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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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117 淡い心と混乱と


 「今日の朝議は、これまでとする。冬至祭については、第一素案の印刷が出来上がり次第各局へ届ける。変更点は書き加え二日後の八刻までに提出のこと。取りまとめ次第、また朝議で検討をしていく。以上!」


 リンパの号令で、一斉に動き出す。配布されたばかりの書類を抱えて所属の事務に戻る者、慌てて他の部署に声をかける者、小走りに廊下へ飛び出す者、疲れ果ててひっくり返る者。

 俺もひっくり返りたい。

 朝も早よから会議に次ぐ会議で、頭の中が真っ白だかカスカスのスポンジだか、分からない感触。テンションだけ高くて違和感を覚える。

 すっかり冷めたお茶を啜って反芻と復習。

 まず、ルドラは無事に朝を迎えられた。熱も下がりつつあるようで、お粥が口に出来たら癒やし唄で徐々に傷口を塞ぐ予定だ。若いから治りも早くできるらしい。

 そうなれば、倶利伽羅なる集団に対する姿勢も決めていかなければいけない。後李帝国に対する外交姿勢も、玄恒を捜す手段も、またあらゆる場面を想定しないといけない。

 どうしようか。考えることは山とある。整理しなければ、頭がパンクしたままだ。冷めきった茶を飲み干し、肩を鳴らす。さて。

 

 「取り敢えず、これ以上ないようだから執務室行こかな。こないだの法令、花押するよね。ミンツゥも……どうした? 」

 「あ、うん。連名の書類があるから私も行くよ」


 宙を見てたと思えば、手元の書類をかき集めようとして散らしてしまう。周りの下女や侍女が慌てている中、ミンツゥはため息をついて。朝から元気がないのは珍しい。やっぱり、ルドラの件が気になるのか。

 バタバタしてるミンツゥの周りを、幾つもの視線が心配そうに重なる。かつて自分を虐めてた者が部下で、しかも重傷で、治さなければいけいとなれば、情緒不安定にもなって当然か。昨晩のリュウ大師の部屋では黙っていたから、何かしら考え込んでいるのだろう。

 サンギを見れば、何も言わない。なら、黙っている他ない。

 「先に行ってるよ」と、今日も綺麗に結い上げられた髪を見ながらひと声かけて立ち上がる。




 執務室で書類を捲り、ヴィグが墨を用意する音が静かに埋めていく。ダワもやってきて、今日の仕事を確認していく。法治国家の道を進むクマリは、整備しなせればならない法律が山とある。あさイチの仕事は書類仕事。ミンツゥはサンギ達外務局の所へ寄り道している。仕事なのか、サンギと話なのか。 取り敢えず、先に侍女のリンチェンが来て書類準備をしてくれている。手際良い仕事ぶりを横目に、苦手な法律用語に手製の辞書を引きながら向かい合っていると、慌ただしい足音が駆けてくる。顔を上げたと同時、扉が弾けるように開いてリンパが転がり込んできた。


 「ハルキ様! 後李帝国が! 」


 取り乱すことの滅多にないリンパの慌てぶりに、声をかけられず、口だけ半開き。そんな俺に構わず、手に持った紙を広げられた手製辞書の上に叩きつける。


 「先程、春陽からの商隊がコレを、使者が明日にも城下に来られるそうです! 」

 「……使者? 冬至祭? それじゃなくて? 明日? 」

 「明日に! 」


 言い切った勢いに、ダワが吹き出す。

 

 「冬至祭まで一ヶ月半ありますよ。いくら何でもそれは」

 「冬至祭以外の用事、ってことですか? 」


 ヴィグの言葉に、部屋にいた全員が凍りつく。

 冬至祭以外の用事に、とんと思い当たらない。今は断交状態とも言える隣国から、何なの用事でやってくるんだ。


 「また難問が増えたのは、間違いないな」

 「やめてくださいよ。今でも手一杯なのに」

 

 笑ってたダワが、無表情で叩きつけられた紙を手にする。文字を追う目元が、ますます固まっていくのが怖い。なんて書いてあるんだろう。


 「大使、としてありますね。国書を渡しに来ただけではないかもしれません」

 「じゃあ、冬至祭の出席に関することだけではなく? 」

 

 恐る恐る聞いて、想像しうる台詞に打ちのめされて机の上に突っ伏した。積まれた書類が、少しだけ雪崩を起こした。

 

 「勘弁してよぉ。後李、去年の夏至祭ですら大騒動だったのにさぁ」

 「何かあったんですか? 」


 あまりの嘆きぷりにヴィグが囁いてくる。あれ? 

