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圧倒的な力



 なびく白銀の髪と、ほのかに紅の差した滑らかな肌。

 寸分の狂いもなく形成されたかんばせは、女と見紛う程に愛らしい。

 玲瓏とした美少年――シズム=ドラゴリュート。

 宙に浮く彼は、無表情に、怯えの欠片も見せぬままベヒーモスを見据えていた。


「あの女の子、まさか……ベヒーモスをに立ち向かうつもりか?」

「む、無茶だ! AクラスとBクラスですら歯が立たなかったのに!」

「でも、私たちを治療したのって、多分、あの子でしょ?」

「これだけ大規模な魔法を使えるんだ。もしかしたらっ……!」

「世迷言を。相手は特A級のモンスターだぞ」

「君、早く降りろ! どう考えても我々の手に負えるモンスターじゃない!」


 口々に言葉を交わし合う生徒たち。

 彼らの心配は至ってまっとうなものだろう。


 ――神獣とは太古、女神の時代に龍のしもべとして創り出された生命体だ。

 現在の生物と比べ物にならないほどの力を持っていた彼らは、かつてこの世界で繁栄を謳歌していたのだ――今となっては信じがたいことだけど。

 でも、彼らは女神がこの地を去ると共に彼らは姿を消していった。

 まるで私たち人類と入れ違いになるみたいに。


 だけど、どうやら全ての神獣が姿を消したのではなかったらしい。

 ほんの僅か数匹ほどが消滅を免れたらしいのだ。

 ……女神の命に逆らった対価か、正気を完全に失った状態で、という但し書きが付くけれど。

 

 彼らはあらゆるもの、あらゆる場所に見境なく死と破壊をばら撒き続けた。

 何せ数千年以上昔の話だ――具体的にどれだけの被害が生じたのかは、今となっては分からない。

 ただ、僅かに残る当時の資料の内容を鑑みるに――少なくとも三つの国が滅び、一つの大陸が消失したと考えられる。

 ……これは、被害を最小限に見積もった場合の計算だ。


 現在、神獣はその大半が封印されている……そう、大半だ。

 今なおごく少数の神獣は痛みを撒き散ら続けているのだ。

 そして、それを鎮圧しようとする国は存在しない。

 ――神獣の恨みを買って、滅ぼされるのを恐れているからだ。


 私たちの目の前に居るのが、その残党――未だ野に放たれたままの神獣の中でもトップクラスに凶暴なモンスター、ベヒーモスなのだ。

 幾らシズムが最も優れし魔法使いであると言えど、彼もまだ子供。

 ベヒーモス――神獣相手に勝ち目などあろう筈もない。


 ……そう。

 ありえない筈、なのに。


 シズムは、生徒たちの声は届いていない。

 無表情で――彼らの言葉を聴くことそのものを拒んでいるみたいに。

 ただ孤高で、孤独で――格の違いを見せつけるみたいに。


 ちいさな腕が動く。

 彼は、ベヒーモス目掛けて掌を翳した。

 明らかな攻撃動作――しかし、神獣はピクリとも動かない。

 つい先程まで殺意と狂気にまみれていた彼は今、酷く尊いものに抱き竦められたかの如くその身体を静止させていた。


 その様子に、シズムは目を細め――ゆっくりと魔力を収束させ始めた。

 壁が、地面が、大気が、木々が鳴動する。

 そのしなやかな身体へ、膨大なエネルギーが集まっていく。


「な――なん、だっ、この常識外れの魔力は……!?」

「バカげてる……世界が震えるくらいに猛烈なエネルギーだ……」

「お、おい。今気付いたけど、あいつ、闇のドラゴンを召喚した子じゃないか?」

「!! ほ、本当だ!! あの美貌……間違いないぞ!!」

「闇のドラゴン!? ちょっと待ってくれ、そりゃどういうことだ!?」

「噂だと思っていたけど、まさかマジだったのかよ!?」

「別グループの判定で、とんでもない根っこが出たとは聞いていたが……」


 混乱する生徒たち。

 なおも立ち尽くすベヒーモス。

 そのどちらに対しても無関心に、シズムは――少しだけ、嗤った。



 瞬間――極大の光の柱が、天を衝いた。



 星と地の底をうねる、原初の生命と同じ色――灼けるほどの紅。

 昇る太陽、橙を淡く纏う雲、暁の色――眩しいほどの黄金。

 光、その内側に潜む七つの気質、一つの世界――全き虹。

 柱の内側でありとあらゆる極地が唸る、荒ぶ、抱き締める、慈しむ、滅する。

 輝きの奔流に巻き込まれたベヒーモスは、悲鳴を挙げる間もなく消滅した。


 ――私たちは、その光景に見惚れてしまっていたのだ。


 数百メートルはあろうかという攻性魔力――それを一切の予備動作なく練り上げるセンス。

 街一つ程度ならば容易く消し飛ばせるであろうリーチ。

 それだけの大規模魔法の実現が可能なほどに膨大なエネルギー。

 間違いなく天才の所業だ――だけど、そんなことはどうだっていい。


 ただ、途方もなく、美しい。

 それだけだ、それだけなのだ。


 生徒たちは一人、また一人と息を漏らす。

 涙を流す。

 呻く。

 生まれて初めて真に尊いものを見出した愚者の如く、シズムの前に膝を着く。

 誰もが確信してしまったのだ――彼こそが過去未来全てにおいて並び立つ者なき“最も優れし魔法使い”、そして世界に変革をもたらす存在であると。


 鮮やかな輝きを受けて煌めく白銀、シズム=ドラゴリュート。

 この瞬間、確かに彼は女神であった。


 だが――皆が感動に打ち震える中、私はほくそ笑んでいた。



 ――シズム=ドラゴリュート。

 ヤツの弱点を、掴んだかもしれない。



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