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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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ヴィグの見習い近習日誌 12





 「落ち着かねぇ時は体動かすのが一番。ほら、もう一回合わせてみようぜ」

 「いや、ちょっと待て。待てってシィウミン(秀明)」


 前向き過ぎる相方の肩を掴み、力一杯押さえつけて座らせる。相変わらず乱雑に結われた髷から強情な髪の毛が飛び出して、本人の性格を表してるみたいだ。ホントに、強情。こちらの話を聞かない奴だ。

 最終選抜で泣いてたのが嘘みたい。

舞の相方としてダワ様が連れてきたのは、工房所属になっていた最終選抜試験で泣き伏していた彼だった。さっき初めて顔を合わせ名乗りあったばかり。何でこいつが相方なのか分からないままだ。


 「あのさ、いきなり二国の代表者たちの前で舞えって言われて出来るか。しかも、その」

 「重要な条約締結に向けての地固めの為だろ」

 「そうだけどっ」

 「本望じゃないか。オレ達、クマリの為に働けるんだから。それとも何か? ヴィグはクマリではなく青の民なのか? 」


 シィゥミンの言葉に、体中の血が沸き上がる。感情が体を突き上げようとするのを、歯を食い縛って、拳を握りしめて堪える。 

 真っ白の頭を、駆け巡る感情を、言葉にする作業はもどかしい。このまま殴れたら、どれだけ気持ちいいか。

 噛み締めて軋む奥歯。その隙間からこぼれる熱い息が言葉になる。


 「僕は、僕は、ここには、青の民には居ることが出来ない……ここに居場所はもうない! 僕の家は、もう無くなって、僕が守るものはここに無くって……。僕は、確かに青の民の血を引いているけど、血肉は草原で生まれたけど、僕は、僕はクマリを信じてる! 精霊を信じてる! だから、だから、僕はクマリの民なんだろ!? 」


 新生クマリ建国宣言。

 「姿形でなく 出自でなく 能力でなく この祝福を信じる者がクマリの民! この地で根を張り生きる者がクマリの民! 」

 風の便りに聞いたその宣言に、その言葉に震えた。ここしかないと思った。新しく国が生まれ育つこの時その場所に、僕の生きる場所が、あると直感した。だから、必死に勉学に励んで馴れぬ武芸を義兄に頭を下げスレンに教えてもらった。ようやく掴んだクマリの居場所。僕はクマリの民になると、そう決心して掴んだ場所だ。ここしかないんだ。それでも、やはり僕は『青の民』と見られるんだろうか。

 一気に腹の中を吐き出して、シィウミンを睨む。墨が染みた指が、握り締めた僕の拳を包んだ。節々が大きくて、皮が厚い手。何で、こんな荒れた手なんだ?


 「オレの家はさ、貧乏でさ」


 ポツリと、言葉が落ちた。固く僕に当たって跳ね返る。だから、なんだ。僕ちも、貧乏だぞ。

 

 「東桑の関所近くの、クマリとも後李とも分からない辺境の荒地の集落でさ。オレ、勉強だけは出来たからクマリの官僚試験が有るって聞いて受験しようとしたんだ。正直、受かる自信はあったよ。一応、百年に一度の神童って言われてたし、オレも満更じゃなくそう思ってた」


 自慢話なのか? 

 顔を睨み付けようと上げた途端、息を飲んだ。黒い瞳は、真っ暗で潤んでいた。拳を包んだシィウミンの手は冷たい。


 「けど、オレの受験の噂を聞いた後李の役人が家に押しかけてきて、母ちゃんと妹を連れてかれた。お前がクマリの官僚となり後李に通づるなら返してやるって、そう言われた」

 「密偵に……?」

 「あいつら、まだ赤ん坊の妹の首に刀当てやがった。……オレの前で母ちゃん殴って、服引きちぎりやがった」

 「シィウミン、お前」

 「絶対に受かるしかなかった。そうするしか、なかった。オレが受かって、オレが二人を助けるしかないって思ってた。国に対する忠義とか、考えもしなかった。母ちゃんと妹を助けれるのはオレだけと思ってた。でも、さ」


 最終選抜の時に、エアシュティマス様が言ってた事は、この事だったんだ。シィウメイが家族を人質に脅されて密偵をしそうになったのを防いだんだ。

 あの時に床に伏せて嘆願してた姿を思い出し、僕は拳を広げてシィウメイの手を包んだ。所々に墨が染み付いた、荒れたゴツゴツした豆だらけの手。僕と同じ、家族を守ってきた手。


「最終選抜、あれは密偵を探る為だったんだな。あの後、聖下が兵を派遣して下さって、母ちゃんと妹を助けてくれたんだよ。密偵しようとしたオレは、処罰されて当然だったのに……オレ、工房の下男にしてもらえたんだ。その上、母ちゃんは殿内の使用人の食堂で飯炊きで雇ってくれたんだ。背中に妹背負って働けるようにしてくれたんだ。信じられるか? それに働き次第では、官僚の道は閉ざしてないって、さっきのダワ様に言われた時は、オレ……」

 「うん、そっか。そうか……」


 シィウメイは、余裕綽々で合格して工房の若手になったと思ってた。バリバリ仕事して官僚への道を突き進んでいると思ってた。

 まさか、こんな障害だらけとは思わなかった。でも、何より、家族を助けてもらえたんだ。シィウメイの人生も助けてもらえたんだ。

 エアシュティマス様の尊大な横顔を思い出し、少し笑う。あの人にも、優しいとこ、あるんだな。

  

