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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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126  妙案か迷案か



 夕暮れ時の東の間は、すっかり薄暗い。が、怒り狂うミンツゥの声が元気に響き、心持ちは悪くない。俺が怒る所を代わりに怒ってくれたようで、妙な嬉しさがある。でも、さすがに怒りすぎだ。ここまで共感しなくとも良いよ。


 「盛り上がってますねぇ」

 「廊下の先にまで声が聞こえたよ。ミンツゥ、これ以上は止めときな」

 「おば様の分も叫んでおきました。いいでしょ? 」

 「まったく。この子は口が達者だよ」


 ダワとサンギの声が入ってくる。行灯に幽かな明かりが灯され、疲れた顔の二人が照らし出された。多分、俺も似たような顔してんだろうな。


 「お疲れ様。取り敢えず何か飲む? 」

 「熱っいお茶が飲みたいねぇ」

 「私は、よろしければこーひーをお願いします」

 「かしこまりました」

 「コーヒーは俺が淹れるよ。二杯目が欲しい」

 「ありがとうございます。では、有り難く頂きます」

 

 ダワは数少ないコーヒー仲間だ。さっき暖を取りながら焙煎して砕いた豆を見せると、顔をほころばせた。手早くヴィグが用意してくれたセットに豆を入れて湯を細く注ぐ。立ち上る芳醇な香りが、ダワの眉間の皺を緩めていくのが目に見えるようだ。


 「想像の斜め上の面倒さになってきたね。どうしようか」

 「それを考えるのが私らの仕事だよ」

 「朝貢といい、皇帝への謁見といい、我らを何だと考えてるのか」


 憤然としたダワの口調は珍しい。湯を注ぎコーヒーの粉が泡立ってくるのを見つめながら、どこか冷静な自分が囁く。

 最後の足掻きだ、と。


 「後李の……国としての『機能』は、どれぐらいまともに機能してるんだろうね」

 「『きのう』、とは働きのような事ですか? 」

 「あぁ、うん、そうだね……組織ごとの働きというか、国の中の各部署の動きが、連携して国全体を円滑に動かしてるように思えない。末端の民の暮らしが崩壊してる様子なのに、新しく国交を結ぼうとか……それどころじゃないだろうに。相手に虹珠やら色んなのを要求したり、無茶をする様を見せられると、どうにも」


 一旦湯を注ぐ手を止め、言葉も止める。

 泡立ったコーヒーを落ち着けるように、自分の心も落ち着けようと溜息をして。

 

 「後李は、誰が動かしているんだろう。大極殿の官僚達だと思ったけど、皇帝の独裁なのかな? 俺達が向かい合う相手は誰なんだろう」

 「第三小隊が潜入してるんだろ? そちらの報せは来たのかい? 」

 

 サンギの言葉に、小さく首を振る。何やら動いている様子だが、俺のところに報告は上がってきていない。


 「ツワンに逐次連絡は入っているらしいけど、玄恒の事を探るのが第一にしてるし」

 

 湯をもう一度注ぐ。細く細く、ゆっくりと。

 

 「分からない事だらけだ。こちらは振り回されてばかりで、力不足を痛感してるよ」

 「いや、急な事によく対応してるさ。お前さんはよくやってるよ」

 

 サンギの言葉に顔を上げ、まじまじと皺が刻まれた女傑の顔を凝視してしまう。

 

 「……サンギに褒められた……」

 「褒めちゃいけないのかい」

 「俺の心臓、バクバクしてる」

 「こんなババァ相手に興奮するんじゃないよ」

 「二人で何をお馬鹿な事言ってんのよ。もう」


 馬鹿な寸劇で、ミンツゥとダワが笑い出す。その事に、ちょっと安心する。深刻な顔をしてるより、こっちの方がいい。ヴィグも笑いながらお茶を差し出してくれた。コーヒーも良い頃合いに抽出し終わる。湯呑に注いでいると、リンパ達もやってくる。リンパ達内務局は通常業務も冬至祭準備もしている中、今回は使節団の対応をしている外務局と連携している部分があるから、憔悴が見るからに激しい。疲れ切った彼らに、ねぎらいの言葉と休息を取るように進めると、ようやく小さく笑った。ダワにコーヒーを手渡しながら「まずはお茶飲んで」と勧める。


