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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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123 心に二つ 忍ばせて




 「シン、御簾を上げて対面すると皆に伝えてくれ」

 「御簾を? 上げられるのですか?! 」


 帯に手を伸ばしかけたヴィグが一瞬固まる。

 御簾を上げて対面するということは、俺の素顔をさらけ出す事。

 今までダジョーを年齢性別不詳にしてきた価値がここで無くなる。けど、何としても流れを変えたい。後李がこの地で我が物顔でペースを握られるのは、気に入らない。春陽じゃないぞ。クマリのど真中だぞ、ここは。


 「本来ならフフタルと交渉する時に出すつもりだったけど、後李に初めて晒す事にすれば使節団も面子が保てる。俺が無茶な撥ねつけしても、手土産ぐらい持ち帰れたら納得するだろ」

 「しかし」

 「俺の顔で手土産になるなら安いもんだ。あと、そうだな」


 流石にこの先の事を全員に賛成はされないだろう。少し言い淀み、宙を睨む。その間にもヴィグとシンは手早く上衣を整えながら帯を結んでいく。自分の体を締めつけていく絹擦れの音を聞きながら、高速で頭を回転させて。回転させて。

 今、優先すべき事。譲れない事項。妥協出来る所。落とし所に持っていく段取り。

 考えているうちに、手際よく身支度は進む。結び終わった帯に飾りの玉を付け、ヴィグが踏み台を使い、俺の頭に冠を固定していく。

 

