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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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112  フフタル連合国



 温かいというのは、最高の御馳走だ。

 一杯の汁物が、粥が、食後に頂く薫り高い茶が、身体に熱量を与えてくれる。カロリーと温かさが心地良い。身体を駆け巡る糖分が頭の隅まで覚醒させていく。


 「はぁ、生き返る」


 思わず溢した言葉に、ヴィグが嬉しそうに頷く。笑うと年相応の少年らしさを覗かせる。

 先日見習いから正式に近習とした異国の聡明な少年。珍しい銀髪に紫の瞳で華奢な彼は、黒髪のクマリでは目立つ。侍従のヨハンとハンナ金髪碧眼兄妹と並ぶと、それは豪奢な光景だ。まるで映画や海外のファッション雑誌の表紙のよう。今や雲上殿の一種名物。朝議の間に集う者や給仕で出入りする者達には、憧れと羨望の視線を集めている。本人達は気付いてるのかな。少なくともヴィグは気付いてないだろう。自分の事は、びっくりするほど無頓着な子だから。

 俺の横に次代として座るミンツゥも、その点は日々成長している。この間まで丸々ほっぺが可愛らしい女の子だったのに、今や女性らしさが漂っている。女の子って、高校生位になると急に大人びるから凄い。ハンナの並ぶと女優やモデルのような美の迫力満点だ。

 そういう、ホントの異世界に挟まれてるのは日本人顔の俺であって。多少は整っている自覚はあれど、彼らの美の迫力には敵わない。目映いね。俺はモブだな。謙遜でもなく引き立て役。

 でも、慣れというのは恐ろしいもので。

 今や、その彼らに身辺を整えてもらったり仕事の手伝いやら手配をしてもらってる。彼らには逆らえないんだなぁ。


 「そろそろ朝議が始まるので飲み物を用意してきます。今朝はこーひーですか? チャイですか? 」

 「俺はチャイがいいな。ミンツゥも飲む? 」

 「いただきます。今朝は一段と冷えてきたし」

 「畏まりました。少々お待ち下さい」

 

 間髪入れずの返事にヴィグは笑顔で返事をして、代わりに給仕をハンナに目配りで頼んで下がっていく。


 「青の民の遠征、チャイが飲めたことが一番良かったかなぁ。ほんと体が温まるもん」

 「コレ。一番って言うと語弊がある。まぁ、異文化に初めて触れるのは刺激的だし悪い事じゃないけどね、あんたの言葉には力があるんだから。重々気を付けなさいよ」

 「……ゴメンナサイ」


 伯母であるサンギに窘められて、少し肩を竦める。まだ十代の女の子だ。どうしても考えるよりも言葉が先に出でしまう。特に遠征から帰ってから、サンギは小言が多い。ミンツゥの言動に細かく注意しだしている。何か気になること、考えていることがあるのだろう。考えなしに行動する人ではないのは、この三年程の付き合いでよく知っている。周りの者も変化に気にはしているが、口は挟まない。

 伯母と姪であり、臣下と主である、この関係は難しい。


 「あぁ、そうだ。そろそろ通信書を配りますね。各所担当者、受取りを願います」


 ダワの声掛けで、板の間で幾つも出来ている朝食の膳を囲んだ車座の中から、幾人か立ち上がる。顔を合わせて挨拶しながら、法務の担当から紙の束を受け取る。封印は切られ、法務の検閲を受けたことを表す『済』の判子が押された封筒だ。

 ここ最近の朝議の光景となった検閲済通信書の配布。青の民との最終締結の細かな確認などで、書類の往復が増えて、さらに個人的な通信も増えている。友情はもちろん、愛を綴られていたり様々だ。それはいいが、情報の漏洩が一番コワイ。些細な事柄や期日の予定などから、機密が漏れたり悟られるのを防ぐ為に、法務局で検閲するとこにした。今のところ、皆が事の重要さを理解しているので不満は出でないのが幸いだ。大抵、受け取った私信をこの場で開けているのは、その事をちゃんと解っているのだろう。周りから囃し立てられたり、時折笑い声が起こっている。

 何か、楽しそうだなぁ。いいなぁ、手紙。

 こうなると、日本で要らないダイレクトメールが山程届いてたのすら懐かしい。異世界には、知り合いが半径数メートルにしかいないもんなぁ。

 ミルに、また手紙書きたいなぁ。

 

 「シンハにも手紙が来てますよ」

 『 オイラに?! 』


 ダワが直接俺に封筒を渡してくれると、陰からシンハが飛び出した。急な登場に給仕で控えていた下女が小さく悲鳴を上げてしまう。平伏して謝罪しそうなのを手で遮り、片手でシンハの頭を叩く。


