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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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128 手には盃 唄う唇に雷を



 軽やかな鈴の音色と、華やかな旋律。跳ねるような足音。揺れる空気と共に微かに漂う香。

 それらとは真逆の言葉が襲いかかる。

 

 「次代殿も、是非に春陽へお越しになると良い。我らが殿下と歳も近い故、丁度よい」

 「……丁度よいとは、何がでしょう」


 顔が強張ってないだろうか。動揺を隠しきれているだろうか。賑やかな宴の雰囲気と雑音で誤魔化せてるだろうか。

 首の後ろ、後れ毛が逆立つ。


 「まずは友人、ですかな。ゆくゆくは国を背負う者同士、気心が通じるのは違いないでしょう」

 「重責を担う者同士、ですね。確かに」


 まずは友人、とはなんぞや。まず、というのは次に繋げる何かがあるから用いる言葉なんだぞ。

 次に繋げる展開って、なんぞや。

 ミンツゥはまだ、成人したばかりだ。先だってはフフタルへ使節団を率いて俺の名代をしてもらったものの、本当はクマリから出したくはない。後李帝国となれば、尚更だ。危険の度合が違いすぎる。

 っていうか。

 首の後ろのチリチリが痛い。後方の席にいるはずのサンギの視線がレーザービームのように感じる。黄大使、多分、標準当てられて丸焦げにされてる筈なのに満面の笑み。

 

 「一度でよい、春陽へお越し下されば殿下の素晴らしさに心打たれるでしょうなぁ。そこから我が国ともと新たな関係が生まれるのも、また良し」

 「それは……まるで見合いのようですねぇ」

 「ハッハッハッ。是非に春陽へお越しくだされ」


 否定しないんか、この野郎。

 本気か分からない言葉で、こちらは翻弄されてしまう。


 「殿下からクマリへ来て頂いても、大歓迎致しますよ。雅さとは程遠くとも、精霊達が自然と戯れる風は心地良いかと思います」


 ミンツゥを後李へ行かせる気はない。

 遠回しに伝えるものの、黄大使は笑ったままだ。こちらの反応を楽しむかのように、細めた目で。唇に付いた酒を舐め取るように舌の先を覗かせて。

 本気か? 本気でミンツゥを皇太子と会わせるつもりか? 会わせたその先の要求は何だ。まさか、婚姻を強迫するとかないだろうな。

 まさか。頭の中で出てきた自分の言葉に背筋が凍る。心臓が、拍子を変えて刻み出す。自分の心臓なのに、止めれない。


 「とはいえ、我々はどのように殿下にご挨拶をすれば良いのか。雅と縁遠い我らに御指南して頂けませんか? 何か心を傾けているものなどありましたら、用意させましょう」

 「ハッハッハッ! お気遣い痛み入る! そうさなぁ」


 サンギのレーザービーム視線を感じながら、下手に言葉を続けると、黄大使はご機嫌に笑い出す。上司の機嫌を損ねない様、笑みを浮かべながらセールストークして心で罵倒する。現代日本の社畜技術をフル活用。こんちくしょー。

 が、煽てに弱いのか、酒で口が回るのか、黄大使は気持ちよく喋りだす。


 「殿下は非常に勤勉であられる。書に親しみつつ、武芸の鍛錬にも熱心に取り組まれておりますなぁ」

 「それは素晴らしい! 」

 「では、刀は好まれますか? それとも弓矢か…… 趣向など分かれば、それと用意をさせましょう」

 「おう、それは有り難い申し出! 趣が違うクマリのものとあれば、喜ばれましょう! 」

 「我らの南洋航路で、珍しい貝細工も手に入れましょう。おや、大使の盃が乾いてしまった。まぁ、どうぞどうぞ」

 「では、お言葉に甘えて頂きましょうかな。ハッハ」


 イルタサとダワも、膝を寄せて参戦してきた。何とか後李の、大極殿の情報を少しでも引き出そうと黄大使達を褒めて上げていく。腹立つだろうけど、後李をヨイショしていく。レーザービーム視線のサンギに、この意図が伝わっているのかどうか。リンパは後方に酒の追加を指示している。お酒の力も借りなければ。飲ま飲ま。


