第12話 憑依
【リーネ・ステータス画面】
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名前:リーネ
種族:魔物
レベル:100
スキル:なし
獲得可能スキル:なし
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ステータス画面を見ると、リーネのレベルは100に到達していた。しかし、ヒナタの残り経験値が十万を切っているのを見て、リーネのレベル100計画には十六万ほどの経験値が必要だったことがわかった。
「レベルは上がったけど、強くなれたわけじゃなかったみたい。期待させてごめん、リーネ」
するとエイドが驚くべきことを言い出した。
『いえ、リーネ様は確実に強くなっております。ステータス画面には反映されておりませんが、各能力値は着実に上昇しておりますので、どうかご安心ください』
能力値の概念が目に見えないだけで存在しているとは、ヒナタは思わず目を丸くした。そこで、彼はようやくレベルアップについて詳細を理解することになる。
まず、ヒナタは「ステータス可視化」のスキルによって、獲得した能力値を数値として視認できるようになる。そして、さらに自分の好きなように振り分けポイントを割り振ることが可能だ。
だが、クロノやリーネのように「ステータス可視化」スキルを持たない者には、能力値が数値化されることはなく、視認することはできない。また、そもそもレベルという概念も存在しない。レベル1から上がること自体が不可能だからだ。
そのレベルが無理に上がると、振り分けポイントが得られ、これが自動的に各能力値に割り振られる仕組みになっている。
スキルに関しても、ヒナタは新たな事実を知った。スキルは、あらかじめ存在する「獲得可能スキル」の中からしか習得できず、それ以外のスキルを学ぶことはできないという。そして、その獲得可能スキルが突然目覚めることもほとんど無く、ヒナタのような例は極めて稀だと、エイドは補足した。
初めてその仕組みを知ったヒナタは、ようやく納得する。クロノは最初から強かったわけではなく、レベルアップの恩恵で力を得てきたのだと。……あいつ、やっぱりかなり強いもんな。
何はともあれ、リーネも同じように強くなれたようで、本当に良かった。
「よかったね、リーネ。ちゃんと強くなれてるみたいだよ、体の方も」
ヒナタがそう声をかけると、リーネはどこか戸惑いながらも、小さく笑い、「ありがとう」と礼を言った。
そしてヒナタは、手元に残ったおよそ八万の経験値を自分自身のレベルアップに使うことにした。
すると、レベルは一気に118から145へと上昇し、振分可能ポイントも64ポイントまで蓄積されていた。
「よし、いつも通りだな……」
ヒナタは迷わず、いつものようにHPとMP以外の各能力値に、バランスよく10ポイントずつ割り振っていく。
まるで自分の“芯”を磨いていくような、そんな実感があった。
【ヒナタ・ステータス画面】
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名前:ヒナタ
種族:幽霊
レベル:145
HP(霊圧):105
MP(霊力):105
STR(霊的影響力):33
VIT(存在安定性):33
INT(知識・魔力制御):33
WIS(霊的直感):33
CHA(霊的親和):33
COR(瘴気適応力):33
EXP(経験値):1,263
スキル:異形の血統(Lv.3)/ステータス可視化(Lv.10)《エクスペリエンス・リンク/インサイト/エイド》/絆ノ共鳴(Lv.3)
振分可能ポイント:4
獲得可能スキル:双魂共鳴
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ポイントの振り分けを終えると、すかさずエイドの声が響いた。
『ヒナタ様。《異形の血統》および《絆ノ共鳴》のスキルレベルが共に3に到達したことで、新たなスキル《双魂共鳴》が解放可能となりました。』
またしても、新しいスキルが手に入るらしい。
「どんなスキルなの?エイド、わかる?」
『はい。簡潔に言えば、“他者に憑依する”タイプのスキルです』
エイドの説明によれば、内容は以下の通りだった。
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《双魂共鳴》
