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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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ヴィグの近習見習い日誌 13



 差し込まれた紫水晶の三日月刀が、光る。

 それは氏族長の証。亡くなった叔父や父上が誇らしげに帯に差していた光景を思い出す。


 「マクシム、これは持ち出しちゃいけない物だ。直ぐに返しておいで」

 「違うの! ソフィア姉様が渡しなさいって言ったの! マクシムなら、小さいから潜り込めるって! 」

 「ソフィア姉様が? 」

 「えっとね、『白鷺の長として舞いなさい』って、そう言ってた。でも泣いてたの」

 「姉様が……」

 「兄様は駄目って言ってた。アスラン兄様は、何か怒ってたの。兄様……これ、渡すけど、けど、渡したらヴィグ兄様どうなるの? 」


 アスラン兄様。怒ってた。二つの言葉が頭の中を駆け巡る。

 猛々しい双頭鷹の氏族を滅ぼしたクマリに対して、恐怖が植えつけられている。

 そんな中で白鷺の名を背負って舞えば、クマリへの従属の象徴と捉えかねない。二度と草原に戻れないだろう。それでも渡してくれる姉様は、親族として非難されることも覚悟の上なんだろう。

 そして、その姉様を止めてくれる義兄は、姉様とマクシムも守ろうとしてくれている。

 義兄は、二人を大切にしてくれている、のか。

 目の前の刀を持つ小さな手を、そっと包んだ。霜焼けだらけだった手が、綺麗になっていた。年相応に丸っとした、福福とした手。


 「マクシム……お前、幸せか? 」

 「ヴィグ兄様? 」

 「毎日、楽しいかい? ご飯は美味しいかい? 」

 「うん! 今ね、皆と遠出に行けるように駈け足を教えてもらってるんだよ! 古詩の時間もね、ボク上手だって褒められたよ! 」

 「うん」


 大狼の氏族で、大事にされてるんだな。

 マクシムの楽しげな弾ける声に、包んだ小さな手から、そっと刀を受け取る。

 幸せなら。二人が幸せなら、幸せが続くなら。


 「マクシム、姉様に『いつも白鷺の名を背負って生きます』って姉様に伝えて」

 「……うん」

 「偉い。ちゃんと伝えるんだよ。僕は元気だよって、伝えて」

 「分かった! 兄様、舞、頑張ってね! 」


 言うだけ言うと、小さな手は僕の手を呆気なく離して消えてしまった。天幕の向こうで「マク、早く早く」と急かす子供の声と共に気配が遠くなり、消えてしまった。

 紫水晶の三日月刀だけが、僕の手に残る。今までの事が幻のよう。

 そう言えば、何で舞を披露するのを知ってるんだろう。


 「無事、行ったようだな」

 「うん」

 「大丈夫、双子星様が上手く視線を集めてくれた。いや、ホント、すごいわ……あ、こっち来た」


 シィウメイが慌てて入口を開けると、悠々とシンハが入ってきた。尻尾をゆったりと揺らし、髭をヒクヒクさせ、満足そうにすり寄る。


 「ヴィグの弟はソックリだな。上手いことやれたか? 」

 「うん。シンハ、ありがとね」


 思いっきり撫で回すと、尻尾を振り千切れんばかりに応える。喉まで鳴らしそうな勢いだ。

 と、再び外側がざわめく。シィウメイが隙間を覗くと慌てて姿勢を正して入口を開けた。


 「準備は終わったかな」


 ダワ様が従者を一人連れて入ってくる。よく見たらモルカンさんだ。音もなく側に控えている。


 「あの、ダワ様、舞を披露することはあちらに伝えてあるのですか? 」

 「いや? これは知らせない方が場の主導権を掴めると思うから、青の民側には伝えてない。何かあったのかな」

 「……あの、お願いがあります! 」


手の中の三日月刀を、そっと見せる。息を飲んだダワ様が、目を見開いて僕を見る。

 青の民側は、この舞を知っている。意味も知っている。その上で、クマリへと手を差し出している。

 さぁ、決めるのは僕ら。

 これで青の民の未来を決める。

 ようやく腹が決まった。僕は覚悟をこめて、頷いた。




 煌々と篝火を灯した会場は、人々のざわめきが途切れることはない。時折、風に乗って強く酒精が香る。宴もたけなわ。盛り上がってきた。

 いよいよ僕らの出番だ。顔の前を薄絹で覆った装束で、裏から会場に入る。演者達が指慣らしで奏でる旋律は軽やか。その音に紛れて僕ら二人はモルカンさんに誘導されて天幕の横に滑り込むように待機する。


