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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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132 剣舞



 雲上殿は、未だに先の戦や経年の痛みで修復途中の場所が幾つもある。お金も人員も限りがある中、宮中よりも城下町を優先していたが、ここ一年で、ようやく王座の間や謁見の間が修復が終わった。

 そして今夜、修復と改造が終わったばかりの饗宴の間を用いて冬至祭の宴が催されている。微かに木の薫りがして、とても心地良い。大厨房とは中庭を間にして隣なので、運ばれてくる料理も湯気が立ち上っている。先に突貫で行った後李帝国の歓迎の宴とは規模も雰囲気も別物だ。


 「賑やかですねぇ。随分とクマリの方々は臆することがありませんな」

 「単なる好奇心ですよ、多分」


 隣に座る氷狐の長の言葉に苦笑いして、賑やかと言われた所へ視線を向ける。マリ交易都市から来た一団を囲むように、クマリ側の出席者達が集まっている。

 特徴的な赤銅色の肌に太い眉に大きな目鼻立ち、縮れ毛を編み込んだドレッドヘアのような髪型。人懐っこい笑顔にキラキラと光る大きな瞳。どれも見慣れないモノで、ここでは目立つ。

 どちらかといえば、クマリや後李帝国はアジアチックな顔立ちだ。フフタルも、ヴィグのような北方の氏族は銀髪だけど大半はアジアンだ。エリドゥは様々な国からの人で溢れていたが、それでもマリ交易都市からの人はあまり見た覚えがない。

 大陸南方のマリ交易都市。肌の色も顔立ちも独特。さらに、この大陸で大半が深淵の神殿を信仰しているのに、あくまでも精霊を信仰の対象としている点も違う。この特異な点を育んだのは、マリ交易都市の場所も大きい。他国と接する国境は砂漠。大陸の南端の港のみが他国への窓口。それ故に、大陸で起こった戦から無縁でいられた幸運。さらに南方独特の温暖な気候に豊かな自然。諸々の条件が組み合わさり、同じ大陸の国でありながら独特の文化を花開かせている。交易品は物珍しい物ばかり。果実や作物も、金属細工も、何より進んだ航海術や天体観測技術。交易を結ばない手はない。さっそく、冬至祭に招待してみた次第で。


 「彼らの文化は独特で面白いですね。持っている技術も作物も、一風変わっていて面白い」

 「面白い、ですか。その一言でまとめられるとは。どうにも、何もかも見慣れぬモノで私は戸惑ってしまうが。ほう、面白いとは」


 あぁ、成る程。

 盃を傾けて零れた氷狐の長の言葉が、腹に落ちる。流石にこの世界でも偏見というのはあるのか。見た事ない肌の色、髪型、そんな外見で及び腰になるのは、異世界共通らしい。


 「してして。聖下は、マリの者達と顔見知りか何かですかな。先の茶会では会話が弾んでいたとお見受けします」

 「いや、昔の知人によく似ていたので、話が長くなっただけですよ。懐かしいです』

 「はぁ……マリに生まれた記憶でしょうかな。いやいや、生まれ変わりとは何とまた大変ですなぁ」

 

 いや、英語の補助教員で日本に来てた同僚のボブを思い出したんだよ。

 異世界では口にしても通じない話を、笑顔で飲み込む。ダジョーは以前マリに生まれた事があるらしい、と誤解されてるなぁ。まぁ、黙っておこう。

 氷狐の長との会話も、別段に怪しい点はない。少し薄くなった頭頂部を撫で撫で首を傾げるバル殿は、至ってお喋りな普通のオジサンだ。フフタルの長アスランの名代として迎えたが、氷狐の長バル殿より横で控えているバータル殿の方から強い視線を感じる。アスランの右腕、切れ者の参謀、様々に言われてるから構えてしまう。


 「フフタルではマリと交流は無いのですか? 」

 「草原の民には海の彼方のマリは遠すぎますわ。いやぁ、クマリのように港が、ないですからなぁ」

 「成る程」


 では、フフタルとの間をクマリが通して貿易するのもいい手だな。関税をかけることも出来れば、これは儲け話になるかも。ふと思い付いたアイデアに口元が上がる。後でサンギ達に言ってみよう。

 バル殿の薄い頭頂部越しにサンギを見やると、目配せしてギョロリと目玉を下手を見やる。


 「準備が出来たそうです。よろしいですか? 」


 後方から囁いたヴィグに黙って頷く。

 この宴での裏の演目が始まる。姿勢を正し、控えのバータル殿にも聞こえるよう、バル殿に話しかける。

 