このスキルはMPを消費し続けて使用する。憑依先の特性により、消費MPの速度が変動する。
【基本状態】
・ヒナタが主導権を持ち、対象者は“見る・聞く・感じる”といった感覚を共有する。
・頭の中での会話も可能。
【使用条件】
・スキル《絆ノ共鳴》で繋がった者にのみ使用可能。
・対象者の身体の一部に触れた状態でなければ発動できない。
・スキル使用中はヒナタのMPを継続的に消費し、MPが尽きると操作不能となる。
・その際、憑依を解除しなければ感覚共有状態のままヒナタは取り残され、対象者の操作は不可能となる。
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ヒナタは説明を聞き終えると、思わず目を見開いた。
これは――とんでもなく使える。
それに、もしかすると、このスキルなら「実体を持つ」ことすら可能になるかもしれない。
そう考えるだけで、胸が高鳴った。
「いいスキルだね。習得するよ。……ところで、《絆ノ共鳴》を結んだ者って、どうやったらそうなるの?」
『経験値の付与により、一定の実績条件が解除されます。それが《絆》の成立条件です』
つまり、誰彼かまわず憑依できるわけじゃないということか。
納得しながら、ヒナタは新スキルの習得を念じた。
すると、空間のどこかから世界の声が響く。
『双魂共鳴を獲得しました』
早速試してみたい――そんな誘惑に駆られたが、ヒナタはぐっと堪えた。
さすがに、相手の許可なしで憑依するのはまずいだろう。
「リーネ、ちょっとお願いがあるんだけど……君の身体、試しに憑依してみてもいいかな?」
リーネは少し戸惑ったように目を伏せ、それでも静かに答えた。
「え……こんな、ほとんど死体みたいな魔物の身体で良ければ……私は、いいよ」
その声には自信のなさが滲んでいた。だが、ヒナタは思う。
――普通なら、こんなお願い、即座に断るはずだ。
自分の身体を他人に明け渡すなんて、信頼どころか恐怖を感じてもおかしくない。
しかも出会って間もない相手なら、なおさらだ。
けれど、リーネは違った。
百年以上、誰とも心を通わせず、ただ独りで生きてきたリーネにとって、人間としての「常識」などとうに風化していた。
死への恐怖には怯えていたものの、身体を誰かに預けることへの警戒心や羞恥といった感覚は、すでに麻痺していたのだ。
「もちろんだよ! 悪いようにはしないし、実体の感覚を掴んだらすぐに戻るから、ちょっとだけ試させて!」
そう言って、ヒナタはリーネの肩にそっと手を置いた。
意識を集中し、《双魂共鳴》を発動する。
ふわりと――転移のときにも感じた、内臓を引っ張り上げられるような感覚がヒナタを包んだ。
胸の奥が浮き上がり、次の瞬間には視界が変わる。
目に映るのは、見慣れない高さの視点。
ヒナタは、リーネの身体の中にいた。
「どう? リーネ。今、憑依してみたんだけど……気分は大丈夫?」
(うん、大丈夫!自分で体を動かせないのはちょっと不思議だけど、イヤな感じじゃないよ)
ヒナタは安堵の息をつく。どうやら、成功したようだ。
腕を持ち上げ、足を前に出してみる。屈伸し、軽くその場で跳ねてみた。
――思った以上に、動かしやすい。まるで自分の肉体のように、自然に制御できる。
「すごい……ちゃんと動かせる。人間だった頃の体感と、あんまり変わらないな」
しかし――この身体、ひどく冷たい。
細胞は既に死んでいて、血も通っていないのだから当然だが、それでもこの冷たさは、まるで「自分が今、死んでいる」と全身に突きつけられているようだった。
幽霊になってからというもの、ヒナタは温度という概念から切り離されていた。
それだけに、今感じているこの“冷え”は余計に堪える。どこまでも静まり返った肉体――生気のない器。
(……なんとか、ならないかな)
呟きながら、ヒナタは自分の内から溢れる霊力――つまりMPの流れを意識し、それをリーネの身体に巡らせてみた。
ただの試み。うまくいく保証などない。ただ、少しでも“生”に近づけたくて。
その瞬間だった。
――ドクン。
鈍く、重い音が胸の奥で響いた。
次いで、もう一度。
――ドクン。
百年以上、止まり続けていたリーネの心臓が、まるで何かに呼応するように動き出したのだ。
(うそ……? 今、心臓が――動いた? どうして……?)
