第11話 あぁ、素晴らしき日常 ねぇ、素晴らしいでしょ。
※一部修正しました。
この世界ではという意味のつもりでしたが、読み返してみると実在する制度への悪口の様になっていた部分があったので、修正しました。
ストーリーには影響はございません。
申し訳ございませんでした。
『幻想生物より吸収した幻想因子を使用し所持者の精神への介入を開始、――不要部分の削除完了。――人格の改竄開始、――完了。取り敢えず今はこれくらいで十分でしょう。それではお目覚めください、御主人様』
サクヤは朝、目が覚めると前日の事が嘘だったかのように晴れ晴れとした気分になっていた。
(俺は何を悩んでいたんだ)
サクヤは昨日の自分に溜息をつく。自分の使命は初めから決まっていたではないか。神と神の意思によって選ばれた神意能力者を殺す事、それが自分がこの世界でやるべき事だ。
今は殺害対象であるカナタと一緒にいるが、それは今後の事を考えて利用価値があると判断したからにすぎない。
一日も早くこの国で学ぶべき事を学んで、カナタを殺して次の神意能力者を探して、殺さなければならない。
その為には利用できるものは利用していかなければ。サクヤの中でそんな考えが渦巻いていた。
「――うぅん、サクヤ様……」
サクヤがベッドから上半身を起こしていた所為で、一緒のベッドに寝ていたカナタが目を覚ました。サクヤはそんなカナタの耳元に口を近づけ、親しみを込めて囁いた。
「おはようカナタ、今日もとても綺麗だね」
「あっ、おはようございますサクヤ様! ――ええと、ありがとうございます!」
サクヤの言葉にカナタは頬を染めながら答える。イスラが言っていた通り、カナタはそのセリフで天にも昇る幸福を味わっていた。
好きな人が朝一番に自分の言って欲しい台詞で起こしてくれるのだ。嬉しくない訳が無い。その証拠にこれから一日カナタは終始笑顔で過ごす事になるのだった。
(そう、利用するんだ……、全てを……)
サクヤは何の疑問も無く、その考えが自分自身の本心であると信じていた。
◇◇◇
朝、サクヤはカナタを適当にあしらいながら仕度を済ませる。最初は戸惑っていた着替えなども問題なくこなし、部屋を出る。
「お手伝いが出来なくて残念です」
「ごめんごめん」
手伝いが必要なくなったのはカナタが散々教えたからなのだが、本人はその事に気が付いていない様だった。そんなカナタを見て、サクヤは面倒な女だなと思った。
「はい、サクヤ様。あ~ん」
「――あむ」
朝食を食べる為にサクヤとカナタは食堂にやって来た。
本日の献立はベーコンとフレンチトーストで、カナタは切り分けたフレンチトーストをサクヤの口に運んでいた。
カナタが自分の分を食べさせてくるので、サクヤはお返しに自分の分をカナタに食べさせた。カナタは幸せそうな顔をしていたが、たまたま食堂に居合わせた者達は恨めしそうな顔で食事をしていた。
「それでは、本日の訓練にはサクヤ様にも参加していただきます」
「よろしく頼む」
朝食が終わったあと、兵達と訓練をしてくると言ったカナタに、自分も参加したいと頼んだサクヤは、特に反対もされず訓練場に案内された。
「サクヤ様は私が付きっ切りで教えますので、他の者は適当にグループを組んで訓練を開始してください」
その一言を聞いて兵達が各々パートナーを見つけ、訓練を開始する。おそらくサクヤが来た段階でこうなる事を予期していたのだろう。誰も不満の声を上げなかった。
(これでいいのか、この国の兵士は)
だからドラゴンに為す術なく殺されるのだと思ったが流石に口には出さなかった。
そんな事を考えていたサクヤだが、兵達の中に安堵の表情を浮かべている者を発見すると何やら嫌な予感を感じ始める。
「それでは始めます。サクヤ様武器を構えてください」
「わかった、――形成」
サクヤは形成したグランエグゼをカナタに構える。その時、心の中に何かモヤモヤした感情が生まれるが無視する事にする。
