鬼畜
「シズムくんにとっちゃ、大したことでもないのかもしれないけど――私なんかからしたらさ、すっごいことだよそれは!」
ガレットは間の抜けた笑顔を浮かべる。
「初歩中の初歩、大した威力のない魔法であんなにたくさん悪者……っぽい人たちをやっつけちゃってさ! 全然大したことなくないよ! シズムくんは凄い立派な魔法使いだよ! 簡単にできることじゃないし、だから凄いって言うんだよ!」
一分の揶揄も、嘲りもなく――
ド直球な尊敬と愛情の念が言葉の端々から滲む。
秋のよく晴れた日とか、昼間の鮮やかな空とか――
そういう何だか分からないけど、無条件に温かみを覚えてしまうような何かがそこにあって。
だから、俺はこう思ったのだ。
……バッカじゃないのか?
そもそもさっきの強烈な吹き飛ばし自体、本当に大したことではない。
作りが簡素だからこそ初歩魔法なのだし――初歩魔法だからこそ内部構造を弄りやすいし、内部構造を弄りやすいからこそ威力の加減も容易なのだ。
赤ん坊ですらコツさえ掴んじまえば楽勝だろう。
誇りだか埃だか何だか知らんが、その程度の所業で凄いだのと……。
つくづく凡人は視野が狭いな。
くだらない、くだらない、くだらない。
ていうか――俺は俺の偉大さを深く誇るべき、だって?
ははっ、笑えるな。
んなことわざわざ言われんでも、俺はハナから自分の才能を誇りまくってらあ。
ただ、あの程度――凡人ですらその気になりゃできるようなことを誇る気にゃなれねえってだけだ。
が、わざわざ言いかえすのも大概面倒だ。
俺は舌打ちをして踵を返した。
「知るかそんなモン。――それより、ほれ。これ見ろよ」
根こそぎ抉られた床を指差す。
アクアマリオンが空洞に広がる暗闇を覗き込んだ。
「……これは」
「この下からデカい魔力を感じる。何を企んでるんだか知らんが、多分、あの連中の親玉がいるんだろうよ」
言って、失神している黒づくめ集団(一応死んではいない)を示した。
ガレットたちは息を呑んだ――ま、こんなに早くボス戦がやってくるとは思ってなかったんだろうな。
それはそれとして、エネルギーを掌に集中させる。
魔力球を生成、ターゲットを捕捉、のち拡散。
以上三工程を完了――球体が弾け、銀色の輝きがアクアマリオン、ブレイドル、ガレット、デッパを包み込んだ。
瞬間、彼らの身体がふわりと宙に浮いた
「! ……空中浮遊」
「こっから飛び降りりゃ、多分最下層まで一気にすっ飛んでいけるだろう。もたもたやるのは嫌いなんだ、とっとと行こうぜ」
返事も聴かぬまま、俺はさっさと穴へ飛び込んだ。
◇
得体の知れない、濁り切った液体の詰まった瓶。
ズル剥けの、胎児のような生き物がぷかぷか浮かぶカプセル。
ズタズタになった、研究手記らしきノート。
ドス黒い、煤のような血液のような――気味の悪い何かしらでドロドロになった壁。
ここは、研究室か?
漂う悪臭に鼻を抑えつつ思う。
それにしちゃ恐ろしく汚い――肉の腐ったような強烈な臭気が立ち込めている。
おまけに、どういう訳だか分からんが――空気中の魔力濃度が異様に高い。
もし俺が非魔法使いだったら、一分と経たずに失神していただろう。
だが――と、転がっていた白衣を拾い上げる。
鼻先に持ってきて検分し、辺りを見回す。
案の定だ――つい最近まで、ここは使われていたんだ。
「――シズム。やはり、この場所はおかしい」
不意に声を掛けられる。
青く揺れる髪――アクアマリオンだ。
「何だお前かよ。言われんでも分かるわそんなこと」
「いや、そういうパッと見の印象の話ではなくて。……放置されていたレポートの残骸を調べていたのだけど」
彼女は胸に抱えていた羊皮紙をぺらぺらと捲った。
「どれもこれも、全て肝心な部分だけが破かれている。自然にこうなったというのはまず考えられない」
「ふむ……」
つまり首謀者にゃ既に逃げられてる、ってことだろうか。
また面倒な。
「……だけど」
呟き、アクアマリオンは顔を歪めた。
「少なくとも、相当に常軌を逸した――凄惨な何かがこの場所で繰り広げられていた、というのは明確に理解できる」
――正真正銘、鬼畜の所業。
彼女は低い声で吐き捨てた。