 「ダワ様から合図が出たら、中央に出ろ。二人が立ち位置に座ったら、演者が拍子木を鳴らす。あとは頑張れ」

 「はい」

 「捨て拍は三つでお願いします」

 「了解」


 言葉だけを残し、足音を消して闇に紛れて行く。こうなると、自分の手元もよく見えない。ただ、邪魔な薄絹を捲り上げて前方に見える明るい宴を探す。横にいるシィウメイの潜めた息が止まった。


 「上座の東」

 

 上座には、シンハを横に侍らせたミンツゥ様と義兄が。ミンツゥ様の東側がクマリの席となって続いている。席順で言えばミンツゥ様の次はサンギ様のはずだが、今は二人の間の後ろにダワ様が控えている。

 先に決めた事は、順調に進んでいる様子だ。僕は舞を舞う。そして、憂いはこの宴で決着をつける。ダワ様とミンツゥ様が、はっきりと言って下さった。なら、僕はやるべき事をやるだけだ。

 なのに、何でこんなに震えが止まらないんだ。吐く息も、小刻みに震えている。


 「捨て拍子三つで吐息、裏拍で吸って一拍目で」

 「立ち上がりと同時に右足の踏み込み。分かってる、大丈夫、いける」

 「あぁ、大丈夫」


 大丈夫。そう言って、シィウメイが強く僕の手を掴んだ。大きな手は、ささくれ荒れてて冷たくて、微かに震えてる。

 

 「大丈夫」  


 返す僕の声も微かに震えている。

 でも、シィウメイも一緒に震えてると、何でだろう。大丈夫だと思えてくるんだ。少しだけ、そんなお気楽な自分に気付いて笑みがこぼれる。

 大丈夫だ。


 「今宵は素晴らしい宴を用意してくださり、ありがとうございます。私達からも感謝をこめて、皆様に舞を披露したく思います」


 ミンツゥ様の声が、夜の闇に華やかに響く。遠慮ぎみな歓声と拍手。ダワ様が立ち上がり上座の前へと進み出る。僕らは駈け足で天幕の影から宴の中央へと進み出る。篝火に僕の銀髪が見えたのだろう。青の民側からどよめきが起きた。


 「今宵用意致しました舞は『高砂』。我らクマリと青の民が末長く友好を結べるよう、ここに披露させて頂きます」


 ダワ様の口上が場のざわめきを静めさせる。そして間を与えずに捨て拍三つ。

 裏拍で息を吸う。

 一拍目の鼓と同時に立ち上がり右足を踏み込み。

 流れるように左足に重心を移してその流れに任せて胸を広げる。帯に挟んだ紫水晶の三日月刀が宴の場に煌めいた。

 もう一度、ざわめきが広がる。

 広げた腕を交差させ、足を揃え、再び右足を踏み込んで左足に重心を移して。反対側に胸を広げる。薄絹の向こうに、この宴の座で姉様が見てくれている。

 白鷺の名に恥じぬよう。

 そう思っていた。でも、動き出したら、そんな事は吹き飛んだ。一振り腕を振る度に、二度三度と足を踏み込む度に、視界は閉じて全てを感じる。雑音は消え去って、鼓と玄が揺らす空気が心地好く感じて。

 根源から生まれた一対の精霊の舞。背中合わせでシィウメイの動悸すら感じる。胸の奥で吹き渡る呼吸の風を感じる。聴こえるのは、鼓動と呼吸の音。それは、僕の中から。シィウメイの中から。踏みしめる大地から。

