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20 篝火

 月が照らす、丘の上。


 燃え尽き、凍り付いた戦場の果て。


 無傷の男はなお、笑みを浮かべ。


 傷だらけの少年は、その命を燃やし尽くしたように、倒れ伏していた。






 夢を見ている。


 誰かの嘆きに満ちた夢を。






『どうして、どうしてなんだ』


 誰かの悲鳴が世界に響いた。


 長い年月を生きた、男の悲鳴だった。


『どうして、俺は誰も』


 その男は漆黒の鎧を身にまとっていた。


 鎧の中央は赤く輝いていた。太陽のような輝きを持つそれは、どこかで見た結晶にそっくりだった。


 顔につけられた傷は戦いを切り抜けてきた男の勲章だ。


 漆黒の鎧は多くの傷を受けても、なおその主を守るほどに頑強だ。


 背負った大きな剣は戦士の力を誇示するように黒く輝いている。


『俺は誰も、救えなかったんだ』


 だが、男の両手には何もない。


 ともに戦った仲間も。


 応援してくれた民衆も。


 理解を示し、手を貸してくれた友も。


 育ててくれた家族も。


 愛した人も。


 そのすべてが、燃え尽きていた。




『勇者よ。貴様の滅びは運命づけられていた』


 嘆く男を見下ろすように、焼けただれたがれきの城の上に闇を体現する男が座っている。


『オマエは、力におぼれたのだ』


 闇を体現する男は、ただただ、事実を述べるように。


『オマエは、魔導兵器などという呪われた力に縋ったから、最後の最後に裏切られ、滅びたのだ』


 嘆く男は、その言葉をうなだれたまま聞いていた。


 呪われた力、と言われた結晶はただ主人の命を待ち、無言を貫いていた。


『オマエは、借り物の力、他人の理想、誰かの勇気に縋らなければ立つことすらままならなかったのだ』


 嘆く男に、すでに戦う理由などない。そのすべては消え去った。ゆえに、闇を体現する男の言葉はただただ痛いだけ。


 それでも、目の前の敵を倒さねば、というこびりついた意思が、最後に火をつけた。


『――――シエル』


 嘆いていた男の声に応え、結晶は魔力を回す。魔力が男の剣を包み、燃え上がる大剣へと変化する。


『黒騎士よ。もしも、貴様の決断が早ければ、貴様の命一つでこの世界は救えただろうにな』


 漆黒の鎧に身を包んだ男は、剣を握りなおした。


『そんなこと、気が付いていた。それでも、最後にオマエだけは――!』


『愚かな勇者よ。何もかも失って、最後に失うのが貴様の命よ――!』


 黒と闇が、相手を否定すべく、がれきの山で衝突した。




 ほんの一瞬の出来事だったはずなのに、高く昇っていたはずの太陽は沈んでいた。


 だが、周囲はごうごうと輝いている。


 かつては生活のために使われていた火が、崩壊してしまった街を燃やし、その明かりを供給している。


 漆黒の鎧の男の嘆きはその命とともにすでに止まっていた。


 闇を体現する男はその屍を、踏みにじり、高く笑っていた。


 かつて栄華を誇った王国は、歴史からその姿を消した。






『――――どうして、こんな結末に』


 燃えるガレキの中、「オレ」のよく知る誰かの声が聞こえた。






 焼野原は消失して、男だけがそこに立っていた。


 今のは何だったんだ、と疑問に思うと、男は笑った。


「遠い昔の出来事さ。ここじゃない世界で、君じゃない誰かが、世界を救えなかった。ただ、それだけの出来事さ」


 まるで、心を読むかのように、男はオレの疑問に答えた。


 男の姿は影に満ちていて、その顔すらもはっきりしない。


 けれど、男の言う誰か、というのはきっとこの男自身のことだろうというのは何となく察しがついた。


「この世界でも、役者が違うだけで同じことが起こる」


 それはわかってる。男の代わりに、オレが何もできずに敗北し、死ぬのかもしれない。


「でも、キミは俺になかったものを持っている」


 それは、わからない。


「だから、こんな亡者の夢なんかにいるべきじゃあない」


 夢が、夢であると認識したように薄れていく。


「けれど、もしこの夢に意味があるのなら――」


