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灰塵  作者: 銀城
20/20

19.個体番号:�2�2/観測断片-1

• 対象:たちばな いちゑ/女/70代�半/危険個体

• 目的:���

• 付与:未来視

• 結果:生存継続/ログ省略


 ここの山は、思っていたよりも静かではなかった。


 風は高みを渡り、岩肌は昼の熱を失い、空気は夜へ向かって薄く冷えていく。

 それでも、その静けさは、何もいない場所のものではない。


 どこかに獣がいる。

 どこかで鳥が眠り場所を探し、どこかで小石が斜面を転がる。

 生き物の気配はある。


 ただ、人の暮らしだけがなかった。


 老婆――橘いちゑは、曲がった腰のまま山道を歩く。

 手は背に回したまま。

 足取りは小さい。

 だが、迷いはない。


 未来が、少し先の地形を教えてくれる。


 右へ半歩ずれれば石があり、左へ寄れば草の根が滑る。

 そのまま進めば足場は安定し、少し先で道が狭まる。


 現実は相変わらず見えない。

 だが、見えないことそのものには、もう戸惑いはなかった。


 何十年もそうして生きてきた。

 世界を視線ではなく、空気と音と匂いと足裏の感触で受け取ることには慣れている。


 そこへ未来が重なっただけだ。


 それが、奇妙で。

 そして、便利だった。


 「ほんとにねえ……」


 誰にともなく呟く。


 「こんな歳になってから、新しい遊びを覚えるとは思わなかったよ」


 返事はない。


 山道には、風の音しかない。

 だが、返事がないことにも、少しずつ慣れていく。


 “あやめ” はいない。

 家もない。

 湯気も、薪の匂いも、もうない。


 胸の奥には、重たい石みたいな不安が沈んでいた。

 娘はどうなったのか。

 ここは何なのか。

 自分は戻れるのか。


 答えはない。


 それでも、足を止めても仕方がないことは、老いた身体が先に知っていた。

 止まれば冷え、冷えれば腰が痛む。

 痛めば歩けなくなり、歩けなくなれば、それこそ終わりだった。


 だから歩く。


 歩きながら、最も面倒の少ない未来を選ぶ。


 そうして次の襲撃は、日が完全に沈むより先に来た。


 未来の中に、また人の気配が混じる。

 石を踏む足音。

 革紐が擦れ、木の柄が岩に当たる音。

 吐く息は荒く、隠れる気配はない。


 今度は三人だった。


 いちゑは足を止めない。

 知られたところで困りはしないから。


 未来の分岐が広がる。


 正面から鉈のような刃が振るわれる未来。

 左右へ開いて囲もうとする未来。

 一人が後ろへ回り込む未来。


 どれも粗い。

 殺すことしか考えていない。


 「しつこいねぇ」


 のんびりした声が、冷えた山気へ溶けた。


 相手は何かを怒鳴り、速度を上げる。


 獣革を縫い合わせた胸当て。

 肩には毛皮。

 腰には骨や牙を下げ、足には擦り切れた革靴を巻いている。

 得物は、長柄の斧というより、荒く鍛えた山刀を無理やり柄につけたような代物だった。


 整っていない。

 だが、それでいて人を斬ることには慣れている匂いがある。


 いちゑは、わずかに体をずらした。

 一人目の刃が空を切る。

 風を裂く音が、耳の少し前を走った。


 遅い。


 速さが足りないのではない。

 振りが荒いのだ。

 力みが大きく、踏み込みも重い。


 刃の軌道の内側へ、小さく踏み込む。

 曲がった腰のまま、足の置き場だけが正確だった。


 つま先が、相手の前足の内くるぶしを払う。


 軽い。

 だが、それで足りる。


 大振りの一撃に体重を預けたまま、足元だけを抜かれた男は、自分の勢いで崩れた。

 膝が折れ、顎から岩へ叩きつけられる。


 立ち直る前に、いちゑの踵が首筋へ静かに落ちた。


 鈍い音。


 それで終わる。


 二人目が叫ぶ。


 今度の得物は、短い槍だった。

