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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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131 冬至祭



 氷のような北風が袖を大きく膨らまして吹いてく。その悪戯にフワリと周囲を舞う風の精霊に微笑むと、再び袖を大きく翻された。寒さの盛、髪の毛一本から凍えさすような凍えた空気がうねり、舞い上がり、空へと広がる。その流れに乗せるように、唄を重ねていく。声の震えが風に乗る。乗せる唄は、ミルの唄。いつかの深淵の神殿で唄ってくれた、美しい唄。太陽と風、水と大地を讃える唄い、最後にミルの唄を捧げる。

 さよなら、冬。凍てつく闇に感謝を。陽だまりが愛おしく、芽吹く春が感じられるようになるのは、冬のお陰。休めた体を深呼吸して伸びをしよう。

 手のひらいっぱいに想いをのせて、そっと空へと腕を伸ばす。届け、空に。この星に。

 雲上殿前広場に組み上げられた祭壇の最上段。ちょっとしたビルの高さまである巨大な櫓に作られた大きな祭壇を遮るものはない。まるで空の中にいるような錯覚。空の青の中で、ミンツゥと共に錫杖でリズムを刻み唄い上げる。波のような人々が口ずさむ祝詞も巻き込み、壮大な賛美歌が出来上がる。その様に体中鳥肌が立つ。身震いが止まらない。高揚が声に乗っていく。

 なんて美しいんだろう。有り得ない光景を、この目で見れる歓びで、唄う声まで震えそうだ。


 「願わくは 世界を巡る風の精霊 この喜びを この幸せを 大地に生きる全てのものの上を 穏やかに吹き渡りますよう 全てに幸あれ 光あれ」


 ミンツゥのゆっくりとしたハミングが重なり、空気が光り出す。冬の陽射しよりも、輝いて冬が空へと昇っていく。

 初めて唄った時には、クマリの大地は凍え焦げていた。あれから何度か冬至祭で、ようやくここまで来た。河が流れ、大地を耕し、雪の下から麦芽が顔を出す。眩い緑の芽は、澄み切った空へと伸びていく。その脈動を感じながら、ゆっくりと唄を終える。


 「ここに冬至の唄を、畏み畏み捧げ申す」


 リンパの言葉が、厳かに響き渡る。衣擦りの音がざわりと満ちて、武官文官ともに一斉に地に伏せていく。雲上殿前の広場の外の物見客も波のように伏せていく。その様子に改めて姿勢を正す。

 ここにいる人々、来れなかった民の想いは、唯一つ。この世界の秩序に、この時に、この場所に、存在させてくれたことへの感謝を捧げる事。日本にいた時は考える事もなかった、数多への感謝の念を神としか言えない存在へと捧げる。

 厳しい冬を終えられる感謝を。新しい日々を過ごせる感謝を。


 「……捧げ申す」


 ミンツゥと共に、祭壇の上で深く伏礼をする。頭上に広がる、見事な冬晴れの青空。鳶が鳴きながら飛んでいった。




 聖の反対は俗。神聖な祀りが終われば、俗にまみれた祭りの時間だ。

 さっきまで静寂に包まれた広場は、振舞い酒と食事を提供する場となって賑やかだ。俺達がいた祭壇も開放され、幾重にも行列が出来て、思い思いに祈り、老若男女が楽しげに唄っている。

 本来なら天鼓の泉で唄を捧げていた冬至祭だが、天鼓の泉が俺が召喚された時に後李帝国に破壊されてしまい、新生クマリからの新しい形だ。神苑の奥で限られた人々のみで行われていた厳粛な祭事だったものが、群衆と共に唄を捧げる新しい「形」になって新生クマリに根付いてきた。以前と比べて厳かさに欠けると声もあるけど、皆が楽しみに祭事を継続できるなら良いと思う。大切なのは継続だから。

 雲上殿の中層にある東の間まで移動し、ようやく重い装束を脱がせてもらい、火照った体に日常着を纏う。開け放った窓から聞こえる歓声に耳を傾けていると、ヴィグがお茶を運んで来てくれる。後ろには着替えてきたミンツゥと、湯呑みを持ったイルタサとダワ。流石にリンパ達はいない。今日はずっと忙しさに追われるだろう。


 「お疲れ様でした。少しよろしいですか? 」

 「少しどころか、たっぷり時間とって一緒に休もうよ」

 「それは出来かねますが、お茶の時間を少々頂きたい」


 本音に笑って受け流されてしまう。しょうがない。今日という日が忙しいのは理解してる。

 開け放たれた東の間は、今日は静かだ。何時も政務に追われる官僚達の殆どは、駆り出された持ち場か、祭を楽しんでいる。この東の間に来る暇はない。湯気を立てる湯呑みを受取り、一口飲んで溜息が溢して。ミンツゥも染み渡る表情で味わって深く息を吐き出した。


 「祭事は滞りなく終了致しました。来賓の方々も大層喜んでおられました」

 「そりゃ良かった。イルタサもお疲れ。サンギ達も休めてるかな」

 「今日は諦めてるでしょうなぁ」

 「でも今日一日が終われば、あの二人は一段落ですから」


 そりゃそうだ。大変なのはこれからだ。特に、来賓の中にはフフタル連合国からの使者がいる。氷狐の長と、大狼の長の補佐官ツァー・バータル・ゲリエル。なかなかに曲者と報告書に書かれていたのを思い出して、唸る。何故に、彼なのか。バータルという彼はダワより若い容姿だったのを思い出す。スラリと背が高く、隙のない動きと微笑みを常に口元に浮かべた青年。大狼の長でありヴィグの義兄アスランも俺と同じぐらいの歳だというし、そんなもんだろう。つまり、フフタルの中では若い世代だ。わざわざ彼がクマリまで出てくる理由を考えると憂いしかない。