 「皇座の朱雀家といえば、紅色。鮮やかな珊瑚の装飾を施した刀など如何か」

 「おぉ。それは素晴らしいが、殿下は陛下よりは華美を好まれぬ。それは陛下のほうがお好みであろうなぁ」

 「ほう。では陛下には珊瑚の装飾で用意を致しましょう。さて、では殿下へは太刀は如何であろうか。鍛錬に熱心とあれば、長尺の太刀を扱われた事は殿下はおありか」

 「いやぁ、いくら熱心に鍛錬を積まれていても、あの細身では無理であろうなぁ。それよりは弓矢が宜しい」


 ツワンの具体的な問いに、黄大使が言葉を溢した。ダワがツワンに「もっと具体的に」と目で促す。

 書に親しみ、鍛錬に励む姿。そこに細身で家臣に「これ以上は無理」と思わせる要素が加わる。それは何だ。単に体型の問題か、虚弱体質なのか。


 「靭やかな弓ならば、殿下に相応しい。こう、紅の飾紐で艶やかにな」

 「ほう! ならば同色に染めた手袋も揃いで用意を致しましょう。矢筒も揃いでは如何な」

 「それは良い。華美は好まれぬが、趣向を凝らすのは喜ばれよう。なにせ殿下は」

 「黄大使、これ以上は」

 「まま、張書記官殿。ご一献ご一献」


 気持ちよく喋る黄大使を止めようとする気配を察し、リンパが素早く空いた盃に酒を注いで書記官の視線を逸らす。ダワはツワンに頷き、素早く黄大使に先を促す。

 喋ろ。もっと具体的に情報をくれ!


 「殿下は人一倍責務に励まれるが、その大切な御身故に心配も致すのだ。刀を持っての手合わせで怪我などしては大事! そうであろう? 」

 「誠に誠に。成る程、黄殿は殿下の身近に控えるだけに心配は絶えませんなぁ。私も次代様が闊達なのは良いのですが振り回されてばかりで」

 「おうおう! お互いに苦労致しますなぁ。そうよ、大切な御身と何度も言うのだかな。「その身は陛下からの一粒種」と何度言えばよいか……」

 「分かり申す! 次代様も少しは自重してほしいと申しますが、耳を傾けてもらえませぬよ」


 一粒種。

 その言葉が気にかかり、水を所望するふりをしてヴィグに耳元で問う。紫の目を見開き「確認します」と囁き素早く下がる。

 どういう事だ。事によれば、黄大使の大法螺になるぞ。ハッタリか? こちらを嘲笑ったのか?

 皆でにこやかに相槌を打ち、ツワンが盛り上げる中で黄大使の語りは気持ち良さそうに続いていく。ヴィグが下人から水を受け取るまでに、リュウ大師の背後で控え、さらに途中でイルタサへ小皿を持って行くふりをする。僅かな会話をして、背後に戻ってきたヴィグは、湯呑みを膳に置きながら囁いた。


 「大師とイルタサ様に確認したところ、皇帝陛下の御子は御一人。第二皇位継承者は朱雀北分家の当主、先に第三継承権を持つ御子をお持ちになりました。今は北分家と皇位継承を二分してる状態です」

 「やっぱり兄弟はいないんだね? それは確かなんだね」

 「イルタサ様にも確認致しました。第一皇位継承者は、現皇帝陛下の直子であられる殿下だけと」

 「名前は」

 「まだ公にされておりません。後李は成人を迎えてから皇族の名を明かします」

 「……」


 水を注ぎながらの報告に、沸々と感情が湧き上がる。

 一粒種という殿下は、いつか玄恒が連れて行ってくれた別宮で出会った少女の事。白英鳳皇后の唯一人の直子である白紅迦。出会ってなければ、黄大使が戯れに「ミンツゥと会わせたい」と見合いを匂わされて、「書に親しみ武芸に励む皇位継承者の殿下」と勝手に若者を想像した俺達は翻弄されたままだったかもしれない。

