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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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113  南風を含ませて



 今日も元気に働き出した皆の姿を見守りながらチャイを受け取り、アチチと冷ましながら啜る。カロリーが全身を駆け巡る。緊張した体と頭が緩んでいく。はぁ、心地いい。


 「しかしまぁ、可愛らしいこっちゃ。ヴィグの弟が描いたんか? 」

 「弟と、バトゥと一緒に描いた感じですね。丁寧に描いてあるのと、ほら、ここなんか大雑把ですから、弟が描いたと思います」

 「そうね、二人かな……各氏族長の家族は領地に帰ってるようだし。可愛くて、聡い子達ですよ。ふふっ」


 ミンツゥが微笑みを浮かべてリュウ大師に話し出す。草原の遠征は実り多かった。大変ではあったけど、相手国の代表者と向かい合って勝負したという大きな糧を得れた。ミンツゥの成長が目映い。

 春には、俺が直接会って最終的な合意を果たす。それに向けての準備も、後李帝国への仕掛けを同時進行して、エリドゥへの警戒を怠らないようしなければいけない。目が回りそうだ。

 今朝の議題を印刷した書類に目を通しながら、チャイを啜る。と、尻尾を振って絵を見ていたシンハが首の後の毛を逆立てた。耳を立て、入口を見据えて鼻を鳴らす。


 『 血ぃクセぇな。オイラは隠れとくぜ 』

 「え? あ、おい……」

 

 あっという間に俺の影に陰遁してしまった。控えてたヴィグと首を傾げていると、入口付近が騒がしくなり、ざわめきの向こうから新しい声がかけられた。


 「遅くなりました。あぁ、朝飯を食いっぱぐれたかな」


 力強い低い声が伸びやかに響く。朝議の間にどよめきが広がった。

 ひしめき合った車座の間を器用に通り抜ける大柄な坊主頭。笑うと人懐っこい顔は、また一段と日に焼けたようだ。


 「お久しぶりです。顔を出せずに申し訳ない」

 「イルタサ! 」

 「おや、あんた海南道辺りにいたんだろ。随分と速く帰れたね」

 「こいつが来てくれたんでね。とんでもなく速く帰れましたわ」

 

 こいつ、と顎をしゃくった先にいたのはラビィだ。古代から船団に伝わる海流や精霊の動きを利用した星の航海術を学んだ少ない人材。今は蒸気機関を利用した軍艦も出てきて、世の中は蒸気機関に移行しつつある中、古の航海術で圧倒的な速さを創り出す。その技術は数少ない星の航海師の中でも抜き出ている。いつもはミンツゥに軽口を叩き、ちょっかいを出す彼も日に焼けて赤銅色になった顔を、場を弁えて畏まっているようだ。


 「クマリの港は、帰るたびに賑やかだ。人も物も多くなって歩くのも大変だったですよ」

 「積荷が増えてきたからね。でもエリドゥや春陽程ではないだろう」

 「まぁ、それは追々報告しますよ」


 曖昧に濁し、イルタサが役付きの前に畏まって座り頭を下げた。ざわめきが一瞬で静まる。


 「財務局副官イルタサ、只今戻りました。長きの不在、ご迷惑おかけしました」

 「長期に渡り、貿易と航路の確保をありがとう。少し休んでと言いたいんだけど、仕事が山積みなんだ。頼りにしてるよ」

 

 ニヤリと笑って顔を上げたイルタサは、多分分かっていたんだろう。俺が言うのも何だけど、ココは人使い荒いからなぁ。

 さて、どこまで説明しようか。ちらりと横のリュウ大師を見ると「言いなされ」と促してくる。ダワとリンパも頷いたので、ここで言っておくか。


 「知らない者もいるだろうから、ここで紹介しとこう。ニライカナイのイルタサだ。船団時代、サンギの下で働いていた。建国からは、主に貿易船の維持管理や物資の調達を担当してくれた。彼なしでは、復興の為の物資も大変だった。あと、何よりも俺の恩人だからね。後李帝国領で彷徨いてた俺を助けて船団に入れてくれたのはイルタサだ」