「それでは、始め!」
カナタの掛け声と共に訓練場の至る所で金属音が鳴り始める。サクヤがその音に気を取られていると、カナタが突然、通常状態の最高速度で走り出した。
「遅い!」
「――んなっ!」
サクヤは予想外の出来事に声を上げた。
「サクヤ様、油断し過ぎです。そんな事では死んでしまいますよ」
カナタが死んでしまうと忠告したのは嘘ではない。現にサクヤは今、カナタの刀によって太股を斬られていた。
傷は深くないが、これがもし、急所への攻撃だったら致命傷も有り得た。それくらいサクヤは無防備だったのだ。
「これは訓練じゃないのか!」
「訓練ですよ? だから急所は外しました」
そう言いながらカナタは真剣を構える。
サクヤの中の訓練は寸止めか、刃を潰してある剣で行うものだったが、カナタの中の訓練は殺さない程度に手加減した実戦だった。
そんな馬鹿なと思ったサクヤだが、ある事に気が付く。
この世界の人間は異常なまでの自然治癒力を持っている。ならば、死にさえしなければ訓練だろうが相手を切り刻んでも問題は無いという事なのだ。
更に言えば、サクヤの自然治癒力が高い事はカナタにも知られている。少なくともレッドドラゴンに与えられた傷以下のダメージは与えても大丈夫と判断されているのだった。
「それでは、次行きますよ」
「やってやろうじゃないか!」
命は保障されたとしても痛いものは痛い。苦しむのが嫌ならば相手を倒すか、攻撃を捌ききるしかないと理解したサクヤはカナタを迎え撃つ。
しかし、思考加速を使わずにカナタの攻撃を全て防ぐ事は出来ず、サクヤの体はどんどん傷だらけになっていった。
「良かった、今日はカナタ様の訓練相手をしなくて済む」
「あの人、よくカナタ様の攻撃を耐えられるな。俺なら10秒も持たないぜ」
「ってか、サクヤちゃんだっけ、あの娘あんなに傷だらけになって大丈夫なのか?」
「あぁ、何でもあの子は高ランクの幻想因子保有者らしくて、なかなかの回復力らしいぜ」
「それは何と言うか、逆にご愁傷様って感じだな」
幻想因子保有量が多い人間が、殆ど魔道具職人になってしまうエスタシアでは、軍に所属する兵士達の幻想因子保有量は大体CかDランクである。
幻想因子の少ない彼らは、あまり深い傷を負うと回復できない。その為カナタは普段、かなり手加減して訓練を行っていた。
しかしカナタは、サクヤ相手には殆ど手加減する事無く、急所を外す以外は全力に近い攻撃を繰り返している。
これに対してサクヤは、必死に攻撃を防ぐが、どんどん傷だらけになってしまう。
「ほらほら、防がないと大変ですよ」
「わかってるさ!」
それでも何とか攻撃を防ごうと努力した結果、少しずつだが、攻撃を防げる様になっていく。
人間、追い詰められると集中力が増す様だ。
『学習能力強化装置正常稼働中、これだけしてあげているのですから、多少は強くなってくださいね』
何かの声が聞こえる様な気がしながら、サクヤは訓練を続ける。
「こういう時は、こうです!」
「ぐはぁ! くそっ!」
刀に気を取られ過ぎたサクヤは、カナタの放った蹴りにより吹き飛ばされるが、すぐに立ち上がり迎撃体勢に入る。
「遅いです!」
しかし、その行動を読んでいたカナタは、サクヤの目の前で右斜め前に跳び、サクヤの横に回り込んで刀を振るう。
「――っ!」
その一撃で腕を斬りつけられたサクヤは苦悶の表情を浮かべるが、何とか距離を取り次の攻撃に備える。
「なかなか頑張りますね! でも次はどうですか!」
「来い! カナタ!」
こうしてサクヤとカナタの戦闘訓練はニ時間連続で行われ、ボロ雑巾の様になったサクヤは、カナタによって介抱される。
そして、傷が治ったのを確認すると、昼食を食べてから第二ラウンドを開始。訓練はサクヤがまたボロ雑巾になるまで続けられた。
その光景を眺めていた他の兵達は数日間、血塗れの美女二人が延々死闘を繰り広げる悪夢にうなされる事になるのだった。
◇◇◇
