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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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ヴィグの見習い日誌 17




 「『神苑に生息する星獣と玉獣及び動植物保護地帯』略して『神苑保護地帯』を挟み、これを両国の国境とし、これを両国で管理維持するものとする。……つまり、何も変わらずってことですか? 」

 「現状維持ってやつだな」

 「いいんですか? しかも、『両国で維持管理する』って、神苑はクマリのものじゃないんですか?! 」

 「神苑の中を通る街道は青の民も使ってるだろ。宿場の管理もしてくれてるし。クマリのものって言うのも違うんじゃね? 」

 「いや、クマリのものだろう! 」

 「落ち着け。実質、玉獣と星獣を扱えるのはクマリだ。よく読んでみな。動植物に関しては街道の管理上で今まで通り必要だから共同管理となっているだけ。肝心要の玉獣とかはクマリに権利があるし。えーと、この辺りにちゃんと書いてあったぞ」

 

 テンジンさんが、まだ墨の匂いがする紙束をパラパラと捲って、何やら細かく書かれた部分を指差す。僕らは頭をぶつけ合いながら我先と覗き込んだ。

 仮条約締結の次の日、いよいよ草原で過ごす最終日。連日の会議から開放されて無礼講の宴となった。

 上座では、ミンツゥ様と姉様が、侍女に互いの髪型を真似て結い上げさせたり、何やら服や布を広げてお喋りしている。今は次代様ではなく、普通の女性のように笑っていて、あの場所だけ眩しい。サンギ様やツワン様も、岩熊や岳兎の輪の中へ入り酒を飲み交わしている。

 勿論、事細かく決めなくてはいけないことは山積みだが、幾人かは残るから難しい事はお任せだ。僕ら若手は、残り僅かな時間を有意義にするために親睦の宴の末席で頭をぶつけ合っている。皆、昨日決まった条約の中身が気になって仕方ないのだ。まだ酒とかご飯どころじゃない。

 そして、幾つもの箇条書きされた部分を流し読みしていく僕らは、最初の興奮も収まってきて唸り始める。

 国境を定める機会は、領土を拡げる機会だと思ってた。あわよくば、良い土地を。より広く欲しい。互いに、自国に有益になるよう欲張って当然だ、と。

 けど、今回クマリと青の民が締結した案は、読めば読むほどに「今までと変わらない」内容だ。

 神苑は何処の国にも属さない。その境目も変わらない。神苑を挟んで両国が仲良くやっていきましょう、と。要約すれば、そういう事。


 「何一つ、変わらないということで? 」

 「いや、神苑の管理に青の民が介入するのは……」

 「だから、実質はクマリじゃないか。星獣でさえクマリの管轄と書いてある」

 「然し」

 「痛み分け、ですかねコレ」

 「納得するかなー。奥宮はともかく各部署は荒れるぞ」

 「大丈夫でしょ。この案出したのは聖下ですよね」


 僕の言葉に、喧々諤々の場が一瞬で静まる。集まる視線に固まってしまうと、テンジンさんが頭をポンポンと撫でできた。

 何でそう思ったか、言ってみ?

 そう促すような、伸ばされた手から逃れるように姿勢を正す。子供扱いはホントに止めてほしい。


 「えーっと……聖下の考え方は毎回とても突飛ですが、今まで導き出された結果はマトモです。今回の『神苑保護地帯』を国境とする考え方も、クマリに利は無く、青の民にも利はありませんが『共同管理』と条約の中で明文化することで、青の民側に名誉を与えています。そうすることで条約が締結出来るなら、今後北方の憂いをなくせられる。言葉一つで、実質失うものは何一つなく締結出来るのなら安いものだと、聖下なら考えそうです。……合ってます? 」

 「御名答。この『神苑保護地帯』は聖下の発案だ。半年間、聖下のお側に仕えただけはあるな」

 「見習いです。何も出来てませんよ」

 「いや、大したものだよ。ここにいる皆もだ。今回の遠征、よく頑張って務めてくれた。仮締結は皆の働きの賜物だ」

 「ダワ様」


 頭上からの声に、僕らは慌てて居住まいを正す。完全に若手で騒いでた。迷惑だったかな。


 「畏まらなくていい。今日は無礼講の宴だよ」

 「いえ、その」

 「テンジンもご苦労様でした。聖下の親書が間に合って良かった」

 

