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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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135 無いものを回せ



 「この状況、俺の世界の言葉ですが「飢えた鼠は猫をも噛む」とも、言います。どうされますか? 後李の混乱を放置しておくか、建て直す機運に風を送るか」

 「難しい事を仰いますな……見ぬふりは出来ぬ話だ」

 「確かに家畜を襲われては困ります。しかし」

 「放牧している羊が危ないなぁ。だが、そろそろ出産の時期だ。啓蟄までは移動は難しいしな」


 憎々しげに呟いたバルが、ベロンと額から頭を撫で上げる。

 成る程。フフタルの民を動かすのは、合理的に話すのが早い。事前にヴィグに「フフタルは家畜も大きな資産」である事、「損得勘定で話したほうが通じる」場合が多い事、などなどコツを教えてもらって良かった。フフタルの民は、生まれながらの商売人との比喩は誇張ではないようだ。

 二人はしばらく小声で話し合っていたが、バータルが居住まいを正して膝を進めてきた。


 「事は氷狐と大狼の二氏族の話ではないが、国境に面する氷狐からすれば、興味深い。是非に詳しく話を進めたい」

 「いや、我が長の判断も仰ぎたい! アスラン様がフフタルの長たる事をお忘れか! 」

 「ですがバータル殿。春の土起こしまで膠着すれば、飢餓が本格的に始まってしまう。種籾まで食べだした情報も上がっていますよ」

 「あぁ……あぁ、もう、何とも……っ」


 俺にも追い立てられるバータルは、整った顔を歪ませ、髪をかき乱さんばかりに苛立ちを隠さない。その様子に、バルが笑みをこぼす。


 「腹を括れ小童」


 くたびれた中年男性だったのに、この変わり様。幾つもの修羅場を潜ってきた猛者の落ち着きを見せ、器のスープを一気に流し込みドンっと置く。船から降りた時の干乾びた様子とは一変、漲る迫力。こちらが本来の調子なのだろう。フフタルの懐刀と称されたバータルを小童と呼んで、その背中を音を立てて叩く。


 「伊達に全権を託されて来たわけじゃない。フフタルの利益を考えれば答は出てる。あとは、遣り遂げる算段をお前は考えろ。そっちの方が得意だろ」

 「簡単に仰いますな! これを、どう算段つけろと?! 」 

 「お前は大狼の参謀だろ、何とかしろ。俺達ぁ餓鬼の遣いじゃねぇんだ。さて、聖下」

 

 呼ばれ、慌てて背筋を伸ばす。

 さあ、どうするフフタル。


 「氷狐の氏族の長として、俺達の家族でもあり財産である家畜を守る為に倶利伽羅には協力しよう。まぁ、要するに氷狐の領土や街道でのクマリ人らの往来を邪魔も詮索もせん。コレでいいか? 」

 「今は、それで十分です」

 「今は、か。こちとら小国だ。あんまり期待するなよ」

 「その御言葉で充分ですよ」


 これで、フフタルの国境を介して往来も出来る。当面は、この言質で後李帝国からの隠れ蓑の手段にフフタルを使えるだろう。倶利伽羅とクマリとの行来が安全になる手段は得たぞ。

 呆然としていた呂が我に返り、額をぶつける勢いで伏礼をした。揃えた指先と頭は震えている。

 涙ぐんだミンツゥとサンギ達を見て、今だけは安堵しよう。

 バータルは再び顔を青白くして倒れそうだが、まぁ良い。舞台は整えた。これからだ。




 凍えて固まった手から筆を抜き取り、側の火鉢で炙り解凍する。冬の雲上殿は、寒い。デカイ木造建築なのだから当然なのだけど、寒いものは寒い。床暖房の稼働した南の間でこの寒さ。手狭感はあるが、寒がりの俺はこの部屋以外で仕事出来ない。出入りする財務局の補佐官達は忙しない様子だが、寒くないのかな。手を擦りながら、働き者の皆に敬意を抱く。辛うじて息が白くならない程の気温の中だ。皆の為にも早く仕事を終わらせよう。気持ちだけはそう決めて、書き上がった賞状をイルタサに手渡す。手慣れた様子で印璽を押し、控えたヴィグに手渡して。その作業を見てた事に気付いたヴィグは「確認されますか? 」と墨を乾かしたものを、手渡してくれた。湯気が出てそうなほど、出来立ての感謝状だ。


