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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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121 殿中、走る


 

 「大っきい鳥ですねぇ」

 「うーん。見かけだけ鳥にしてるけどねぇ。『飛行機』もどきだよ」

 「ひ、こお? 」

 「飛んで、行く、機械。飛行機。でもあれは、デカくて派手なカラクリ鳥人形」

 「はぁ……カラクリ鳥人形ですか」

 「ハリボテだよ」

 「空飛んどったで。そんなカラクリあるんか」

 「リュウ大師も目の前で見たでしょ。あの精霊の絶叫も」

 「何ですかね、あの絶叫は……酷い叫び声だったけど」

 「気になるよねぇ。宙船、あんな音してなかったけどなぁ」

 「ハルキ様、宙船を知ってるんですか?! 」

 「一度だけな。こっちの世界に着いた時に、宙船で大砲撃たれた」

 「マジっすか……」


 俺達は、窓から大混乱の広場を隠れ覗き込んでいた。窓枠にしがみつくように貼りつき、会話を続ける。そうすると、少しだけ落ち着いてきた。間近で飛行機モドキを初めてみた者、精霊の絶叫を聞いた者は、怖いかもしれない。雲上殿にいる皆はもちろん、城下町の民達も目撃しているだろう。

 不味いなぁ。完全に精神的な先制攻撃を受けてしまった。こんなに露骨にやられるとは思わなかった。

 後李の内情は大分行き詰まってて、国内の財政も、農業も、上手く行ってないと判断していた。下手をしたら、後李王朝が倒れるかもしれない。そうなれば内乱で国は荒廃して難民が発生する。国境を接しているクマリに難民が来ても、受け入れる余裕など今はない。そこまで考えてはいたんだけどなぁ。

 ようやく安定への道を歩き出したクマリに対し、今回の使節団は何を言いに来るんだろう。

 扉の外をノックする音で、不意に考えが止められる。


 「お待たせしました」


 モルカンが確認して扉が開き、両手に荷物を抱えたヴィグが戻ってきた。紙に包んだ謁見用の上着やら玉が付いた冠やら、明日着用予定の装束をテーブルに広げる。これを着れば、俺もそれなりの貫禄が出るらしい。

 それと新品の法務局書記官の服。書記官なら何処でも必要とされるから、基本何処でも入り込める。僅かな時間で的確な判断をするのは、流石ヴィグだ。あと、近衛士の服も。


 「ホントにやるんですか? 」

 「場合によるけど。最後は後李側次第」

 

 ガサガサと書記官の服を取り出し着始めると、リュウ大師はニヤリと笑ったが、ヴィグ達は顔を顰めた。まあ、賛成はしないだろう。これは俺の我儘の作戦だから。

 モルカンはルドラに今日の警備状況を伝えている。まだ傷口がくっついてないが、これから二手に分かれ行動する為にルドラに頑張ってもらうしかない。シンに手伝ってもらい、腹に包帯をグルグル巻いて服を着ていく。

 大師達は先に謁見の間へ行ってもらう。俺達はまずは厨房へ行って雲上殿の被害を把握しときたい。既に兵が動いてると思うが、自分の目で早急に見ときたい我儘だ。

 


 『 おう! リンパ達の様子見てきたぜー 』


 陰からシンハが飛び出してきた。ブルンと身を震わせて身を寄せてたので、金色の毛並みを撫でてやるとヒンヤリした鼻をくっつけてくる。

 電話がない世界では、ちょっとした言伝も直接人が向かわなくてはいけなくて不便だ。こういう時にシンハは人語が話せて移動が秒速で助かる。

 

 「伝言伝えた? 皆はどんな様子? 」

 『 おう。やっぱビビってたわ。ミンツゥがキツそうだったな。あんな音じゃあ、滅入るわ。顔出す言ったら安心してたけど、絶対にモルカンとオイラが警備してくれって言ってた。無茶するなってよ 』

 「それはもちろん。で、もう一つ伝言頼む。緊急事態なんだ。シンハにお願いする他ないんだ……できるかな? 頼むよ……シンハ? 」

 『 しょうがねぇなぁ。ハルルンの頼みとありゃあ、オイラが動くしかねぇか! 』


 渋々という言葉だが、尻尾は千切れんばかりに振れている。途端に耳がピクピク動き出す。尻尾も左右に揺れだした。この三年で大分シンハの操縦方法が分かってきたぞ。

 ヴィグとシン、ルドラまでが小さく呻いたのは、気の所為だ。




 湯気と脂煙が立ち上り、慌ただしく立ち働く人達の端っこで茶を立ったまま啜る。通常でも昼ご飯前で忙しいのに、使節団を迎える為の準備で更に忙しい様子だ。上等の茶菓子、後李風に気を使った食事、どれも手間がかかる。


 「何ですかね、あの酷い音! お陰で何人か動けんくなりましたよ。ウチは風の加護をもったヤツはそんないないけど、役付の方々や軍務の方々はキツそうですな」

 「作業は大丈夫? 」

 「使節団用のは大丈夫です。オレ達の昼飯は少々遅れますが」

 「そりゃ大問題だ」


 俺の返事に厨房長は大笑いをする。周りの調理員も笑いながら手を動かし続ける。手早く饅頭を包み、モルカンに渡してくれた。その小さい包は俺が受け取り懐へ入れる。大きな包はヴィグに。


