第八十七話【俺の本当の最終決戦(幸桜《こはる》編)Ⅲ】
リゾート中でも静かな今の場所で、幸桜と二人ベンチに腰掛けている。
そして、ずっと静かな港を見ていた。
すると、イキナリ目の前にバサバサと白鳥が舞い降りる。
港に白鳥とはなんとも言えない状況だ…よく見れば鴨までいるじゃないか…でも、まぁここって実は淡水だしな…
リゾート施設の裏事情なんてどうでもいいのだが、ついついそんな事を考えてしまう。
「港に白鳥だよ?おかしいよね」
なんと、幸桜は俺と事を考えていた様子で白鳥を指差した。
すると、何でだろうか?シャルテの事を思い出した。白い翼のせいか?
そう言えばシャルテの奴、あの時はすごく顔色が悪かったけど、大丈夫だったのかな?
リリアが大丈夫って言ってたけど、いまいち大丈夫には見えなかったんだが…と言っても、リリアが嘘を言うはずがない。という事は大丈夫なのかな?
しかし、何であの時はシャルテが俺の所に来たんだ?
俺を分裂させたのは天使長なのに、ひっつけるのをシャルテに頼んだ?
リリアも焦って追ってきたみたいだったし…何かあるのか?
「行幸?」
幸桜の声でハッと我に帰った。
やばいやばい、幸桜とデート中だったのにまた考え事をしてしまった…
「何でもない。ちょっと色々あったなぁって思い返してたんだ」
「へぇ…ふーん…そっか…うん…色々あったね…」
何でだろう?幸桜の表情が少し曇ってみえた。
☆★☆★☆★☆★
園内はオレンジ色の光に包まれ、空には星が瞬き始めた。
夕方になり、園内の人の波は出口の方へと進み始める。
俺たちも帰りの電車があるので出口の方へと歩き始める。
幸桜と並んで歩いていると、くいくいっと袖が引っ張られた。
見れば、幸桜が引っ張ってる。
「ん?どうした?」
「え、えっと…」
幸桜は何か恥ずかしそうに頬を染めると、チラチラと俺を見ている。
というか、ここに来てその表情って? 何だ? まだ何かあるのか?
「どうしたんだよ?」
幸桜の小さな息を吐く音が聞こえる。
相当緊張してるみたいだな? どうしたんだろう? あとは帰るだけなのに…
こんな幸桜を見ている俺までドキドキしてくる。
何か言いたい事があるならハッキリと言って欲しい…ような欲しくないような…
なんて男らしくない事を考えていると、幸桜がやっと口を開いた。
「行幸…今日は本当にありがとう…私、いい夢が見れた気がするよ」
何か意味深な言葉だぞ? 何だその言い回しは?
俺は幸桜を見ると、いつのまにか幸桜は俯いていた。
「何だよそれ? これは夢じゃないぞ? 現実だろ?」
「うん…そうだよね…でも、私にとってはこれはきっと夢なんだよ…きっと神様がくれた夢なんだよ」
「待て待て、幸桜、お前、何を言ってるんだ?」
何か不安を感じさせる言い回しすぎるだろ。
「あっ!違うよ?違うからね?」
「えっ?」
「勘違いしないでね。私は行幸を嫌いになるとか、諦めるとか、そういうんじゃないから…」
「そうか?それならいいけど…」
「私ね、さっき菫さんに行幸をあげたくないとか言っちゃったでしょ?」
「あ、ああ…」
「でもね…本当は行幸が菫さんと恋人同士になっても仕方無いかな…納得するしかないなって思ってるんだ…」
「おい?それって?」
「うん、でもね、行幸が私を選んでくれるのなら…私はいつでもOKだかよ?」
何か、こう、物が喉につっかかったような言い回しすぎないか?
諦める?でも諦めない?幸桜は何を言いたいんだよ?
「み・ゆ・き♪」
幸桜は俺の腕をぱっと放した。
そして、そのまま小走りで出口前の広場の隅へと走る。
そこは人通りからはずれており、誰もいなかった。
「お、おい!どこに行くんだよ!」
幸桜は笑顔のまま広場につくと、くるりと俺の方へと方向転換をした。そして、両手を広げくるくると回りだす。
「えへへ…」
その瞬間、まるで示し合わせていたかの様に園内の照明に明かりが灯った。
点灯した園の煌びやかな光に照らされた幸桜。
その姿はまるで妖精のように見えた。
「行幸!大丈夫だよ!私は大丈夫だからね!」
そう言って、ぴたっと回転を止めた幸桜。
何が大丈夫なんだ?それって諦めたようにしか聞こえないじゃないぞ? でも、それって俺の考えすぎなのか?