 声は遠のいていく。


「――――――」


 何かを言っているようだけど、聞き取れない。


 男は背を向けて、光の中へと消えていった。











 少年は目覚めない。


 どれだけ少年が力を振り絞っても、呼吸をする以上の行動を少年自身の体が拒絶する。


 少女の剣は、男の虚を作り出すには至った。だが、そこまで。


 男はとっさに剣を手放し、少女の決死の一撃を躱し。


 少女は、すべてを燃やした末に、もう一度振るうだけで至れたとどめをさすことはできず。戦装束を失い、少女の体を保てず、地に伏した。


 その姿には一切の欺瞞もない。


 戦場に立つは氷を思わせる白髪の男のみ。


 男が一度刃を突き立てるだけで少年は死に至るだろう。


 だが、男はその権利を放棄し背を向け、歩き去ろうとする。


『どうして、とどめを刺そうとしないのですか』


 結晶の疑問に男は背を向けたまま歩みを止めた。


「何を言っている、アルカンシエル」


 男は旧知の友人に語り掛けるように、結晶の名前を呼ぶ。


 結晶にとって、男の馴れ馴れしさは驚愕には値しない。だが、その行動の無意味さは理解ができない。


『なに、と言われれば正論です。戦いに勝利したあなたが、今後敵となりうるミタカを殺さぬ道理はない』


「――そうか、貴様はそういうやつだったな。敵であれ、味方であれ、合理性を求めるところ、百年を経ても変わらぬと見える」


 男は笑みを浮かべた。


 戦いを求めた獣のものではなく、変わらぬ友人の姿を認めた穏やかなものだった。


「単に、敗者たる我が立ち去り、勝者たるその少年がその場に残る。当然だろう?」


『どこが、勝者なのでしょう。こんなにも傷ついて、立ち上がる力さえも残していない。なのに、どうして、あなたはそんな不要な希望を与えるのですか』


 その慟哭は、男には聞き覚えがある。


 百年ほど前に、何もかもが消え去った焼野原で、黒騎士の死体から聞こえてきた慟哭とそっくりだ。


「剣が折れては、剣士として負けを認めねばなるまい」


 男の目線の先には、中ほどで折られた氷の剣と、それを為した持ち主の手を離れてもなお健在する赤い熱を宿した剣がそこにあった。


『たかが、武器一つ。勝敗には関係がないでしょう』


 結晶の言葉を、男は首を振って否定する。


「この戦いは、戦士として。そして剣士としての戦いだった。ならば、その誇りが折れた時点で負けを認めるのが筋というものだ」


『――それは、互いに戦う力が残っているときでしょう』


「それにな、ここで手を出せば、我は敗北した上に誇りを失う。それだけは耐えられんよ」


 これ以上は答えるべきことはない、と男は歩き出した。


「ではな、黒騎士の系譜を継ぐ者。そしてアルカンシエル。貴様らの行く末、希望あるものになることを願い見守るとしよう」


 男はそれだけ告げると、虚空の中へ消えていった。












 まだ、眠っているわけにはいかない。


 光の中でまどろむような時間ではない。


 あと一息なんだから。


 もう一度、あの言葉を。











「【変身(トランス)】」


 絞り出すように、その声は発せられた。


 意識など、夢の中に落ちていたはずだ。


 だが、少年はその夢の中でも戦うための力を求めて、戦装束を身にまとった。


「……あれ、さっきの戦いはどうなったんだっけ、シエル」


 記憶が飛んでいる、というわけではないだろう。


 少女の意識は戦いの途中で途切れたのだから。


『……彼は去りました』


「見逃された、ってことか」


『私には理解できませんでしたが、とにかく彼はもう……ミタカの敵とはなりえないでしょう』


 少し、少女は違和感を覚えた。


 シエルの言葉が、少し言いよどんだように聞こえたからだ。


 けれど、嘘をついたようにも感じなかった。ゆえに、少女は無用の追及を選ばなかった。


 そうか、とつぶやき、白い膝を伸ばし立ち上がった。


「じゃあ、あと少しだ」


 少女となったその姿に、傷など一つもない。だが、その裏では少年の体はすでに朽ち果てる寸前だ。


 死が目前に迫っているのはわかっているはずだ。