 「皆さん、食べれる暇はないかもしれませんが無いよりマシでしょう」

 「ありがとう、助かるよ。じゃあヴィグ。謁見の間へ先に行ってて」

 「無理はしないで下さいね。モルカンさん、どうかお願いします」


 ペコリと頭を下げて、外へと小走りでかけていく。心配症の近習だ。いや、心配にもなるな。本来なら、トップの俺は鷹揚に構えてなきゃいけないのに、駆けずり回って最前線に行こうとしているのだから。

 雲上殿で働く多くの人々は共生者が多い。あの怪鳥の絶叫で皆の様子が気になって厨房へ寄ってみたら案の定、動けなくなった人達がいた。厨房は仕事柄、共生者はあまりいない。比較的に被害が少なそうな部署ですら、部屋の隅で座り込んでいる者もチラホラ見える。

 あの精霊の声は、まるで断末魔のようだった。絶叫、というより恐怖に引き裂かれるような声。共感性が強い人や加護を強く受けている人、修羅場に慣れて無い人は、暫くフラッシュバックで苦しむと思う。相当に苦しい心情に突き落とされていると思う。それ程に恐ろしい声だった。

 歓迎式典で待機してる者達は大丈夫だろうか。心配ばかりが膨らんでいく。

 厨房長にお礼もソコソコに、俺達も小走りに移動を開始する。厨房裏の通用口を通り抜け、食材やらの搬送用通路を駆け抜ける。スタッフ関係者のみ知っているような道は複雑に入り組んでて、階段を駆け下りてたどり着く。まるで迷宮だ。

 小さな扉の前で、モルカンがリズムカルに扉を叩くと開かれる。差し込む光が、眩しい。


 「お待ちしてました、聖下」

 「急に呼び立ててすまない。どう? 」

 「いやぁ、驚きが先でなんとも」

 「本当に空を飛ぶ物があるんですなぁ」


 待たせていたのは、シャムカンと工房長達だ。怪鳥が着地した広場の端っこ、門番兵の詰所に隠れて既に観察を開始している。

 当の門番兵達は、奥の通用口から先の近衛兵と同じ顔がもう一人と場違いな書記官が出てきたのに固まってしまった。ひょっとして、身バレしただろうか。詰所の隅で座り込んでいる兵も、目を丸くしている。具合が悪くなったんだろう。休んでるところ騒がせてしまうので申し訳ない。「ちょっとお邪魔するよ」と断り、外で不動の姿勢で構える兵の影からそっと伺う。真っ赤な怪鳥の全体が見えるいいポジションだ。

 怪鳥の仕組みが知りたい。そう工房長達に連絡を取ったら、既に広場へ向かっていたのだから、話は早い。シャムカンとも連絡をとり、詰所で合流出来て良かった。


 「使節団が乗ってきたカラクリの仕組みが知りたいとの命を受けましたが、ここからの観察だけだと憶測でしかないんですが、良いですかね」

 「今解る事を全て教えて欲しい。とにかく、後李に関する情報が足りなさ過ぎる。春陽にも内偵は出してるが、まだ一年ほどだ。圧倒的に情報不足なのに使節団がやって来るから、正直困ってる。印刷を再現して織物機を提案した二人を信じてるからさ、何でも教えて」


 途端に、いつかの朝議で見せた笑顔をみせて頷いた。普段は口数少ないらしいが、事がカラクリや機械になると饒舌になる。というか、俺はその時しか見てない。頓着ないのだろう、くたびれた工房の作業着の懐から紙を一枚取り出し、勝手に詰所の小さな机に広げ、これまた何処からか取り出した筆で、怪鳥の略図を書き出した。

 モジャモジャの髷に冴えない風貌の二人は、事が仕事になると活き活きと動き喋りだす。


 「まず、翼に回転する羽車が左右二つづつ。尾に当たる所から蒸気が排出されている様子から、蒸気機関が載せられているのは確かでしょう。羽車は蒸気で動いていると思われます」

 「蒸気機関、かぁ。随分と重そうだな」

 「いくら改良しても、軍用に使われている蒸気車程の大きさかと。怪鳥には十人が乗ってましたから、中の広さを考えると特別大きな機関は載せてないはずです」

 「春陽から飛んできたのかな……。燃料は蒸気だけかな。そもそも、凄い精霊の叫び声がしてたけど」

 「そう! そこなんですよ」


 第一工房長が筆を受け取り、略図の中を印をつけていく。燃料となる炭もしくは火石、そして水を積める場所を推測して書いていく。が、やはり筆は止まる。


 「こうで……こうなると重さの均等が悪くなると思われます。ほら、軽量で小さな凧ですら重さを左右等しくしなければ飛べません。でも、動力は蒸気機関だけではないと思うのです。腑に落ちませんな」

 「そこで精霊なのですが、これが不可解ですねぇ」

 「通常の宙船……軍用で虹珠を使用して飛ぶ物もあります。それならば可能ですが、あんな音はしないのですよ。そもそも宙船には蒸気機関は載せないですし」

 「宙船は虹珠だけで飛ぶの? 何で? 」

 「そりゃ蒸気機関は重いですからねぇ。余計な物は載せないに限りますよ」

 「ですから、精霊の入った虹珠を作用させて浮遊し、船と同じく風を帆に受けて進みます。左右の操作も可能ですし、何より余分なカラクリが無い分軽い。この怪鳥は、虹珠で精霊の力を使う割に効率が悪すぎる」

 「この怪鳥は『燃費』が悪い、か」


 工房長達二人の説明を聞き、浮かぶ考えが一つ。

 まだ、憶測の憶測でしかないけど。

 次回 11月16日 水曜日 更新予定です。


 街路樹の銀杏も色付いてきましたね。そろそろ冬のコートが必要かな。寒い季節がやってきます。お体気をつけてお過ごしください。

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