 ダワ様が手を伸ばし、仮締結文書をパラパラと捲る。久しぶりに陽の下で見るダワ様は嬉しそうに口元を緩ませて目を細める。ずっと天幕の中で顔を顰めてたから、久々の笑顔だ。


 「皆の言うとおり、この文だけ読んだ者達の中には騒ぐ者も出てくるだろう。でも、本質は何一つ失わずに不可侵を取り付けた、という事。この事実をきちんと各部署で徹底して下さい」


 冊子を閉じ、そっと表紙の題目を撫でてダワ様は一人一人を見渡す。穏やかな目の中に、身震いするほどの強い力を漲らせてる。あぁ、そうか。


 「この青の氏族の間でさえ、深淵の雲水が内部分裂に蠢いていた。我等の雲上殿も例外ではない。内輪揉めの隙を与えない為にも、今回の基本案は聖下の提案であり、締結はミンツゥ様の尽力によると。帰ったら皆に、そう伝えていかなければ」

 

 ダワ様は、この締結を邪魔されたくないんだ。皆で成し遂げた仕事を、大切にしているんだ。

 そう、感じて僕まで嬉しくなる。

 皆で成し遂げたんだ。

 僕らは互いに顔を合わせて頷く。誰にも邪魔なんかさせない。クマリの為に、皆の為にも。


 「とはいえ、今日ばかりは楽しみましょう。昨日の潮汁は美味しかったですねぇ。テンジン、もう一回潮汁はないんですか? 」

 「流石にツウーナァンを二匹は持って飛べませんよ」

 「それは至極残念」


 その言葉にテンジンさんは、ニヤリと笑って持参してきた袋から瓶を出した。途端に鼻を突き刺す独特の発酵臭に僕は仰け反り、他の皆は前のめりに倒れ込む。


 「「「魚醤だ!!! 」」」


 数人の絶叫に、周りのクマリ人が殺到する。正確には、ニライカナイ出身の者達が重なり合う。我先にと手を伸ばす。

 僕が未だ慣れない調味料、魚醤。塩漬けの魚を発酵させた調味料だ。言い様もなく魚臭いソレは、雲上殿の食堂で卓上に常備されている。同僚達が、どんなご飯でも取り敢えず魚醤をかけるのを見て、雷に打たれる如く文化的衝撃を受けたソレ。

 奪い合う醜い争いと漂う発酵臭から逃れる為に、後方へと逃げる。

 皆は手持ちの揚げた芋やクレープに、争うように魚醤をかけて食べ感極まり、ある者は転がり回り、ある者は絶叫し、そして涙ぐむ。


 「いやぁ、故郷の味が恋しいだろうなと持ってきて正解でした」

 「皆さん飢えてますねぇ」

 「ダワ様は食べませんか? 」

 「私は旧クマリですから。ニライカナイ出身の者は、堪らなく身体が欲する味なんでしょうけど」

 「おぅ! 何だか楽しそうな事してるじゃないか」


 振り返ればツワン様が満面の笑みでやって来る。

 さっきまで氏族長達と話をしていたツワン様は、この大騒ぎに髭の下を綻ばしてる。


 「皆の者! 久し振りの魚醤は旨いか? 」


 雄叫びが返り、ツワン様は満足気に頷く。


 「よし、腹一杯になった奴は俺についてこい! 今から青の氏族と腕自慢をすることになった! 御前試合だ! 馬術と弓術、なんでもいい! 取り敢えず腕に自信がある者は出合えぃ! 」

 「ぅおおお! 」


 再び雄叫びが上がり、吾こそはと名乗りだす。さらに「一等を取ったものには金一封を俺が出す! 」というツワン様の掛け声に、大盛り上がりだ。「怪我はしないように」というダワ様の言葉は右から左。興奮しすぎて、完全におかしい気勢を上げて、大部分の者達が中央に作られた舞台へと行ってしまった。見れば、シュウメイも腕捲くりして勇んでいる。

 