 「朝議には出るなって! 皆が驚くだろ! 」

 『 手紙! 手紙! オイラに手紙! 』


 話を聞かずに尻尾をバタンバタンと振り回してるシンハに周りも苦笑い。お膳の間を飛び跳ねそうな勢いを首根っこを抑えつつ、封筒をひっくり返す。

 たどたどしく乱れた字で書かれた文字に首を傾げる。


 「バトゥ……バドバルヤ? ホラン・マキシム・オユン? 」

 「あ、弟からですね」


 チャイを持って帰ってきたヴィグが、お盆をどこに置こうか思案しながら頷く。

 動くシンハの邪魔にならないよう、ミンツゥの脇にお盆を置き宛名を指さした。


 「その、マキシムは弟の名です。バトゥは、義兄の甥っ子になります。アスラン族長の姉の長子です。へぇ……シンハに手紙ですか。面白いことしますね」

 『 なあ! なんて書いてある?! 手紙、なにが書いてある?! 』


 ヴィグは興奮するシンハに近付いて、ポンポンと背中を撫でる。時折、耳の後ろや首元を掻いてやると、途端にシンハは大人しくなっていく。ヴィグは本当に主の俺よりシンハの扱いが長けてる。「羊や馬を世話してましたから」というものの、器用な子だ。

 ヴィグにシンハを任せて、中の紙を広げて思わず笑ってしまった。何て可愛らしいんだろう!

 真ん中にシンハらしき毛むくじゃらの動物が描かれていた。周りには花や可愛らしい女の子や髭の男性らしき顔が並んでいる。これはひょっとして。


 「遠征組の似顔絵だね。これ、シンハでしょ」

 「じゃあ、横の可愛らしい女の子、私ね! 」

 『 オイラ、こんなに毛玉じゃねぇけど、まぁいいか。カッコよく描けてるな、うん! 』

 「髭は誰だい? 髭の男は多いからどれが誰だかねぇ」

 「では、この髭がないのは私ですね。ふふ」

 「ズルいぞ、ダワ! うーー。髭、剃るのはなぁ」 


 ツワンが思わず溢した言葉に、ドッと笑い声が起きる。

 遠征に行った者達が、興味津々でこちらを見ているのに気付き、シンハに提案してみる。


 「これはシンハに描かれた手紙だけど、此処に飾らしてもらっていいかい? 遠征に行った者はこの絵を見たいし、行かなかった者達も、青の民に思いを寄せられるから。どうだろう」

 『 オイラは構わないぜ! マキシ達の絵を皆に見てもらうのは、いい気分だ! こんなにカッコよいオイラの姿を描いてくれたんだからな!! 』


 尻尾が再び激しく床を叩く。ヴィグが落ち着かせようとするが、大興奮だ。向こうで仲良くなった子ども達から絵を送られてくるとは、想像もしてなかった。しかもシンハに向けて、とはいえ。下には拙い文字で「楽しかったよ また会いたいな」と添えてあるのは、大人の策略だな。まぁ、ご愛嬌だ。リュウ大師も、千手の先で文字を指して苦笑いしている。流石に遠征をもう一度出すのは御免被る。外交儀礼としても、今度は青の民から此方に赴くべきなのだから。アスラン殿は、噂通り強かなのだろう。


 「それと、あと一つ。こちらは国書になります」

 

 ダワから、もう一通差し出される。

 こちらは紙の質も上質で、蝋印もキチンと施されている。が、前回の狼の印ではない。左に狼、右に牝鹿が配置され、中央の太陽を仰ぐような趣向の模様が施されている。随分と凝っているが、どういう事だろう。

 ダワを見ると頷く。リュウ大師も先を促す。


 「これは、先触れだそうです。このあと、正式に使者を送りたいとの事でした」


 新しい国印。それが、意味することは一つだ。

 姿勢を正し、差し出された小刀で慎重に封を開ける。書を取り出すと、フワリと青い草の香りが広がった。周りが息を呑む気配に、素早く文字に目を走らせる。


 「……うん。これまでの氏族ごとの政から、大狼の氏族長を中心に、複数の氏族で新しい国家を名乗る、と。国の名をフフタル連合国とする。これまでの仮締結はそのまま引継ぐ、何一つ変わることなくクマリと不可侵条約と友好を締結に向けて話し合っていきたい。その上で先ずは、フフタル連合国として初めての国交を、改めてクマリと結びたい……だ、そうだ。フフタル……それは何を意味するんだろう? 」


 ヴィグを見て、封筒に押された国印を指差すと、見開いた紫の瞳が潤みだす。


 「フフは、青。タルは、古語で草原や大地を指します。青き大地、という意味でしょう。複数の氏族では、始祖は太陽の守護を受けた牝鹿と青き狼が交わって生まれたと神話が伝えています。恐らくは、神話に基づく印かと思います。青の民は、今よりフフタルと名乗るのですね……」

 「うん。【青の民】というのは、外が彼ら各氏族を呼んでいた名称だ。成程……氏族ではなく集合体の国として、自ら名乗る名をつけたんだね。良い名だ。さて」

 