 次に大きな傷を受けて変身を解いたが最後。三鷹月光は立ち上がることさえ叶わない。


 それでも、剣を担ぎ前へ進む。


 そんな少女を言葉で止めることはできないだろう。


『ミタカ。焼けた丘の一部に、地下への入り口があると思いますが、見えますか?』


「……少し待ってくれ」


 少女は丘に突き刺さっていた剣を引き抜く。


 持ち主を認識してか、剣はさらに煌々と燃えた。


 道しるべとなるような、闇を照らす明かりだった。


「よし、行こうか」


 少女の視線の先には、大地に潜む鉄の扉があった。


「……深いな、これは」


 扉を開けると、そこには覗き込んだものを飲み込むような、深い穴が広がっていた。


「なあ、本当にここで合ってるのか」


 階段はあるが、月明りが差し込んでもその奥は見えない。


『この先に間違いなく魔王はいますよ、ミタカ』


 結晶の言葉はどうも素っ気ない。緊張しているのかもしれない、なんて少女は考えたが、適度な緊張も悪くはない、と考えそれをわざわざほぐす行動にも出なかった。


 階段を一歩、二歩と踏み出す。


 少女が手に持った剣の炎だけがその闇を照らす。


 階段はらせんを描き、少女を死地へと呼びこんでいく。





『ミタカ。あなたはなぜ戦うのでしょうか』


 長い階段を下りる中、結晶は少女に問いかける。


「口にするような理由じゃない」


 少女は階段を一歩ずつ降りていく。


『世界のためでしょうか』


「それは違う」


 少女は断言する。


『なら、身近な人のためでしょうか』


「どうだろう」


 少女は言葉を濁す。


『なら、ソレイユのためでしょうか』


「……」


 少女は語らない。


 無言こそが、少女の想いを浮かび上がらせる。


『あきらめても構わないのですよ』


「何を?」


『世界を。きっと、今から引き返せばソレイユだけは助かるでしょう。あなたも苦しむことはない。家族も、友人も、数える程度なら助けることはできるでしょう』


 結晶の意見はつまり、逃げろということだ。


 何もかもを連れて。


 そのくらいなら、できるだろうと。


「そうかもな。魔法があるんだし、きっと手を尽くせばみんなを逃がすくらいはできるかもしれない」


 少女は結晶の意見に肯定的だ。だが、死地へ向かう足は止まらない。


『そちらのほうが、確実に良い未来が待っています。あなたにとっても、ソレイユにとっても』


「ああ。きっと、命なんてかけなくてもいいかもしれない」


『ならばなぜ』


「……何もせずに逃げるなんて、耐えられない。これじゃ不足か」


 その言葉は、とある少女から借りた言葉。


 逃げることは悪ではない。


 けれど、始まりにして呪縛の言葉。


 それは、結晶にとっては否定しなくてはならない言葉だった。


『いいえ。私の決意もそれで固まりました』


 その決意は鋼鉄のごとく、固く、硬く、そして冷え切っていた。






 数十段ほど降りた辺りで、ようやく階段は終了した。


 すでに、少女が住んでいた地上ははるか彼方にさえ見える。


 そして、目前には白と黒のコントラストによる異質な門がそびえていた。


 次の相手は、魔王が従える幹部の最後の一人。


 その姿を脳裏に抱えたまま、少女は一度深呼吸した。


「いくぞ」


 少女の声に、結晶は答えない。


 それを肯定と受け取って、少女は門に手を当てる。


 門はひとりでに内側へと開いていく。











 白と黒の世界。


 以前見た光景そのままだ、と感じた。


 あの時は肉体の感覚がない、あやふやな状態であったが、今は仮初とはいえ肉体がある。


 ただし、一点だけ違いがある。


 部屋の中央にいるのは三鷹月光本来の姿を真似たものなどではなく。


「こんばんは、ミタカゲッコウ。あなたを待ってなど居ませんでしたが、歓迎くらいは致しましょう」


 髪は燃え上がるほど紅く。手にするは紅き魔杖。その瞳は深紅。


星の王女(スターデレミー)……?」


 今のオレと同じ魔法少女の姿がそこにあった。


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