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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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134 幽かな鼓動



 悪い報せというのは、信じたくないもので。

 最初に言われても、信じない。二人目に言われて「まさか」と思い、3人目でようやく「本当なのか?」と疑いつつ信じるものだ。

 最初に、玄恒に連れられて離宮で観た未来。次に、第三小隊からの報告。氷狐の長としての「後李は滅びる」の言葉は、三番目の衝撃だ。これは、本当に後李帝国は滅びるのか。

 天幕を音を立ててはためかせる風だけが、沈黙の中を吹き抜けていく。手の中のスープが、どんどん冷えていく。


 「傾国を断言するのなら、何らかの根拠ってやつを見せておくれ。デカイ話なんだから、確かなもんがなきゃ、動かないよ」


 サンギの不機嫌な声に正気に戻る。

 確かに。これだけの大きな話に確証がなくては。

 皆の視線を集めバルが話そうとした途端、後ろから幽霊の如く青白い顔のバータルが立ち上がった。

 ゆらりのらりと揺れ動き、力なくバルの横に座り込む。乱れた襟元を整えながら、弱々しくもサンギに向かい合う。意地で出できた彼に敬意を。


 「ここ数年ほど、フフタル国内に僅かな贋金が流通しています。エリドゥ銀貨に、僅かに混じり気がある。銀の割合が足らないのです」

 

 まるで、本当の幽霊のように、凍える言葉を紡ぎ出す。音が耳に入っても、その意味を理解するのにテンポがずれてしまう。贋金?

 互いに顔を見合わせ、バータルをもう一度見る。

 今、なんて言った?


 「フフタルで被害にあっているのは主に大狼と氷狐。どちらも後李帝国との商いの割合が大きい。クマリは、どうです? 」

 「贋金……贋金?! 」


 突拍子もない声が天幕をはためかす風より大きく響いた。見ればイルタサがワタワタとスープの器を置いて後方の補佐官達を呼んでいる。何時だって冷静沈着な船団の参謀が慌てふためいている。

 ダワも不安そうに眉を顰めているし、ツワンも何やら指示を出し始めた。ミンツゥとサンギも何やら囁きあってる。どうやら事態の重大さが解ってないのは俺だけのようだ。

 贋金、か。とりあえず難しい顔をして宙を睨む。そして頭の中の奥深く埋もった受験期の歴史の項目を思い出してみる。えーと、贋金が世に出回るとどうなるんだったか。確か、幕末とかの辺りだったか。埃まみれの記憶は不明瞭。後で聞くとして、とりあえず困った顔しとこ。


 「聖下、しばし席を外してもよろしいでしょうか」

 「分かり次第報告を頼む。細かな裁量も任せる。頼むよ」

 「かしこまりました」


 バタバタと財務局の面々が退去していく。サンギが一言二言イルタサに指示を出して、特大の溜息を吐き出す。

 

 「いやはや……贋金がくるとはね」

 「貴重な情報を感謝します。フフタルは大丈夫でしたか? 」

 「お気遣い、ありがとうございます。我々も気付いたのが早かったからな。何より、良質の金貨の取引先が見つかったお陰で被害は最小だ」

 「金貨? そりゃ大口じゃないか」


 この世界では、日常生活で銅貨と銀貨の取引が中心だ。金貨一枚で、標準的な世帯の一月分の生活費の感覚だから、庶民が金貨を手にする機会はほぼ無い。金貨を取り扱えるだけの取引は、大きな金額になるので民間では扱いづらいからだ。その金貨での取引とは、何処が相手なんだ。

 首を傾げる俺に、バータルが青白い顔を微笑ませた。


 「豊北道から、大量の穀物の取引を依頼されたのですよ。解りませんか? 」

 

 解らん。経済は苦手で丸暗記でテストを逃げてたからなぁ。困って横のミンツゥを見ると、青い目を見開いている。淡桃の唇が震えている。


 「豊北道で金貨を大量に使えるのは、まさか、玄武家?! 」

 「玄武が、動いている? 」


 ミンツゥのその一言で、雷が落ちた。天幕の中が一斉に身動ぎをして息を飲む。その反応はフフタル側を満足させたようだ。バルとバータルが頷いた。


 「ここ数年、穀物の大口顧客が倶利伽羅でな。そこで繋がったんだ。詳しくは呂殿」


 呂が器を置いて姿勢を正す。

 事が、明らかになる。その予兆に鳥肌が立っていく。思わず袖の上から、鳥肌立つ腕を握る。


 「豊北道は勿論、ここ数年は後李帝国全体で不作続きです。せめて玄武領だけでも民を支えようとしましたが、今や国外に穀物を買い求めるしか手立てはなく。かと言ってクマリも建国して間がなく穀物を国外に出す余裕がなかった様子。それ故、フフタル経由で発注をした次第」

 「呂殿、それでは倶利伽羅とは一体何なのですか……」

 「かつての白家の血を引いた遠縁の者達の集まりです。元を辿れば、白家が倒れる時に救国の要になれるよう、李園時代に酒席にて戯れで起こした旧宮家の集いだったそうです。ですが、傾国のこの時に立ち上がらねばと、倶利伽羅の名の下に百人程の有志が動いています」

