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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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114  倶利伽羅



 「内臓の損傷はなかったのが幸い……やぁ、流石っいうか。切傷やら刺傷やら急所を全て外して、深い傷は筋肉が出血を止めたんやろなぁ。とにかく常人の傷やない。あんなん診たことない。筋肉隆々やから命拾いしてはるわぁ」

 「で、どうなんだ。どんな具合だ? 」


 怪我人の治療にあたったヨハンの一報があったのは昼食前の事だった。ちょうど隙間が出来た時間に閑散とした会議の場に戻ってきたヨハンは、微かにヨモギのような香りをまとって、少々興奮気味だ。仕官達が各職場に戻って人が残ってないのを確認してから、現状を一気に報告する。

 ヴィグが気を利かせてお茶を出すと、仰ぐように茶を飲み干した。会議の間に残っていた役付の数名が、残りの側付きを人払いして上座に集まる。

 

 「彼、ルドラって言いましたっけ。第三小隊所属とか。納得ですわ。本当にどういう訓練したらあんな見事な筋肉がつくんやろか」

 「筋肉は分かったから。ルドラの様態は」

 「あぁ、まぁ、止血も縫合も終わりました。意識はまだ戻らへんので、月の癒し唄はまだ出来ません。失血が多かったのが心配。あとは彼の体力と運次第。もう少し早く診れたらなぁ。彼、いつまで意識はあったんやろか」

 「沖までは何とか保ってたさ。それでも時々飛んじまって朦朧としてたからなぁ」

 

 イルタサが特大の溜息と共に髭を撫でる。まるで唸るような溜息だ。

 近衛第三小隊は、ただの近衛隊ではない。表向きは奥宮にも出入りする子岩桜の紋章を持った近衛隊だけど、他国へ潜入して情報収集もする特別な部隊だ。今は半数程が後李帝国へ潜入しているはず。こうやって怪我をして帰ってくるのを目の当たりにすると、彼らを危険な業務をさせていると改めて認識する。俺が、彼を危険な目に合わせたんだ。

 胸の奥が、腹の奥底が、熱く痛む。

 

 「彼から詳しく話を聞ければいいのですが、何か言付けのようなものか手紙のようなものはあるのですか? 」

 「あぁ、それなんだが」


 もう一杯の茶を所望するヨハンを尻目にダワが質問し、イルタサが首を傾げて懐から一枚の紙を差し出す。


 「実は、ルドラは自分の足で俺の船に来たんじゃないんだ。緑江の運河口に停泊中の俺の船に運ばれて来たんだよ」

 「はぁあ?! 」

 「ですよねぇ。あんなにはらわたパックリ斬られて星獣に騎乗したら腹の中身でちゃいますわ。一人じゃ無理や」

 「え……や、そうじゃなくてねヨハン」

 

 サンギとツワンがひっくり返った声を上げ、ダワが目を見開き、リンパは眉を顰めた。

 ヨハンはあくまで医療者として冷静な意見を述べた。冷静な意見。


 「運ばれたって、誰が運んだ? 潜入中の他の隊員が運んだのか? 」

 「いや、そもそもルドラはひよっ子だからな、豊北道に潜入させたはずだ。最北端の駐屯地に単身の任務だったぞ。……本当に緑江口に来たのか?! 」

 「怪我をしてたんだろ? 一体どうやって南の春陽近くの緑江口まで来たんだい」


 矢継ぎ早の質問攻め。ダワとリンパだけが黙って紙を見つめている。

 広げた粗末な紙には幾つかの血の染みがまだ赤い。そこに真っ黒な墨で炎を纏わせた龍が描かれている。大剣に巻きついた、真っ黒な龍。


 「「我等はクリカラ」と名乗る男が星獣に乗せてきた。この紙はルドラの懐から見つかったものです。一応、止血はしてくれていて、その包帯の上に挟まれてたんですがね……ダワ殿、どう思います?