 先端の刃は粗く欠け、柄には古い血と手脂が染みついている。

 ただし、扱いは一人目よりましだった。


 突きが来る。

 喉ではない。

 腹だ。


 いちゑは半歩だけ下がる。

 さらに半歩、道の縁へ寄る。


 槍が前へ伸びる。

 届いた先には、もう誰もいない。


 いちゑの足が、槍を持つ男の膝裏へ回る。

 引っかけ、崩す。


 男の身体が前へ流れ、下がった頭部へ、足の甲を短く打ち込む。


 首が落ち、ごろごろと転がる。

 男は地面へ伏し、そのまま動かない。


 三人目は逃げた。


 いや、正確には、逃げようとした。


 未来はそれを見せる。

 背を向け、仲間を呼ぶ未来。

 斜面を下りようとして足を滑らせる未来。

 振り返って何かを投げる未来。


 どれも面倒だった。


 「おやおや」


 いちゑは足先で小石を探り当てる。


 「逃げるのかい。そりゃ助かるけどねえ」


 軽く跳ね上げる。


 石は飛ぶ。

 未来が示した一点へ。


 後頭部。

 耳の後ろ。

 柔らかいところ。


 男は前のめりに倒れ、そのまま起き上がらなかった。


 小さな風が吹き、血の匂いが少しだけ濃くなる。


 いちゑはため息をついた。


 「……物騒だねえ」


 感想はそれだけだった。


 人を殺したことに胸が痛まないわけではない。

 ただ、それをいちいち立ち止まって悔やむほど、若くはなかった。


 殺されそうになれば殺す。

 それだけだ。


 幸いだったのは、食べ物は彼らが身に着けていたこと。

 おかげで空腹には困らなかった。


 問題は、なぜこんなことが起きているかの方だった。


 その夜、いちゑは岩陰を選んで休んだ。


 未来の中には、寒さにやられる分岐もあれば、獣に嗅ぎつけられる分岐もあった。

 風を避け、上から落石のない場所を選び、背を預ける岩の形まで確かめる。


 目が見えなくとも、不思議と困らなかった。

 いや、困っているのだろう。

 ただ、その困り方にもう長く慣れていて、新しい不便として意識されにくいだけだった。


 冷たい石へ背を預ける。

 夜気は骨へ染みるようだった。


 「はあ……」


 深いため息が漏れる。


 こんな場所で夜を越すことになるとは思わなかった。

 まして、明日の湯を心配する代わりに、獣や人殺しの気配を選り分けることになるとは。


 少し前まで、あやめと風呂の支度をしていたのだ。

 湯の匂いがしていた。

 あの子は笑っていた。


 その記憶だけが、妙に鮮やかだった。


 「無事だといいけどねえ」


 誰へ向けるでもなく呟く。


 未来視は、自分のすぐ先は見せてくれる。

 だが、遠く離れた娘のことまでは何も教えない。


 そこだけが、少し腹立たしかった。


 便利なくせに、肝心なところは知らんぷりだ。

 年寄りの文句みたいなことを思いながら、いちゑは膝を抱えるようにして身を縮める。


 夜は長かった。


 風の音。

 どこかで鳴く獣。

 遠くの谷から返る音。

 そして、ときおり未来に混じる、崩れる石の予兆。


 眠ったのか眠っていないのか、自分でも曖昧なまま、夜は過ぎた。


 朝になると、山の空気は少しだけ柔らかくなった。


 陽が差せば、岩も土も表情を変えるのだろう。

 見えないいちゑにはわからない。

 それでも、光がある時の空気と、夜の空気は違う。


 温度。

 匂い。

 風の拡がり方。


 何十年もそうして区別してきた。


 いちゑは、昨日殺した男たちの懐をまさぐり、干からびた肉のようなものと、固く焼かれた穀物の塊を見つけた。

 味はひどかった。

 だが、腹はふくれる。


 「まあ、贅沢言ってる場合じゃないねえ」


 そう言って噛む。


 あやめなら、きっと顔をしかめただろう。

 そんなことを考えて、少しだけ笑う。


 それから、手近な流れで水を飲んだ。

 未来の中で腹を壊さない分岐を選んでいるあたり、我ながら妙な話だと思う。


 歩きながら、未来視の使い方にも少しずつ慣れていった。