 「ありがとうございます。さあ、皆も忙しいと思うが、交代で休息を取るように」


 リンパの声掛けに、第一補佐官達を除いて頭を下げて退室していく。ヨハン達がいないところをみると、使節団を直接もてなす部署は監視も兼ねて張り付いてるのだろう。リュウ大師も、囲まれてた侍従達からようやく開放されたようだ。ツワンとイルタサも何やら話しながらやって来た。


 「明日の歓迎の宴も何とかなりそうや。流石儂の弟子達やな。普段の準備、ちゃんとしとるわ」

 「お疲れ様でした。大師達もお茶しますか?」

 「頂こかの。おぅおぅ、全員揃っとる、お疲れさん。皆よう頑張ったなぁ」


 リュウ大師の柔らかな労いの言葉に、全員が顰め面を和らげて朝議の席順で座り込む。何時もの定位置が落ち着く。其々に手を伸ばし茶碗を取り、お茶請けを口にし、緊張を解して。

 今日はとてつもなく時間が長く感じられる。


 「城下は落ち着いたかの」

 「一応は。しかし、子どもを中心にまだ落ち着きは戻ってはおらず泣き続ける子が大勢居るようですな。今日の被害の報告を大雑把にまとめてきたが、城下町が酷い有り様だ」


 ツワンが「正しい数ではござらんが」と、紙を渡してきた。墨の匂いがする紙に書かれた数字に思わず眉を顰める。シンハが言うには一時的に神苑に逃げた精霊は戻ってきたと言うが、人口の割合からして不調を訴えた数が多すぎる。横のミンツゥが紙を覗き込み小さく唸った。自分も具合が悪くなったから、余計に痛む数字だろう。

 

 「これだけの被害、使節団に文句言いたいわね」

 「後李に今回の怪鳥騒ぎが効果あると思われたくない」

 「しかし、被害は甚大ですよ。せめて」

 「腹は立つ。けど、相手にこちらの弱みは見せたくない。今は見せるべきではないと思うよ」


 手を伸ばし、蜜漬けナッツを口に放り込む。絡みつく甘さを奥歯で噛み砕いて。


 「後李は腐っても大国。今のクマリには戦をする余力はない。そりゃ、後李は正直言って末期だと思う。放おっておけば何年か後には今の後李は消えてるだろう。けど、次に建つ国が後李より狂暴なら? 強硬な軍事国が出来上がって、こちらの弱点がバレてたら打つ手がない」


 指先に付いた蜜を舐めて、コーヒーの湯気を見つめる。部屋に残った第一補佐官達の溜息が隙間風のように流れた。今のクマリは勢いがある。今なら後李に勝てると考えている者もいただろう。

 危険な考えだと警戒しなくては。

 クマリには、戦をする余裕などない。するつもりもない。


 「今の後李が倒れたら、飢えた後李の民はクマリを目指すだろうね。例え弓矢を向けても、腹が減った後李の民は米があるクマリの土地を目指して押し寄せるだろう。そうすれば、国境を接するクマリの民は襲われる。飢えた鼠は猫をも襲う……異世界の言葉だけど」

 「つまり、我らが後李を倒す事も、後李が勝手に倒れる事も望まないという事ですか」


 リンパのまとめに頷く。コーヒーを啜り、湯気を吹く。揺れる湯気は形を変えて立ち上る。


 「どんな形になろうと、後李は存在していてもらわなければ困る。何とか自分の国で自国の民を生かしてもらわないと。クマリではあの大国を支えられないよ」

 「で、では後李をクマリに取り込めれば……っ」

 「だから戦はしないし、属国になるのもするのもゴメンだよ。あれ程の広い領土を治めるのは、並大抵の力量では出来ない。少なくとも、俺はその術を知らないし、思いつかない。何か妙案があれば聞くよ? 」