 「ヴィグくんは行かないんですか? 」

 「僕は、体術とか苦手ですから」

 「そういやぁ、そうだった」


 笑い出すテンジンさんが、揚げ芋を摘みながら頷いてる。


 「ヴィグの最終選抜試験、面白い結果だった。座学以外、さっぱりだったんだよな」

 「ば、馬術と弓術は人並みの成績だったはずですっ」

 「訂正。馬術と弓術以外、体術も棒術もさっぱり」

 

 声にならない叫び声をあげて逃げたい。

 何で、あの恥ずかしい試験を今思い出させるのか。


 「でも、座学はシュウメイと並んで首席でしたよ」

 「え……?! 」


 ダワ様の言葉に、伏せた頭を上げる。火照った頬を、風が撫でていく。


 「あれは、面白い出来事でしたね。最終選別でヴィグくんが残った事も、シュウメイくんが後李に脅されていた事も、何もかも想定外でね」

 「でしたねぇ。首席の二人が、まさかのまさか。外国人のヴィグが選別に残ったからさ、身元探ったら青の族長の身内だったから間者かもって、慌てたんだよ。そしたら「出奔者」扱いだし。それでも疑ってたから、最後に『あの方』に観てもらう最終選別したら、まさかのシュウメイが間者でヴィグは『器』でお気に入りになっちまうし」

 「だから、最後に聖下がお見えになったんですか! 」


 最終選別に、そんな意味があったなんて!

 初めて知る事実に、ただ開いた口が塞がらない。

 今までモヤモヤと胸の奥で燻ぶっていた想い。それが吹き飛ばされていく。


 「じゃあ、アスラン兄様の義弟だから近習見習いになった訳ではない……? 」

 「ヴィグくんの事情が事情でしたからね、本当は私の担当の財務か法務の所属にする話だったんですけど。例え間者であっても、動きが掴みやすいし被害も少ないし。でも、『あの方』と聖下が近習にすると言って聞かなかった。滅多に自分の希望を言う人ではないのに、ヴィグくんのことに関しては譲らなかったんです」


 雲から射し込んできた陽射しに目を細めたダワ様が、大きく伸びをして肩をゴキゴキ鳴らして笑った。


 「今からでも遅くないので、どうです? 財務の勘定方とか興味ないですか? 」

 

 僕の第一希望だった勘定方。不意に出た誘いに、一瞬だけ過去の自分が心を揺らす。

 でも、違うな。

 今の自分がそう言って笑う。

 色んな事を体験して、色んな想いに触れて、色んな事に悩んで苦しんだ今の自分だから、答えは一つだ。


 「僕は、聖下の近習見習いです。聖下が僕を要らないと言われるまで、お仕えしたいと思います」

 「それは至極残念」


 ダワ様が笑いながら立ち上がり、ふらりと歩いて行く。無礼講の宴と言いつつ、こうやって皆に声をかけて労ってくれるのだろう。

 あんな大人に、なりたいな。

 遠く、歓声が上がる。華やかな女性の歓声、男達の掛け声。馬のいななき、羊の鳴き声。

 澄んで、どこまでも青く高い秋空に、灰色の雲がポツリ。もうじき冬がやってくる。


 「なぁ、俺が特訓してやるから第三小隊に入らないか? 」

 「いや、それは絶対にないですっ。無理ですからっ」


 逃げるように駆け出す僕の背に、テンジンさんの笑い声が追いかけてくる。コロコロと笑いあい、向こうで手招きしてるシュウメイとスレンの所へ走る。

 僕は、明日、クマリへ帰る。

新年度が始まりました。私のリアルは、ここから春の連休まで怒涛の忙しさになります。本来なら20日に更新予定ですが、ひょっとしたら27日になるかも…。


 4月20日 か 4月27日 水曜日 更新予定です。


かなりのいい加減な予告ですが、よろしくお願いします。すみません。

 ようやく、ヴィグ達は帰国です。最初にばら撒いた伏線も全て回収出来るよう、何とかやっていきますね。早く新章に行きたいよー。



 追加


 すみません、やっぱり20日の更新は出来ません。

 27日目指して、只今書いています。もうしばらくお待ち下さい。

           4.19

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