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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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116 夜更けの茶会



 「爺は床で寝ますよって。そないなことされたら罰が当たるさかい、どうかハルキ様は寝台を使いなされ」 

 「年長者を床で寝かせたら、それこそ俺に罰が当たる。死んだ祖父母や両親達に怒られますから、大師が寝台で寝てくださいよ。ねぇ、シンハもそう思うよな? 」

 『 だから! オイラに! 話をふるな! 』


 リュウ大師の私室から追い出された俺達は、簡単な話し合いをした結果、「朝議の前に話そう」とだけ申し合わせ解散となった。夜遅いため、指示を出すにも人を待たねばならない。其々の部署でもう一度、持てる情報を掻き集め、慎重に、迅速に。

 で、次に問題になったのが部屋を出されたリュウ大師の寝場所だ。大師の部屋に怪我人がいることは伏せている現状、新しく客室を用意させる訳にはいかない。だから俺の私室に来てもらったのだが、寝台の譲り合い問題。どうぞどうぞ。

 ふと視線を感じて戸口を振り返れば、侍従二人が困った顔で笑っている。


 「お二人共、もう遅いですから。取り敢えず、ハルキ様は湯浴みもまだですからね。シン、大師をお願いしますっ」

 「はい! さぁ大師、今のうちに寝間に着替えましょう。お着替えが終わりましたら、腰をお揉みしますから」


 良く出来た侍従二人にされるがまま、俺は風呂に連れてかれてサッパリし、部屋に戻ってきた頃には部屋には簡易ベッドを組み立てられて、大師は用意された火鉢でホカホカと暖まって、湯気を立てた夕飯がスタンバってた。なんて出来すぎ。有り難い。有能な近習と童子で、ホント有り難い。

 

 「簡単に蒸し温めてきただけなので、申し訳ありませんが」

 

 遠慮気味に言い添えてテーブルに並べられたお膳からは、湯気が立ち上っている。最高のご馳走だ。大師に一言お断りもソコソコに、手を合わせ食べ始める。一口食べると、空腹に気付いて箸が止まらない。温かな食事が腹におさまっていくと、気持ちも落ち着くのを感じる。忙しない一日だったな。食べながら今日の出来事を反芻しながら、お茶を淹れるヴィグを見て気付く。


 「いつもの勉強会、今夜はないの? 」

 「今夜は大忙しだそうです。法務局も内務局も、軍務局も外務局も、どこも人の出入りが激しいようで」


 だろうな。

 ルドラが持ち帰った情報を確認したりしているから、勉強会どころではないのだろう。

 ここ最近、ヴィグは法務局での研修として若手文官の勉強会に出席している。夜に集まる会なので大変だとは思うが、充実しているのだろう。とても楽しそうに会の事を話してくれるのを聞くのは嬉しい。

 話を聞きながら、根野菜の煮物を頬張り、汁物のお椀に手を伸ばす。しっかりと温め直してくれて椀も熱い。


 「今夜は休みだと思いますよ。だから大丈夫です」

 「なんや。法務局は夜に勉強会やっとるんか。ヴィグは勉強会行くんか? 」

 「有志のみの勉強会です。時々、ダワ様が指導してくださるんです。法案の制作過程とか使った実践的な講義です。とても面白いんですよ」

 「そうか。ほな、せっかく休みなら、こんなとこで仕事しとらんとゆっくり休み」

 

 大師の童子のシンに、ひょいと手招きをして何やら寝台の横のテーブルにおいた巾着袋から掴みだす。


 「子どもは、寝なかんで。勉強するんもエライけどな、程々や。寝な大きくならへん。ほら、飴ちゃんあげるで、仕事はおしまいや」

 「いえ、でも、お膳の片付けとか」

 「そのぐらい、俺でも出来るから。控えにいる近衛に渡しとけばいいでしょ? 」


 シンが手の中に渡された飴ちゃんと、ヴィグを交互に見て決めかねているようだ。 栗色のくせっ毛がフワフワと揺れて可愛らしい。まだ小学生ほどのシンは、決めかねてヴィグを見上げている。


 「……では、お言葉に甘えさせていただき失礼いたします。シン、下がりましょう」

 「え、あの、ほんとに? 」


 目を白黒させてるシンの背中を押して、ヴィグが手短に「寝る前に火鉢の土瓶を下ろすこと」「茶器は盆の上にひとまとめにしといてくれ」等などを説明しだす。煮魚の身を解しながら頷いてると、「ちゃんとしといてくださいよ」と念押しされてしまった。いやはや。


 「いつもヴィグがしてくれたみたいに、やっとくよ。ほら、休む休む」

 「空焚きは火事の元ですからね」

 「うん。お茶を入れたら土瓶は五徳から出しとくから。安心して。大丈夫だってば」

 「リュウ大師、よろしくお願いしますね」


 最後の最後であろうことか、ヴィグはリュウ大師に事をお願いしてシンを連れて部屋を出ていく。俺って信用ないなぁ。

 閉じた扉を見て唸ってしまうと、リュウ大師は楽しそうに笑い出す。


 「ヴィグ坊は、すっかり馴染みましたなぁ」

 「俺、信用されてないって感じですかね」

 「萎縮されるより、ずっとえぇ。下が萎縮した組織は、腐ってくだけや」


 笑顔で言う言葉が、重い。深淵の神殿を指しているだろう、その言葉に記憶の底に押し隠していた光景が蠢き出す。空になった皿や小鉢をまとめ、控えの間に置き、そのまま火鉢をはさんで大師と向かい合う。茶筒から茶葉を入れ、火にかけた土瓶を覗く。まだ沸騰してはいない。布巾を広げ、茶碗を取り出して。


