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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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138 一寸先は闇



 俺は、この術を知っている。

 魂に深く抉り刻まれた傷のような記憶だ。何代と生まれ変わろうと、深淵の神殿に戻るように縛られた青い蜘蛛の糸の記憶が這い上がってくる。脛に爪を立て、太腿を切り裂きながら這い上がってくる。

 ダジョーに対する、執着と恐怖から生まれた呪術。『器』であるヴィグですら、動けずにいた。もう、遺伝子にも刻まれているのかもしれない。

 精霊の加護を受ける俺には、到底理解出来ない術だ。シンハがようやく逆立てた毛を収めつつ俺の陰へと潜り、ヴィグはチラリと俺を見上げてきた。

 大丈夫ですか? と問気な視線に苦笑いして頷く。大師はそんな俺達に「気味の悪いもんみせてしもうたわ」と首を鳴らし回す。

 

 「あんま表立って伝わっとらん術やしな。こんなん使うのは深淵のクソ神官どもや。で、お前さん、身に覚えがあるんか? この雲上殿に来る前に寄った場所はどこかいな」

 「……ここに来る前に拠った場所は、フフタルの隊商しか……一体、いつこのような呪術をかけられたのか」

 「深淵の神官でなくとも、雲水は?」

 

 テンジンの問いに、呂は呆然と首を振る。そして自分が手負いのルドラを背負い、豊北道の駐屯地から緑江河口、そしてフフタルの隊商在留地まで星獣で飛んだ道筋を丁寧に説明する。淀みなく、そして辻褄の合う説明は、呂の正当性を証明していく。

 確かに、誰かに会ったり何かするような時間に余裕はない。バルからの答もフフタルでの日時は合っている。

 気味が悪い。

 

 「ほぉ……なら、やっぱり豊北道の駐屯地やないか? その劉大夫とやらを殺した犯人はどこや? 」

 「それは不明ですが」

 「いや、深淵のモンやろ? 」

 「……え? 」

 

 全員が、顔を強張らせ手を見合わす。頭の中を駆け巡ったのは、先の報告で「首を千切られ死亡していた」劉大夫の事。その人間離れした惨劇の報告に「まさかあり得ない」と思っていた。

 見間違いか、確認間違いではないか? あまりの惨劇に「千切られた」ようなと報告になったのだろう。そう思っていた。

 間違いであって欲しい。

 冷えた夜風が頬を撫でていく。身震いは、寒さだけしゃない。思わず両腕を抱く。


 「首ぃ千切るなんてもんは、人間離れした殺害方法や。そんなの出来るのも、わざわざしよるのも、ワシが知る限り根性悪な深淵のモンだけや。あいつらは見せしめが好きやからな、胸糞悪なる根性悪な事を平気でやりよる」


 これ以上ない言葉を尽くして深淵を扱き下ろし、それでも足りない様子で鼻息荒く呂に封印した筒を懐の中に捩じ込んだ。


 「大方、お前さんらの正体に気付いた時点で蟲を放ったんやろ。フフタルやクマリが倶利伽羅に加担してる事を利用するつもりじゃろな。だか、術者はこちらの動きは気づいとらん。今度は反対に利用したるんや」

 「反対に利用? 」

 「その蟲にな、『持ち主に帰れ』と術をかけ直しといた。近くに犯人がおれば筒の中身か反応するはずや。カサカサ音ぉたてて蟲が外に出たがる」


 捩じ込んだ呂の懐をポンポンと叩き、リュウ大師が薄暗い夕闇の中で、確かに笑った。

 刻まれた皺が、歯が抜けた口元が、ゆっくりと微笑んで言葉を紡ぐ。それこそが呪いのように。


 「倶利伽羅の当主に行き着いて殺害でもするつもりで蟲を放ったのなら、術者を殺し返す。ただそれだけや。時が来たら、その時は躊躇わず放ちなされよ」


 それから。

 俺達は、型通りの別れを告げ、余分なことは何一つ言わずに、見送った。喉元まで込み上げてきた気味の悪さと恐怖。それらが不意に言葉となって出てくるのが怖くて、俺は旅の無事を祈る言葉しか出てこなかった。

 それ程に、深淵が関わっていた事が重くのしかかる。勿論、想定はしていた。これは想定内だ。それでも、尚、事実は重くのしかかる。

 深淵が玄恒の殺害を狙っている可能性。

 後李帝国の斜陽の裏で蠢いている事。しかもこちらより速く深く動いている事。

 これら全て、眼の前に突きつけられた衝撃は、自分で思うより遥かに大きく重くて。

 この覚悟を、彼等にも託すしかない事実が悔しくて。申し訳なくて。苛立つ自分の傲慢さに愕然として。

 この騒動の中を呂を先頭にして出立した潜入隊は、あっと言う間に夜の闇に溶け込んで消えてしまい、静寂に包まれた。

 騒がしく人が行き交っていたが、夜の闇を駆ける者もいない今は、俺達のみ。震えながらバルコニーから屋内へと戻る。足は自然と階下の饗宴の間に向かいながら誰一人言葉を発しながった。先の若者達の恋模様にソワソワしてた時間が幻のように。

 足元の闇は、ランプの光が届かない暗闇。




 「この度の事態、諸君らの機転により免れることが出来た。常日頃からの備え、そして職務に向い合う姿勢と気概。この諸君らの素晴らしい働きに、些少であるが報奨を用意した」

 「有難き幸せでございます。我ら銀問屋一同の一生の誉。これからも精進してまいります」


 深く下げられていく頭、頭、そして頭。さらにその向こうの間に控える老若男女。床に頭をつけるような様子に、落ち着かない。こんなのは時代劇とかで観る光景だ。それがリアルで自分に向けられては落ち着けない。

 ムズる体を理性で抑えつつ、笑みを絶やさぬように。口角の角度は変えないぞ。新年の儀の練習にもなるし、ここは耐えて人からの視線を意識しなければ!

 先程暗唱した言葉を思い出して、言葉と想いを添えていく。


 「諸君らが心置きなく働けるのも、家族の助けあってのこと。これからも皆が健やかに仲睦まじく過ごしていけるよう、願っている。家族の皆も、今日は殿上へと、よく足を運ばれた。ささやかではあるが、この一時は心休めて食事を楽しんでほしい」

 「有難き幸せでございます!」


 一斉に深く下げられる頭の数々。

 あー、もう、やっぱりむず痒い! こういうのは苦手だ。チラリと横に控えたサイイドに視線を動かすと苦笑いされた。心の中で身悶えているのがバレている。ヴィグも、口元が緩んでいるからバレてるなぁ。

 これが、初の民間への俺のお披露目となる。

 今まで祭事は公の場で行っていたものの、人目からは遠く顔を判別できる状態で行わなかった。が、先の後李帝国の使節団への顔出しを行ったのを機会に表の舞台にも出ることを決めた。

 今まで人前に出るのは、次代としてのお披露目を兼ねてミンツゥに任せていた。だから、こういう偉そうな人の立場には慣れてないんだよー。

 あー、でも、これも仕事だ。


次回更新予定は 10月13日(水曜日)です。


急に涼しくなりましたが、まだ日中との気温差があるので体調にはお気をつけて下さいね。

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