余計
会場は静まり返っていた。
誰も何も言わない、喋らない。
ただひたすらに静寂が広がっている。
何たって、Sクラス同士、一対一の試合だからな。
そりゃこんな雰囲気にもなるわ。
観客席を見やる――反応は様々だ。
期待に目を輝かせる者、興奮に息を荒くする者、流れ弾が飛んでこないか不安げな者。
共通しているのはただ一点――皆、俺たちの戦いを決して見逃さないよう、瞬き一つせずにこちらに注目していることか。
さて、ヤツ――シルファ=アクアマリオンの実力はどんなものだろうか。
彼女は何の感慨もなさそうに突っ立っている。
家名からして水に関わる術を使ってきそうな気がするけど。
ま、いずれにせよ、戦えば分かることか。
「――シズム=ドラゴリュート」
唐突に名前を呼ばれる。
ん、何だ。
「私に、手加減は不要。全力で来て」
真顔で、シルファは言い放った。
……あ?
俺はぽかんと口を開いた。
「今まで私はトーナメントに出たことがなかった。でも今回は出る気になった。その理由は、シズム――あなたの真価を知りたかったから」
訥々と彼女は語る。
「ガンドウもスズネも、あなたにそこまで期待していなかった。私も最初はよく分からなかった。でも、あなたと目が合った時、何か底知れないものを感じた。その正体を、戦いを通して掴みたい」
シルファは平坦なリズムで言葉を連ねる。
最後にこう締めくくった。
「大丈夫。こう見えて私も、そんなにヤワではないから」
……へえ。
つまり、まとめるとこういうことだな。
シルファ含め、Sクラス連中は俺の力の程を測りかねている――いや、見くびってすらいる。
で、実際の所どんなモンなのかを知るために彼女はトーナメントに出た。
だけど、自分には俺のフルパワーを受け止めきれるだけの強さがある、と。
なるほど。
なるほど、なるほど。
――ふざけたことを抜かしてんじゃねえぞ。
「っ……」
「随分と、舐められたモンだな――俺も」
精神が荒れ狂う――魔力が渦巻き、吹き荒ぶ。
久々に、頭に来た。
シルファの顔色が急激に悪化していく――青い、を通り越してもはや白い。
人形めいたかんばせに、脂汗がふつふつと浮かぶ。
少し心の中を覗いてみたら、「余計なことを言うんじゃなかった」と猛烈に後悔していた。
はは、愉快だな――だけど、前言を撤回するつもりはないぞ、俺は。
先に吹っかけてきたのはそっちなんだからな。
――俺には嫌いなものが三つある。
一つ目は欠片ほどの希望にいつまでも追い縋り続ける凡人。
二つ目は能力もない癖にやたら偉ぶる凡人。
そして最後、三つ目が――
「ほんの少しだけ、真面目にやってやる。それがお望みなんだろう?」
「……もち、ろんっ……望む、ところ……」
「おう、そうかい。それじゃあ――」
格の違いってヤツを理解できない、凡人だ。
「――行こうぜ」
◇
戦闘開始が合図された瞬間――私はすぐさま根っこ、“内側に水の入った半透明のぬいぐるみ”を取り出した。
エネルギーの絶対量で大幅に劣る以上、様子見で弱い術を繰り出すのは下策――短期決戦を狙うしかない。
棒立ちのシズム目掛け、淡い青色のエネルギー弾を繰り出す。
シズムはバリアを展開し、攻撃を受け止めて――目を見開いた。
「ん……うわ、何だこりゃ」
彼の全身を水の膜が覆っていく。
私の十八番だ。
「お、おい、あの術……もしかして“水牢の坩堝”か!?」
「水牢の坩堝!? それって、相手の身体中、特に呼吸器を薄い水で包み込み窒息させるっていう、あの水牢の坩堝!?」
「与える苦痛もさることながら、使用には微細な集中が求められるが故に戦闘中の使用は極めて困難な魔法――なのだが、流石はSクラス、ああも易々と……!」
妙に事情通な観客が大声で喋ってくれたお陰で、皆慄いている。
まあそれはどうでもいい――ひとまず、先制攻撃が決まってくれた。
この術は一度受けると自力での解呪はほぼ不可能――
「ほっ」
――の筈だった。
弾け、飛び散る音。
この男、魔力を全身から吹き出させて無理矢理呪いを吹き飛ばしてしまった。
観客は唖然としている――何という力技だ。
私の方を見て、彼は凄絶に笑む。
「こんなつまんねー術出してねえで、もっととんでもないの使えよ。本気で来て欲しいんだろう?」
……まるで力の底が読めない点だけは、予想通りか。
苦しい戦いに、なりそうだ。




