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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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129 その淨眼に映るもの

129


 「つまり、私に見合いさせるような話をして、動揺させようとしたと」

 「まぁ、うん……」

 「皇女ってことが公になってないから、殿下の尊称で男だと思わせて、こちらの慌てぶりで遊んでいたと? 全権大使の名が呆れるわね」

 「そういう事で……」

 「だからって、ハルキも何でブチ切れて雷落としてるのよ」

 「いや、だから俺じゃないし、……狙い通り釜にヒビを入れたと思うし」

 「やり過ぎなの!  」

 「……頭に響くから、もう少し、大人し目に怒ってくれる? 」

 「大人なのに二日酔いだなんて、もう! 飲む量ぐらい分かってよ」


 遠慮なくミンツゥの声が頭に響く。内側からの痛みと目眩で、火鉢にもたれ掛かる。

 大宴会となった昨夜の宴から一夜明けた。通常よりは軽めの朝議を終え、役付と第一補佐官達だけになった途端、ミンツゥの尋問が始まった。

 そりゃ、歓迎の宴が無礼講になって大騒ぎになるわ、翌日に使節団が部屋から出てこないとなれば、説教をしたくなるだろう。けど、雷落としたのはエアシュティマス。飲んだのもエアシュティマス。人の体で飲んどいて、二日酔いになるのは俺って酷い話だと思うんだけどなぁ。うーん、気持ち悪い。

 差し出された湯呑を受け取り、進められるまま一口飲む。柑橘の香りと優しい酸っぱさが、胸のムカムカを抑えてく。ホットレモネードのようだ。


 「二日酔いには、コレや。効きますかな」

 「染み渡ります……」


 リュウ大師が、補佐官達にも勧めていく。これは有り難い。

 が、この場では唯一の未成年者ヴィグは不思議なものを見るように配膳している。そりゃね、まだ二日酔いの大人は未知の生き物だよね。この辛さは知らなくていいよ。


 「まぁ、こちらとしては黄大使の弱味を握れましたからね。万々歳です」

 「これで交渉事も進められそうさね。まさか皇女殿下の名前を当てるだなんてねぇ。流石、淨眼ってとこだね」


 サンギとダワの二人は、ご機嫌だ。黄大使の失態で、風向きが大きく変わったのだから。

 公式に発表されてない第一皇位継承者の事がクマリに知られてたとなれば大問題だ。しかも、黄大使自身が藪蛇につついた面がある。昨日の宴の様子は本国には知られたくないだろうなぁ。

 しかし。皇女殿下の名前と容姿を淨眼で読み取った訳じゃない。その辺りは皆、誤解しているけど黙っておこう。淨眼が何をどこまで出来るか、知られないほうが都合もいいだろう。ミンツゥが俺をちらりと見たが、知らんぷりをする。たぶん、ミンツゥには淨眼じゃない事はバレている。


 「取り敢えず、皇女殿下の事は伏せておくと恩を売りましょう。箝口令を徹底させます」

 「あの発言が聞こえたのは上座中心だ。城下の招待客に聞こえなかったから良かったよ」

 「と、言うわけだ。第二補佐官達にも昨夜の宴に関しては徹底しておくように。その上で、今回の国書の返答ですが」


 リンパが頷くと、第一補佐官達が湯呑を置いて姿勢を正す。つられて背中を伸ばすと、ぐらりと目眩。思わず火鉢に凭れると「ご無理はなさらず」と優しい言葉がかけられた。リンバの優しさが有り難い。まだ二日酔い知らずのミンツゥは溜息をつくが、こちらも精一杯。火鉢に手をつきつつ、姿勢を正す。


 「朝貢の件は承諾しかねる。ただ、交易を求めるのなら求めに応じる……という案で調整を始めます。それ以外も、先に決まった形で宜しいですね。細かいところは、文章にあげてから調節をして行く形で」

 「外務局と法務局とで文面を整えてくれるなら安心だな。うーん、ただ、後李へ行くのをどうしようかと考えてるんだ」

 「どうしよう、とは」

 「行こうかなぁ、と」

 「行くの?! 」

 「うん。ちょっとね」

 

 途端に、場がざわめく。補佐官達も顔を見合わせ

て、皆が口にしなくとも不安な感情が場を満たしていく。招かざる客を帰すべく尽力しているのに、わざわざ出向かなくてもいいだろう、と。言葉にしなくても、雰囲気が伝わる。想像していた通りの反応に、二日酔いで痛む頭の鈍痛が酷くなる。