 「クリカラと名乗った……ですか。これは倶利伽羅のことでしょうね」

 「だろうな」

 「やっぱりそう、なりますか。うーん」


 ダワの返答にリンパが頷き、イルタサがスキンヘッドを撫でて唸る。

 サンギとツワン、マイペースにお茶を飲んでたヨハンすらも眉を顰めている。『クリカラ』の意味が分からないのは、俺とヴィグだけのようだ。二人で顔を見合わせていると、ダワが静かに説明を始めた。


 「倶利伽羅は、悪鬼悪霊を成敗すると言われる黒龍の名前です。ほら、大剣を持っているでしょう? 乱世に現れるとされる大精霊です」

 「あ、それなら聞いたことあります。青の……フフタルでは三頭龍の姿です。クマリでは、刀を持ってるんですね」


 ヴィグの口から発せられた、慣れないフフタルの呼称に、ダワが微かに笑みを浮かべ頷く。


 「地方によって名や姿は多少変えますが、乱世に現れる瑞兆の大精霊です。ただ、まだ大きな特徴があります。倶利伽羅は、火鳥を食べるとされてます。この場合、火鳥は朱雀を指してるでしょう」

 「朱雀を、食べる龍……じゃあ、まさか」


 ヴィグは口を押さえ、言葉を飲み込む。

 え、どういう事? 解らずに皆の顔を見る。不安そうな顔。


 「朱雀を家紋とするのは、古今東西後李帝国の現皇帝家のみ。つまり倶利伽羅と名乗っている者達は、後李帝国打倒を目的としている者達と考えてしまうのです」

 「しかも、ヴィグが言った三頭龍の伝承もある。後李は本来四王家。朱雀が滅ぼした三王家が立ち上がったのか、それとも」

 「玄雲……? あいつは、白玄恒の消息は……?」

 「残念ながら、御前様の居場所はまだ分からない。けど、こりゃあ、まさか」

 

 後李帝国の残された王家の一つ、玄武家。その当主であり、船団時代から玄雲、御前様の通名で交流を持つ帝国の継承権をもつ貴人、白玄恒。

 古くから付き合いのあるサンギの声が震えている。ここ数年、玄恒の消息が不明だ。白王家の名を持つ者が消えた異常事態。なのに後李帝国の内部に大きな動きはない。粛清と考えるべきなのか議論が分かれていた。


 「玄恒は、生きてる? 」

 「まだ判断は早いです。玄恒様と関係ないのかもしれません」

 「そうだな、まだ何も解らねぇ。あまりにも判断する材料が少な過ぎる。先走るのは、良くねぇな」

 「ツワンの意見に同意です。まず、ルドラから話を聞かなければ何も解らない。倶利伽羅と名乗る男達は何者なのか。玄恒様と面識はあるのか」

 「何より、ルドラが誰に斬られたんか。助けてくれたんは誰か、ですね。刀傷の治療跡から察するに、軍人やないかなー思いますけど。あぁ、もう腹ペコで目ぇ回りそうや」


 手酌でお茶をグビグビ飲んだヨハンは、肩を鳴らしてから、両頬をパチリと叩いた。来た時より少しばかり血色もよく元気になった彼は「食堂で食べ物を調達したら、また治療に戻ります。随時報告します」と言うと、ヴィグにあとは頼んで退室してしまう。侍従長というより、完全に医療者としての顔になっていた。


