122 駆け巡る思案
「通常の宙船で来れない訳があるとすれば、宙船の故障とか、虹珠の不備、かなぁ」
考えを口に出してみると、第二工房長が首を傾げた。
「虹珠の在庫はどんだけあるんでしょうねぇ……。アレ、ほら、聖下は以前に虹珠の採掘場を壊されたとか。その件以降、新たに採掘場が開発されないんじゃあ、虹珠自体が貴重品になるはずですがねぇ。」
「その前に後李本土に精霊の気配は薄いぞ。おれ、こないだ春陽にいたけどさ、酷いところは呼び出せないぐらい薄っすい気配しかなかったし。アレじゃあ虹珠の中に精霊を宿せないんじゃないか? 」
「そうなのか? その報告受けてない」
「あれ? してませんでしたっけ」
してない。聞いてない。
シャムカンの言葉に、項垂れる。まだ組織として整ってないところがあるのは致し方なし、か。
さて。
どうやら幾つも事情やら有りげな雰囲気になってきた。後李帝国には、複数の事情が混線しているようなのは解ったけれども。
考えが止まってしまい、腕を組む。と、懐が温かい。厨房で貰った饅頭を思い出し、略図の横に広げる。
「おや、饅頭ですか」
「ここに来る前に厨房へ寄ったんだ。あの精霊の絶叫で具合が悪くなった人が殿中にいると思ったら、報告を待ってられなくて。まさか、こんな事が起きるなんて……」
悔しい。
皆を守れなかった。危険に晒してしまった。不甲斐ない。
「こんな事態になることを……想定出来なかった」
「想定なんか誰も出来ません」
「聖下が責められる事ではないですよ」
シャムカンとモルカンの素早い返答に首を振る。
「誰も責めなくとも、だよ」
皆の前で謝罪も違うけど、責は俺にある。
そして、頭を下げて謝罪する形はとれない。皆が俺に求めてるのは、そんな易い形ではない。
そんな甘ったれた型では、ない。
机に広げられた略図を睨み、拳を握り締める。俯いた拍子に、合わせた襟の下で微かな感触が揺れる。
ねぇ、ミル。
君なら、こんな時どうする?
心の中で問うて、拳を解いて、そっと服の上から感触を撫でる。
指輪の感触で導いて。君の、ミルの心に触れさせて。
どうか、君の民を、どう導くべきか示して。
「……だから、ここで『捲土重来』だ」
胸を張れ。顔を上げろ。前を見据えろ。
「後李に、ここはクマリと、新生クマリの土地であると知らしめるんだ」
俺が皆の希望にならなければ。どんな苦境だって折れない旗印にならなければ。
そうだろ、ミル。きっと君なら、こうするはず。
民の前で、威風堂々と構えるだろ?
「このクマリの民も、精霊も、蹂躙させやしない。だから、その為に、皆の知恵を貸してほしい。手を貸してほしい」
「聖下……もちろん、もちろんですとも! 」
「我ら、全力を尽くします! 」
詰所の兵達が顔を上げ、頬を紅くして立ち上がる。工房長達が頷く。シャムカン達が笑う。
そうだ。俺はこの人達に支えられてる事を忘れてはいけない。心に留めておかなければいけない。
具合が悪そうだった彼も立ち上がる姿を見て頷く。ここから立ち向かうんだ。
「うん。まず、あの怪鳥と使用している筈の虹珠を調べてほしい。もし、以前より違う……例えば劣化した虹珠を使っていたりしたら、教えてほしい」
「それは、何故か聞いて宜しいですかな? 」
第一工房長の言葉に頷く。
怪鳥の内部を探れという命令は、危険が伴う。現場で判断して探る場面もあるだろう。彼らには伝えておくべきだ。
「今回の使節団の目的はまだ不明だ。けど、この怪鳥の音といい、ひょっとして後李帝国の今回の急な使節団派遣は虹珠の問題も関係しているかもしれない。カラクリが不可欠な後李にとって虹珠は無くてはならないものだから、それなら虹珠に関する交渉があるはずだ。もし、交渉事になった時に裏事情が解ってたらこちら有利に進められる」
「成程。相手の上手をいく為ですか」
「先手を打てますな。予備の数もですが、精霊を行使する筈の水晶釜とかいう物も調べましょう。強度が分かれば虹珠の質も解るかと」
飲み込みが早い工房長達の言葉に頷く。
「あと、もし事情がある虹珠を使っているのなら、従来の宙船とは仕組みが大きく違う筈だ。空を飛ぶカラクリは、俺がいた異世界でも存在したけどアレは大分形が違う。到底、空を飛ぶ為の翼に見えないんだ」
「羽車がついてますが」
「翼が真っ平らでは、『揚力』は起きない。あんな板をつけただけの形では、カラクリで空を飛べないはずなんだ。まぁ、俺が過ごした異世界での常識だからこっちは違うかもだけどね。あれをどうやって『離陸』させるのか、空へ飛び出すにはどうするか。また帰るときに大絶叫されたら堪らないから、何とか手を打ちたい。だから出来れば飛び立つ仕組みを探って欲しい」
一気に考えを言うと、工房長達は目を輝かせた。理由はともかく、未知のカラクリを解明しろという命令に興奮したらしい。早口で二人で何かしら話しだした。反面、頭を抱えたのは近衛士と番兵達だ。
