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やりようなんて



「……僕、今死ぬほどお腹が痛いんだけど」


 黴臭いロッカー室に、低く落ち込んだ声が響く。

 恐ろしく顔色の悪いブレイドルが身を投げ出すようにしてその場に座り込んだ。


「Sクラス相手に、決闘? 決闘だって? ロクに準備もしないまま……凄い、凄い意味が分からない……もう何も分からないよシズムくん! とんでもないことをしてくれたねえシズムくん! どうしてくれるんだい!」

「馴れ馴れしく名前呼んでくんなやクソ凡人。トーナメントで元気いっぱいに俺に喧嘩売ってきた時のガッツはどこに置いてきたってんだ?」

「そんなもの君にボコボコにされた時点でとっくに消滅してるさ! ないんだよ元気なんか欠片も! 返してくれよ! 君が僕から奪った元気を返してくれよ!」

「ああ、あれな……なんか臭かったから捨てたわ」

「臭いって! 臭いってアンタ!」


 もう駄目だああ、と頭をぶんぶん振るブレイドル。

 哀れにヒンヒンヒンヒン泣き続ける彼の肩へ、ガレットが手を置いた。


「全く……無様だねブレイドル。所詮は腐れ意気地なし人間、普段は自信満々な癖して、いざ差し迫った状況に陥るとただ泣き叫ぶばかりって訳?」

「うう、誰が腐れ意気地なしだ、盗人の分際でええ……じゃあ君はこの絶望的な現状を打破できるだけの何かを持ち合わせているというのかい!?」

「全然ないけど」

「ないのかよ!! なら君も泣き叫ぼんでくれよ僕のようにみっともなくヒイヒイとさあ!! 一緒にバカみたいにボロボロボロボロ涙を零そうじゃないか!!」

「それは、ちょっと……普通に気持ち悪いからイヤかな」

「お前マジなトーンで普通に気持ち悪いとか言うの止めろや!! 僕だって傷付くわ異性に真正面からんなこと言われたら!!」


 半狂乱のブレイドル――しかし相対するガレットはなぜか余裕綽々だ。


「まあ落ち着きなってブレイドル、私たちにだって勝ち目はあるよ。……そうでしょう、シズムくん?」

「え……」


 言って、ガレットは俺の方へ瞳を向けた。

 半べそを掻きながら、ブレイドルもそれに従う。


「冷静に考えてみなよ。シズムくんほどの天才魔法使いが、何の確信もなくSクラス相手に喧嘩を売る訳がないでしょ」

「そ、そうかっ……! 僕ら凡人には到底想像もつかないような勝機が、彼の目には映っていたってことなのか!」


 二人は尊敬のまなざしをこちらに向けてくる。

 俺は、ふ、と鼻を鳴らし――低く言った。


「……ああ。そうだな、その通りだよ」

「おおおおおっ! す、凄い、流石は最も優れし魔法使いだ! 既に決闘の行方は君の掌の中に納まっているということか!」

「教えてシズムくん――ううん、師匠! 私たちは一体どう戦えばあいつから勝利をもぎ取れるの!?」


 先程までとは一転、希望が湧いてきた様子の二人。

 軽く首を回して、俺は彼らに近付いた。


「まあ待て。……まずな、ガレット。お前がガンドウに呪いを当てて、前後不覚の状態に追い込むだろ?」

「う、うん」

「次にブレイドルが斬り掛かるだろ?」

「うんっ……」

「それに合わせて俺がガンドウに全力の念動力をブチ込む」

「君突然何言い出してんの!?」


 ブレイドルが唐突にデカい声を出す。

 うわ、うるさいな。

 舌打ちをして俺は平坦な調子で言った。


「ピーチクパーチクとうるせえヤツだな。大丈夫だよタイミングは完璧に合わせるから、バレやしねえって」

「いやそれ反則じゃないか! 言い逃れができないレベルで反則じゃないか!」

「んだよ、そんなに気に入らねえのか? じゃあ、事前に俺のエネルギーの一部をお前らに分け与えておいて……」

「反則だから!! それ反則だから!!」

「うるっせーんだよクソ能無し男!! その程度のこと俺だって分かってるわふざけやがって!!」

「ひいっ!?」


 今まで必死に押し込めていた怒りが爆発する。

 我慢できないよ。

 もう我慢できないよこんな気持ち。


「勝ち目!? 勝機!? 笑わせんなよクズ共ある訳ねーだろそんな都合のいいモンがよ!!」

「そ、そんな身も蓋もない……!」

「どんだけ策を弄そうと運に恵まれようとなあ、アリが恐竜に勝てる道理があると思うか!? 思うか!? 思わねえよな!? ははは!! そういうことだよ!!つまりはそういうことなんだよクソったれが!!」


 埃の積もったロッカーを叫びながら蹴飛ばす。

 ばぐんと鈍い音が響き、風穴が空いた。

 それでも怒りと苛立ちは全く収まらない――感情に任せて喚きまくる。


「あああああド畜生なんであんなカスみたいなことほざいちまったんだよ俺は!! ふざけやがって!! 余計なこと言うんじゃなかったよ畜生がっ!!」

「し、シズムくんっ……そんなに私たちのことを心配してくれて――」

「テメーら凡人共のことなんざ知ったこっちゃねえわ!! 問題は俺のプライドだよプライド!!」

「あ……はい」


 戦うのはガレットたちだが、けしかけたのは俺だ。

 つまりヤツらが負けるってことは俺が負けるも同然なのだ。

 あのなんかキモいクソハゲ男に天才たる俺が敗北を喫するとかありえねえ。

 ほんとありえねえ。

 地球がひっくり返ってもありえねえ。

 認めてたまるかそんなモン!!


「ああクソったれめ、もういっそ今ここでガンドウに遠隔呪いでもブチ込んで心停止状態に追い込むくらいしかチャンスは……」

「流石に殺人に手を染める必要はなくない!? もっと何かこう、他にいい方法がある筈――」


 なんかもう暗黒面に堕ちつつある俺をガレットが必死で諌めようとする。

 その時――


「……残念だけど、シズムの言う通り」


 空っぽで、虚ろな――だけど、どこか疲れ果てた感じのある声が響いた。

 勿論、その主は、会話にすら参加しないまま隅で座っていた――


「もう、どうにもならない。……やりようなんて、ない」


 アクアマリオン、だった。



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