 「リュウも飲む? 」

 「ほう、聖下手づからの茶とは名誉なことや」

 「ははっ。茶化さないで下さいよ」

 「いや、ほんま……名誉なことや。また、こうやって茶が飲めるとは思わなんだ」


 零れた言葉に、顔をあげる。

 皺だらけの顔が、優しく微笑んで俺を見つめていた。あぁ、この笑顔は変わらないな。


 「深淵にいた時も、こうやってお茶を飲んでたね。まだ小さくてさ。オユンの時代だ」

 「懐かしゅう……覚えてらっしゃたとは嬉しいとこや」

 「忘れないよ。いや、大分うろ覚えな記憶が多いけどね」

 「それでも嬉しゅうございますよ」


 オユンの時代。今の前世。その記憶は、短い。オユンは草原の家族から離されて、深淵に連れてこられたが生きていたのは数年だ。十の歳を越えた辺りで死んだのだから。自ら弱って命を終わらせた。家族と故郷から離れるのが寂しくて悲しくて、泣いてばかりいた。その中にある、僅かな楽しかった記憶の中には、全てリュウ大師がいる。まだ若く、兄のようなリュウ。

 オユンが死んでから、侍従神官のリュウは辛い立場になってしまっただろう。神殿の外で薬師としてサイイドと暮らしてた小さな小屋を思い出す。自分の身勝手で苦労をかけてしまった。リュウのような立場にしてしまった人は、他にもいるだろう。

 チロチロと赤い炭が、パチンと音を立てて過去から引き戻された。土瓶の口から湯気が漂っている。


 「またこうやって出会えた奇跡に、感謝いたしましょ。ほんまに、有り難いことですわ」

 「うん……あの時にいた神官、みんな元気にやってるかな」

 「まぁ、みんなジジィか水底へ帰ったか、どっちかですわ。儂がハルキ様と茶を飲んだと聞けば、羨ましいでっしゃろなぁ。冥土で自慢しますわ」


 カカカっと皺だらけに笑うリュウの言うとおりだ。確かにみんなジジィか、草陰に違いない。

 と、もう一人を思い出す。重要人物。


 「その、アイは、元気かなぁ」


 深淵の神殿最高権力者となった、かつてリュウと共にオユンに仕えてくれてた侍従神官アイ。滅多に表情を変えることなく、淡々とした喋り方で勉学の指導を受けたのを思い出す。祭事や教養の勉学だけでなく、生活で寄り添ってくれたリュウと違い、アイは一線を引いてオユンと向かい合っていた。その態度が怖かった。苦手だった。

 今思えば、アイはダジョーであるオユンを政治的な駒の視線で観ていたからだろう。精霊を自在に操り絶対的力を持つ危険人物、と。ならば子どもに接するような態度は取れるはずがない。リュウとの違いは、そこだった。ダジョーとしてではなく、ただの子どもとして観ていたか、否かの違い。

 もう一度、あの時に戻れたら何か変われたかな。

 土瓶の口から上る湯気を見ながら想いに浸る。火箸を持ったリュウが炭を突くと、小さな火花が飛んで消えた。

 

 「憎まれ人ほど長生きする、言いますさかい。まぁ、元気にやっとるのは違いないわ。ハルキ様、アイには一度お会いになってるとおっしゃいましたな」

 「現物の体じゃないけどね。一応、リンパの兄の体を乗っ取ってた時に、少しだけ」

 「……話だけで聞いとりましたが……その時でしたか」

 「少しだけ、だよ。うん、まぁ、元気だったし、そうだ、メチャクチャ元気にやってるじゃん。フフタルに介入してるかもしれないし、こないだも城下で変装した流水の神官が報告されてるし」

 「相変わらず抜け目ないやっちゃわ。アイの心配はいらんかもしれへんで」

 「ははっ。まぁ、あの時お世話になった皆が元気なら……元気だったらいいや」


 いつか、俺も死んだら彼らに会えるだろうか。そしたら、話したいことが山とある。謝りたい事も、感謝したいことも。至らなかったせいで、出来なかったこと、叶えれなかったこと。


 「いつか、アイともお茶を飲めたらいいな。こうやってさ」

 「そう、やな。いつか、そんな時が来るとえぇですな」


 ダジョーではなく、一人の人として。同じ時と場所を共有した同士として。

 無理めな夢なのは理解している。それでも、夢見ていたい。指導者としていけないと解ってる。でも、同士としては夢見ていたい。

 反する想いのまま、ゆっくりと湯を急須に注ぐ。対流して広がる茶葉から、芳香が湯気とともに漂う。

 せめて、この香りが漂う今だけは。


 「熱いから気をつけて下さいね」

 「有り難くいただきますわ。とと、と」

 「……フゥー、あちっ! 」

 

 息を吹きかけ、たっぷりと注いだお茶をすする。

 用意された湯が無くなるまで、話は続いた。昔話に、今の仲間のことに、エリドゥに残したミルのことも、たくさん話していた。

 初冬の夜は、静かに心地よく過ぎていく。

次回 9月7日 水曜日に更新予定です。

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