26:大番狂わせ
剣の技術は圧倒的にサイファの方が上位であり、素人に毛が生えた程度でしかない俺では太刀打ちできるはずもない。
この剣のぶつかり合いも、普通であれば俺が弾かれて終わる話だっただろう。
だが、そうはならなかった。
決闘場に沈黙が落ちる。
魔力殺しの魔眼の長時間使用により、視界は霞が掛かり、既にサイファの顔を明確に視認できない。ただ、俺がサイファの剣を剣身の中ほどから叩き斬って、白刀の切っ先をその首筋に突きつけていることだけは霞んだ視界の中でも理解できていた。
誰もがその状況に目を疑ったのだろう。
今世紀最強である守護騎士と謳われた男の首に突きつけられた刃。それの指し示すものが何であるかを————。
『け……決着だァ! これは何ということでしょうか! 下馬評ではサイファ君の圧倒的優位だったはずが、無名の守護騎士が引っ繰り返したァ! これは正しく、大番狂わせだァ!』
下馬評って、他人の不幸をエンタメにしてんじゃねぇよ!
とは言え、急に耳に届くようになった実況に呼吸を整えながら、白刀を下ろす。
魔力殺しの魔眼は既に解除済み。徐々に視界は明確になりつつある。
「…………」
天を仰ぐようにサイファは顔を上げていた。
「初手から斬り伏せていれば、お前の勝ちはなかった。だが、そうしなかったことは俺の慢心が生んだ結果だろう。ああ——俺の敗北だ」
「いや、ただ運が良かっただけだよ」
サイファの言葉に、俺は首を横に振りながら言う。
本当に運が良かっただけ。
寧ろ、白刀の特性がなければ完全に終わっていた。本当に白刀の意識であるサピロスには感謝の言葉しかない。まあ、サピロスが本当に仕事をしたのかは知らないが……。
『いやいや、ワテクシのお陰ですよ?』
脳内で胡散臭い声が聞こえた気がしたが——気のせいだろう。
「サイファ・クルルシファーだ」
そう言って、サイファが手を差し出す。
「お、おう……」
差し出された手を俺は右手で握る。
「お前、名前は?」
「アオ・ロクジョウっすね」
「アオ……か。まあ良い。次は負けない」
そう言い残し、サイファが背を向けて立ち去っていく。しかし、負けた後の去り方も妙に様になっているヤツである。
さて——と、俺はグルっと視界を巡らせる。
観客席から突き刺さる好奇の視線にゲンナリしつつ、貴賓席でこちらを見ているアステリアを見つける。その隣には忌々しそうに俺を睨むサレンディアの姿も在った。
……これから面倒なことになりそうだ。
サレンディアをはじめ、アベル皇子もこれからどう動くかわからない以上、警戒は必要だ。今はたぶん下手に動かないだろう。
貴賓席にいるアステリアが俺に向かって手を振っている。
ニコニコしている彼女へ向かって、俺は手を振り返す。
この決闘をもって、俺のことは学院内に知れ渡ったと考えるべきだろう。
良くも悪くも俺はもちろん、アステリアを取り巻く状況にも何かしらの変化が起こるはず。
それはそうと——俺はサイファとの戦いの最中に覚えた感覚を思い返す。
世界そのものがサイファの勝利へ運命を誘導している感覚————気のせいだと思いたいが、そう断言してはいけない予感があった。
「……ま、難しいことは後で考えるか」
とりあえず、最初の難関を乗り越えたってことで良しとしよう。