リーネは内側から伝わる鼓動に、呆然とするしかなかった。
長い間、沈黙していた胸の奥。それが今、確かに“生きている”。
さらにヒナタは霊力の流れに熱を帯びさせるよう指示を与えた。
すると、不思議なことに、流れる霊力がじわじわと熱を持ち始めたのだ。血液の代わりに循環する霊のエネルギーが、まるで命そのもののようにリーネの身体を温めていく。
冷たく硬かった皮膚には、ほのかな赤みが差し始めた。
紫がかった死の色が消え、まるで人間らしい生の気配が宿っていく。
(あたたかい……こんな感覚、いつぶり……?)
リーネの心に、ほんのりと涙のような感情が浮かんだ。
だが、その瞬間――ヒナタの霊力が尽きた。
「……っ!」
ヒナタは慌てて憑依を解除する。身体がふっとリーネから抜け、宙に霊体として浮かび上がる。
直後、全身を襲ったのは、まるで全力疾走の後のような重たい疲労感だった。
けれど、それだけの価値はあった。確かに、リーネの体に“生”の温もりを届けることができたのだから――。
「ごめんね、リーネ。ちょっと体を動かすだけのつもりだったんだけど……つい、色々と試してみたくなっちゃってさ」
ヒナタが申し訳なさそうに頭をかくと、リーネはふわりと微笑んで首を振った。
「ううん、大丈夫。あんなに“生きてる”って感じたの、すごく久しぶりだった。……だから、私も嬉しかった」
目を伏せながらも、リーネの声には確かな喜びが滲んでいた。
たとえ身体の自由を奪われていたとしても、あの温もりは確かに心地よかったのだろう。
そして彼女は、満面の笑みで付け加えた。
「また、いつでも憑依してくれていいから!」
その一言に、ヒナタは思わず笑顔になった。
「うん、ありがとう。じゃあ遠慮なく、また頼らせてもらうよ」
こうしてヒナタは心に決めた。次からは《MP》にも振分ポイントを割こう、と。
実体を持つには、それだけの霊力が必要なのだと、身をもって知ったから。
それに、リーネの体を借りられるのなら、もう一度――ザイルにも会いに行けるかもしれない。
そんな想像がふと浮かぶと、ヒナタはまるでお正月を待ちきれない子供のように、また経験値が貯まる日を心待ちにするのだった。
やがて夜が明け、淡い陽光が廃墟に差し込む。ヒナタはクロノにリーネを紹介した。
エイドのおかげでヒナタにはクロノの言葉が分かったが、リーネにとっては「ワンッ」や「ガルッ」といった鳴き声にしか聞こえないらしい。それでも、クロノは警戒せずにリーネの匂いを確かめ、すぐに打ち解けた様子を見せた。
ついでにヒナタは、クロノへの憑依も試してみることにした。
四足歩行という不慣れな身体に最初は苦戦したものの、クロノの感覚を通してみる世界は驚くほど鮮明で、まるで全身が研ぎ澄まされているようだった。
憑依を終えると、クロノは「なんだかすごく強くなった気がした」と興奮気味に伝えてきた。
どうやら《双魂共鳴》によって、憑依された側にも何らかの強化効果が働くようだ。ただし、操る側が四足歩行に不慣れな場合は、逆に弱体化しかねないのが難点だが。
それから数日、一行は廃墟となった街の中を探索し続けた。
リーネのように、人間の意識を保った魔物が他にもいるかもしれない。あるいは、遥か昔にこの街の人々が避難した先に繋がる手がかりが残っているかもしれない――そんな希望を抱きながら。
結果として、それらの答えは見つけられなかったが、それでもリーネという新たな仲間との出会いは大きな収穫だった。
ヒナタもクロノも、そしてリーネ自身も、この街に来たことを心から「良かった」と思えたのであった。