 全部を見ようとすると、頭が疲れる。

 必要な分だけ拾う方がいい。


 足元。

 風向き。

 落石。

 獣。

 そして、人。


 老いとは、できることを全部やることではない。

 残すべき力を選ぶことだ。


 いちゑはそのことを、若い頃より今の方がよく知っていた。


 昼を回るころ、一度だけ道の先に人の匂いが混じった。


 だが襲撃ではない。

 遠い。

 しかも、こちらに気づかず通り過ぎる未来だった。


 いちゑは足を止め、耳を澄ます。


 複数。

 荷を引く音。

 獣ではない。

 車輪のきしみが混じる。


 人の営みがある。

 どこかに道が繋がっている。


 それだけで、少しだけ救われる気がした。


 「人里はあるんだねえ」


 誰もいない山へ向けて言う。


 その声は、すぐに風へ紛れた。


 だが、そんな時間があったからこそ、いちゑは次に来るものを落ち着いて迎えられた。


 夕方近く、山の空気がまた変わる。


 今度の気配は、いちゑの方が先に拾った。


 乾いた金属の擦れる音。

 重さの揃った足取り。


 息の合わせ方まで揃っている。


 毛皮でも革でもない。

 甲冑だ。


 いちゑは足を止める。


 未来の中に現れた人数は三人。


 全員が鉄の胸甲と肩当てを着け、腕と脛も金属で固めている。

 足音が重いのは装備のせいだけではない。

 鍛えられた者の重さだった。


 一人は大盾と槍。

 一人は剣と小盾。

 そして最後の一人は、半歩後ろで全体を見る位置にいる。


 この三人で役が決まっている。

 雑な野盗崩れではない。

 きちんと訓練された、小さな隊だ。


 「こりゃまた、ずいぶんとちゃんとしたのが来たねえ」


 いちゑは口の端を上げる。


 未来が広がる。


 このまま道を外れる未来。

 斜面を下る未来。

 岩場へ寄る未来。

 息を潜めてやり過ごす未来。


 だが、どれにも最後は同じものがついていた。


 見つかる。

 追われる。

 そして、もう一度どこかで殺し合う。


 それなら、ここでいい。


 逃げるより、選んだ方が早い。


 いちゑはそこで、わざと石を踏んだ。

 乾いた音が鳴る。


 未来の中で、甲冑の三人が同時に顔を上げる。

 短い合図。

 向きの変わる足音。


 見つかる未来を、自分で選んだ。


 「追ってくるなら、ここで消した方が早いねえ」


 誰にともなく言う。


 のんびりした口調だった。

 だが、その判断に迷いはなかった。


 山道は狭い。

 片側は岩。

 もう片側は、落ちればただでは済まない斜面。

 追う側にとっても、動きの自由は少ない。


 迎え撃つには悪くない。


 いちゑは少しだけ道を外れ、岩の張り出しの手前へ立った。

 そこなら横へ開きにくい。

 三人までなら、まとめて見られる。


 そして甲冑の三人は、未来の通りに現れた。


 短い合図。

 足音。

 盾の位置。

 呼吸の切り替え。


 全部が整っている。


 いちゑは小さく笑う。


 「ちょっと遅いんじゃないかい」


 当然、通じない。


 だが、相手は最初から話す気などない。


 未来が広がる。


 正面の盾が壁になる未来。

 槍が低く足を狙う未来。

 剣持ちが横から刈りに来る未来。

 無理に踏み込めば、狭い足場で挟まれる未来。


 今までで、一番まともだ。


 いちゑは息を吐いた。


 「これは、少しは考えてるねえ」


 そして、戦いが始まる。


 盾持ちが前へ出る。

 槍が続く。

 剣持ちは半歩遅れ、いちゑが避ける先を狙う。


 悪くない。

 むしろ良い。


 だが、未来の前では足りなかった。


 いちゑは一歩だけ前へ出る。

 盾の縁へ足を置く。

 乗る。

 滑る前に蹴る。


 浮いた身体が、槍の線を越える。


 盾持ちは驚くより先に押し返そうとする。

 だが遅い。


 いちゑのつま先が、冑の下、喉の守りの薄い隙間を打った。


