深い所を
「ベヒーモスを、一撃……!? 僕は、夢でも見ているのか……?」
「やっぱりシズムくんは凄いねえ。さっすがSクラス!」
「えすくら――Sクラス!? 学院の設立から数千年経った今でも、合格者は片手で数えるほどしか存在しないというSクラスに、彼女は所属しているのか!?」
「ん、彼女じゃなくて彼だよ? シズムくん男の子だもん」
「男の子!?」
煙で真っ黒に煤けた空――その暗闇を切り裂く極彩色の閃光。
人智を超えた絶技の残響を遠巻きに眺めながら、私たちは突っ立っていた。
ブレイドルはシズムくんの所業にバカ面を晒している。
「……信じられない。訳の分からないことばかりだ。あれだけの超特大魔法を根っこも出さぬまま……いや、彼にとってはあの程度、根っこを出すまでもない児戯であったということか? 凄まじい、何という天才振りよ――」
とか何とかブレイドルは一人でブツブツ呟いていた。
盗人ブレイドルの血を継いでいるだけあってほんと気持ち悪いなあこいつ。
でも、シズムくんの凄さが分かってるのは、まあ、評価してやってもいいか。
あの子が褒められてる所を見ると、不思議と胸の奥が暖かくなるんだ。
ううん、それだけじゃない。
Cクラスで私の態度を笑ってきたあの人たちを、一睨みで対峙しちゃった時の凛々しい顔とか、初めて出会った時の屈託のない笑顔とか。
――私の手を握ってくれた時の、どこか照れたような顔とか。
そういうのを思い出す度に、どうしてだろう――嬉しくて、心が踊ってしまう。
ほっぺたに血が上ってしまう。
もしかして、ほんとに好きになっちゃったのかなあ。
どうしようかなあ、うう。
……でも。
別れ際の、最後に見たシズムくんの顔を思い出す。
どうしようもなく怒っていて、冷たくて、それが少しだけ怖くて。
――だけど、あの子は凄く、凄く、悲しそうだった。
「噂には聞いていたんだ。先生方がひっくり返るくらいに凄まじい根っこを出した新入生がいるって。それが、彼――シズムくんなのだろう?」
「あ、うん。そうだね」
物思いに耽っていると、ブレイドルがぶしつけに声を掛けてきた。
もっとシズムくんのことを考えていたかったので、適当に返す。
「やはりか……。なあ、アラヤヒール。君は、彼の根っこを直接見たのか?」
「うん。見たけど」
「……教えてくれ。シズムくんの根っこは、どんな形を取っていたんだ?」
「言っても信じないよ」
「聞いてみなければ分からないさ。頼む」
私は、小さく溜息を吐いた。
「――闇のドラゴン」
「は……?」
「シズムくんの根っこは、闇のドラゴンだよ。ずっとずっと昔に女神さまの使い魔だった――世界で、一番偉かった生き物。それと同じ姿をしているの」
ブレイドルは、かくんと顎を落とし――乾いた笑い声を挙げた。
「は、ははは……冗談、だろう? 闇のドラゴン、だって? じ、じゃあ、シズムくん……彼こそが“最も優れし魔法使い”だというのか?」
「ほらやっぱ信じてないじゃん。クソ嘘つきブレイドル」
「く、クソとか言うなよ! 何だよクソ嘘つきって酷すぎるだろう!」
でも、とクソ嘘つきの盗人はクソ真面目な顔を作った。
視線の先――虹と黄金の残り香を受けて、信じられないくらい綺麗な姿になったシズムくんが、宙に浮いていた。
あの場所、あそこだけが、違う場所――触ってはいけない、とても大切な所みたいに、そういうふうに思えた。
「あれを見れば分かる――君の言葉は真実だ。なるほど確かに、どれだけ努力を重ねようと、シズムくんには到底敵いそうもない。……僕は、彼に随分身の程知らずな物言いをしてしまったな」
「釈迦に説法ってヤツね。一生反省しなさいよクソ虚言癖人間」
「クソ虚言癖人間!?」
やいやいと騒ぐブレイドルを無視し、私は改めてグラウンドを眺める。
――本当に、酷いことになっちゃったな。
確かここは危ない術の訓練にも使われる場所だから、相当頑丈に作られていた筈なのだけれど、今はそこら中穴ぼこと傷跡だらけだ。
当分、外授業はできなさそうだなあ、と他人事のように思う。
ただ――多分、シズムくんが放ったのであろう治療魔法のお陰で、死人はおろか怪我人の姿は皆無らしい。
救われた皆は、彼の偉大さに打ち震えているようだ。
「それにしても、何という破壊規模だ……。しかし、これほどまでの力を才能至上主義者たる彼が秘めているとなると――」
「……凄いなあ」
「え?」
率直な気持ちが、口を衝いて出てくる。
「シズムくんは、凄いよ。ほんとに」
「そ、そりゃまあ僕もそう思うが。しかし……恐ろしくないのか?」
「恐ろしい? 何が?」
「いや、あのような過激な思想を持つ者だぞ。万一力を悪用し始めたら……」
「……違うよ」
つい、口調が強くなってしまう。
私の様子に、ブレイドルは怖気付いたようにわたわたと両手を振る。
「い、いや、君が彼に好意的なのは分かる。しかしだな――」
「本当に才能のない人に価値がないって思っていたなら、皆の怪我を治してあげたり、私を助けたりなんかしないでしょう」
「それは……そうだが」
――シズムくんは、恐れられる対象なんかじゃない……と、思う。
思うのだ。
あの子の翡翠色の瞳の向こう側に灯る、凍てついた炎。
その正体を知りたい。
私に、生徒たちに、“能無し”に見せた優しさの理由を知りたい。
努力を嫌う――憎む理由を知りたい。
どうしようもなく惹かれてしまったのだ。
触れたい――傍に居たい。
そう、本能的に思ってしまったのだ。
「私は……シズム=ドラゴリュートのことをもっと知りたい。変な色眼鏡とか、先入観とか、そういうの全部取り払って。あの子の深い所を、見てみたいの」