 「趣向を凝らした演目を用意させました。宜しければ控えの皆さんもご覧下さい。さ、観やすい場所へどうぞ?」


 バル殿に目線で了解を得てから後方の部下達に声を掛ける。俺が直接声を掛けたからかざわめくが、誰が目標の人物か解らないからしょうがない。遠慮しがちに、しかし幾つも頭が動き出すのを見て、バータル殿が眉を顰めた。でも、秀麗な顔のままだ。映画俳優のよう。ホント、この世界は顔面偏差値高めだよ。ヴィグはバータル殿に目で挨拶をして、何もないような顔をして場所を勧める。ようやく控えの人達も良いポジションを見つけたようだ。期待のざわめきが、宴に満ちていく。


 「先日のフフタル訪問では武術を競いあい有意義な時を過ごさせて頂きました。今宵はその返礼として、演舞を用意致しました。女人の方々も出席の宴で御座いますが、我がクマリの近衛隊の演舞をお楽しみください」


 サンギが海上で鍛えた響く声で宣言する。

 何事が起こるかと、興奮の色を隠さない来客のざわめきの中、ツワンが大きく打ち手をする。と、事前に配置した灯火台の虹珠が一斉に淡い光を放つ。薄暗くなっていた宴に、朝日が照らし出したような明るさが包み込む。間髪入れずに鼓の刻む拍に合わせて二つの人影が中央に踊りだした。

 テンジンとルドラだ。

 春陽から戻らせ、昼過ぎに到着したばかり。宴に間に合って良かった。

 近衛隊の紺色に岩小桜が染め抜かれた意匠の袖が翻る。模造刀と聞いていたが、音を立てて空気を切っていく迫力が、上座まで伝わる。ダンッ! と踏み切る音が、鼓の拍子と合わさっていく。二人はまるで舞のように踏み鳴らし、身を翻し、刀を煌めかせる。星獣で空を駆けてきた疲れも見せず、力強い演武を魅せていく。

 

 「……っ! 」


 小さな音。でもはっきりと感嘆ではない息を呑む気配に、ヴィグと素早く音の方向を確かめる。

 バータル殿の左に控えた若い男が真っ直ぐにルドラだけを見て固まっていた。

 ビンゴ。

 確かに体格が良すぎるフフタルの中では、小柄で日に焼けた肌ではない。真っ直ぐな眉が、どことなく玄恒を思い出した。


 「バル殿、あちらの」

 「凄いですな! いや、これは素晴らしい! 彼らは近衛隊の者達ですかな?! いや先日も素晴らしい勝負をさせていただいたが、これもまたなんと! 」

 「いや、あの、バル殿」


 感嘆を止めどなく伝えてくれるバル殿に申し訳ないが、俺は違う会話をしたいんだ。言葉を止められずに、曖昧な笑顔で受け流しながらサンギに頷く。察したヴィグが伝えようと身じろぎをした途端、バータル殿が「お待ちを」と一言かけて、怒涛の感嘆を堰き止めた。


 「流石クマリ。バル様、既に彼の者を知っておられるようですよ」

 「おぅ? あぁ、あの件か。いやはや、優しげな御顔をしておられるが、やはり一筋ならではではいかぬか。バータル殿、紹介して構わんよ」


 鷹揚とも丸投げとも受け取れる事を言い、ニヤリと笑った。途端にお喋りな中年男性の仮面が消えた。出てきたのは、腹黒な皮肉屋だ。


 「呂 泰然タイランを紹介致しましょう。林 亞夢ヤーモンと言えば通じますね。呂殿、こちらへ」

 

 バータル殿の声掛けに、ハッと視線をこちらに向け直す。自分を見ている俺達の様子に全てを悟ったのだろう。頭を伏せてバル殿の後へ控えた。


 「直接の声掛けを許してよろしいか」


 バル殿の言葉に、頷く。

 彼はゆっくりと顔を上げた。見る程に、玄恒とよく似た眉だ。俺を見る視線も臆することはない。


 「お初にお目にかかります。倶利伽羅の呂 泰然たいらんと申します」

 「聞きたいことがある。泰然もあるだろう。宴の後で一席設ける。そこで話そう。バル殿とバータル殿もよろしいか」

 「断る事など許されんだろう。まぁ、こちらもその気はないが。まぁ、今は楽しみましょうかね。酒は旨いし、彼の者らの演武も見事だ。ささ、聖下も一献」


 いや、その酒はクマリのだぞ。

 人んちの酒を、気持ち良さそうに注ぐバル殿に苦笑いして、盃を差し出す。模造刀を激しく打ち合う音を聞きながら、酒を流し込む。

 さぁ、ここから勝負だ。

 胃の腑が熱く燃え出した。

次回 4月12日に更新予定です。

が、毎年ゴールデンウィークまで忙しいので、ひょっとしたら出来ないかもしれません。いや、頑張ります。いよいよ後李編も盛り上がっていく予定ですから! 多分。

 予告していたエッセイを来週水曜日に上げていく予定です。寝台特急サンライズ出雲の乗車記録エッセイです。よろしければ、そちらも楽しんでくだされば嬉しいです。

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