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哀れなる



「……そんな」


 アクアマリオンの発したその声を、どう形容するべきか。

 悲痛か、絶望か、混乱、義憤か、哀れみか。

 或いはその全てか――どっちにしたってロクなモンじゃねえ。

 眉根をぎゅっと寄せ、俺は口元を抑えた。


「はは……連中、趣味の悪さだけなら俺を上回ってやがるな」


 クソったれだ、ほんと、クソったれだ。

 キャットウォークは困惑も忘れ、茫然と立ち尽くしている。

 先程までの口振りからして、彼女もそれなりに修羅場を潜ってきたらしいが、流石にこんなモンを見たことはなかったらしい。

 当然だ――そうそうあってたまるかよ、んなことが。


 捲り上げた布切れの下に潜んでいたのは、子供だった。

 黒髪に褐色の肌の、俺たちより幾分か年下と思しき子供だった。

 くりっとした目が愛らしい、無邪気に微笑む幼い女の子だ――恐らくは。

 そう、恐らくだ。

 判別が付かないのだから、そうとしか言いようがない。



 ――何せ。


 全身から生えた、赤黒いイボだらけの触手が、彼女の姿を遮っているのだから。



 ぶびゅっ。

 触手の先端から粘性の気持ち悪い液体が勢いよく噴き出した。

 床に触れた瞬間、弾けるような音を立てて蒸発していく。

 この場に居る全員が凍り付いたように動けなくなる中――少女が、小さく笑い。

 口を、開いた。


「――ォ」


 だが。


「わうう、ん、あ?」

「え……?」


 その言葉は、言葉の体を成していなかった。

 キャットウォークがマヌケな声を出す。


「ん、いい、くあっ? ゆぁ、る、んんっ」


 ぞっ、と鳥肌が立った。

 少なくとも少女自身は“喋っているつもり”なのだ――だのに、分からない。

 何を言っているんだかさっぱり理解できない。

 ニコニコと笑いながら発する音はまるで獣の唸り声のようなのだ。

 なぜだろう、それがたまらなく恐ろしい。


 突然パラレルワールドに放り込まれたみたいな、外国人の集団に取り囲まれたみたいな、上手く言えない強烈な違和感、異物感――

 得体の知れない感情に満たされる俺を、彼女はケラケラ笑いながら眺めていた。

 俺の金縛り魔法で指一本動けなくなっているってのに、それに対する嫌悪感を全く見せぬまま――


「りぃう、あん、く――あ、がおおおおおおっ」


 ――唐突に、苦悶の悲鳴を挙げた。


「っ!?」

「んぎい、いいうっ、ひぐ……んんんっ」


 赤黒い触手がのたうち回り、歪に質量を増大させていく。

 これは……何なんだ畜生、さっきから何が起こっているんだっ。


「シルファちゃん、ドラゴリュートっ!! 不味い、彼女の魔力っ!! 魔力を探るにゃ!!」

「はあっ!? 魔力って――なっ!?」


 悲鳴のようなキャットウォークの訴え。

 咄嗟にそれに従い、絶句する。

 魔力が――凄まじい勢いで、彼女の中の魔力が膨れ上がっていくのだ!

 アクアマリオンが焦った表情を俺へ向けてくる。


「彼女も何らかのエネルギー体を埋め込まれている――魔力過剰、それも赤子以上に性質が悪い!! シズム、前の時みたいに細胞の分離は!?」

「駄目だっ。できなくはないが、今のこいつはエネルギー爆弾みたいなモンだ――下手に刺激を加えると、屋敷もろとも“子供攫い”の悪事の証拠が吹っ飛ぶぞ!」


 証拠隠滅も兼ねた反撃か、頭のいいこった!

 爆発に巻き込まれたところで俺たちにダメージはないだろうが、畜生め……!


「お……おいっ、何をモタモタしているんだっ!? 今のうちにさっさと殺せば済む話だろうが!」


 そこへいつの間にか立ち直っていたガンドウが叫ぶ。

 こいつ、話を聴いてなかったのか!?


「まだエネルギーの規模はそう大きくはない、爆発してもそこまで壊滅的な被害にはならないはずだ! だから今だ、今こいつを殺すべきなんだよっ!」

「だ、だったら、シズムにお願いして分離を――」

「その分離とやらにはどれだけ時間が掛かるんだ!? ゴチャゴチャやっている暇なんてありはせんぞっ!」


 ……ちっ!

 俺は右手を構え、魔力を集中させ始めた。


「し、シズム!?」

「状況が状況だ……! こいつにゃ悪いが、消えてもらうしかねえ!」

「そんなっ! 彼女はまだ子供なのに!」


 絶叫するアクアマリオン――分かってんだよ、んなこた!!

 なら、どうしろってんだっ!!

 掌が銀色の燐光を纏う。

 半ばヤケクソでエネルギーを放出しようとして――



 ――そこで。


 少女と、目が合ってしまった。



「……あ、ううっ……い、い、だあっ」

「っ――!!」


 彼女は尚も笑っていた。

 痛いだろう、苦しいだろう、恐ろしいだろう。

 だけど彼女は笑っていた。

 涙と鼻水と涎に塗れた顔を引き攣らせながらヘラヘラと笑っていた。


「い……だい、いだ、いっ、いだい、いたい、いたいっ」


 呻く呻く、喚く喚く。

 それでも笑顔は止めない、止められない。


「いたい、いたい、いたあああい……」


 もはや――彼女はそうすることしかできないのだ。

 どんな目に遭おうと、どれだけの苦痛を与えられようと。

 他に手段を持たないのだ、持てないのだ。

 反射的な笑顔――それ以外の全てを、遠くに居る人間たちに奪われてしまったのだ。


 言えることは一つ。

 ――この世で最も哀れむべき存在が、今、俺たちの目の前に居るということだ。


「早くしろドラゴリュートっ!! ヤツのバリアを破れ!! 殺せっ!! 止めを刺せええええっ!!」


 ガンドウが背後で叫ぶ。

 俺は――勢いよく、右手を突き出した。



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