 「……ここに感謝の意を表す。ダショー・ハルキ……と、こんなので満足してくれるかな」

 「勿論です。末代までの大変な名誉ですよ」

 「うーん。なら良いけど、何とか金一封とか渡せたらいいんだけどなぁ」


 如何せん、金がない。

 続く言葉を察したイルタサ達財務局の面々が苦笑いというか、失笑というか、乾いた笑い声が漏れ出す。あぁ、申し訳ない。せめて良い国を造って職員の福利厚生も充実させなければ、と心の中で誓う。家族含めた治療の充実とか、十分な有給とか、その他諸々。

 愛があれば金は要らない、と言うけどさ。最低限な金は必要だ。経済は大事。なのに、要の貨幣に贋金疑惑が知らされて大騒動で、イルタサ達財務局の面々が調査して丸一日。それでも何と、贋金騒動は最低限の被害で終わりそうな気配。そもそも後李帝国との取引が贅沢品が中心で取引数が少なかった事、クマリ側の商人が未だに反後李帝国の姿勢で商売を最小限にしてた事が、被害を最小限にしていた。そして幸いな事に、取引した金銭の中に混ざった僅かの贋金に気付き、銀問屋が『預り金』として市場に出さずに留め置いてくれた。それでも幾件か発生してきたので、報告を雲上殿へ上げるタイミングだったらしい。

 何という幸運! 贋金は、恐らくクマリでは被害は最小限で済んだ様子だ。その働きに対し褒美をと考えたのだが、如何せん雲上殿にも金は無し。それ故に感謝状を書いていた、というわけで。喜んでくれたらいいけどなぁ。

 で、何で贋金が駄目なのかもイルタサにご教授頂いた。国の威信を持って発行する貨幣に偽物が出れば、国の信用を傷つけるという事。貨幣の金属としての価値が下がれば、相対的に貨幣の価値も下がり、物価が上がる。庶民の日々の糧まで物価が上がれば、それこそ飢餓の恐れから暴動が起きるなど世相が乱れる、と。つまり、ハイパーインフレとか戦後の混乱期みたいなものだろうか。

 経済の授業は、居眠りタイムだったからなぁ。まさか異世界へ行って活用することになるとは。真面目に勉強するのは大切な事だな、うん。

 感謝状を返しながら一人頷き、火鉢に当たる。財務局の面々が贋金の後始末に頭を捻りながらも、イルタサに感謝状を送る手筈を伺っている。


 「朔日市の定例会では、どうだ? それなら殿上の手続きも要らないしな」

 「イルタサ、問屋の皆が来るのか? 」

 「えぇ。この問屋達とは月の初めに財務局で会議をしているんで。相場の見張りも兼ねて。とはいえ茶飲み話の風体だな」

 「なら、俺も顔出して直接手渡しをしようかな」

 「宜しいので? 」

 「それで物事うまく進むならお安い御用。もう後李にもフフタルにも顔出ししたから、町方に顔出ししても良いだろ? 」

 

 軽く言うと、補佐官達が嬉しそうに歓声を上げる。そんなに喜んでくれると嬉しいなぁ。思わず笑みを浮かべていると、ヴィグの紫の瞳が困惑した色を浮かべ、声なき声が囁いた。


 「……予定はいっぱいですからねっ……」


 しまった。これは貴重な茶飲み休憩が無くなるという事か!

 ちらりとイルタサを見ると、察したのだろう。苦笑いをして首を振った。

 取り消し却下、だ。

 俺も苦笑いしてしまう。金が無いなら、知恵を回して身体を張らねば。国守は忙しい。

次回 5月31日 水曜日に更新予定です。


経済は苦手だから、かなりお茶を濁してます。あまりツッコまないで下さい〜!

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