 短い音。

 息が止まる。


 そのまま着地の踵が肩口へ落ちる。

 甲冑ごと男が崩れた。


 ひとり。


 剣持ちがすぐに来る。

 そこはよかった。

 反応も速い。

 踏み込みも浅くない。


 だが、いちゑはその未来をすでに見ている。


 剣筋を半歩で外し、相手の前足の外側へ自分の足を掛ける。

 刈るというより、置く。

 そこへ男が勝手に乗る。


 体勢が崩れる。


 いちゑの膝が、顔面へ入った。

 鼻梁が折れ、意識が揺らぐ。


 さらに返す足の甲が、こめかみを払う。

 男は横倒しになり、二度と起き上がらなかった。


 ふたり。


 結局やることは同じだった。


 残った最後の一人――後ろで全体を見ていた男だけが、そこで初めて後退した。


 慎重だ。

 それでいて、判断も遅くない。


 いちゑは少しだけ感心する。


 「おや」


 口元が緩む。


 「逃げないのかい?」


 男は返事をしない。

 できない。

 言葉が違う。


 ただ、呼吸が変わった。

 最初から勝てると思っていた者の呼吸ではなくなっている。


 それでも逃げ切るには遅い。


 未来は見せる。

 後ろへ下がる未来。

 槍を捨てて剣を抜く未来。

 この場を離れ、報せに走る未来。


 どれも潰せる。


 いちゑは深追いもせず、まっすぐ歩くように近づいた。

 曲がった腰のまま。

 手は背に回したまま。


 その姿が、かえって男の判断を鈍らせた。


 最後の投擲。

 最後の刺突。

 そのどれを選んでも、遅い。


 いちゑの爪先が膝へ入る。

 関節が鳴る。

 男の体勢が落ちる。


 そのまま足刀が首筋へ走る。


 だが、ほんのわずかに急所を外した。


 狙って外したわけではない。

 ただ、男が最後に顔を庇ったせいで、軌道が少しずれた。


 首は折れない。

 喉も潰しきれない。


 代わりに男は地へ倒れ、虫の息で残った。


 戦いが終わる。


 風が吹く。

 鉄の匂いと血の匂いが混じる。


 いちゑは小さく息を吐いた。


 「……さすがに、ちょっと疲れたかねえ」


 肩が痛い。

 脇腹も鈍い。

 腰は言うまでもない。


 だが、勝負そのものは短かった。


 いちゑはその男のそばへしゃがみ込む。


 話せるとは思っていない。

 どうせ言葉はわからない。

 それでも、ずっとひとりで歩いてきた癖で、口が動いた。


 「なんでこういうことをするのかねぇ」


 問いかけは半分は男へ、半分は世界そのものへ向いていた。


 すると、その瞬間だった。


 頭の奥へ、また何かが流れ込んでくる。


 未来視を得た時と同じだ。

 冷たい何かが、半透明の板のような感触を伴って脳へ触れる。


 《スキル付与:〈言語理解〉》

 《効果:接触した未知言語を意味と�て把握》

 《備考:音声・文字の双方に対応》


 《スキル付与:〈言語変換〉》

 《効果:自己の発話を対象が理解可能な言語へ自動変換》

 《備�:複数対象への最適化可》


 文字は相変わらず見えない。

 だが、意味だけが感覚として流れ込む。


 いちゑは目をぱちぱちさせた。


 「……なんだいなんだい」


 呆れたように呟く。


 その声が、今度は別の形で耳へ返ってきた。

 自分の言葉とは違う。

 だが、目の前の兵に通じる音へ勝手に変わっている感覚がある。


 いちゑは少しだけ笑った。


 「便利なもんだねえ、ほんとに」


 兵が目を見開いた。

 意味が通じている。


 いちゑは、そこでようやく少しだけ驚いた。


 「……あら。通じるのかい」


 兵の喉がひくひくと震える。

 何かを言おうとする。

 だが、血が絡み、息が続かない。


 それでも今度は、意味がわかった。


 「……化け……もの……」

 「……討……て……」

 「……命……令……」


 途切れ途切れだ。

 それでも、通じる。


 いちゑは少しだけ眉を上げた。


 「化け物扱いかい。そりゃまた失礼だねえ」