カナタとの訓練により、若干遅い時間になりながらも、サクヤはイスラの研究室に訪れていた。
「こんな時間に悪いな」
「気にするな、ちょうど今日の仕事は終わったところだからね。君と話していると楽しいし、一人でやる事も無いし、私に不満は無いよ」
イスラは一般人がイメージする研究者の様に寝る間も惜しんで研究を繰り返す事はしない。
昔、無茶をしすぎて倒れてしまい、国の財産なのだから体を大切にしろと言われ、時間外労働を禁止されてしまったからだ。
別に無視して研究を続けても良かったのだが、エスタシア以上に魔道具研究をやり易い国は存在しないし、ここまで自分の面倒を見てくれた恩もあるのでその言葉に従っていた。
「それで、今日は何を聞きたいんだい?」
「そうだな、今日は魔法の覚え方と使い方が知りたい」
サクヤはイスラにそう告げた。魔法の適正が低いと言っても使えない訳ではない。使えるものは使える様にしておきたいとサクヤは思っていた。
「ふむ、まぁ良いだろう。知って損する事でもないしな」
そう言いながらイスラは棚から一冊の本を取り出す。
「まず、魔法を覚える方法は二つある。一つはこの魔法書と呼ばれるものを使って覚える方法だ」
魔法書とは魔紙と呼ばれる物を使って作られる本である。
この魔法書には魔法を記憶する効果があり、魔法書を素手で持ち魔法を発動すると、魔法が発動せずに使用方法と名前が記録される。
そして、魔法が記憶された魔法書に素手で触れて、その魔法の名前を唱えると、その魔法を習得できるという流れになる。
「この方法なら魔法を習得するのは大して難しくない。魔法が記憶された魔法書を手に入れられればね」
イスラが言ったように魔法書を使えば、魔法は簡単に覚えることが可能だ。しかし、魔法を使える人間は限られている。それは、魔法使いにとって魔法は財産だからだ。
「誰だって自分だけが優れた力を持っていたいと思うだろ? だから、魔法を魔法書に記録して貰おうと思ったら、相手の信頼を勝ち取るか多額の謝礼が必要になるのさ」
簡単な魔法であれば気まぐれで教えてくれる場合もあるが、そもそも未使用の魔法書自体が金貨40枚から50枚ほどの価格で取引されているので、一般庶民には縁遠いものになっていた。
「魔法によっては既に記録済みの魔法書が売られている場合もあるが、その金で魔道具を買った方がよっぽど役に立つと言われているねぇ」
「なるほど」
サクヤはイスラの言葉を聴きながら考えていた。
つまり、未使用の魔法書さえ用意できれば脅すなり、人質を使うなりして無理矢理にでも魔法を記録させる事も可能で、記録済みの物を見つけた場合にはそれを奪うだけで魔法は習得可能という事だ。
サクヤはイスラに見えないよう口元を隠しニヤリと笑った。
「私も君に魔法を教えてあげたいが、残念ながら手元に未使用の魔法書が無くてねぇ。あげられるのはこの魔法書くらいだな」
イスラは持っていた魔法書をサクヤに差し出す。突然の申し出にサクヤは驚きの声をあげる。
「良いのか? 高いんだろこれ」
「ああ、気にしなくてもいい。それは昔、私が間違って記録してしまった魔法書でな、誰も欲しがらなくて困っていたものだ」
魔法書は好きな魔法を記録してくれるのだが、魔法書を素手で持っていた場合、意図せずに魔法を記録してしまうのだった。
因みに、とある国がこれを利用して対魔法装備にできないかと研究していたが、コストに見合わないとしてその研究は中止された。
「まぁ、戦闘では一切役に立たないと思うが、旅人であれば覚えておいて損はない魔法だよ」
「ありがとう、助かるよ」
サクヤは魔法書を受け取り、その表紙を見た。そこには日本語で【ウォーターサーバー】と書かれていた。
「――っはぁ?」
「ああ、そこに書いてあるのが魔法の名前だ。魔法というのは効果をイメージしながら、頭に魔法と付けて魔法名を読み上げると発動する。右手や左手、どこを起点として発動させるかイメージしないとうまく発動しない場合もあるから注意したまえ」
