125 向かい合う御膳が二対
料理というのは、その土地の特色を表している。日本にいる時は、地元飯というメニューも観光した時ぐらいなので意識もしてなかった。が、今回の昼餉は、後李風にまとめたという言葉通りに何時もとは風変わりになっている。
野菜は飾切りされ、油は香辛料で香付けされて、少し辛味も隠し味で刺激がある。中華料理より上品で薫り高い。本当は美味しいんだろうな、きっと。
さらに料理というのは、一緒に食べる相手に左右されるとよく解った。自分から提案しといてアレだが、ワーキングランチってのは、するもんじゃないな。
「あくまで春陽風の味付けですな」
「そうですね。クマリには後李に馴染みのある料理人はいませんから。春陽に商売にいく者は多いので、街中で食べられる味は知られていますが宮中となると、我ら馴染みはないですね。どうしても春陽風の料理となる。しかし、これは異世界の、私の故郷の味を思い出すから嬉しいですね。よく似た料理があるのです。後李には、ひょっとしたら同じ味があるやもしれませんね」
鳥肉を下味つけて油で揚げたコレなんか、唐揚げもどきで俺は好きだ。グッジョブ厨房長!
「エリドゥとも違う香草で趣きがありますね」
しかし料理を話の話題として会話を途切れないようにするのも、そろそろ限界だ。戸惑う視線を感じながら、糸口を探る。
「後李帝国では、小麦と米、どちらが主な穀物なのですか? クマリは主に米ですが今年は天候に程よく恵まれた感じでしたね。後李は広い領土をお持ちですから、さぞ」
「そうですか。クマリは天候に恵まれたと。それは良かった良かった」
会話が受け身だった後李側が、急に嬉しそうな声を上げる。黄大使の横に座った張書記官が懐から書類を取り出し、黄大使に渡す。箸で唐揚げを摘みながら、横目でリンパを見る。何か始まったみたいだ。
「先の戦で焼けた畑も元に戻ったのですな。ならば、そろそろ進貢を再開してもいいだろうと陛下の御言葉がありましてな」
「しんこう……進貢……?! 」
今、何ってった?!
「我らが皇帝陛下は寛大な御心を持って、クマリに対して以前と同じく朝貢を許すと仰られておる。勿論、以前と同じだけの物を入貢するのが大変とあれば憂慮する事も出来る故に」
「いや、ちょっと聞き間違えたようです。進貢とか、聞こえたのですがまさか、その朝貢の事とかではないですよね」
嘘だと言ってくれ。
祈るような、願うような、一縷の望みを賭けて聞くと、黄大使が満面の笑みで返答する。
「朝貢である。以前と同じくクマリに、我が帝国の徳を分け与えてやっても良いと陛下の慈悲の御心。その御心に沿うようクマリは尽力をすべきである」
「朝貢?! 以前と同じくと、仰る、となると?! 先の戦の前はしていたと?! 」
ちょっとどころか、大分話がおかしいぞ。
箸で掴みかけた唐揚げが、転げ落ちた。落ち着けと自らに言い聞かせながら箸を置き、横のリンパに視線を移すと見事に固まっている。反対側のサンギに視線を移せば、前方の使節団を睨みながら咀嚼していて、まるで肉食獣のような雰囲気に末席の文官の箸が震えている。
自分、しっかりしろ。俺まで慄えるな。
落ち着けと言い聞かせ、自らを奮い立たせようと、深呼吸して口元に笑みを作る。
朝貢は、周辺国と中心の大国との一つの経済活動とも外交活動とも言えたはず。庇護を求めて大国に貢ぎ、大国は面子を保つ為にも貢がれた倍の返礼品を渡す。文化や知識の交流にもなった、と書かれた文を思い出す。恐らく、クマリが進貢をし、後李が返礼品を渡す形だったのだろう。
「……そう、ですか。朝貢とは、驚きです。正直申し上げれば、私の居た異世界では随分と過去の事ですから……後李帝国は、朝貢を未だに続けているとは」
「ここはダジョー様の居た異世界では、ない。その事を重々承知されよ」
「それは、解っています。それは勿論の事ですから。ですが……朝貢、ですか」
世界史の知識を頭の引出しから引っ張り出していく。大学受験の時以来、使ってない場所だぞ。
猛スピードて回転しだす頭を、別の場所で逆回転する感覚で時分が勝手に喋りだす。腹の奥が冷えていく。
どうする、俺。どう仕切る、俺?