 兵はさらに何かを吐く。

 「落ちた」「侵入」「山境」「命令」――そんな単語が混じる。


 だが、脈絡は続かない。

 肺が傷んでいるのだろう。

 血の泡が喉に絡み、言葉が細切れになる。


 いちゑは聞き取ろうとする。

 未来の中で、兵が次に何を言うかも少しは見える。

 だが、死に際の未来は細い。

 消えるのが早い。


 「どこの誰なんだい」

 「ここはどこだい」

 「あたしの娘は来てないのかい」

 「お前さんたちは誰に命じられてるんだい」


 矢継ぎ早に問う。

 兵は口を開く。

 開くたびに血が出る。


 「……山……境……」

 「……上へ……報せ……」

 「……婆……殺……」

 「……隊……長……」


 そこで言葉が切れた。


 未来も消える。


 兵の身体から、これ以上の分岐は伸びない。


 死んだのだ。


 いちゑはしばらく黙ったまま、その場にしゃがんでいた。


 風が吹く。

 血の匂いが、もう少しだけ広がる。


 「……ううん」


 得られたものは、少ない。


 言葉が通じるようにはなった。

 それは大きい。

 だが、肝心の中身はほとんど拾えなかった。


 化け物扱いされていること。

 どこかから命令されて、自分を殺しに来ていること。

 ここが山境か、そのあたりの呼び名らしいこと。

 そして、隊長格のようなものがいること。


 その程度だ。


 「死にかけ相手じゃ、やっぱり細かいことは無理だねえ」


 いちゑは立ち上がる。


 肩が痛い。

 腰も痛い。

 頬もまだ少し熱い。


 「となると……」


 口元に、うっすら笑みが浮かんだ。


 答えが欲しいなら、死にかけでは困る。

 話の通じる相手が要る。

 しかも、すぐには死なない程度の元気があって、できれば多少は立場のある者がいい。


 いちゑは背に手を回した。


 「生餌を探すしかないねえ」


 山の風へ向けて、のどかに言う。

 言っている内容だけが、少し物騒だった。


 未来がまた枝分かれする。


 このまま尾根へ出る未来。

 谷沿いへ下る未来。

 水場の近くで夜を明かす未来。

 少し先で別の巡回に出会う未来。

 もっと進めば、人の灯りへ届く未来。


 その中に、一つ、少しだけ長く残る未来があった。


 人数は多い。

 だが、足音は乱れていない。

 兵だけではない。

 馬もいる。


 そして、その中心に、今までよりよほど丁寧に守られている一つの気配がある。


 いちゑは、見えない目でそちらを向いた。


 「おや」


 声が、少しだけ楽しげになる。


 「これは、少しは話の通じるのが混じってるかもしれないねえ」


 山道の先で、夜が深くなる。

 風が尾根を越え、遠くで獣が鳴いた。


 この世界が何なのか。

 どこなのか。

 娘はどこへ消えたのか。

 自分はなぜ狙われるのか。


 答えはまだ遠い。


 だが少なくとも、問いを投げる相手は見つかりそうだった。


 いちゑは小さく息を吐く。


 「さてさて」


 いつものように、誰にともなく言う。


 「少し元気なのを捕まえないとねえ」


 腰は曲がったまま。

 足取りは小さく。

 それでも未来だけを頼りに、老婆は山岳地帯の奥へ進んでいく。


 その背を追うように、冷えた風が吹いた。


 岩と土と血の匂いを残して、後ろには野蛮な軽装と、鉄の甲冑の死体が混じって転がっている。

 襲ったつもりの者たちは、みな山の一部みたいに静かになっていた。


 そして、その先にあるのは、次の襲撃ではない。


 話の通じる獲物だ。


 盲目の老婆は、見えぬまま笑う。


 この世界に来てから初めて、自分から誰かを捕まえに行くつもりで。


• 対象:たちばな いちゑ/女/70代�半/危険個体

• 目的:���

• 付与:未来視/言語理解/言語変換

• 結果:生存継続/ログ省略

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