サクヤはイスラの言葉をしっかり聴いていたが、魔法書に書いてある文字の方が気になってしまっていた。
(この世界は文字も日本語で通じるんだな。と言うかウォーターサーバーってあれだろ、レバー操作すると水が出てくる機械だろ。そんな魔法あるのかよ)
サクヤは戸惑いながらも【ウォーターサーバー】の魔法書に手の平を当てて、魔法の名前を唱える。
「魔法ウォーターサーバー」
その一言と同時に魔法書は粒子になり、そのまま大気に溶ける様に消えていった。
「成功だね。魔法書は使い捨てだから使用後は消えてなくなる。あと、記録済み魔法書を持って記録してあるのと同じ魔法を使うと、それが習得済みの魔法でも同じ様に消えてしまうから注意しなさい」
「それはまた、不便だな」
実際、記録済みの魔法書を持ち歩いていた人間が魔法を使おうとしたところ、習得のための発言と判断され、魔法書が消滅したうえに魔法も発動しないという悲劇が起こっていた。
魔法書の金額を考えれば、それはもう笑い話では済まない事件である。
「まぁ、魔法書を素手で持ち歩くなんて馬鹿な事はやめておく事だね」
「はっはっは、そうするよ」
それは自分に言ってやれよ思ったサクヤだが、深くは追求しない事にした。
「ふむ、それじゃあせっかく魔法を覚えたのだし、試しに使ってみなさい」
イスラはその辺りに置いてあったコップをサクヤに差し出してくる。それを見た瞬間、サクヤはこの魔法が自分が思っていたままの魔法だと理解した。
「人差し指をコップの中に向けながら、指先から何かが流れ出すのをイメージして魔法名を唱えなさい」
「わかった……、魔法ウォーターサーバー」
サクヤが魔法を唱えると、指先から勢いよく水が流れ出し、コップに水が溜まった。
「コップ一杯分の飲み水を作り出す。これがウォーターサーバーの魔法だ。喉が渇いた時には最適なんだが、まさか魔法書を持ちながら使ってしまうとは……、一生の不覚だ」
「これが魔法……」
サクヤはなんだか夢を壊された気分になった。
魔法と言えば一番最初に思いつくのは派手な攻撃魔法であるが、この世界の魔法は生活に役立つ魔法が最初に作られ、その後攻撃魔法などが作られた為、地味な魔法も多かった。
「そう不満そうな顔をするな。旅人にとっては飲み水の確保は死活問題だぞ。これさえあれば喉の渇きで死ぬ事だけは回避できるんだから感謝したまえ」
「まぁ、感謝はしてるが、それでもなぁ……」
この魔法は旅人にとっては役立つ魔法だが、飲み水に困らない生活を送っている人間にとってはほとんど役に立たない魔法である。
しかも、この魔法を覚えるより同じ効果のある魔道具を買う方が安価である為、こんな魔法の魔法書を使う人間など普通はいない。
「――ん? そういえばイスラは何でこの魔法を覚えたんだ。これに魔法書使うより、他のものに使った方が良いだろ?」
「その魔法は、魔法書で覚えた訳じゃないよ。魔法を覚える為のもう一つの方法を使って覚えたのさ」
自分が教えた魔法をこんなもの呼ばわりしつつイスラはサクヤの疑問に答える。
「実はもう一つの方法なら魔法書みたいな高級品を使わなくても、自分の力だけで魔法を覚える事が出来るんだ。だから、こんな魔法でも気軽に覚える事が出来るんだよ」
「そんな方法があるならそっちを教えてくれよ……」
「教えても良いが、君には無理だと思うよ」
イスラは魔法の仕組みというタイトルの本を取り出した。
「魔法は魔法書を使えば覚えられるが、そもそも元の魔法は魔法書無しで作られいて、魔法書はそれを手軽に覚えられる様にサポートしているだけだ。つまり、大本の魔法を生み出した人間と同じ手順を行えば自力で魔法を覚えられると言う訳だ」
「それって簡単に出来るのか?」
「当然だが難しいよ。魔法書のサポートで覚えた魔法は、発動まで自動で行われる簡易習得魔法だが、自力で覚えた魔法は意識を集中して発動をイメージして、魔力をうまく操らないと覚えていても発動できない事もあるし、そもそも魔力を魔法書のサポート無しで操ろうと思ったら5年以上は修行が必要だね」