 黄大使は、我々クマリを弄んだのか。

 何も知らないと、からかったのか。

 つまり、大使にとってクマリは、それだけの事なのか。

 吐き出す息が震える。腹の底が熱く血が滾るようなのに、湯呑を握る手が冷えていく。目の裏が赤く染まっていく。頭の裏から声がする。冷たく凍える吐息が楽しそうに囁く。


 『 後李は変わらぬの。あいも変わらず人を誑かしよるわ 』

 『 許せぬなぁ。許せぬよなぁ 』


 あぁ。許せない。俺達を、懸命に国を守ろうとする俺達を、皆を、弄んだのが許せない。今眼の前で、形振り構わず下げたくもない頭を下げ、相槌を打つ皆を、馬鹿にしているのか。


 『 大切な仲間を愚弄されては、敵わんなぁ。許せぬなぁ。なぁ、吾子よ 』


 あぁ。許せん。


 『 愛しい吾子よ 』


 弾け、そして意識が裏返る。

 しまった! 今表に出たのは……!


 「……ルキ様? ハルキ様? 酔われましたか? 」

 「『酔っておらぬよ。まこと、良い酒じゃ』」

 「……ソンツェ、様? 」


 ヴィグが水差しを持ったまま固まる。溢れんばかりに注がれた湯呑の水を、俺の体が勝手に動いて一気に飲む。冷たい水が食道を流れ落ちて胃に染み渡るのを感じる。ヴィグの紫の瞳が見開かれるのを見ている。なのに、この体が自分の意志で動かない。


 「『良き宵の宴じゃ。次代の舞も素晴らしいわ』」

 「おう、良き趣向、良き酒、良き肴。辺境でこれ程の宴を開かれる聖下は、流石に」

 「『これ程の宴は春陽の辺境にはあるまい』」

 

 口が喋りだす。その言葉が刃になって宴の酒精を覚ましていく。口を噤み、目を見開き、皆が固まっていく。

 違う! これ、俺じゃないんだ!

 叫びたくとも言葉に出来ない。体が動かない。

 今、この体を動かしているのはエアシュティマス。裏に隠れていたエアシュティマスだ。

 ダワが、素早くヴィグを見ている。異変に気付いたのだろう、横のリンパに耳打ちをした。クマリ側の皆は、俺の異変に気づき微かに身動ぎをしだす。が、後李の使節団達は固まったまま。突然の毒舌キャラに豹変した俺を見て呆気にとられている。違う! 俺じゃないって!


 「……聖下、申し訳ない。少々酔いで聞き間違えたようだ。いや、聖下も酔いが回られたか、さすれば今しばらくお休みに……」

 「『お主程弱くないわ。さてもさても、自分の主を間違える程に酔うてしまうとはな』」


 何とか、何とか暴言をこれ以上吐き出す前に、俺が表に戻らなきゃ! マズイ、これはマズイ!

 気持ちは焦るのに、その俺の気持ちが楽しいのか、俺の手は湯呑を置いて舞うミンツゥをヒラリと指さした。


 「『次代と後李の殿下の顔合せだと? まるで見合いをさせるような事を言うのぉ。それは春陽の男の言葉か』」


 春陽の男。春陽の、男……皇帝の事か?!

 やめろーーー! これ以上喋るなーー!

 

 「『子々孫々、変わらず呆けておるわ。次代に春陽へ行けとな。殿下と相見合わせるとな。ふふふっ』」

 「さ、先程から言葉が過ぎますぞ!! 聖下と言えど、これ以上の暴言は」

 「『次代と会ってどうするというのだ。子など成せずのに』」

 「!!」

 「『当人同士が良いのなら構わぬがな。まぁ、吾は止めぬぞ』」


 喋るな! これ以上喋るな! ホントに止めて!