 湯呑を傾けて、気休めの一口を飲んでミンツゥを見る。不安そうな顔だ。


 「それ、私のせい? 皇女の事、黄大使の戯言でなかったらいけないから? 」

 「皇女殿下と顔見知りになるのはいいと思うよ。そうじゃなく……うーん」


 ある程度は言わないと、憂いが残るな。

 確かに黄大使の皇女殿下との顔合わせが戯言でない場合もある。単なる親睦会談なら、それは良いだろう。流石に見合いというのは嘘だろうが。

 どう、話すべきか。

 もう一口飲んで、考えながら話す。


 「これは、黒雲……玄恒を通して後李帝国の貴人と顔合わせした時の話なんだけど」


 再び東の間がどよめく。リンパなど、目を見開き、口を半開きにして卒倒しそうだ。


 「ハルキ様! いつ後李の貴人とやらに顔合せなどしたのですか?! 知り合いがいらっしゃるなど聞いておりません! 」

 「あー、あれかい? いつだったか御前様が会わせたい人がいるって二人で出掛けた時の話かい? 三年ほど前か、建国して暫くした頃の」

 「そうそう。夏の終わり? 秋口だったかな 」


 サンギは、人の動きや話をよく覚えている。頷いて「凄いな」と呟けば「元商人だからね」と返され、先を促された。

 リンパとダワ、ツワンも口をあんぐり開けたままだ。


 「で、その帝国の貴人ってのは誰だい」

 「そこは伏せとく。その人は、俺と同じ先見の力を持ってるからね。身分も伏せさせて欲しい」

 「先見を力を持った貴人、かい? 後李帝国の貴人で、そんな人がいるんかい……」

 「そりゃあ、さぞかし辛かろうて……先見は未来を垣間観る希少な力や。政から近い地位にいる貴人なら、そりゃあ、見たくないもんも見とるやろなぁ」


 リュウ大師の言葉が全てを語ってくれた。ざわついた部屋の雰囲気が、引き締まる。精霊と共生することを受け入れない国の貴人が、先見の力を持つ意味が解ったからだ。希少な力は、未来を観るだけではない。精霊をも見るからのだから。

 ミンツゥの顔が強張っている。人の腹の底にある悪意を垣間見る恐怖を、精霊と唄う共生者なら知っている。


 「その人は、宮中の柳が燃えるのを観ている。中庭の、柳の大木だ」

 「宮中が、燃えるの? それは比喩? 大極殿の火事? 」

 「本物の、後宮の東の中庭にある柳の大木。その奥に火柱が上がる。柳も燃える。その絵をね、観るんだ」

 「火柱が上がるほどの火災が、後宮で起こるのですか? なるほど……以前からハルキ様が後李帝国の弱体化を迷いなく何度も仰られていたのは、その様子を観ていたからですか」


 ダワの言葉に、頷く。陽射しの暖かさが消えるような雰囲気に、言葉を付け加える。


 「でもね、先見で観たのもは、一つの絵だ。間違えてはいけないのは、それが後李の終わりを表すものではない。ただの、先に起きる事実だけ」

 「つまり、ただの火事かもしれないって事?」

 「かもしれない」

 「じゃあ、戦火かもしれないって事? 人為的にこう、なんか」

 「かもしれない」

 「どっちなのよ?! 」

 「だからね、先見は未来を、ただ観てるだけ。その未来に至る事情も解らない。ただ、観てるだけ。だけど、観てしまった未来に不安を抱いてしまうんだ。後李の貴人が、同じ未来を観ているということは、その未来がある確率は高いしそうしてしまうかもしれない、って事だよ」

 「ハルキの言葉は難しくて解んないっ。こう、スパッと言ってよ! 」


 ミンツゥの率直な意見に、苦笑いしてしまう。こればかりは、実際に力を持ってないと感覚が伝わらないのか。ホットレモネードもどきを啜り、唸って痛む頭をひねる。

 

 「つまり、私がリンパを殴っている先見を観ても、私が悪意を持って殴ったのか、殴らざる得ない事情があって殴ったのか、その辺りが解らないと、いう事ですか」

 「お前が殴る? 」

 「例えです」


 物騒な例えに、笑って頷く。他に例えがあるだろうに。何とも不可解な顔をしたリンパに、ダワが「例え話ですよ」と繰り返した。


 「後宮が火事になるか、後李帝国自体が火事になるのか、それは分からないけど……その未来を観てしまったから、気になるんだ。もちろん皇帝に頭を垂れるつもりはない。属国にもなるつもりはない。けど、気になるんだよ」

