39.「終戦の日」
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巣鴨駅付近、山手線よりやや北の中立領域で、恭吾は南方を見つめていた。
景子の姿はあっと言う間に見えなくなった。音のない、静かな廃墟の街。
ふと背後に足音を感じ、振り返るとピンク羽織が見えた。
「景子ちゃん、来ませんでしたか?」
背後にいた、衣服の上からでもわかる華奢な体躯の少女。
胸元には三つのネームプレート。
「ここ、景子ちゃん通りましたよね?」
「あ、……ああ」
瞬時に、恭吾はこの少女の存在を理解した。
白川凪だ。終戦を迎えるための、鍵となる少女。
凪の姿を凝視している恭吾の視界に、今度は白羽織が飛び込む。
「なにしてんだよ、凪」
「たすく君?」
たすくは境目の線を気にしながらも、中立領域に入る。
「今日は西に……冬那からなにか聞いたのか?」
「たすく君も? よかった、一人で内域軍域に行くの不安だったから」
「いやいやいや、お前は無理だろ。足手まといだ」
「EMPは足手まといなのか?」
またまた口を挟む声。
今度は修二が中立領域に入り、凪とたすくの背後に立った。
「怪我したとき、ろくな処置できないくせに」
「修二まで……つーか、今回の件にEMPいらねーだろ?」
「……たすく、お前、景子にサルって呼ばれてるよな?」
「はぁ? なんで今そんな……」
「考えることをやめたらもう、それは人間じゃない。お前、いつからそうなった?」
修二の言葉に息を飲んだのは凪だった。
もう何度も聞いた、その言葉。
「行こう、たすく君」
「わけわかんねーけど……わかったよ! 凪、修二の後についとけ。こう見えてこいつ、元特攻隊だから」
「特攻隊?」
「内域軍域内に侵攻する特殊部隊だ、悲惨すぎて解散したんだがよ」
「必死こいて勉強してEMPになったんだが、まさかまた前線に出るとは」
「つか、なんで修二まで来るんだよ?」
「……俺はな、女の子に好かれたいんだ」
「……は?」
惚けた声を出すたすくと、いつものことだと顔を背ける凪。
修二が話を続ける。
「かっこいいとこ見せたらほら、修二さんステキーってなるだろ?」
「なに言ってんだ、お前」
「でもよく考えたら、前線に女ってほとんどいねーんだよな、目の前の馬鹿弟子は洗濯板だし」
「洗濯板って……凪には手を出すなよ? マジで」
「出さねーよ、洗濯板は女じゃねーしな」
「大丈夫です、私も修二先輩のこと男と思ってませんから」
「あ、言い切ったなてめぇ! そんなこと言うなら今ここで、俺が男だって証明してやる!」
「ちょ、なにベルト外してんですか。やめて、キモい!」
「じゃあお前が脱げよ!」
「わかりました、脱ぎ……ませんよ!」
「くそっ、惜しいな!」
「……修二、マジで、凪には手出さないほうがいいからな?」
「出すわけねーだろ、こんな洗濯板!」
「私だって嫌ですよ、自分大事にしたいんで!」
「変なことで純情ぶりやがって! 知識だけ豊富になった処×–が!」
「先輩が下ネタ挟んでくるからですよ! そっちこそ、口だけ達者な×–貞のくせに!」
「なんで俺が童×–って知ってんだ! 見たのか、てめぇ!」
「見てません! 言ってみただけです!」
「カマカケタだと? くっそ、エロ……」
「くないです、普通の言葉です! ていうか言ってないです!」
「ふざけんなよ、洗濯板! お前、今晩俺の部屋に……」
「行きませんよ!」
「お前ら、なんて会話してんだ……修二、俺はEMPの技術を学ばせるために凪を預けたんだからな、これ以上拗らせるなよ?」
「たすくには関係ねぇだろうが! これは俺と凪の桃色部隊の」
「なんですか、桃色部隊って!」
「EMPはピンク羽織だろうが!」
「桃色って言わないで! 先輩が言うとイントネーションが卑猥な感じになるから!」
「イントネーションだと! くっそ、エロ……」
「くないです、普通の言葉です! むしろその後の」
「ひわ……」
「言わないで! 最低!」
言い争う凪と修二。間に挟まれたたすくは、「え? なにこれ? つーか伏字にしなくてよくね?」と頭に疑問符を浮かべていた。
呆れた顔で三人を見ていた恭吾だが、腕に巻いた時計のタイマーが三分を超えているのを見て、凪たちに歩み寄る。
「おい、お前ら。中立領域に留まれるのは三分って知ってるよな?」
「あ、すみません」
「……白川凪。落とすなよ、そのネームプレート」
「え?」
「時間だ、行け」
返事も許さず、恭吾は凪の背中を押した。振り返りながらも前に進む凪。
その姿が見えなくなったところで、恭吾はポケットから小粒のイヤリングを取り出し、耳に付けた。
「聞こえてるか、クソ上司」
独り言のように呟くと、ジジッと鼓膜にノイズが流れ込んだ。
「今日が、終戦の日なんだな」
呟いてから少しの時間を置いて、甲高い声が返って来る。
『おっはよーん、恭吾。凪ちゃんはもうそっち行った? ちゃんと送り出せた?』
緊張感のない呑気な女性の声。
現状をなにも知らされていなかった恭吾は舌を鳴らし、再び声を発した。
「お前のルーズさに関してはもう気にしない。だがこれだけは言っておく……今までありがとう、冬那。景子は、俺の家族はまだ、死なないよな?」
恭吾の頬を涙が伝っていた。
それを知ってから知らずか、冬那は愉快そうに頷いた。