 エアシュティマス!

 俺の体が、口が、勝手に動き続ける。

 目を細めて、饒舌に。黄大使を弄ぶように。

 きっと俺の青い目の中には、引き攣った黄大使の顔が映っている。


 「『ほぉ……左目尻の黒子が、可愛らしいのぉ』」

 「せ……聖下……青の、淨眼……」


 黄大使が、カクンと口を開けて手にした盃を落とす。顔が見る間に白く血の色を失っていく。

 エアシュティマスの意識が、俺の記憶を探っていく手触りを感じる。

 いつの日か、後李の別宮で出会った少女。玄恒を慕っていた、男装の美少女。

 

 「『ふん。確かに跳ねっ返りじゃわ。次代といい勝負だ……存外に良き相手かもしれぬなぁ』」

 「恐れながら聖下。次代様がまた怒られますよ。今宵はこれ以上……」

 

 頭を深く伏したリンパが、静止の声をかけてくれる。が、それすらエアシュティマスは楽しげな合いの手に変えてしまう。


 「『はっはっ! 良い良い。構わぬよ。次代の文句など可愛らしいものだ。なぁ、サンギよ』」

 「恐れ入ります」

 「『佳き佳き。佳き宴じゃ。どれ、吾も舞うか』」

 

 酔いは火に注ぐ油のようだ。

 勝手気ままに動く手足が、膳を跨ぎ前に出る。

 リンチェンとハンナが奏でる鼓と三線の旋律に合わせるように唄を重ねていく。即興で乗せる口笛、指先は宙に紋様を描く。途端に、空気の密度が濃くなっていく。粒子と粒子が激しく摩擦して、空間が音を立てて割れていく。これ以上は割れてしまう!

 途端、眩い閃光が爆音と共に中庭に溢れる。

 悲鳴が起こる中、宴席の周りの空間も煌めき出す。空間の狭間から溢れるような光線が気ままに走り出す。重なり、擦れ、音を立てながら走っていく光の線は、小さな稲光。人の間を、燭台の間を、小さな雷が走り抜ける。


 「『心地良い夜じゃ! どれ、吾子の忠臣達よ、願いを叶えてやろうぞ! 』」


 ト、トトトン、トン。ドン!

 複雑な足運びを軽やかにこなし、床を踏み叩く。

 一際大きな音が外から響く。門前広場からだ。恐らく、怪鳥もどきの側に雷が落ちたのだろう。何かしら壊れたのなら、ミンツゥ達の願いが叶ったことになる。どうするんだ、壊れてたら……。いや、良いのか。でもなぁ。

 ハラハラする俺の気持ちを感じてるだろうに、エアシュティマスは楽しげにステップを踏み踏み、鼻唄を唄う。

 向いで踊るミンツゥが、青い目を見開いてる。流れに沿って袖を見惚れる仕草で翻し、その影でこちらを凄い顔で睨んでくる。やめてくれ! 俺が雷落としてる訳じゃないって! 顔がホントに怖いんだけど!


 「『この趣向、皇女も気に入るであろうよ! 黄と申したか、自慢の殿下に知らせよ。クマリは紅迦を歓迎するとな! 』」


 宴席で皇女殿下と、さらに禁句となっている後李帝国の皇族の名を勝手に明かされて、黄大使が卒倒した。慌てふためく使節団を横目に、俺の体を乗っ取ったエアシュティマスは稲光を指先から出しながら、ご機嫌に宣言をする。


 「『今宵は無礼講じゃ。楽しもうぞ! 』」


 勘弁してくれよ。

 末席の招待客達は、主賓席の騒動に気付かずに雷の見世物と無礼講に大喜びだ。夜はまだ始まったばかり。どうするんだ、これ。

次回更新予定は 2月22日 水曜日 の予定です。


2.8. 9:00


すみません!

更新予約の時間設定を間違えてました!! いつも朝の7時に設定してるんですが、間違えてた!

今、更新しました! ごめんなさい!

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