 「罪人のオレですら、クマリは受け入れてくれた。そりゃ、色々言う奴はいる。信用ならぬって、正面で言われた事もある。でも、ちゃんと仕事したら、信用してくれる上司がいるんだ」

 「……シィウメイ? 」

 「だからヴィグ、自分がクマリの民だと思うなら、さっきみたいに強く思ってる気持ちを忘れちゃ駄目だ。ヴィグは青の民出身だし、家族も大切にしてる。でも、クマリの民に、聖下の近習になったんだろ。だから」

 「うん。……ありがとう、僕は、聖下の近習だ。クマリの民を守る官になると決めたんだ。そう。なったんだ」


 家族に気持ちが引きずられていた。青の民と指差される事を恐れてしまった。

 でも、そうじゃない。


 「この条約を、クマリとの友好を決めることは、青の民の未来の安泰をも意味する……」


 クマリは後李帝国と事を構えるだろう。聖下の観てる先には、エリドゥ法王国もある。草原でノホホンと生きてきた僕ら遊牧民は、近い将来大国の時代のうねりに巻き込まれる。その時、波に飲まれるか乗れるか。ここが分岐点。

 それだけじゃない。

 国の動きに巻き込まれた僕ら家族は、どうなる。

 この先、起こる事。起こるであろう事を想像して、心の奥が凍りつく。腹の奥から震えが来る。ダワ様は、解ってた。だから頭を下げてくれた。

 あぁ、手が震える。でも、その手をシィウメイが強く握り返してけれた。


 「条約締結で、僕は、青の民からも、クマリの人からも、きっと非難される」

 「一部の、理解力が足らない奴だ。考え方が違う奴等だ」

 「そうであっても、非難されるのは免れない。僕はともかく、家族も巻き込むかもしれない」

  

 他国との国交を反対する氏族もいる。青の民との国交で不利益を被るクマリの人々は、友好を気に入らない人々は、青の民出身の僕を邪険にするだろう。何かしら、事が起きるかもしれない。

 でも。


 「クマリの国が、聖下が望むのであれば、僕で役に立てるのなら」


 僕は青の民の装束で、クマリの官として舞うべきなんだ。

 行為は、友好の証となる。


 「シィウメイ、一緒に舞ってくれ」


 日に焼けた顔が、黒い瞳が、輝くように笑った。荒れた手のひらが、強く握られる。

 後ろ指指されたっていい。

 もう、二度と、僕が草原に帰れなくなっても構わない。

 故郷で家族が、無事に毎日を送れるようになれば、構わない。


 「青の民とクマリの為に、一緒に舞ってくれ」


 僕の居場所は、ここにある。


 「おう! オレ達に出来ることをやろう! 」

 「うん! 」

 「となりゃ、もう一度舞を合わせるか。最初の拍の合わせ方が難しい曲だからな 」

 

 零れそうになった涙を瞬きで弾いて頷く。

 舞は、新人の研修として月に一度位しか学ばない。今回の『高砂』は夏に通しただけで、心許ない。せめて振りを間違わないようにしないと。

 出だしの拍と音階を鼻唄で音を取り出しながら、乱れた裾を整えようとしゃがみこんだ。

 視界の端、天幕の下が小さく捲れ上がった。


 「兄様! ヴィグ兄様いる!? 」

 「……マクシム? マクシム、お前、そこで何してるんだっ」

 「知り合いか? 弟? 」

 「僕の……その、実の弟。何で……」


 寒さを防ぐための分厚いフェルトに覆われた天幕を、小さな手が懸命に捲ろうと足掻いてる。どうやっても細い手首しか見えないが、見覚えのある袖口と声に、心臓が縮み上がる。

 なんでクマリに宛がわれた天幕に、青の族長の末義弟が忍び込んで来たんだ。

 大声を上げそうになって、慌てて口元を押さえ捲れ上がった天幕の端に駆け寄る。シィウメイも、大きな目を更に見開いて駆け寄ってきた。


 「マクシム、ここはお前が来ちゃいけない場所だ。早く帰れ! 」

 「大丈夫! 何かね、金色のおっきい猫みたいな仔が「オイラに任せとけ」って、あっちで何かしてるの! 」


 金色のおっきい猫みたいな仔。

 「オイラに任せとけ」

 その言葉に、シィウメイと目を合わせる。思い浮かぶのは、シンハしかいない。

 素早くシィウメイが入口に駆け寄り、布を僅かにずらして外を伺う。途端、大きな手で顔を覆った。何が起きてるんだ、一体。

 顔を覆ったまま、シィウメイは肩を小刻みに揺らしながら頷く。大丈夫、という事か?

 分からぬままに、差し伸ばされた小さな手を繋いだ。


 「マクシム、マクシム……」

 「あのね、ソフィア姉様がコレをヴィグ兄様に渡しなさいって! 」


 キラリと光る刀が隙間から差し込まれた。

 紫水晶から造られた、小さな三日月刀。

 それは、氏族長の証。

次回 2月2日 水曜日に更新予定です。


 補足

 

 シィウメイ(秀明)、再登場です。一話で騒いでた彼です。ここで出したかったー。ようやくここまできたー。想定外に長くなっております。すみません。

 で、彼の名前はカタカナ(漢字)と書きました。

 彼は後李との国境付近の出身なので、名前が後李風になってます。普段は音で読んでるし、名前を書くときも、おそらくクマリで使われてる文字だと思います。

 多分、昔は国境という概念が今より曖昧なとこがあったと考えて、こんな感じにしました。

 国境はあるけど、川とかではっきりとしてない場所は、人が行き来してれば、言葉は音として混ざり合う気がしてて。どうなんでしょうね? 誰か詳しい人、教えて下さい。

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