 「百人程の有志か……それで、救国とは何をする? 」


 救うのは、白家か。国か。それとも。

 俺の問に呂は真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに、言葉を放った。


 「偽りの政を一掃し、新たな白家を皇座に。それが我ら倶利伽羅の本望」


 鋼のような意思を響かせて断言した。その力に居合わせた官僚達が身動ぎをした。衣擦れの音が波音に混ざり新たな音を作り上げる。

 何か始まろうとしている。


 「では聞こう。偽りの政とは、新たな白家とは何だ」


 倶利伽羅の求めるものは何だ。


 「偽りの政とは、春陽に住まう者共の為の政。民を人と扱わぬ、春陽という狭い世界の政。新たな白家とは、我ら旗頭である白玄恒、御前であらせられます。我ら倶利伽羅は、御前に新しき帝国を切り拓いて頂く為に身を捧げまする」

 「げん……玄恒は、生きているのか? 」

 「勿論。今は姿を隠していますが、かつての従者の禄山様を通し指示を出しております」

 「生きている、のね? 御前様は、確かに生きているのね? 」

 「勿論でございます。今はその身を隠しておられますが、生きておられます」


 呂の言葉に、ミンツゥの青い瞳から一筋涙が零れた。

 玄恒が生きている。幻聴のような報せ。微かな鼓動。新しい世界が脈打とうとしている気配。

 慌てるな。優しくこの拍を繋いでいくんだ。

 繋ぐのは、俺だ。

 ゆっくりと深呼吸をして、息を吐き出す。僅かに震える息を感じ、自分が緊張しているのを痛感する。恐れるな。でも、慎重に。求められるのは、友人ではない。残酷だけど、だけど。


 「国守として……クマリを預かる国守として、直言する。クマリは後李帝国と互いに干渉せず友好を保てれば、それで良い。それで、倶利伽羅は帝国を盛り返せるのか? 百人程の有志で出来るのか?」

 「私の一存でハッキリとは言えませぬが、それでも可能だと我々は考えてます。同志には春陽で要職に就きつつ、息を潜めて時を伺っている者も多くいます。時が来れば事態を逆転する手筈を整えております。それで、その、友好を保てれば良い、とは……」

 「直言と言ったろ。もっとはっきりと言えば、クマリは帝国が倒れるのを望まないだけだ。そして出来れば、二国間の付き合いは、民間で交易が行来する程の最低限でも構わない。倶利伽羅には政治的な目標が色々あるかもしれないが、クマリはそんなの求めてない。ただ、安定した国となるなら、歓迎する。それだけだ」

 

 絶対に皇帝を倒す。そう思っているだけなら、付き合えない。倒した後をどうするか。それを問いたい。

 俺に打ち返された言葉に、呂は深く頷いた。

 

 「ならばいい。クマリは、倶利伽羅を認める。但し、支援は出来ない。他国への内政干渉は致しかねる」

 「!! それは……いえ、承知、いたしました。聖下の御判断を、御前にお伝え致します……」

 「頼む。だが、事態は複雑かつ深刻だ」

 

 横のミンツゥが、俯いて肩を震わす。

 判ってる。玄恒を、このまま見殺しには出来ない。世界を変える微かな鼓動に、新たな音を重ねて和音を響かせなくては。

 サンギとダワが、大きく頷いた。力強く、笑みを浮かべて頷いた。

 クマリが進軍する事も干渉する事もなく、倶利伽羅を表に据えて事態を反転させ、帝国を建て直させる無謀な企み。ダワと捻った、この奇策に挑んでみよう。

 よし、行こう! 次の拍を刻み打つ!


 「呂殿、どうか玄恒に伝えてくれ。クマリは、国としては、倶利伽羅を支援はしない。が、今の後李帝国の困窮は目に有り余るものだ。よって、各々が支援に向かうことを俺は止めない。大きな声で言えないが、つまり通常の業務に差し障りない範囲で、個人が倶利伽羅の力になる事を国守である俺は止めない」

 「聖下……? 」


 ポカンと顔を上げた呂に、笑いかける。

 想定外の言葉だったのだろう。後のバル殿もバータル殿も、まるで豆鉄砲を食らった鳩のように半開きの口だ。


 「さらに、フフタルとの同盟の中に『互いの国に脅威となる対象に対して、助力を惜しまず』とあったはず。どうですか? フフタルにとっても今の後李帝国の困窮は脅威になると、俺は思いますが」

 「……内乱に、加われと? 」

 「いやまさか。先から言っているでしょう。クマリは、後李の内政には関せず。但し、個人として援助する事を咎める事もしませんよ」


 国としては。個人としては。

 この巧妙な現代的手法が異世界で何処まで通用するか。ダワは理解出来たが、非常に曖昧な手法だ。

 さぁ、フフタルはどうする。

 もう一押し。


 『互いの内政には不干渉。ですが、飢えた民が国境を越えて家畜を盗む事が多くなればいかが致しますか? 」


 バータルの青白い顔に、血の気が戻ってくる。

 さぁ、どうする。

 巻き込むだけ巻き込んでくぞ。事はデカイ。クマリが後で支えきれないデカさ。ならば、手は猫の手でも借りたい。建国したての小国の援助だろうが、借りれるもんは借りときたい。

 大きな波の音が、黙り込んだフフタルの時間を埋める。



 次回 5月17日 水曜日に更新予定です。


 前回は更新を落としてしまい、すみませんでした。

ようやく気温も落ち着いてきそうで、何とか新年度スタートを走ってます。コロナ禍で中止になってた事項が次々に復活し、てんやわんやです。いや、良いんですけどね、えぇ、必要なので復活してるんだから、良いんですけどね……。


 さてさて。以前エッセイに書いた『ゼルダの伝説』新シリーズが来週に発売なので、ソワソワしてます。私、ゼルダの伝説だけはゲームする人なんですよ。楽しみー! 更新落とさないよう、気をつけますね、はい。

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