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25 その身と引き換えに

 戦いの最後は一太刀で決着した。


「そうか、これで――」


 立ち尽くす、半身を失った魔王と。


「これで、終わりだ」


 炎の剣を手に持った少女が居た。


 半身を失っても、魔王は笑う。勝利を迎えたのに、少女に喜びはない。


「――もう少し、つかの間の勝利でも喜ぶがいい」


 少女は自分の姿を見やる。


 変身したにもかかわらず、傷を隠しきれていない肉体は、限界をすでに超えている。立っていることすら、見栄を張っている。


 ここまでを共にした結晶の力添えがあってこそ、最後の一振りも成しえたに過ぎない。


 ゆえに、この瞬間のみが勝利を味わえる、わずかな時となる。


「オマエの方こそ、自分の目論見が破綻したっていうのに、悲しむとかないのか」


 魔王は自身の欠けた体を見やりながら、笑みを深める。


「なに、人類とは愚かでありながら同時に聡い。いずれは自らの手によって滅びを迎えるだろう。その終末がやってくるのであれば、私が何を嘆くことがあろうか」


「……わからないな」


「そうだろうとも。貴様と私は決定的に見据える先が違う」


 少女は剣を地面に突き立て、戦闘で半壊した玉座に寄りかかる。


 もうすでに、その肉体はこの戦場と同様に、崩壊しつつある。


「貴様こそ、そのような体でどうしてここまで戦った」


 少女はにやりと笑う。


「泣いてた女の子のためさ」


 魔王は不快だと言わんばかりに顔をしかめる。


「自分のためですらないとは、愚かなことだな」


「百も承知だよ。それでも、オマエなんかに支配されて、笑顔が消えるよりはずっといい」


 広い部屋が崩壊していく。


 戦いの傷を受けて、柱が、壁が、音を立てて崩れていく。


「だが、私が消えようとも」


 部屋が崩壊する前に、魔王の体が消えていく。


「人類はさらなる悪に直面する。理性持つ限り、悪は何度でも生れ落ちる」


 滅びゆく体は少女を見据えている。


「私の支配を受け入れなかったことを後悔する時が来るであろうよ」


「まさか。人間ってのはオマエが思うよりもう少しだけしぶといよ」


「――しぶとい、そうか、しぶといか。ク、クク、クハハハハハ!」


 魔王は笑い始めた。心底、愉快であるといわんばかりに。


「何がおかしいんだよ」


「なに、四度倒れ伏し、それでも立ち向かった貴様なら、その言葉を言うにふさわしい、と思ったまでよ」


「大層なことはしてないよ。ただあがいただけだったんだ」


 少女の答えに、魔王はさらに口角を吊り上げる。


「ならば、そのあがきを地の果てより見ていてやろうではないか。ククク、クハハハハハ!」


 魔王の体は笑い声とともに塵となって消えていく。


「これで、終わりか」


 残ったものは、崩れた玉座と、少女のみ。






 その消えゆく姿を見送って、少女は振り返る。


「どうも、帰り道までは保証してくれないらしい」


 すでに崩落した壁が、出口となる扉をふさいでいた。


『――マスター』


 悲し気な結晶の声に、少女は薄く笑う。

 最後の最後に、少女のために力を貸してくれたシエルという存在に、少女は感謝しかできなかった。


「わかってるよ。どうしたって間に合わない」


 力を失ったように、少女は剣を手放す。


 もう、変身した状態でも少女は力を絞り出せない。


「……ごめんな。本当は、魔力を回して外に出るべきなんだろうけど、それもできない」


『申し訳ありません。私の方も、限界でして。魔王との契約を破った対価か、あなたの治療すらむずかしい』


「ははは。たがいに、ボロボロじゃないか」


 少女の笑い声はあまりにも力がない。声を上げる体力すら、もう限りあるのだと理解しているのかもしれない。


「そうだな、最後にお前だけでも転移してソレイユの元にでも行くといい」


『そうは参りませんよ、マスター。最後にもう一度だけ、私の部屋に案内します』


 少女の意識が、現実より乖離し、虚構へと入り込んでいく。






 崩れゆく広間から、白と黒が支配する世界へ。


 戦いを終えた、壊れ切った少女の体は、もともと持っていた少年の体を映した物に変わっていた。


「せっかくなら、最後の別れくらいは面と向かってしたいと思いまして」


 少年が後ろを振り返ると、真っ赤な髪の少女がはかなげな笑みを浮かべて立っていた。


 ソレイユとうり二つの少女。だが、ここに立っているのはソレイユ自身ではなく、戦いをここまで共にした相棒。


「本当に、シエルには迷惑をかけたよ」


「まさか。私の方が迷惑をかけました」


 小さな世界に立つ少年と少女は穏やかに笑いあう。


「シエルがいなかったら、戦うことさえできなかったんだ。本当に、ありがとう」


「私こそ、マスターのおかげで最期に道をたがえずに済みました。ありがとうございました」


 二人が礼を言うと、小さな世界にひびが入り始める。


「楽しい日々でした。愉快な日常でした。そして、夢を見ることも叶いました。惜しむらくは、その先を見れないことですが」


 欠けていく世界を見て、少年は不審を抱く。


「……なあ、この空間は何なんだ」


「説明していませんでしたか? ここは私の心によって作られた、精神のみが立ち入りを許される空間ですよ」


 説明する少女の体には、人間にはありえない大きなひびが入っていく。


「じゃあ、その精神空間が割れていくのはどういうわけだ」


「簡単ですよ。現実の器が同じようにひびが入っているのです」


 その説明が、少年には受け入れられない。


「どういうことだよ、さっぱりわからない」


「あなたは、変身を解除した時に傷を請け負うのは誰だと思いますか」


 意味のつながらない問い。けれど、少年にはその意図を察するには十分な事情があった。


「変身をした人間のはずだ。オレの傷は、オレ自身が請け負うべき傷のはずだ」


 けれど、少年の体に傷はない。


 精神を映し出した体といえど、今の自分がどれだけ傷ついているのかわかっているはずだ。なのに、この体に傷の一つもない。


「でも、あなたの変身はもう一人、私が居ないとできない変身だった。自力での変身に至っても、遺されたアルカンシエルの力を引き出してあなたは変身してくれた。だから――」


 欠けていく。


 少年の前の少女の体が欠けていく。


 その腹に受けた傷に覚えがある。


 焼けるような電撃の跡を見たことがある。


 最後に貫かれた傷は脳に刻まれている。


「だから、こうしてあなたの代わりに体を差し出せた。最後の最後に、役に立ててよかった」


 視界が、かすんでいく。


「待ってくれ」


 少年が手を差し出しても、もう遅い。


「マスターのためにこの命が燃え尽きるのなら、悪くはありませんね」


 薄れていく体では、少女の傷ついた手を取ることすら叶わない。


「頼む、シエル、お願いだから――」


 少女は最後に、とびきりの笑顔をみせる。


「ありがとう、マスター」


 その言葉を最後に、世界が消えていった。


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