ありがとうございます」
「…」以降はミナにしか聞こえないように言ったフィーネ。ミナが用兵所に入った理由はただ一つ。大好きなフェンを追うため、だ。
「明日は早いんだろ?もう寝なさい」
「うん、おやすみ母さん」
「おやすみなさい、おばさん」
そうして各々の部屋に消えた二人。
その後…
「カラザ…どうかあの二人を守って…」
亡き夫の写真に向かって、祈るフィーネだった…。