 思わず声を上げた補佐官に、苦笑いしてしまう。どうにも俺を買い被りし過ぎだ。クマリすら恐る恐る治めているというのに、後李帝国をも治めろとは、無茶振りも過ぎる。

 立ち上がりかけた補佐官君は、萎れた向日葵のように項垂れてしまう。ごめん、でも冷静になって欲しい。そりゃコッチの世界に来たばかりの時は、俺も「後李を倒すのも是」と息巻いた。けど、そんなのは不可能だ。倒したとしても、その後に残る膨大な後始末が出来ない。

 そういう事を、新生クマリ建国から学んだ。自分の国から、民から教えてもらったんだ。自らの責任を。


 「後李は、このまま生き伸びて自助努力をしてほしい。でもって、クマリは後李帝国とは付かず離れずで、互いに隣国として節度あるお付き合いをしていきたい。これが俺の希望で、今の考え。取り敢えず、使節団には大人しく帰国してほしいんだけど」


 で、どうするか。

 挨拶に行くのは、属国と認める形を受け入れる事になるし。献上品を送れば、それもまた同じ。クマリは独立国として付き合いしたいんだけど、そこを許容してくれるかどうか怪しい。 

 暖を取るように茶碗を両手で包み持ったミンツゥが、湯気の向こうで溜息をつく。


 「自助努力、かぁ。そうよねぇ。後李の国内で、何とか自分の国が倒れない動きとか、「俺たちが新たな国を起こすぞっ」みたいな動きががあればいいのよねぇ」

 「そもそも今の朱雀家がしっかりしてりゃ、問題は起こらなかっただろうに。せめて玄武家が残ってりゃ、商売だってうまく行っただろうにね。腹ただしい」


 苦々しく言った二人のの言葉に、ふと引っ掛かる。顔を上げると、ダワもコーヒーを飲む手を止めている。


 「ミンツゥ、サンギ、今なんて言った? 」

 「商売かい? 朱雀の腐った政策より、玄武領地の方が商売しやすくてねぇ」

 「いえ、その、そうではなく……聖下、もしやコレを? 」

 「うん、それだ……コレ、活用する?! 」


 指先でクルクルと紋様を描く。

 ダワと俺の考えは同じようだ。


 「彼らに任せてみる?! 」

 「……有効な手立てかも、いや、その、まずは彼らの素性を調べてみなければっ」

 「けどさ、あっちでやる気があるんたからさ」

 「逸る気持ちは解りますが、選択肢を複数用意して」

 「あちらさんだって、こちらに期待して接触してきたじゃん? ここは友好的にさ」

 「性急に進める話では……いや、しかし」


 クリクリと、宙に指を踊らしながら早口で話し出した俺とダワは、相当に可怪しいのだろう。部屋の雰囲気が引いていくのを肌で感じる。興奮で、疲れた頭の中がぶっ壊れたのかもしれない。

 しょうがない。でも、これしか思いつかないんだ。思いついた妙案を止めることはできないんだ。




 「そういう訳で、急だけど傷を一気に治して春陽へ飛んでくれないか? 」

 「了解です、が、その、いつでしょう? 」

 「早くて明後日」

 「本当、急ですね?! 行きますけど、その、訳は」

 「細かな理由は言えないんだけどね」


 日が落ちた大師の部屋で横になっていたルドラは、疲れた様子だが元気で何より。傷が開いた状態で、今日は急な任務を頼んだので心配していたが、あれ以上傷が悪化することも酷い出血もなかったようだ。

 勿論、薬師として反対のサイイドは険しい顔を歪ませたままだ。ツワンも、眉間の皺を深くしている。部下を思えば、当然だ。


 「体も復調してない中での任務、申し訳ない。けど、ルドラにしか頼めない任務なんだ」

 「……倶利伽羅の件ですか」


 察しのいい答えに、頷く。

 倶利伽羅と接触するには、ルドラに頼むしかない。

あけましておめでとうございます。

今年も宜しくお願いします。また楽しんでくだされば、本当に物書きの冥利につきます。嬉しいく有り難いです。

 

次回 1月25日 水曜日に更新予定です。



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