 「そうやったんか。そらあかん。聖下の恩人なら、もうちょい丁重にせなあかんな。お給金を増やさなあかんわ」

 

 リュウ大師の言葉に俺とサンギ、ミンツゥもイルタサ本人も吹き出してしまう。


 「いや、ホントに給料増やしてもいいんだけど」

 「ない袖は振れないしねぇ。相変わらずだけど頼むよ」

 「知ってますから。そこはいいですよ」


 恩人という言葉に朝議の間が一瞬緊張したが、一気に笑い声が溢れる。給料上がらないのが周知な上に笑えるポイントのが、申し訳ないんだけど。

 改めて、背筋を伸ばして末席まで聞こえるように、場を見渡し声を上げる。


 「今回イルタサを帰国させたのは、組織の再編を見通してだ。国全体の発展に伴い、担当各所の人員の増員も、組織の細分化もこれから行う。イルタサには、今はダワが兼任している財務局を取り敢えず担当してもらう予定だし、貿易に関しては、サンギの部署も関わっているから、近いうちに新しく局を造って組み直す。他の局も、もちろん再編する。といっても、簡単に出来ることじゃない。何年かかけて、という話だ。ただ、皆には、俺達がそういう展望を持っていることは知っておいてほしい」


 僅かなざわめきと共に平伏していく朝議の間に、ミンツゥが、手を打って静める。


 「意見があるのは良いことだわ。妙案も大歓迎。其々の案は何時も通り受け付けます。これは……リンパが担当になるのかしら」

 「はい。追って期日を設けて素案を受け付け公開の上で吟味しよう。それまでに各人考え抜いた案を提出するよう」


 ざわめきが再び起きていく。どの立場だろうが意見を提出出来る、そして受け入れる場を設けたのは

成功だったようだ。皆に活気があるのはいい。盛り上がる場を満足そうに見る役付の顔もいい。


 「ハルキ様」


 ざわめきの中、イルタサが押し殺した声で囁く。


 「客人がおります。あまり時間がないので、性急に対処を願いたい」


 聞こえたのは、上座だけだろう。賑やかな下座を背に囁くイルタサは、そっと左手を右腰へ。そして肩から斜めに指を走らせた。

 刀で袈裟斬り。

 シンハが「血の匂いがする」と言ったのはこれか。 


 「ヨハンや。儂の部屋に膝掛けがあるん。取ってきてくれへんか。聖下もお使いになりますかな。今朝は冷えてかなわん」

 「……はい。ならばサイイドに聞いていいでしょうか。二人で席を空けますが」

 「聖下、宜しゅうか? 」

 「構いません」

 「ほな。頼んだで」

 「はい」


 リュウ大師の部屋に運んでヨハンとサイイドに治療させる、ということか。

 雲上殿に隣接する治療院で今や薬師の指導者サイイド。そして侍従長のヨハンは、エリドゥにいた時は癒者だ。二人はリュウ大師から、薬師と癒者の教えを受け、沢山の人々を医術者として救ってきた。今のクマリで、最高の治療を施術できるのは彼らだろう。任せるしかない。

 ハンナに「後は頼む」と声をかけると、お膳の片付けをする下女達に紛れて退出する。

 怪我人は誰なのか。怪我の程度はどれだけか。分からないことだらけだが、素知らぬ顔をして書類を捲る。イルタサが声を殺して訴えた事から、この件は内密にしたいのだろう。この朝議の間にいる者達からも、秘密にしときたい事とは何だろう。

 

 「では朝議を始めましょう。先程のフフタル連合国の件はまた後に。取り敢えず、今年の冬至祭をどうするか、ですが」


 リンパの声が響き場が静まっていく。あとは紙を捲る音と、墨の匂いが空間を埋められる。

次回 7月27日 水曜日に更新予定です。


夏休み前のドタバタで、今回はボリューム不足となってしまいました。

 懐かしい人を出しました。そろそろと話が動き出してます。書ききりたいなぁ。

暑い日や梅雨空が続きます。お体、お気をつけて。

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