朝貢の関係は、従属関係になるのか? と、いうことはクマリは植民国なのか? 今迄、この関係だったと言う事はこれからは……。
「今現在のクマリは以前のクマリとは違います」
凛と、ダワの言葉が響いた。
冷風が、額を撫でた感触。
「末席から失礼致します。我らは新生クマリとなりました。その我らに旧クマリと同じ対応を迫られても困惑です。余りにも急で、一方的な提案かと思います。この議題は正式な国書を確認してからでは如何でしょうか」
全員の視線を集め、ダワが微笑み返す。ただ、目だけは笑ってない。ゆっくりとした所作で箸を置き、背筋を伸ばした美しい姿で断言する。
そうだ。
クマリは、以前とは違う。
支配層も、旧大連の家の出身者が多いものの新参の船団からの者も半数はいる。統治の仕組みも、理念も、何もかも違う。国名こそ同じだが、別物だ。
先の戦のクマリでは、ない。
一気に流れを変えたダワの言葉に、黄大使の眉が一瞬歪んだ。
俺も背筋を改めて伸ばす。
「失敬な。我らが陛下の慈悲を無碍にされるか。たかが一大臣が」
「一大臣が、何ですか? 」
黄大使の言葉に、撃ち返すように言葉を放つ。
思い通りにはさせない。ようやく育ちつつあるクマリという若芽を摘むような事は許せない。
さらに仲間への侮辱は許せない。
小指の指輪を袖の下でそっと触れ、前を見据えた。
「黄大使。今ここで答えを求められるとは、余りに性急。大国である後李帝国に何かしら急がねばならぬ理由が有るのでしょうか。そんな理由は、貴国ほどの大国に有りませんよね? 」
ミルから預る、この国と民を守り抜く。
目の前の使節団を順に見据えて、微笑んでみせた。ここは譲れない。好き勝手にさせやしない。クマリを思い通りにはさせない。
「我がクマリの大臣は、基本的な事を発言したまで。新生クマリは、旧クマリとは違う。我らの法と理念に背く決定は出来かねるということです。誰に対してであろうと、です」
「それは、それが我ら皇帝陛下の御心に対しての答えか! ダジョーである、国主の答えか?! 貴方は全ての精霊を意のままに動かすという、浄眼のダジョーであろう?! ならば家臣の失言を何故に庇われるか! 」
「そもそも失言ではない。更に言えば、大使は私の持つ権限を勘違いされていますね」
怒りを滲ませた使節団に対し、顔を赤くした黄大使に対し、笑って語る。
風向きは変わった。
「我らは法と秩序に則って政を行ってます。つまり、私には出来ぬ事もあるということです。皇帝陛下の御心だろうが、御言葉であろうが、我が国の法に基づいてこの国は動く。国書に書かれた貴国の要求は、我らが法に照らし合わせた上で皆で話し合い、国主が政治的判断を下します。さらに神と精霊を信じる我らは、人間個人を崇拝しない。それが私、ダジョーであってもです。これが新生クマリの流儀。御理解を」
これで気に入らないと言うならば、槍でも鉄砲でも持って来いや。持ってこれるならな。
耳まで赤くした黄大使の顔を見ながら、食べそこねた唐揚げをゆっくりと口にする。
うん、美味い。
火鉢を抱えるように座り、熱いコーヒーを啜る。身体の芯まで鉛になったような疲れに、ただ無心で暖まりコーヒーを啜り、ナッツを齧る動作だけを繰り返す。
薄暗い東の間に、人が集まり、駆け出し、飛び入り、慌ただしい事この上ない。その中で、もう動きたくない俺は火鉢を抱えて座っている。ヴィグが厨房から調達してきたお茶請けの糖蜜ナッツを齧り、コーヒーを啜り、辛うじて頭の中だけ回転している。
「結局何なの、この国書は! 内容も凄いけど、すんごい偉そうな言い方! ホント、何でこんな言い方するのかなっ。これじゃあ、通る要求も通らないって、ホントに解ってない訳?! 」
疲労困憊の俺の横で、すっかり元気になったミンツゥが、さっきから文机に広げた後李の国書に怒鳴り散らしている。昼餉とその後の会談に出れなかった事も悔しいらしいが、会談の様子を聞いて理性が切れたようだ。国書を破りかねない勢いで、内容に怒っている。その勢いや凄まじく、出入りの文官は勿論武官まで視線を合わせない。見て見ぬふりだ。美形が怒りに狂うと、鬼気迫る。
「星獣を三十体、調教師も三十名をつけて春陽へ派遣しろだぁ? 虹珠は中に各精霊を込めて五百粒づつ用意しろだぁ? 綿織物、染色した絹玉その他諸々、でもって、ハルキに対して春陽に直接挨拶に来いだぁ?! 」
平手で床を叩き鳴らした。
「何なのこの強欲は! 欲しがりにも程があるわよ! このスットコドッコイ共が! 」
次回更新日は 2023年1月11日 水曜日予定です。
年内の更新は、ひとまずお休みとなります。
今年も読んでくださり、ありがとうございました。まだまだ先は長いですが、この異世界での七転び八起きの冒険を楽しんでくださる方がいらっしゃれば、本当に嬉しく有り難いです。私も楽しみながら七転び八起きして描いていきます。
風邪が流行りだしました。私も11月末から罹り、ちょっと大変でした。皆さんも、どうかお体に気をつけて、楽しい年末年始を送り下さい。
では、少し早いですが
メリー・クリスマス!
よいお年を!
新しい年が、皆さんにとって楽しい時になりますように!