4.6.差し出す覚悟、得る未来
4.6.差し出す覚悟、得る未来
村長の問いは、鋭く、そして重い。
それは、この村がこれまで幾度となく裏切られてきた歴史の重みそのものだった。
私は、一切の誤魔化しなく、誠心誠意、答えることにした。
「皆さんに差し出していただくもの。それはたった一つ……『これからも、今と同じように、この村で暮らし続ける』という、その覚悟です」
「……なんじゃと?」
村長が、怪訝な顔で眉をひそめる。
「金も、土地も、労働も、我々は求めません。皆さんのその生き方、そのものにこそ、価値がある。我々が差し出すものを、ただ受け取り、享受し、これまで通り、いや、これまで以上に、この村の静けさを誇りに思い、日々を穏やかに暮らしていただきたい。それが、皆さんにお願いする、たった一つのことです」
私の言葉に、村人たちの間に、さらなる戸惑いが広がった。
「金を払わんでいいどころか、ただ今まで通り暮らせと?」
「そんなうまい話があるもんか……」
そのざわめきを、静香の凛とした声が制した。
「――補足させていただきます。もちろん、具体的なメリットは多数存在します」
彼女はすっと立ち上がると、村人たちに深々と一礼した。
「皆様が現在負担されている固定資産税、およびインフラ維持管理費は、全て我々の財団が肩代わりします。老朽化した道路や水道も、村の景観を一切損なわない形で、最新技術を用いて修復・維持します。経済的な負担は、実質ゼロになります」
「ぜ、税金がタダになるじゃと!?」
村人たちの目が、驚きに見開かれる。
続いて、燈が少しもじもじしながらも、一歩前に出た。
「あ、あの……!科学的な側面からも……補足、します。私の専門は物理学ですが、マスターの指揮のもと、最新の医療システムも構築しました。これにより、皆さんは、村にいながらにして、世界最高レベルの健康診断と、必要であれば遠隔治療を受けることができます。持病の心配も、怪我の心配も、もういりません。皆さんの健康は……わ、私が、責任をもって、守りますから!」
最後は少し声が上ずってしまったが、その瞳は真剣そのものだった。その言葉に、何人かの老婆が「まあ……」と、胸に手を当てる。
そして、最後に響が、太陽のような笑顔で締めくくった。
「それにね、おじいちゃん、おばあちゃん!この村のお祭りとか、昔ながらの暮らしとかって、すっごく素敵だと思うの!そういうのを、響ちゃんが世界中に発信して、この村のファンをいっぱい作る!そしたら、この村に憧れて、静かに暮らしたいっていう、いい人たちだけが世界中から集まってくるよ!子供たちの声が、またこの村に響くようになったら……素敵だと思わない?」
静香が語る「安心」。
燈が語る「安全」。
響が語る「希望」。
三人の天才少女たちの言葉は、それぞれ異なる角度から、しかし確かに、村人たちの心を温め、解きほぐしていくのが分かった。
彼女たちは、私の指示で動いているのではない。自らの意思で、この村の人々の力になりたいと、心から願っているのだ。
(……最高のチームだ。改めて、そう思う)
私は、胸に広がる温かいものを感じながら、再び村長に向き直った。
「――そして、皆さんが得るもの。それは『未来』です。過疎化に怯えることなく、都会の喧騒に惑わされることなく、この聖域で、あなた方の子や、孫や、その先の世代までが、誇りをもって静かに暮らし続けられる未来。それを、私はお約束します」
部屋を支配していた緊張の糸が、ふつり、と切れたのが分かった。
代わりに、そこには、戸惑いと、驚きと、そして、今までこの村では忘れ去られていた「期待」という感情が入り混じった、不思議な静寂が満ちていた。
角田村長は、じっと私の目を見つめたまま、長い間、動かなかった。
やがて、深く、長いため息をつくと、皺だらけの手で、ゆっくりとお茶を一口すすった。
「……春凪さん。あんたの言っとることは、やっぱり夢物語じゃ。じゃが……」
村長は、ふっと、その口元に、まるで少女のような、はにかんだ笑みを浮かべた。
「……わしらは、どうやら、その夢物語に乗ってみたくなったらしい」