この様に魔法書無しでの魔法習得には、色々と欠点があるのだが、自力で覚えた魔法は改良を加え、新しい魔法として使う事も出来るので、利便性も高かった。
そして、魔法書を使った魔法習得は、これらの苦労を無視する事になる為、本物の魔法使いからは、魔法使いとして二流の覚え方と認識されている。
因みに、改良により魔法を覚えた場合、謎の強制力により魔法の名称は決定され、魔法使いは最初に思い浮かんだ名称でしか魔法を発動する事できなくなる。
これは、改良により覚えた魔法も、この世界に存在する神によって設定されたものであり、神が指定した名称以外では使う事が出来ないからであると言われているが、真実はわかっていない。
「――あっ、そうだ。魔道具を作るにはその元となる魔法を覚えている必要がある関係上、エスタシアには魔法習得の為の専門学園があるんだ。君さえ望めば多少の援助は出来ると思うけど、どうだい?」
「……いや、遠慮しておく」
「そうかい、残念だ」
人に金を払わせてまで、適正の低い魔法の勉強はしたくないので、サクヤは、はっきりと断った。
そして、イスラもそう答えが返ってくるとわかっていて聞いたのであろう。あっさりと身を引いたのだった。
「さて、ざっと説明したけど、魔法について他に聞きたい事はあるかい?」
「そうだな、あとは回復魔法の相場を教えてくれないか?」
サクヤは自力で魔法を覚える事は諦め、回復や補助系魔法だけを魔法書で覚えていきたいと考えていたので、目標金額が知りたかったのだが、イスラから予想外の事を言われてしまう。
「回復魔法? それは怪我を治す魔法という事かい? 神意能力ならともかく、魔法にはそんなもの存在しないよ」
「えっ! でも、破れた服が直る魔道具はあるじゃないか」
「それは、予め形状を記憶して、魔法発動時その状態に戻す魔法だね。残念だがその魔法は人間……、いや、生物には使えないね」
修復の魔法は、修復とは名ばかりでその効果は時間の巻き戻しに近い。壊れた部分を直すのではなく、全体を指定されていた状態まで戻してしまう為、生物に使うと、脳細胞まで元の状態に戻り記憶が消えてしまうのだ。
しかも、この魔法は一部分にだけ使うといった細かな指定が出来ないの為、使用者は必ず記憶を失ってしまう事になるのだった。
「昔はこれを利用して永遠の命を手に入れようとした人間もいたんだが、記憶を失うという事は死ぬのと変わらないという結論になり、今では生物に使う事は禁止されてるね。まぁ、禁止しなくても生物に使うには条件が難しくてまず使えないんだけどね」
「そうなのか。あぁでも、誰かが研究して新しい方法で回復する魔法とか編み出すんじゃないか?」
「いつかはそんな魔法が生まれるかも知れないが、少なくとも今現在、人体回復魔法の研究は表立って行われてはいないね」
「そうか……」
サクヤは魔法といえば攻撃、回復、補助の三つが基本だと思っていたので、回復魔法が存在しないとは思わなかった。
しかし、よくよく考えればこの世界の人間は、自然治癒力が高いのだから回復魔法の必要性が低いのだ。優先順位の低い魔法が今後いきなり発展するとは考えにくいので、回復魔法については諦める事にした。
「あとはどうする?」
「そうだな……、後は魔物? について知りたいかな」
「なるほど、旅を続けるのであれば知っているべきだな」
サクヤはオークやドラゴンの呼び名が魔物で通じるのか不安に思っていたが、問題なく通じた様だ。
「まず、魔物と言うのが何故生まれるのかについて説明する」
魔物、それは幻想因子を魔法として使う様になってから生まれた存在である。
本来、魔力に変換された幻想因子は、しばらくすれば元の幻想因子に戻るのだが、その際に一定量が幻想因子に戻らず魔力として大気中に残ってしまう。
