4.5.世界で最も静かな対話
4.5.世界で最も静かな対話
シン、と部屋が静まり返った。
いや、違う。今までも静かだったが、その静寂の種類が変わった。心地よい静けさから、息を詰めるような緊張感のある静寂へ。
「……国、を創る?」
角田村長の口から、呆れたような、信じられないものを見るような声が漏れた。部屋の隅に控えていた他の数人の村人も、ざわめいている。
「また、とんでもないのが来たもんじゃ……」
「都会の金持ちの道楽か?」
ひそひそと交わされる声が、私の耳にも届く。
「待ってハジメぴょん!さすがにそれはストレートすぎ!」
響が小声で私の袖を引く。
「マスター。段階的アプローチを推奨します。まずは信頼関係の構築から……」
静香も、冷静な声で進言してくる。
燈に至っては、あまりのことに言葉も出ないのか、顔を真っ赤にして固まっている。
だが、私は構わなかった。
ここで小手先の交渉術など使っても、この人々の心には届かない。必要なのは、一点の曇りもない、誠意だけだ。
「ええ。国です。ただし、皆さんが想像するようなものではありません。私が創りたいのは、富や、力や、効率だけを追い求める国ではない。静けさを尊び、互いを思いやり、自らの責任を果たす人々だけが暮らす、静謐な共同体……『春凪共和国』です」
私は、三人の少女たちを振り返り、目顔で制した。
ここからは、私と、この村の人々との対話だ。
「角田さん。そして、村の皆さん。皆さんは、この村の静けさを、どう思われますか?ただの『何もない』場所だと、寂しい場所だと思われますか?」
私の問いに、村人たちは顔を見合わせた。
やがて、一人の若い男が、おずおずと口を開いた。彼は、一度都会に出たが、戻ってきたという青年だと後で聞いた。
「……俺は、都会の騒々しさが嫌になって、この村に帰ってきました。ここには、確かに何もないかもしれん。でも、ここには……心が休まる『何か』がある。それを、俺は守りたい」
「そうだとも」
別の老人が、力強く頷いた。
「わしらは、この静かな暮らしが気に入っとる。夜になれば満点の星が見える。川の水で米を炊く。隣近所で、採れた野菜を分け合う。金はなくても、豊かな暮らしじゃ。都会の人間に、その価値が分かってたまるか」
次々と、声が上がる。
それは、不満や諦めではなかった。自分たちの暮らしに対する、静かだが、揺るぎない誇りだった。
私は、その全てを、ただ静かに受け止めた。
AIによるシミュレーション通りだ。いや、それ以上だ。この人々は、私が生涯をかけて追い求めてきた理念を、ただ日々の暮らしの中で、当たり前のこととして実践している。
「ありがとうございます」
私は、再び深く頭を下げた。
「皆さんの、その想い……それこそが、私がこの場所を選んだ理由です」
私は、ゆっくりと顔を上げた。
「私は、皆さんの暮らしを、変えに来たのではありません。皆さんの暮らしを、その静けさを、その豊かさを、未来永劫、誰にも脅かされないように『守る』ために来たのです」
私は、共和国の技術が何をもたらすかを説明した。
病の心配なく、穏やかに歳を重ねられる医療システム。
自然を破壊することなく、村の恵みを豊かにする農林業技術。
そして何より、この村の価値を理解し、その静けさを乱さない人々だけを、世界中から選び出して迎え入れる、究極の移住システム。
「皆さんが、この村で守り続けてきた『心』を、私たちは、世界最高の技術で守ります。この村を、日本から、いや、世界のあらゆるノイズから切り離された、絶対的な聖域にする。それが、私の提案です」
派手なホログラムも、難解なデータもない。
ただ、言葉だけが、静かな部屋に響き渡る。
村人たちは、腕を組み、目を閉じ、じっと私の言葉を聞いていた。
それは、世界で最も静かで、そして、世界で最も真剣なプレゼンテーションだった。
長い、長い沈黙の後。
角田村長が、閉じていた瞼を、ゆっくりと開いた。
「……春凪さん。あんたの言うとることは、まるで夢物語じゃ。じゃが……」
村長は、そこで言葉を切ると、私と、その後ろにいる三人の少女たちを、もう一度、じっくりと見つめた。
「……わしらの胸に響くもんが、確かにある。一つ、聞かせてくだされ。我々は、あんたを信じて、どうなる?我々は何を差し出し、何を得るんじゃ?」
全ての視線が、私に突き刺さる。
運命を分ける、最後の問いだった。




