1:異世界転移ってヤツだ
「こいつぁ、困ったぞ」
その日、俺——六条蒼は人々が多く行き交う道のど真ん中で空を仰いだ。
右手にはコンビニで買ったカップ麺とポテチ、コーラの入ったビニール袋。
左手にはスマートフォン。
周囲を見回せば、中世ヨーロッパ風で明らかに現代日本ではない街並みと服装をした人々、そして看板には見たこともない文字の数々。しかし、聞こえてくる言語は紛うことなき日本語。
何がどうしてこうなったのか?
そもそもコンビニを出てからの記憶が曖昧だ。
考えたところで答えなんざ出るはずもなく、ひとまず俺は大きく息を吸い、ゆっくり吐いて気を落ち着かせる。
「こりゃあ、アレだな。異世界転移ってヤツだ」
昨今、WEB小説や漫画、アニメで扱われる題材となっているジャンル。よくある鉄板としては、車に轢かれたり、残業過多による過労死からの転生・憑依。または誰かに導かれての転移だろうか。
「……どれもまったく身に覚えないんだよなぁ」
青天の霹靂。途方に暮れる——とは正しくこのこと。
幸いなことに日本語が通じそうなことは救いだが、それだけ。見える範囲内にある文字は、恐らく日常的に使われているもの。読めないことは明らかに致命的でしかない。
「戸籍も無いだろうし、当然伝手もない。財布の中身は……柴三郎が三枚と小銭が少々」
ポケットに突っ込んでいた財布を広げながら所持金を確認しつつ、首を横に振る。月末における現役高校生のお小遣いとしては十分だが、異世界において通貨として使えなければ無一文。ただの紙切れと金属片でしかない。
「スマホは……まあ、当たり前のように圏外っと」
使い物にならないスマホと財布をポケットに突っ込んで、どうしたものかと首をひねる。
「人通りからすると此処は大通り。向こうにあるデカい建物は……お城か?」
うーん——と、俺は眉を顰める。
お城の造形についてはよくあるファンタジー作品のそれだ。だが、妙に既視感がある。何と言うか、見覚えのある。
しかし、現代日本で海外旅行にも行ったことのない俺が、一体どこで見たというのか?
「アベル様の婚約が今夜正式に発表されるのでしょう?」
「ああ、今じゃ町中の噂だぜ。ま、よっぽどのことがなければコランダム侯爵令嬢だろうな」
聞こえてきた噂話に、俺は再び眉を顰めることになる。
「アベル様? コランダム侯爵令嬢? すごく聞き覚えがあるぞ」
そうだ。妹が最近は大いにハマっていて、無理矢理見せられたアニメで聞いたヤツだ。
確かタイトルは————、
「————『第一皇子に浮気され、濡れ衣を着せられ、婚約破棄されました』」
おいおい、マジかよ。
俺は片手で顔を覆って、溜め息を吐く。
間違いない。
見えている城の造形も、この大通りの街並みも、そして聞こえてきた名前も——すべて妹から叩き込まれたものに酷似している。
「だったら、転移じゃなくてどこかの貴族に転生させてくれよぉ……」
そんな呪詛をボヤいても、現実は変わらない。
「えーっと、確か主人公はアステリア・コランダム。アベル皇子に浮気された上で、濡れ衣を着せられて、即時追放って流れだったか? いや、侯爵令嬢相手に即時追放って普通はありえるのか?」
疑問はある。そういうストーリーラインになっているのだから、突っ込みは野暮というヤツだ。
「戸籍なしな一般人の俺じゃパーティーには参加できない。かと言って、乱入なんざ当然できない」
異世界転移作品によくある超能力があるような感覚はまったくない。良くも悪くもいつもの俺だ。
現状、原作に首を突っ込むことはできない。介入するにしても、無策にどうこうできるものでもない。
「まずは情報収集と原作との違いがないかを調べるか」
王道異世界ファンタジー的な作品です。
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