 「あの様子なら彼らに頼んで大丈夫だね」

 「絶対に助けてもらわないとな。ルドラの家の者に申し訳が立たん」


 ツワンの言葉に頷く。彼に命を賭けた仕事をさせたのは、俺だ。何かあれば、俺が責務を果たそう。板の間の冷たさが背筋に凍みる。


 「じゃあ、ヨハン達に任せて私達は仕事を頑張りましょう。ヴィグくん、ハルキ様の予定は大丈夫かい? 」

 「あ、昼食会! 今日は第二工房とアルーン夫妻の慰労の昼食会があるんでした! 昼告の太鼓が鳴る前にお召し物を替えないといけません! 」

 「寒いから着替えとかいいよ。別に俺が着飾ってもさぁ」

 「そういう訳にはいきません! 昼食会に相応しい装いじゃないと、期待してる相手方に失礼ですから! 」 


 ヴィグが兎のように跳び上がり、茶碗をかき集め外に飛び出していく。あぁ、寒いのに着替えるの面倒臭いんだけどなぁ。けど、それがこの世界の礼儀なら仕方無い。

 元気な後ろ姿を見送ると、横でサンギが「どっこらせ」と立ち上がる。後れ毛を撫で付け、長い溜息をついた。


 「どちらにせよ、全員揃って話し合わなきゃならんね。ルドラか……こりゃ厄介だ」

 「彼は知り合いなの? 」

 「おや。覚えてないかい? まぁ、そうだね、あの時は名前どころじゃなかったしねぇ」


 も一度、溜息をついて、サンギは苦々しく答えた。


 「小さい頃、ミンツゥが虐められてないて暴走した時があったろ。あん時の、虐めてた子どもさ」 

 「……あの浜辺の、精霊が暴走した時の?! 」

 「そうさ。あの時は子どもだったが、近衛隊に務めてたんだねぇ。大きくなったもんだ」


 鷹のような鋭い目元が柔らかく微笑み、そして苦虫を噛み潰したような顔をする。


 「そっか。ミンツゥには、知らせたくないけど、報告はあげなきゃね。仕事だから」

 「因果なもんだね」


 何年たったとしても、その時の心の痛みは蘇る。時間は再び繰り返す。でも、きっと大丈夫だ。

 

 「ミンツゥは、大人になったよ。多分大丈夫だよ」

 「あたしゃ、男の大丈夫ってぇ台詞は信用してないんだよ。悪いね」

 「え……」


 背中越しに手を振られ、退室するサンギを見送る。

 男の大丈夫は信用してないんだよ、かぁ。キツイお言葉だ。残された男共は顔を見合わせて苦笑いするしかない。


 「サンギ殿、何があったんでしょう」

 「おいおい……それを聞いたら野暮ってもんだろ。なぁ、イルタサ」

 「野暮、だな。じゃあ、また後で」

 「そうだな。夕餉かその前かで全員顔を合わせられるよう連絡を回しとく。となると……忙しくなりますよ」


 リンパが書類を捲りながら返答し、唸った。


 「ハルキ様。午後の予定が押しますね。昼食会の後は冬至祭に向けて城下の商工会にお目通しと、上水道の第六期工事施工の地神祭と、あと」

 「やる。何とか前倒しにこなしてくから」

 「地神祭は私も同席しますから、頑張りましょう」

 「頑張ります……。あぁ、俺、日本に居たときより働いてる気がするわ」

 「ははっ! いやいや、お疲れが出ませんよう。では、失礼しますね」


 其々の職場に散っていく皆を見送りながら、外の柔らかな陽射しを恨めしく眺める。サンルームの陽だまりで呑気に本を読んでた冬休みが懐かしい。

 はぁ……異世界に行くと美少女に囲まれてハッピー極楽ライフが送れるっていうのは嘘だな。

 とはいえ。現実に向かい合い、何とかしなくては。自分のしでかした事は、自分で片付けなくては。ヴィグが大きな衣装籠を抱えて戻ってきたから、俺も立ち上がる。

 さぁ、クマリの長の顔をして仕事しなければ。襲ってくる困難に立ち向かう為に、目の前の仕事をしなければいけない。

 今回は情報過多ですね。これからの進行考えて書いてたら盛りに盛ってしまいました。うーん。もう少し情緒が欲しい結果になってしまいました。


夏休みに入ってまだペースが掴めない。もう少し書くスピードを速めたいけど、どーでしょね。うーん。


 次回 8月10日 水曜日に更新予定です。


暑い上に、またコロナが流行ってるので、どうか皆さん御身体に気をつけてお過ごしください。



 追記

 

 いつもなら7時に更新ですが、活動日記に書いた通りにバックアップしてない時点で今日に更新予定の文章を削除してしまいました。

 楽しみにしてた方、申し訳ありませんが少々お待ち下さい。今、頑張って思い出し書き起こしてます。

 今日中の更新を目指してますので、もう暫くお待ち下さい。


 追・追加


 何とか『115 命の対価』更新しました。

 お騒がせしました。以降、気をつけていきますね。

 またよろしくお願いします。

 116話は8月24日 更新予定です。

 

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