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他人事だから



 砕けて飛び散った窓ガラスに、銀色の月明かりが圧し掛かる。

 木目が剥き出しになった穴ボコだらけの壁からは、夜の帳と一緒に重たい風が吹き込んできていた。

 宵闇の差し込む長い廊下――淡々と響く靴音。

 煤けたカーペットに散乱した大量の羽虫の死骸を踏み越えながら、俺は呟いた。


「――気付いた? シズム」

「え……ん、ああ。お前も、忘れてなかったのか」

「勿論。気付かない訳がないし――忘れる訳がない」


 忘れられるものか。

 彼女は蒼い瞳に確かな怒りの炎を灯した。

 ま、当然か――俺は軽く周囲のエネルギー反応を探る。

 うわ、意識して察知してみると予想以上に酷いな。


 この屋敷中に充満している魔力、そして強烈な腐臭――

 アクアマリオンの言う通り、気付かねえ方がおかしいよな。

 特に、俺たちにとっちゃ。


 ――何たって。


 かつて対決した異形の赤子にそっくりな気配が、そこら中に転がってやがるんだからよ。


 いや、厳密にはまるきり一緒って訳でもないな。

 赤子よりも更に酷い、強烈な苦痛と絶望、怨嗟の念を伴っていやがる。

 ひたすら暗くて寒々しい魔力だ。


「……彼らは一体、何がしたいの?」


 低くアクアマリオンが言った。


「こんな、畜生にも劣る所業を――他人を苦しめるような真似を繰り返して。他人の傷付く姿を見て悲しくならないの? その過程で誰が踏みにじられようと構わないの? なぜこんなにも他者に対して残酷で在れるの?」

「知るかよ。……でも、そうだな」


 俺は無感情に答える。


「自分たちが強いって、強者の側に立てているって。……自分と違う、遠い存在だから、そう思えるんじゃねえか、って。最近、考えるな」


 当たり前のことだけど、俺たちは皆、他人との間に距離を持っている。


 それは趣味だったり、頭の出来だったり、精神の在りようだったり、色んなものが基準になっていて。 

 そういう諸々のX軸とY軸を接ぎ合わせたり、ひっくり返したりしていると、不思議なことに、一つの基準はまた別の基準と触れ合うのだ。

 例えば読書が趣味のヤツが、小説家志望のヤツと友達になったり。

 ギターやってるヤツがバンド集団の中に入ってったり。

 そんなような緩い繋がりが多分縁と呼ばれたりするんだろう。


 だけど――どう足掻いてもこねくり回しても、決して触れ合わない軸というものが、この世には確かにあるのだ。


 誠実に振る舞うことのできない人間がそうでない人間を吐き捨てるように。

 面白おかしい会話のできない人間がそうでない人間を憎むように。

 最後の最後で踏み留まれなかった人間がそうでない人間を羨むように。


 才に恵まれた人間がそうでない人間を嘲るように。


 愉快なことにな。

 俺たちは遠くにあるもののことは凄くどうでもよく感じちまうんだよ。

 遠くにあるものにだって意味と価値があるのにな。

 それなりの理由と生涯を持っているのにな。


 きっと世の大多数にとって俺は遠くにあるものだったんだろう。

 だから俺はこんなふうになったんだろう。

 あんなふうに死んだんだろう。


 だから。


「……が、ガンドウ。ほんとにどうしたんだにゃ? 具合が悪いなら――」

「問題ない。何度同じことを言わせるつもりだ」

「に、にゃあ……だけどっ」


 俺たちの目の前を歩くガンドウの背中が。

 あんなにも煤けて見えるんだろう。


 ……酷い気分だ。

 じっとりとした空気が唇にへばり付く。

 依頼を受けようだなんて、変なこと考えるんじゃなかった。

 いつもいつもそうだ、行動を起こしてから後悔を始めてしまう。

 取り返しの付かないことをしてしまったんだって、気付くのがあまりにも遅すぎる、いつだってそうなんだ。


 早く、早く、帰りたい。

 ガレットとブレイドルの顔を見たい。

 そのためには、目の前の面倒事にとっとと片を付けなきゃな……。


「くどいぞ、キャットウォーク! 俺はな、お前如きに心配されるほど落ちぶれてはいないつもりだぞ!」

「お、お前如きって。そんな――」


 不意にガンドウが大きな声を出した。

 キャットウォークは、驚いたような、悲しんでいるような表情を浮かべて――



「――!! 伏せるにゃ、ガンドウ!!」

「なっ――」



 瞬間。

 轟音と共に、壁が消し飛び――人間の子供ほどの大きさの“何か”が、猛烈な勢いで突っ込んできた。


「こ、こいつは――ぬぐぉっ!!」

「ガンドウっ!?」


 “何か”の直撃をモロに喰らったガンドウは、ゴム毬のように吹き飛んだ。

 赤黒いそれ――視界が悪いせいで、ハッキリと姿を視認することは叶わない――は、悲鳴のような叫びを挙げて再びガンドウの方へ体当たりを仕掛ける。


「く、クソっ!! シルファちゃんっ!!」

「了解――同時に仕掛ける!!」


 二人のSクラスは瞬時にエネルギーを練り上げる――

 アクアマリオンの身体を、無数の氷のつぶてが取り巻いていく。

 一瞬、キャットウォークの瞳が鮮やかなオレンジ色に染まり――直後、ガトリングが如き猛スピードで、次々と氷弾が射出されていった。


 続けざまに飛んでくる弾丸に気付いた“何か”は、その身からずるりと触手のようなものを出現させ、途中で叩き落そうとする――が、それは叶わなかった。


 直後――氷の弾丸は、爆発した。

 小さな炸裂音が繰り返し繰り返し、断続的に響き渡る。


「ふふん、これが私とシルファちゃんの合体魔法ってヤツにゃ! 爆弾の性質を持たせた質量弾――こいつを喰らって無事だったモンスターなんて、一匹も――」

「いつまで喋ってんだザコ。お前の目は節穴か?」

「……あ?」


 俺の言葉に、キャットウォークのドヤ顔はするすると剥がれていった。

 露骨に不愉快そうな表情に、彼女は軽蔑の仮面を被せる。


「……にゃはは。そろそろ言っておこうかと思ったけど、君、ちょーっと調子に乗り過ぎだにゃ? ここは学校じゃにゃい、本物の戦場にゃ。今だってまともに反応もできなかった癖に、偉そうな口を――」

「ゴチャゴチャ喋ってる場合じゃねえっつってんだろ。よく見ろ」

「はあ? 何言って――っ!?」


 俺が示した先を見て、キャットウォークは絶句した。

 そこに居たのは――


「そん、な……あれだけ直撃させたってのに、無傷っ!?」


 尻餅を付いたまま、恐怖も剥き出しに硬直するガンドウと。

 その前に立つ、まるでダメージを受けた様子のない“何か”だった。




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