 「分かったよ。ハルキがそういうんじゃあ、仕方ないね」

 「おば様! 」

 「私達は、選択を可能に出来るか検討しとくよ。それで良いかい」

 「ありがとう……まだ、分からないけど」

 「早目に決めとくれよ。こちらの都合もあるんだから」


 顔を見合わす補佐官達に、サンギはニヤリと笑う。外務局という、厄介な案件ばかり扱うボスであり、多くの決断をしてきた商人だけある。その肝っ玉に敬意を。




 国書の返答も決まり、使節団の今後の対応も決まったからだろう。慌ただしくも皆の顔が明るい。各々の仕事を完遂するために、東の間から補佐官達も役付も部署に帰っていく。ヴィグが書類を取りまとめて整理していくのを見ながら、冷めたレモネードを啜っていると、ミンツゥが横に近づく。  

 また説教だろうか。

 バタバタとする足音の中、ミンツゥが囁く。他の人に感づかれないよう、手近な空の湯呑を差し出して笑顔で頷く。さも、雑談しているように。


 「ハルキは何をそんなに気にしてるの? ただ、その可能性の未来があるだけじゃないのでしょ? 未来を観たらそうしてしまうかもって、どういう事? 」

 「相変わらず、ミンツゥはよく気づくなぁ」

 「ちゃんと答えて。教えて。何が起こるのか、悩んてるのか」


 相変わらず、ミンツゥは賢い。

 先見をしてしまった懸念を、感づいている。ミンツゥには、先見は出来なかったはずだけどな。思わず青い目を見返すと、間抜けな俺が瞳に映っている。


 「何て言うかなぁ。あくまで憶測だけどね。可能性だよ? 」

 「くどい。教えてよ」


 水を湯呑に注がれ、溢れんばかりの水を啜り、腹に流れ落ちる冷たさを感じながら、憂いを吐き出す。


 「先見で観るのは、ホントに絵なんだよ。その裏に流れる事情も解らない。けど、その絵の未来が訪れる覚悟をしてしまう。いつか後宮の柳が燃えてしまうと考えて、次の未来を選んでしまう恐れもあるんだよ。自ら、望まない未来を選択するかも知れない」

 「後李の、政に近い貴人が、燃える未来を選んでしまうかも知れないの? ……そんなの」


 水差しを握る指先が、ギュッと白くなる。


 「そんなの、未来なんて、解らないわ。誰にも、解らないわ、そんなの」

 「うん。そうだよね」

 「ハルキは、ハルキも……」

 「大丈夫。クマリの絵は観てないよ。だから、安心して」


 握りしめる水差しを、両手で受け取る。

 ミンツゥ、不安は俺が受け取るから。


 「さぁ、仕事をしよう。早く使節団には帰ってもらわないとね」

 「うん……ハルキ、あのね」

 「大丈夫だから。何かあったら、相談するから」  

 「うん。きっとよ? 相談してね? 」

 「ほら、サンギ達が呼んでるよ。仕事行っといで」


 強引に立たせて背中を見送りながら、水を飲み干す。吐き出す息に、冷たい指先に、生々しい記憶が浮かび上がる。

 深淵の神殿が消えて、全身泥水が滴り、這い回る画像。いつか観た、終末の先見。

 ミンツゥ。君は、知らなくていい。

 この先見は、俺が観たものだから。

 次回 3月1日 水曜日に更新予定です。


 バタバタしてますが、何とか書いた……。後で訂正があるかも。60部分前後あたり(大体)の伏線を含ませれました。よーーーやく! やっとこさ! 長くかかるなぁ、我ながら……。

 陽射しは春めいてきました。でも寒いから着るものに困りますねー。寒いの、困る。体調管理にはお気をつけて下さい。

 スーパーボールのハーフタイムショーも終わったしなぁ。今年のは、「映え」てましたねー。スポンサーがリンゴに変わってたし、色々変わるなぁ。


 ともかく。

 最近はジョナス・ブルーの「weekends」聞いてます。

 あと、vtuberの周防サンゴちゃんの動画。今巷で有名なスペイン村押しの動画。いやぁ~、大好きな物を推して、それに公式が応えコラボが起き、ファンが推しの推しに会いに行くとか、何という幸せな構図! 何、この素晴らしき世界は! 見ててほっこり幸せになれます。

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