 「ハルキ様! 」


 裏口からツワンが飛び込んできた。思わず首を向けてしまい、頭上でヴィグが小さく呻いた。髷ごと歪んでしまったようだ。


 「ご無事で良かった! 体調はお変わりないですか」

 「皆は大丈夫?! 」

 「ミンツゥ様が酷く動揺していますが、何とか謁見の間に出ています」


 ヴィグに頭を押さえられた格好でツワンの報告をうける。殿中の武官文官、怪鳥の絶叫でかなり動揺している様子だ。

 早く立て直したい。それなら、無茶だろうが考えたことを実行するのが一番手っ取り早いと腹をくくる。やるか。やるしかない。


 「ツワン、今から言う事を皆で実行してほしい。後で説教はどんだけでも受けるから。ヴィグとシンも手伝ってほしい」


 俺の提案を伝えると、ツワンの顔は強張っていく。


 「まるで賭けですな……上手くいくでしょうか」

 「判らない。けど流れを変えなきゃ駄目だ。変える為には、俺が正面切らなきゃ……その為の国の代表者だ。そうだろ」


 怖い。とてつもなく恐ろしい。

 俺の表情、仕草、言葉一つを武器として向かい合わなければいけない。

 幾万もの民と精霊の命運を賭ける、その重みがのしかかる。

 俺が震えているのか。ヴィグが震えているのか。

 髷に固定されようとしている冠から下がる玉が小刻みに震えている。チリチリとたてる音が身体の中で響く脈拍と重なって喧しい事この上ない。


 「この件での汚名は全て俺が受ける。だから、やるだけやってみよう。全力を賭けて、後は神頼みだ」

 「そんな無茶苦茶な」

 「時間がない。ヴィグ、冠は固定できた? 」

 「出来ました、けど」

 「よし。じゃあ、行こう。シンハ、お前も一緒に来い」

 『 しょうがねぇな。一緒にいってやらぁ! 』


 慄える背筋を伸ばして、深呼吸して。神頼み、いや……俺の場合は違うな。

 首筋の紐を指先で引っ張り、先から感触を確かめている指輪を取り出し、青い石をつけた銀の指輪を小指にはめる。

 ミル。どうか、俺を見てて。導いて。この国を、導いて。

 祈り、小指の青い石にそっと口づけて。

 どうか、どうか。

 唇に当たる小さな感触が、慄えを消し去っていく。幻でもいい。気の所為でもいい。怖れが胸の高鳴りへと変わっていく。


 「御簾を上げよ! 」


 足元にシンハの毛並みを感じながら玉座に向けて歩く。声は届いているだろうが、御簾は上がらない。


 「御簾を上げよ! 」


 もう一度声を上げる。後方からシンとヴィグが駆け出して御簾を上げていく。磨きぬかれて鈍く輝く玉座と、頭上に吊るされた銀の大鷹ことクマリの主を抱く席に、何十年振りにクマリの国主が座ることになる。それが異世界帰りのダジョーである俺となろうとは、歴代の誰も考えてなかっただろう。


 『 懐かしき玉座に吾子が座るとは、感慨深いものがある 』


 エアシュティマスの声が聞こえた。

 幻聴でもいい。俺は一人じゃないと言われた気すらする。

 それも、また良い。

 口の中で小さく笑い、光が差し込む黒地に朱が飾られた玉座に座ると、シンハは足元に悠々とした仕草で侍る。

 鷹揚に。生まれながらの族長であるミルなら、世界の覇者だったエアシュティマスなら、きっとこうするはず。

 にこやかに微笑み、彼等を見詰めよう。


 「遠路はるばる、ようこそクマリの地へ。私が今世のダジョー、セキ・ハルキだ」


 どよめきが小波のように謁見の間を埋めていく。初めて素顔を面前で出した事の皆の動揺だ。驚いてただろう、その皆の気持ちの音だ。

 そして最前列、中華風の意匠の服を纏った壮年の男性三人と、若い武官や文官が十名程控える。特に真ん中の男性がリーダーなのだろう。堂々たる気風だ。

 敢えて視線を合せて微笑む。と、彼も口角を上げて迫力ある笑顔を見せる。


 「この度、我が皇帝陛下から全権大使を命じられた黄泰然オウ・タイランと申します。異界から帰られた聖下のお尊顔の拝謁をお許ししてくださり、光栄の極みでございます」

 「随分と急な来訪だが、何か訳でもお有りでしょう。ならば、直接顔を合せて話した方が早い。それだけの事」

 「おお。若き聖下は話がわかる御方ですな。何より」


 上から目線の返答に、も一度ニッコリ微笑む。

 笑顔には笑顔で返し。刀で向かい合うような感覚。黄の横に控えた男が掲げ持っている箱から一封の書簡を取り出した。

 

 「我が皇帝陛下からお預かりしました信任状でございます。どうぞお確かめください」

 

 ずいっと、書簡を掲げ持って前へ進む様子に、「サンギ、受け取ってくれ」と命じる。

 一瞬、サンギが迷う視線をこちらに投げかけた。が、構わず頷いて黄大使を見据える。

 外交を取り仕切るサンギが受け取るべき。ここで女だからと文句言うなら許せん。後李側は動揺したのか動かない。黄大使も固まったままだ。

 ざわめきが大きくなる中サンギは軽く頭を垂れ、恭しく書簡を取り上げて壇上の玉座へと歩む。一歩進むごとにサンギの顔が晴々としていく。こうでなくちゃ。

 相当に納得行かないのだろう、後李側から刺すような視線を感じながら、書簡を受け取る。封を切り、広げれば線香のような香りが広がった。美しく流れるような文字は、芸術的。この辺りは、流石に歴史ある大国だな。


 「確かに受け取った。我が国での外交活動を認める。互いの国の友好に結びつく有益な話し合いをしていこう」


 控えたサンギに書簡を返し、目線で下がるよう促す。

 さて、ここから勝負だ。

 壇上から顔色の悪いミンツゥに意味ありげに笑いかける。頼むから反対しないでくれ。事前に知らせたツワンが上手くフォローしてくれるといいんだけど。

次回、来週の 12月7日 水曜日 更新予定です。

いつもなら隔週ですが、試しに上げてみます。どうなるかな。

 寒くなってきました。皆さん、どうかお体気をつけて。

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