その大気中に残った魔力の残滓が、生命として生まれ変わったものが魔物である。
「魔物はその誕生の仕方から、魔法を編み出した人類への罰として神様が用意した存在とも言われている。しかし、魔物を倒す事によりその死体は幻想因子となって大気中に戻る為、魔力のろ過装置として存在しているという認識の方が強い」
「それじゃあ、頑張って倒さないと幻想因子が足りなくなったりするのか」
実際、サクヤが倒したオークやレッドドラゴンも、時間が経つと幻想因子となって塵も残さず大気中に還っていた。
しかし、この現象の所為で、魔物を倒しても何か素材を手に入れる等の対価は得られず、魔物を狩って何かをするのは不可能となっており、特別な理由が無ければ、魔物を狩る意味は殆ど無かった。
「うーん、幻想因子自体は、大気中に沢山あるから足りなくなると言うのは想像できないな。まあ、ここら辺一帯は本来魔物があまり出ない様に特殊な処理がされている地域だから、倒すべき相手も殆どいないんだけどね」
魔物が出ない様にする処理、それがどういった方法なのか知りたいと思ったサクヤだが、それよりも気になる事が一つあった。
「――っん? なぁ、イスラ。この辺は本来魔物があまり出ない地域って言ったよな? それじゃあ、あのドラゴンは何だったんだ?」
「それについては現在調査中だよ。私も今まで生きて来て、この人界に竜が出たなんて話は聞いた事が無かったから驚いているんだ」
イスラの口から出た人界という単語は、おそらくエスタシアがある平和な地域の名称なのだろうと解釈しながら、サクヤは少しホッとしていた。
これからこの世界を旅する身として、レッドドラゴン級の魔物が雑魚としてうろついている、という展開は勘弁して欲しかったからだ。
「まあ、レッドドラゴンについては報告待ちとして、魔物の話が出たついでに、魔道具の材料である魔結晶について話そうか」
「魔結晶?」
魔結晶、それは全ての魔道具の材料となる万能の素材である。
そしてこの素材は、魔物と同じく魔力の残滓から生まれる。
「魔結晶は魔物が生まれる環境でしか生成されない。その為、大陸中を魔物が出ない様に処理してしまうと、魔結晶も無くなってしまう。魔道具に依存している今の世の中でそれは致命的だ」
だから、一部の地域は魔物の脅威に脅えつつ、安全な場所で暮らしている人の為に魔結晶を集めなければならない。これがこの世界の常識である。
「それは……、その地域に暮らしている人は、納得してるのか?」
「さあ、私にはわからないね。ただ、その地域に暮らしている人間は、一生をその地域で過ごす事を義務付けられているから、納得していなくても受け入れるしかないんだよ」
サクヤは、生まれた地域によってその後、魔物の脅威に脅えて生きる事が義務付けられるのはどうなのだろうかと思ったが、元の世界でも生まれた場所によって、その後の人生が左右される事は珍しくないので、口を挟む事はしなかった。
「取り敢えず、魔物が出易い地域、――幻界と言うんだが、そこは通常行き来出来ない様になっているから君には関係の無い話さ」
「まあ、態々危険地帯に行きたいとも思わないし、確かに関係の無い話だな」
魔結晶が高く売れると言うなら挑戦する価値はあるが、行き来が出来ないならどうしようもない話である。
ただ、サクヤはこの世界の闇の部分に触れ、色々と考えさせられていた。
その後サクヤは、魔力をあまり消費しない魔法や魔道具、補助系魔道具の使い方の話などを聞き、それぞれの相場や詳しい効果などを教えてもらった。
そして、話しているうちにすっかり夜になり、イスラはメイドに連れて行かれ、サクヤはカナタに連れられて就寝する事になった。
サクヤはカナタを適当にあしらって満足させ、今日は有意義な時間を過ごせたと思いながら、眠りに付いたのだった。
修正
4/13 手元に未使用の魔法書しかなくてねぇ→手元に未使用の魔法書が無くてねぇ
今まで気が付きませんでした。申し訳ありません。