怪鳥の内部を調べるとなれば、どうやっても忍び込まなくてはならない。その障害を考えれば難解なのは明白だ。シャムカンとモルカンは同時に溜息をついて、強張った番兵の隊長の肩を叩いた。
「ヨッシャ。段取りは俺達が考える。衛兵はじめ詰所小隊は近衛第三小隊の指示に従って作戦を遂行する。聖下、それで宜しいですね? 」
「一任する。頼むよ」
「相変わらずの急な命令ですねぇ。」
「じゃあ、隊長に知らせないと。隊長、今何処だろ」
『 謁見の間だよっ 』
「ぅわあ!」
シンハが影から飛び出す。シャムカン達も番兵達も、皆が驚きのあまりよろめく中で工房長達は感嘆の声を上げてシンハの出できた床に這いつくばる。大方、陰から出できた仕組みを知りたいのだろう。恐るべき探究心の二人だ。
詰所に突如として現れた金色の毛並みは、ブルンと身を震わせて唸るように喋りだす。
「ハルルン! ミンツゥからの伝言! 使節団の奴らがハルルンを出せってゴネてる! 至急戻って来てくれってさ! 」
「……俺を出せって……いきなりの無茶振りだな。モルカン、ちょうどいい。一緒に戻ってテンジンに事を頼んでおこう」
「戻るって、今から?! 」
「急ごう。シンハが走るって事は余裕がない筈だ」
じゃあ、頼むよ。
そう言おうとした途端、さっきまで床を観察していた工房長達の視線が突き刺さる。
な、何だ、この不敵な笑みは。
思わずたたらを踏んで後へのけ反るが、二人はモルカンが制止する手を躱して前のめりに俺の袖を掴んだ。
「怪鳥のカラクリを解明した暁には是非に再現をさせて下さい! 」
「我々の手で、是非に空飛ぶカラクリを製作させて頂きたい! 」
「よ、予算がついたら、一考するからっ」
いきなり袖を握られ、離してもらえないかもという恐怖で思わず口約束をしてしまう。
視界の端でモルカンとシャムカンが吹き出し、詰所番兵達は凍りいている。シンハは危険を感じたか、完全に俺の後ろに隠れた。
恐れを知らない二人は、曖昧な俺の言葉に満足したようでニッコリ笑った。
「では聖下、怪鳥の件はお任せ下さい」
「我ら第一第二工房が総力を上げて解明致します」
冴えない風貌は消え去り、ギラギラと欲望の光が溢れ出す二人。マッドサイエンティストォ……。
殿中の通用口を走って駆け抜けた行きと違い、帰りはシンハの背に乗って一気に殿中を駆け上がる。中庭を通り抜け、目立たぬように北の回廊側へと飛び上がり、すれ違う下人達が立ち尽くすのを横目に、謁見の間の控え口に向かい廊下の宙を駆け抜けた。
「っ! こちらへ」
控えの間の前の廊下で待ってくれていたシンが、驚きつつも小声で扉を開けて誘導してくれた。室内までシンハに跨ったまま飛びこむ。
待っていたヴィグが目を見開いて口を開く。何時もなら行儀が悪いと言われそうな場面だが、何も言わずに駆け寄って上着を脱ぐ手を伸ばしてくる。胸前の留め具を外しながらシンハから下りた。
モルカンは素早く服の乱れを整えながら「到着を報せに行きます」と裏口へ消えた。
「状況は? 」
「クマリ側との面通しは終わりました。サンギ様を通し、ミンツゥ様が慰労の言葉を掛けられようとした際に「聖下に謁見したい」と申されまして」
「明日の予定だよね」
「そうお伝えしたのですが」
脱ぎ捨てた書記官の服を畳むこともせず、ヴィグは紙に包まれた上衣を広げる。紫糸と銀糸と労力を惜しみ無く注いだ聖下に成る為の上衣だ。
「一目尊顔を拝したいと、そう仰られて引かないのです」
「顔確認か。今のところダジョーは年齢も性別も公に出してないからな」
先ずは異世界から来たというダジョーを見定めたいのだろう。これも、恐らく任務の一つだ。ダジョーの人と成りを確認して交渉に足る人物か。足らぬなら蹂躙して優位に運ぼうというつもりぐらいあるだろう。
先触れの次第から、後李帝国に対する気持ちは警戒しか生まれない。油断ならない相手だと重々承知で向かっていくしかない。
過剰かもしれない。失礼かもしれない。でも、国と民を預かる身としては構えて行かざる得ない。
これから俺がすることは、個人の付き合いじゃなく、国の未来を賭けた対話なのだから。
今あるカードで後李に切れるのは限られてる。クマリが牽制出来るような、牽制まで行かなくても相手に一線引けるカードはどれだ。差し出した腕を袖に通しながら、考えを一巡させて腹を決める。
次回 11月30日(水曜日) 更新予定です。
前回と今回は米津玄師の『kick back』が最高に効いてました。邦楽洋楽含め、今年の格好いい曲世界ランキングベスト3位に入るじゃろと、勝手に思ってます。いやぁ、スピードがたまんない!
ハルキ達が走り回ってるのは、この曲聞いてたからです。へへへ。