 あまりの心地好さに、感じるままに舞を舞っていた。最後の玄が震え鼓が空を揺さぶり終わった瞬間に、我に帰る。

 あぁ、終わってしまった。

 息を整えようと、深く長く息を吐く。余韻のままに袖を大きく払って地に伏せる。

 ざわめきが再び広がっていく。

 クマリが友好を呼び掛けて演じた舞手が氏族長の刀を身に付けていた。これから起きるだろう一悶着を、どう収拾するんだろう。


 「さすがクマリ、精霊達まで舞い踊る様は見事だ」

 

 義兄の大きな声が響き渡る。宴の席隅々までに届く太く堂々とした声だ。さざ波のような声は消し去ってしまう。


 「見事な舞であった。舞い手の二方、面を上げよ」


 え、上げていいの?

 ここで僕の顔を上げていいの?

 シィウメイからも戸惑いを感じるけれど、恐る恐る顔を上げて薄絹を捲り上げる。

 露になった銀髪に、再びざわめきが起こる。

 

 「アスラン殿! これはどういう事ですかな! 」

 

 上座に近い席からの鋭い声に、思わず顔を臥せるふりをして誰かを探る。西の席から。それも氏族長の席から。随分と上座に近い。ここからだと影しか見えないが、細い人影が揺れてる。あれは、雪梟の氏族長か。


 「クマリの舞を、何故に我ら青の民が舞うのだ! 見れば腰の刀は白鷺の長の証! これはどういう意味でしょうな! 」

 「意味というと、どういう事かな」

 「我ら青の民がクマリの舞を舞うなど、冒涜ではござらぬか! 」


 甲高い声が発した言葉に、場の雰囲気が揺れた。冒涜とは、大きくでたな。

 人々の動揺が、顔を臥せたままでも感じ取れる。その流れに小石を入れるように、義兄は最初と変わらぬ声量で語り出す。


 「雪梟殿は異なことを仰いますな。ひょっとして義弟の事を仰っているのですか」

 「決まっておる! その銀髪は白鷺の印! 春に娶ったお主の妻の弟だろうが! 白鷺の者が長の証を身に付けて舞ったのだぞ! これでは青の民がクマリに平伏したと同然! 婚姻を結んだ大狼の氏族はこれを」

 「義弟は、既に青の民ではない」


 義兄の言葉が、全てを叩き切る。一刀両断。僕の心は、勿論覚悟した上だったけど、血が噴き出した。大丈夫、すぐに止血出来る。

 草の中、強く拳を握り締める。

 耳元で姉様の耳飾りが音をたてる。


 「義弟は春に草原を出奔し、クマリの官僚試験を受けた。クマリは懐深く、義弟が異国の出身に関わらず聖下の近習として召し抱えて下さったのだ。ヴィグは既に聖下の物であり、草原の民ではない」


 一際大きくどよめきが起きた。

次回 2月16日 更新予定です。


 もう2月。節分ですねぇ。そろそろエンタメ好きはソワソワする時期。スーパーボウルのハーフタイムショー! アメリカンフットボールの大会の途中に挟まれる、豪華なライブ。

 去年はweekend が、コロナ対策とエンタメを両立するという、前代未聞の難題を解決してくれました。いやー、凄かった! カメラアングルやスタッフの動線も、全てを考え尽くされていて圧巻でした。ラストまで目が離せなかった。

 今年はエミネムを含め複数のアーティストとか。一人の持ち歌は少なくなるけど、何年か前のCOLDPLAY の時みたいにゴージャスになるのかなあ。

 紅白とmステXmasライブがいっぺんにやるような、今の最高の演出を魅せてくれるショー。

 日本時間で14日。むふふ。



 全然、作品と関係ないことを書いてしまいました。すみません。基本オタクなんで、喜びを分かち合いたくて(汗)

 一応、補足。

 作中の『高砂』は、能の『高砂』とは無関係です。舞いのナンヤカンヤ動作についても、全て適当です。すみません、いい加減だとばれてしまいますが、私、適当です。何かの参考にしちゃダメですよ。

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