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クマちゃん



「それでは――試合、開始っ!」


 審判の合図が掛かる。

 さあ、一気にサイコキネシスでブッ飛ばしてやる。

 散々ふざけたこと抜かしやがって。

 すぐにそのニヤケ面を苦痛と恐怖で歪ませてやるんだ――


 ……いや、待てよ。

 寸前、俺は思い留まった。


 よく考えてみろ。

 あんな腐れ凡人共相手に始めからそんな全力をブチかますのもどうなんだ?

 気が引けるというか、プライド的に色々我慢ならない。

 アクアマリオンと戦った時ですらロクにやる気が出なかったってのに、たかがCクラスとBクラス如きにマジになるのもなあ。

 

 ……よし。

 俺は魔法を使う構えを解いた。


「シズムくん……? どういうつもりなの、その無防備な格好は?」

「ハンデだ。このまま一瞬で決めてもつまんねえしな、先手は譲ってやる」


 びしっと人差し指を突きつける。

 それを受け、ガレットは頬を真っ赤にして身体をくねらせた。


「ほんとにっ!? や、やっぱりシズムくん、優しくて素敵……うう、ますます好きになっちゃうよう……」

「し、しっかりしろアラヤヒール! 素敵っていうかただ舐められてるだけだよあれは! もっと言うと遠回しにザコ呼ばわりされてるんだよ!」

「舐められてる……!? な、何急に変なこと言い出してるのさブレイドル! 私がシズムくんに舐められてるだなんてそんな突然卑猥な冗談をあなた!」

「畜生駄目だ完全に正気を失って……!!」


 正気じゃないのはお前も同じだよ。

 ていうかいつになったら掛かってくるんだこいつらは。

 ……と思っていたら、ブレイドルがようやく真面目な表情を作った。


「――仕方がない。君と比べれば、僕の才能なんて微々たるものだが――それでも今までの努力が無駄だなんて、そんなことは言わせない!」


 お、なんか真剣に語り出したな。

 いよいよ来るか。


「故に、必ず君を打ち倒してみせる! だから、行け――ゴンゾゾっ!!」

「いやお前は来ねえのかよ!?」

「ああ、来ないさ! ズタズタにされるのは普通にイヤだからね!」


 堂々と怪我怖い宣言をするブレイドル。

 情けないってレベルじゃねえぞ。


 そんな腰抜けブレイドルはさておき、ゴンゾゾの反応は速やかであった。

 雇い主の命令を聴いた瞬間、物も言わぬまま俺の方へ突っ込んできた。

 そして意外と素早いゴンゾゾ素早い。

 足の筋肉が凄い。

 おまけに動きも相当こなれてやがる。


 だがまあ、所詮は凡人の範疇だ。

 俺の敵ではない。

 突進を寸前で躱した後、魔力を纏わせた手刀を首へ叩き込む。


「ア、グッ……!?」


 あっさりとゴンゾゾは崩れ落ちた。

 ブレイドルが悲鳴を挙げる。


「ああっ、ゴンゾゾが一撃で!?」

「シズムくん、やっぱりすっごーい! ゴンゾゾさん昔一人で神獣を三日三晩足止めし続けたことあるって言ってたのに一発で倒しちゃった!」

「マジで何者なんだよゴンゾゾ」


 ……で。

 ぎろりと俺は二人を睨み付けた。


「まさか、これで終わりじゃねえだろうな」

「ええっ!? い、いやっ、まっさかぁ! そんなことは全然ないさ全然!」

「こっちもいい加減飽きてきてんだよ。そろそろ終わらせたいんだけど」


 俺はイライラと膝を揺する。

 ブレイドルは真っ青になりながら、ガレットの方を振り向いた。


「ち、ちょっと待ってくれよ、え、えーと、ほら! ガレット、君何か凄い奥の手があるって言ってたろう!?」

「ふっふっふ……その通り。私にはある切り札があるんだよ」


 む、切り札だと?

 だが――別に何か凄い術を覚えてきた訳ではない、と彼女は語っていたが。

 となると、武器の持ち込みか?

 それは禁止されている筈だけど、こいつらにそんなこと言ったってなあ。


 内心で思いを巡らせる俺をよそに、ガレットは不敵な笑みを浮かべ、ポケットに手を突っ込んだ。

 そこからずるずると音を立てて現れたのは――


「……おい、何だそりゃ」

「シズムくんったら、見れば分かるじゃない! クマちゃんのぬいぐるみだよ!」

「どこで拾ったんだ」

「ゴミ捨て場! ついさっき見つけたの!」

「……。それを使ってどう俺を倒すんだよ。生贄にでもするのか」

「そ、そんな惨いことしないよ! ほら、このぬいぐるみ可愛いでしょ!? こんなに可愛くてフカフカなものを攻撃するだなんて、幾らシズムくんでも――」

「おりゃ」

「あああああああああああ何てこったクマちゃんが八つ裂きに!!」


 ズタズタにされたクマちゃんは臓物(綿)を撒き散らしながら地面へ落ちた。

 可哀相なクマちゃん。

 焼却場で安らかな死を迎える筈が、あんなクソバカに拾われたばかりに八つ裂きにされちまうなんて。

 恨むんなら俺じゃなくてガレットを恨めよ。

 来世は気の優しい子供の元で健やかに過ごせることを祈るぜ。


 ガレットは半泣きになりながらクマちゃんの残骸を掻き集めている。

 綿を胸に抱きながら彼女は叫んだ。


「ひ、酷いよシズムくん! あんな一切の躊躇なくクマちゃんを!」

「んなこと言われてもなあ」

「ほら! 怒ってるよ! いきなり酷いことされてクマちゃん怒ってる!」

「え、クマちゃんそんなになってもまだ生きてるの……?」

「残留思念だよ。ほら……よく耳を澄ませてシズムくん、何かが聞こえる……」


 綿を顔の辺りまで持ち上げて、ガレットは裏声を出した。


「もーう、シズムくんったら! いきなり臓物ごとズタズタにするだなんて、乱暴者めっ! でも、ちゃーんと謝ってくれたら許してあげよっかな~っ!」

「クマちゃんの心広過ぎないか?」

「ね、クマちゃんもそう言ってるよ!? だから早めに謝――」

「おりゃ」

「あああああああああクマちゃんの臓物が四方八方にいいいいいい!!」


 ガレットの抱えた綿の八割くらいが俺の起こした風ですっ飛んでいった。

 彼の内臓は多分鳥の巣とかになって別の命を育んでいくのだろう。

 よかったなクマちゃん、お前の死は無駄ではなかったぞ。


「な、何てことするのさシズムくん! クマちゃんが可哀相とか思わないの!?」

「無機物に感情移入し過ぎるといずれ気が狂うぞ」

「むうっ、むうううう~っ! し、シズムくんのばかあああっ!」

「うわ止めろガレット! クマちゃんの内臓を目くらましに使うな!」


 僅かに残った綿をこちらへ投げ付け、殴りかかってくるガレット。

 しかし悲しいかな、信じられないくらいパワーがない。

 ほぼマッサージみたいなモンである。

 俺は彼女の頭をぽこんと引っ叩き、突き飛ばした。


「うひゃっ! うう、酷いよシズムくん……で、でも、そういうワイルドな一面も悪くないかも……」

「言ってる場合か! くっそう、もう作戦は使い切ってしまったぞ……!」


 焦った様子のブレイドル。

 おう、これで完全に打つ手ナシなのか。


 ……なら、もういい加減、おしまいにするかな。




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