 手紙を広げて車座の中央に置くと、周りの役付きが、ずいっと膝を詰め車座となり頭をつけるように読み始める。

 さてはて。どうしたものか。


 「基本、交渉は進めたい。相手がどう名乗ろうと中身は一緒だ、よね? フフタルになって交渉相手が変わることはないよね? 」

 「うーん。推測ですけど、雪梟の氏族は外されてるかもしれません。ダワ、あの歓迎の宴の後はどうなってるの? 」

 「外されてます。以後の動向はツワンが担当です」

 「おう。居残り組の中で調べ中だ。今のところ報告では完全に氏族長の会議にも呼ばれとらん。あれから雪梟抜きで会議が進んどるらしい」

 「うーん。今回の新しい国への移行、こんなに早いのも変なんだよね。印章の準備にしてもさ、一月もしない間に準備出来るかな」

 

 思わず浮かんだ疑問に、リュウ大師が千手でトントンと手紙をつつく。

 

 「最初に大狼が単独で手紙を寄越しよった事といい、どうにも手際良すぎや。予め予定してたと考えていいやろ」

 「予定? 青の民から……各氏族の集合体から国へ変わることを考えていたと? 」

 「そや。大狼が今回中心になって動いてクマリという外国と仮締結をした。予てから国として覇権を握ろうと考えてたなら、好機やな。いや、この好機を作り出したのも大狼や。賭けたのかもしれへん。だとしたら、そうとうな曲者やな」


 リュウ大師の考えに唸ってしまう。

 予め、国として立つことを考えて準備を進めてたのなら、事の早さは納得だ。

 じゃあ、どこまでクマリの手の内を知っているのだろう。

 唸ってしまうと、ダワが静かに呟いた。

 

 「確かに、あのアスラン殿ならやりかねません。が、不可侵条約を結ぶということに関しては、全く準備はされてなかったかと思います。国境の認識すら氏族間で統一されてなかったですし、あの交渉の慌ただしさは、こちらより準備不足と言わざるえない」

 「確かに、何度も氏族間で意見のすり合わせに苦労してたわ。じゃあ……内部抗争にクマリを利用することは考えてたけどって事? それ以上の細かいことは適当っていうか、不可侵条約をこちらが言い出すなんてかんがえてなかったってことかな」

 「恐らくは」


 ミンツゥとダワの言葉で確信する。

 新しく国名を名乗ったが、内部は大狼を中心とした交渉時と変わらないし、深意はないだろう。

 考えをまとめながら、指先でトントンとリズムをとる。すべき事、掬い忘れてる考えがないかどうか。


 「よし。じゃあ、基本は受け入れる。けど、他の遠征組の考えも知りたい。一日待つから、それぞれの部署で意見を取りまとめて報告してくれ。で、どうだろう……もしフフタルに不穏な動きあれば、速攻で居残り組を撤収させる。特に雪梟に関して、大狼も気をつけてるだろうけど、こちらも動きが知りたい。深淵の神殿との関係が気になるんだ。どうだろう」

 「そうだな。深淵が気になるな。よし、そう伝達しとこう。次の交代要員で器用な奴を派遣しとく」

 「街道の動きを見とこうかね。北と西に行く隊商の監視を強めよう」

 「各所、宜しく」


 各々の担当部署で出来ることを決めて動き出す。取り敢えず、何とかなりそうだ。

 頷きあい、車座を解く。改めて一列に並び直して朝議の間を見渡す。皆が注視する中、姿勢を正し深呼吸して腹を据える。


 「新しく誕生したフフタル連合国との交渉は、以前と変わらず続ける。我等は喜んで使者を受けよう。是非、フフタルの最初の一歩をクマリが一番に祝福しよう。細かな事は大臣達に伝えたが、気になることがあれば今日中に教えてくれ」


 朝議の間が震える勢いで「是! 」と平伏していく。


 「よし。じゃあ進めてくれ。使者の迎える段取りだけど、北は雪が降って大変だろうから、上手くフフタル側と折り合いをつけて構わない。とにかく早急に。細かな打ち合わせは任すから」

 「分かりました。急ぎ話を進めます」

 「頼むよ。サンギとリンパも、関係各所、受け入れ準備を頼むね」

 「畏まりました」

 

 朝議の間が慌ただしく動き出す。

 朝餉の時間から、仕事の時間がスタートだ。お膳を片付けながら、声を掛け合って各所各局が右往左往に動いていく。有能なその様子を見ながら、ゆっくりと肩の力を抜いて息を吐き出す。

 どうにも、偉い人のフリは疲れるんだなぁ。仕事できる人が多いし。俺は元々は学校の先生しかやったことない青二才。ここの誰よりも経験値は少な目だ。

 でも、まぁ、嘆くより動け。何とかやってくしかない。

 ようやくクマリの舞台、馴染みの顔となりました。新章、楽しんでくだされば嬉しいです。


 次回 7月13日水曜日 更新予定です。

 よろしくお願いします。


 急な酷暑です。お体に気をつけてお過ごしくださいね。

 

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