いや、ちゃんと聞かなきゃわかんねーよな?よし…
「何が大……」
そこまで言った所で、幸桜の人差し指が俺の唇の上に乗る。
「本当に大丈夫だから…」
「…」
俺が言葉を止めたの確認すると、幸桜は後ろに腕を組んで、暗くなってゆく空を見上げた。
「私の想いはずっと行幸には届かないって想ってた」
「普通に考えても兄妹でカップルとかありえないと思ってた」
「………」
「でもね?こういう漫画みたいな展開に…頑張れば現実になるんだって…ちょっと感動した」
「…」
「おかしなぁ…何で私は行幸一筋なんだろ?今までに七回も告白されたのに…」
「……!?えっ!?な、七回も告白されたのか?」
やばっ! 空気を読んで黙って聞いてようかと思ったら、思わず反応してしまった!
「うん…でもね…やっぱりその度に行幸の事が頭に浮かんじゃって…全部断った」
「あはは…」
幸桜の彼氏がいないんじゃなくって、作らなかったのか。
それも原因は俺。
「ねぇねぇ、これってブラコンなのかな?でも血が繋がってないんだけど?」
「ど、どうだろうな?」
これは確実にブラコンだろうな。
「うん…駄目だ…私…やっぱり駄目だね…」
「何が駄目なんだよ?」
本当に今の幸桜が何を俺に伝えたいのかわかんね…
俺はちょっと複雑な表情になってたんだと思う。
幸桜は俺の顔を見ると、イキナリ俺の右手を両手で持ちやがった。そして、何の意味があるのか自分の胸に押しあてやがった!
「お、ま!ちょっとここでそれは!」
「ねぇ…伝わる?私の心臓の鼓動が…張り裂けそうな心臓の鼓動が…」
そう言われて俺は冷静に手の感覚を確かめた。
伝わってきている。ドクドクと強く早く脈打つ幸桜の鼓動が。
俺の心臓よりも、ずっとずっと強く鼓動する幸桜の心臓の鼓動が。
「そうだよ?これが私の想いだよ…」
「…伝わってるよ」
俺にニコリと微笑みかけてくる幸桜。
「高坂行幸さん…」
「へっ?」
幸桜から始めてフルネームで呼ばれた!?
「私は貴方の事が大好きです…ずっと前から、ずっとずっと大好きでした…それは今も、そして今から先も変わりません…」
こ、告白だと!?
「行幸さんが私を恋人に選んでくれても私は行幸さんを幸せには出来ないかもしれません。何故なら、私はいっぱい我侭を言うし、頑固だし、趣味も合わないし…そして、血が繋がってなくっても妹なんです。世間体にも最悪だと思います」
「こ、幸桜?」
「でもね…」
幸桜は胸にあてた俺の右手をぎゅっとしっかり持つ。その手から俺の手に温かさが伝わる。
そして幸桜は満面の笑みで言った。
「でも…私は誰よりも幸せになれる自信があります…」
ズガーン!っと俺の中に衝撃が走った。
いや、マジで衝撃が走った!
やばい…幸桜をこのまま力いっぱい抱きしめたい。唇を奪ってしまいたい。そんな衝動に駆られる。
「なんちゃってね!」
すると、一気に俺の緊張の糸を切るかのように、幸桜は茶を濁した。
「なんちゃって?」
「行幸? 吃驚した?」
「吃驚したって? どういう事だよ?」
「えへへ…どおだった? 今の告白?」
「どおって? えっ?」
待て待て!これってドッキリカメラじゃないよな?
そこらから誰かが顔を覗かせて、はい!びっくりカメラです!なんてないよな?
「うん…今のは冗談だよ?」
「じょ、冗談?」
さっきの告白の事だよな?
「というのも…冗談だから…」
「はっ? 冗談なのが冗談? じゃ、じゃあ?どういう事になるんだ?」
「わかんないの?」
冗談の冗談って事は…
「いや、なんとなく解ったような…」
「もうっ…」
幸桜は俺の耳元に口を近づけると、聞こえるか聞こえないかの声量で言った。
「えっと…さっきのは本気のプロポーズだからね?」
「へっ?ええぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!」
俺は思わず声を上げてしまった。すると幸桜はペロっと舌を出す。
「なんちゃって! 嘘です!」
「えっ? な、何だ? わけわかんねー!」
「いいじゃん! 気にしないの!」
「気になるって!」
「ほらほら! 電車がなくなるから帰ろうよ!」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
そして走り出した幸桜。
しかし、ピタっと急ブレーキ!
「ちょっ!いきなり止まるなっ!」
「約束、忘れてた!」
「えっ? 約束?」
「うん…」
また不意打ちに幸桜の唇が俺の唇と重なった。
いや…ごめん…実はちょっと予想してた…
「………よしっ!OK」
「OKって…これかよ…約束って」
「そうだよ? 後でしてくれるって言ったよね? えへへ」
「ああ…言ったよ…まったく…」
「じゃあ、帰ろう!」
「あ、ああ…」
こうして俺と幸桜とのデートは終了した。
次回より菫編が始まります!