操り人形
「おい、二人とも出てきたぞ!」
「あ、あいつら、沼の中で一体何をやっていたんだ!?」
「分からん……だが、つい先程まで、会場が揺らぐほどの凄まじい魔力が生じていたことは確かだ」
「ああ。目には見えないけど、とんでもない戦いが繰り広げられていたってのは俺にも理解できるぜ……!」
「これが、Sクラスの力だってのか……。す、凄まじい……!」
ざわつく会場。
観客は恐らく、状況は未だ五分だと思っているのだろう。
だけど実際は違う――私の方が遙かに不利だ。
……一連の攻撃で、魔力を大量に使い過ぎてしまった。
もう気軽に大きい術は撃てない。
しくじった、と内心で舌打ちする。
中途半端に短期決戦を狙ったのがよくなかった。
これで、もう、完全に後がない。
――しかし、まだ勝機はある。
姿勢を低くして、シズムへ突っ込む――途中、不可視の魔力針を放った。
が、鼻先で弾き返される。
「威力が落ちてきたな。ぼちぼち追い込まれてきたんじゃないか?」
バカにしたように呟くシズム。
大当たりだ――でも。
「ううん。違う」
「は?」
目を丸くする彼を尻目に、私は残りわずかなエネルギーを解き放った。
明後日の方向へ飛んでいった魔力針を、念動力で捉える。
分裂魔法で数を増やし――舞台に点々とできた水溜り、その中心部めがけて飛ばした。
針を通じて、水に溶けた私の力が高速で循環する――
大気中の魔力濃度が、指数関数の如き勢いで跳ね上がっていく。
「む……」
やがて淡い紫色の霧が生じ、舞台を包み込んだ。
シズムは眉を顰め、風の魔法で吹き飛ばそうとする――が、効果がない。
「――本当に追い込まれているのは、あなたの方」
「何を、戯けたことを――んん?」
言って、念を込める。
しゅるしゅると霧が音を立て、幾筋にも分かれ――
シズムの四肢を、絡め捕った。
彼は何度か瞬いた後、他人事のように言った。
「……わお。捕まっちまった」
「抵抗しても無駄。その霧は物理的な干渉をシャットアウトする」
――虚ろなる水底の戒め。
単純な拘束ではなく、条理そのもの――その一部に働きかける魔法。
極めて限定された状況下において、世界の法則をほんのわずかに書き換える。
発動手順が複雑な上、コストパフォーマンスも壊滅的――だが、それを補って余りある反則的な力を持った、禁術中の禁術だ。
私ですら習得までに五年掛かった。
この術で、シズムの魔力を完全に封じた。
もはや抵抗のしようもあるまい。
私は“内側に水の入った半透明のぬいぐるみ”を振りかざした。
「これでもう、私が次に繰り出す攻撃を絶対に躱せない。あなたほどの実力者ならば、この程度の状況は容易く想像できた筈」
――自分の力を過信し過ぎるから、こうなるのだ。
根っこに意識を集中させる。
魔力の本質を理解し、それ以外を全て切り捨てる――
エネルギーはほぼ完全に尽きているが、“アレ”を使えば、シズムをノックアウトできる程度の魔法は撃てるだろう。
「過信し過ぎる、ったってなあ。俺は、俺自身の力を正当に評価しているつもりだぞ。どうだっていいけどな」
とぼけた顔でシズムは言う。
この状況でまだそんな強がりを吐くのか。
本当に図太いヤツだ――
…………いや、待て。
シズムは今、何と言った?
――過信し過ぎる、ったってなあ。俺は、俺自身の力を正当に評価しているつもりだぞ。どうだっていいけどな――
何かがおかしい、変だ。
違和感がある。
まるで洋服のボタンを一つ掛け違えたまま表に出ようとしているような、気持ちの悪い不自然さ。
嫌な汗が背筋を滑り落ちる。
落ち着け、よく考えろ。
何だ、一体彼の言葉の何がこんなにも引っ掛かっているのだ?
過信し過ぎる、ったってなあ。俺は、俺自身の力を正当に評価しているつもりだぞ――
……過信、し過ぎる?
唐突に気が付き――ぶわっ、と鳥肌が立った。
薄く笑うシズムを、睨み付ける。
バカな。
ありえない――あってたまるか、そんなふざけたことが。
まさか――まさか、今まで私は彼の掌の中で踊らされていただけだというのか?
だけど。
だけど……。
震えが止まらない。
もう、まともに戦う気など起きない。
ゆっくりと、右手を空に突き出す――何事か、と観客の視線が集まった。
ガタガタと震える声で、私は言った。
「き……棄権、する。私の、負けで、構わない…………」