 

 「僕、去年はまだ選抜試験前でいなかったんです」

 「そういえば選抜試験は冬至祭が片付いてからでしたね。それは幸運でしたよ……」


 思わずダワが溢した言葉が全てだろう。首を傾げるヴィグに教えてあげよう。


 「色々あったんだよ……料理にケチはつける、こっちの段取りは急かす、んで自分らは遅刻はする、立入禁止区域に堂々と入って探索する、えーっと、あと何だったかな」

 「下女に手を出そうとしたんですよ! 信じられない! 」

 「そう! それそれ! 」

 「未遂で良かったです。まだありましたが、取り敢えず、そのへんで思い出すのは止めましょう」


 リンチェンと指折り列挙するとリンパが停止をかけた。トラブルに対処した責任者としては、思い出したくもないのは理解する。もう数えないよ。まだ挙げれたハズだけど。

 両手を上げて意思を示す。ヴィグの顔が強張っているのが、すべてを物語っている。これ以上の難物があるのか、と。

 リンチェンは、思い出して腹を立てているのだろう。いつもの物静かな雰囲気が一変して、硯にゴリゴリと墨を擦りだす。彼女が怒るのも無理はない。怒るに充分すぎる出来事だった。未遂であったとしても、許されざるものだ。


 「はぁ……」


 後李も、何故にあんなことをしたのか。

 フフタルの商人達に混ざり込み、視察までして。狼藉の挙げ句、印象悪くして。

 それでも、後李とは国交に開く以前に会話がなければ駄目だと思い、問題にはしないで目を瞑った。

 今回、フフタルと国交を開く予定でもあるから、まずはフフタルに冬至祭招待の声がけはしたんだけど、これは手を誤ったかなぁ。こちらの考えが理解されてないのかもしれない。

 書類の角を弄って考えに耽ってしまう。ふと、視線を感じて顔を上げればダワとリンパが苦笑いをしていた。

 参ったな。


 「あまり気に病まないで下さいね」

 「お見通しか」

 「一緒に悩んでますから。お一人で抱え込まれぬほうが良いですよ」

 「うん……まぁ、以後のことを考えて『チャンネル』は開いておこうとして、非公式に商隊に一応声をかけた、という位の気持ちだったんだけどな。難しいや」

 

 言うは易し。

 随分と鬱憤が現場の者達に残っているのは明らか。

 これはまた嵐になりそうな予感。

 まぁ、腹をくくるか。


 「悩んでもしょうがない。明日になったら訳が解るから、コレは明日に悩もうよ。今は今日の悩みを解決しよ」

 「今日の、悩み……はぁ」


 リンチェンの顔がさらに曇る。やっぱしルドラの件でミンツゥと悩んでるな。余計なお世話かもしれないけれど、一肌脱ぐか。

 散らばった書類を揃えながら、遠回しに。

 

 「ねぇ、リンチェンは船団の頃から知ってるんだろ? 」

 「何をですか? 」

 「その、ミンツゥの事とか……その、ルドラのコトをね、色々、二人の事をさ。仲が悪かったのかい? 」

 「えぇ、まぁ、知ってますよ。でも、ちょっと複雑で」


 虐められたミンツゥが精霊を暴走させた事件。あの時にルドラは執拗にミンツゥを詰ったと聞いた。まだ幼いとはいえ、子どもは残酷だ。ダジョーとしての適性や大人から特別扱いを受ける事を責め立てたと聞く。

 あまり思い出したくないことなのだろう。ミンツゥとよく似た眉を顰めてリンチェンは墨を擦る手を止めた。


 「ルドラは、悪い人ではないんです。横着な年長者には自分が盾になる位の正義感はあったし、小さい子がいたら、必ず側で見守ってたし。けど、ミンツゥにだけは当りが強くて。粋がる子と一緒に騒動を煽り立てて……そんな人ではないんですよ、本当に」


 言葉を選びながらの説明に、本心が感じられる。ミンツゥ様でなく、ミンツゥと。誠実に丁寧に昔話を語る様子に不自然さはない。リンチェンはミンツゥの側で姉妹のように育ってきた。そんな彼女の想いが感じられる。


 「何でミンツゥにだけ、意地悪してたか不思議なぐらいで、よく解らないんですよね……」

 「あぁ、そういう事だったんですか」


 急にダワが嬉しそうに頷いた。一人で何か納得したらしい。トントンと書類を揃えながら、楽しげだ。


 「よくある男の子の拗らせですね」

 「拗らせ? あ、成程。そういう事か」

 「リンパも拗らせて兄上殿に怒られてましたねぇ」

 「俺の事はいいだろう。とにかくそう言うことなら放っておけばよいな」


 二人で盛り上がると、コホンの空咳一つで終わらせる。チラリと俺の方を見て口の端を上げて。

 その思わせぶりに、ようやく察する。つまり、ルドラはミンツゥが可愛くて虐めてた、と。それが周囲を扇動させて騒動になった、と。

 まさか。


 「そういうことなのか?! 」

 「まぁ、本人達にお任せしましょう。リンチェンは、余り気を揉まなくても大丈夫ですよ」


 幼子の恋心拗らせ問題と、意外にもダワが気づいた。その事に動揺してしまう。恋心とか、一番縁遠いと思っていたダワから、答が出るとは。

 首を傾げたままのリンチェンとヴィグに、おじさん三人組は生暖かい笑みを浮べるしかない。 この胸に突如として湧き出した甘じょっぱい気持ち、何と表そうか。 


 「遅くなってごめんなさい。お待たせして……リンパ、何でここにいるの? さっきから内務の補佐官が探してたわよ」

 

 おじさん三人組でモゾモゾしていたら、御本人登場。何て顔をすればいいんだ。

 

 「では、この件はまた」


 リンパはそそくさと曖昧に言葉を濁して退室していく。

 残されたダワと俺は、無言を貫き通す。

 そんなおじさん二人を追求しない出来た侍従二人に、心の中で感謝するばかり。

 黙ってたほうが、良いことも世の中存在するのだ。うん。

色んな伏線が混線状態。描いてて混乱してしまいました。


次回 9月21日 水曜日に更新予定です。

よろしくお願いします。

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