32.「一方的な愛は、人に快楽を与えない」
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手当を始めて一時間過ぎた。
EMPでも第二種しか持っていない凪には手術、人体を切る資格はない。経験もないが、修二の隣で技術を見てきた。
大丈夫、出来る……そう言い聞かせて行った開腹手当は一応の成功をみせた。
救命センターに搬送されるまでに瀕死にはならないだろうという状態まで。
「ありがとう、凪」
目を覚ました三次が、凪の手をとって自分の胸に引き寄せた。反対の手で三次の額の汗を拭くと、「凪のほうが汗酷いから」と言って笑った。
普通の人間なら耐えきれなかった。一般の人間兵器でさえ、途中で絶命するか未だ目を覚さなかっただろう。
「凪……傘、ありがとう」
「傘?」
「学校いたとき、雨が降ってた日、白い傘を差し出してくれた。あの傘、汚してごめん」
「いいよ。どうせ三次くんと話するためにやったことだから」
「俺と?」
「東京に行く前に三次くんに会わなきゃって。会えなかったらそれでいいと思ってたんだけど運悪く、駅に三次くんがいた」
「運良く、だろ……よかった、見つけてくれて。あの日、駅に行ってよかった。凪に会えて本当によかった」
無理に笑みを浮かべる三次の目尻に、涙が溜まった。
力強く凪の手を握ったあと、その手を離して大きく息を吐き出す。
「凪、帰ったら一つ、約束してほしいことがある」
「なに?」
「もう二度と、喋るな」
ピリッと、空気が張り詰めた。
萎縮する凪の瞳を、三次の鋭い眼光が捉える。
「凪は優しいから、違和感には気付いていたと思う。だけど喋らなかった。誰かに口止めされてたろ?」
「……景子ちゃんに、東京入りした日の夜」
「あぁ、あいつは朝季の忠犬だからな……過保護すぎる、やっぱり敵わないな、俺は……朝季には、敵わない」
「敵わない?」
言葉の意味を理解し兼ねて、凪が首を傾げる。
しかし次の瞬間、突然、三次が身体を起こして凪の左腕を掴んだ。
トンっと三次の胸にreactionバンドがぶつかり、灯りの色が変わる。
「三次く……え、待って、いま……」
そしてまた、近い場所で起こった爆発の音。三次が凪の頭を抑えてつよく抱きしめたいせいで凪は顔を上げることができず、周囲の様子もわからなくなってしまった。
「凪、俺、お礼言いたい」
「お礼?」
「少しでも長く生かしてくれてありがとう」
惚ける凪だが、言葉の意味を理解して目を見開いた。
「み、つぎ、くん? なに言ってるの?」
「守るって約束した、俺が凪を助ける」
「無理だよ、そんな状態で」
「田舎帰ったら神社に行ってみて。あれ絶対、キツネだから」
「三次くん!」
「カニも海も見たかったな、あと、傘がほしい。凪の持ってた白い傘、あれ欲しいな、俺」
「あげる、あげるよ! いくらでもあげるから! リアバンのリンク戻して!」
「無理、身体痛くて動けない」
「だから能力使っちゃダメなんでしょ、三次くんほんと! 腕だけ離して、お願い」
「凪はEMPだろ?」
「EMPだから! 三次くんを助けたいの」
「どうやって?」
「どうって……だから、ほら、三次くんのストックさっき私が全部もらっちゃったから、私が使った方がいいよ、私が戦ったほうが……」
わかってる。
この状況になっても、現状も現実も、凪自身わかっていた。
EMPだからなど関係ない、自分には無理なのだ。
自分の実力では、いま使える武器では、この状況を変えることはできない。
「ごめん……ごめん、三次くん」
「……だから、すぐに謝るなって」
「うん……カニ、見に行こうよ」
「ははっ、今その話?」
「海にも行こう、田舎の街に帰ってキツネも……ここを出て、たすく君たちと合流しようよ。ずっと一緒にいようって、約束したのに……」
「……ありがとう、凪」
三次は顔をあげ、燃え崩れる家具や窓ガラスやコンクリートの壁を眺めた。
それ程かからない内に、この建物は崩れるだろう。
「凪、俺はね、一緒にいようって約束した覚えはないよ」
「え?」
「俺が守るとは言ったけど、一緒にいようとは言ってないし、頷いた覚えもない」
「じゃあ、今ここで約束してよ。一緒にいよう、ここを出てからも、田舎でもずっと……そうだ、田舎に帰ろうよ。カニもキツネも海も全部、全部また一緒に……」
「凪」
名前を呼ばれ、凪は言葉を止めた。
喋るな、そういうことだろう。
だけど今、この状況で……
わからない、と凪は思った。
どこまで、なにが嘘でなにが真実か。
どうすれば良いのか、わからない。
東京の街へ来て半年弱、なにをしていたんだろうと、今になって後悔の念を抱いた。
見るな、聞くな、喋るな……考えるな。人間として生きることをやめたらとても、楽しく生きれたのかもしれない。
だけど……だけど!
凪の心情を読み取ったのか、三次がぎゅっと腕の力を強くした。
声を出せなくなった凪の耳元で、三次が言葉を告げる。
「俺は、凪が幸せになればいいと思ってる。だから約束なんてできない、例えここを出れたとしてもずっと一緒にいようなんて言葉、俺は言わない……好きだよ、凪」
凪の目に涙が溢れた、
三次の目にも同じく、そこから溢れた涙が凪のつむじに落ちて、髪を濡らした。
「俺は凪のことが好きだから、命をかけて守りたい……自分の命なんかどうでもいいと思ってしまうんだ。凪のためなら簡単に命を手放せる……だから、幸せにすることはできない」
母と同じで、大切な人のために死ねるから。
大切な人に危険が迫ると周りが見えなくなる、自分の命をかけて相手を守ろうとするから、その人の過ごす未来に自分はいないと。
「好き……いや、それじゃ足りないな。愛してるよ、凪。愛してる」
生まれて初めて、凪はその言葉を告げられた。
漫画や映画で見てずっと憧れていた言葉。
返事を、声を出そうと思ったが強く抱かれているせいで叶わなかった。
だから一方的に告げられた、一方的な愛。
そして最後に、三次は息を止めた。