 「まずフフタルの使者方は、リュウ大師が案内されているはずです」

 「うん。取り敢えず、宵の宴には出席予定だっけ。ただの挨拶で済むかなぁ」

「済まないでしょうね」

 

 まるで心の内を読んだようなダワの言葉に、苦笑いしてしまう。飲み干した湯呑みに、ヴィグがお代わりを注いでくれる。深みのある爽やかな香りが立ちあがった。


 「春分明けのアスラン殿訪問の件と交渉中の条約内容のすり合わせ、という名目ですがねぇ。それだけとは、私も思えませんね」

 「イルタサも、そう思う? 」

 「そりゃまぁ。ダワ殿はどう予測しておられますか」

 「氷狐の長が同伴、ですから後李の件やもしれません。氷狐の氏族は後李と国境を接して暮らしています。何かの動きがあったのなら後李帝国の動向に詳しい者を同行させても不思議ではないかと」

 「そうよねぇ。しかも、それはクマリ側の為じゃなくて、フフタル側が恩を売れる情報なら余計にしそう」


 ミンツゥまで「バータルなら、そのぐらいしそうだわ」と言い添えた。何か恨みでも買ったんだろうか。バータルたる人物の評価が非常に塩っ辛いので、まだ一度の挨拶しかしてない彼の見方が偏りそう。


 「ともかくも、フフタルが動いた理由が後李帝国だとしたら、先の使節団の件もあるかな。あれからどんな動きがある? 」

 「いや、特に。黄大使の謹慎は確認が取れましたが、それ以降の動きは全く掴めておりません」

 「そっか。やっぱり、大極殿は相当に怒ってるなぁ。自分達の要求、殆ど通らなかったからなぁ。やり過ぎた? 黒龍の旗とか、目立ったかなぁ」

 「星輿での帰郷は目立って話題になったようですが、あくまでモノ珍しさだったようです。大極殿は一通りの礼しか来てませんし、そこは大丈夫かと思われます」


 先日の後李帝国からの使節団の国書は受け入れられないと返答した。その結果、使節団の交渉頭の黄大使に無期限の謹慎処罰が与えられたと春陽に潜む第三小隊から報告があったばかりだ。恐らく、俺達の要求は撥ねつけるつもりなんだろう。冬至過ぎに後李を訪問する予定だけど、事態の予測が難しい。穏便に訪問を済ませたいのだけど。

 唸る俺に、ミンツゥが「それよりも問題があるでしょ」と更に追い込んでくる。


 「ほら、林亞夢ヤーモンの件。フフタルの使節団の中にあった名前、本当にルドラを助けた彼なのかしら」

 「それな。名簿見た時心臓止まるかと思ったよ。本当に、よく名前を見つけたよね。凄いよ」

 「担当官に褒美の言葉を伝えておきます。ふふっ、喜びましょう」


 事前に提出されたフフタルの使節団名簿に書かれた名前の中に、豊北道で怪しげな暗殺に巻き込まれたルドラを助けた者の名前が書かれていた。事を知っていた第一補佐官の一人が気付き、それは大騒ぎになったばかり。慌てて春陽に行ったばかりのルドラを呼び戻す手紙を送った。

 林亞夢ヤーモン本人か確認出来るのは、見知ったルドラしかいない。こういう時、写真がない世界は不便だ。


 「ルドラ達が今夜には帰国出来るようです。その時に詳しい話を聞けるかと」

 「もし本人なら、ここから倶利伽羅へ繋がれる。彼らが、真っ当な団体なら良いんだけどね」

 「それは会ってみないと解んないわ。解らない事を悩む前に、今日の宴の予定を確認しましょうよ」

 「そうですね。ミンツゥ様、随分としっかりとされましたねぇ。カムパが帰ってきたら驚きますよ」

 「一言多いの。もう! 」


 イルタサの言葉に、湯呑みを叩きつけるように置き、立ち上がる。


 「この後に商工団と謁見があるんでしょ? 先に着替えるわよ。リンチェン支度を」

 「用意出来てます。ヴィグ、ハルキ様のお支度頼みますよ」

 「はい! さあ、ハルキ様! 着替えますよ! 」


 見事に話題を変えられ、張り切ったヴィグが手の中の湯呑みを取り上げてしまう。あぁ、休憩が終わってしまう!

 渋る俺の腕を引っ張りそうなヴィグの勢いに振り返るが、ダワ達が苦笑いして首を振った。あぁ、助けてくれないのかぁ。


 「今日は忙しい日ですから」

 「ハルキ様、もうしばらく頑張り下さい。ミンツゥ様もご無理なさらず」

 「はいはい。じゃあ、また後でね」


 軽やかな身のこなしで、ミンツゥがリンチェンを従えて部屋を出て言ってしまう。何でそんなに身軽に動けるんだ! 夜明け前から一緒に祈祷してフル稼働で働いてるのに!


 「まだあの歳は疲れ知らずですねぇ」

 「四十路は、次の日に響きますなぁ。おやハルキ様は」

 「頑張るよっ。まだ平気だよっ。まだ三十路なったばかりだよっ」


 背中の鉛のような重さは気の所為だ!

 掛け声とともに立ち上がり、ヴィグを連れて着替えへと歩く。今日は長い一日だ。

次回 3月29日 水曜日に更新予定です。



前回と今回の2話分を考えてる時、MAN WITH A MISSION の『fantasista』を聴いてます。これって Dragon Ash の同名曲、でいいのかな? マンウィズの方は独特のストリングの使い方で、疾走感半端ないっす。この疾走感は、マンウィズの特徴ですよねー。変わらない。でも、どっちも好きだなぁ。

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