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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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ヴィグの近習見習い日誌 10




 「次代様、こちらが青の民の長アスラン様です」

 「お初にお目にかかります。大狼の氏族バトバルヤ・アスラン・ツェツェグと申します」

 「……義、アスラン様、こちらが現世のダジョー・ハルキ聖下の後継者、ニライカナイのミンツゥ様です」

 「初めまして。ミンツゥです。若輩者ですが、聖下の名代として参りました。どうぞよろしく」


 湖を背にして控える青の民の各氏族長と、その家臣達。対するクマリの三役を中心とした若手官僚と近衛第二小隊の皆さん。

 草原を吹き抜ける風が、両者の間も駆け抜けた。


先の初対面の時を思い出して、身震いする。

 まるで、ヒグマと小鳥。巨岩と宝玉。

 無駄な例えばかりが頭に浮かぶのは、今を考えずに逃げたいからだな。自分だけ天幕の外にいる事実。役立たずな事と、義兄の視線を受けれなかった事。それらが起こす心のざわめき。変なプライドが胸の中を乱れさせる。


 「ヴィグの兄ちゃんってのは、デカイな」

 「義兄だし。血が繋がった兄じゃないし。大狼の氏族だからね」

 「ん? じゃあ、ヴィグは何の氏族なんだ?」

 「僕の家は白鷺。ほら、髪の毛銀色だろ? ご先祖様が西方の出身らしいけど」

 「確かにヴィグしか銀色の頭のやついないな。青の民は髭面とデカイやつ多すぎ」

 「髭面って……まぁ、クマリは髭の人が少ないよね。ツワン様ぐらいか」

 「馬に乗るのにデカイ奴ばっか」


 大あくびをして、しっぽでパタパタと僕を叩く。対面の儀の後、シンハは「人間が多いのはやだ」と駄々を言い、僕を連れて湖の小島に飛んでしまった。ミンツゥ様達に随行する予定だったが、シンハの気まぐれには逆らえず僕だけ別行動だ。これ以上暴走しないよう、サンギ様から指示。だから小島でシンハのブラッシングをして、ぼんやりとお喋りをしている。

 正直、助かった。あのまま義兄と顔を合わせるのも、気まずい。使節団の中で、何かを期待されてる仕事もない。強いて言えば、青の民の長とミンツゥ様を互いに紹介する事ぐらい。

 僕の仕事は、ほぼ終わったようなものだ。多分。もっと役に立ちたいけど。


 「シンハ……ありがと」

 「ふん。別に何もしてないぜ」


 風に揺れる水面を眺めてシンハの背中に顔を埋めた。柔らかな日向の匂いと、体温が心地好い。

 

 「ヴィグは、気にしすぎ。義兄貴やらに何か言われるのとか、付け襟の連中に陰口言われるかもとか考えてるんだろ」

 「……鋭いなぁ」

 「人間ってのは面倒なこと考えてるからな」


 シンハは、僕の心の中までお見通しらしい。

 結局、義兄の視線から逃げてしまったのも、ばれていた。金色の毛の中で深呼吸をして、背中を撫で、耳の後ろを爪を立てて掻く。気持ち良さげにしっぽを振る仕草を眺めて、も一度深呼吸。


 「まぁな、あの義兄貴、すんげー威嚇してたし」

 「悪い人ではないよ、多分」

 

 姉様が好いた御仁。だから、悪人ではない、はず。そこは信じてる。


 「けどさ、会うたびに、何か怖いんだよ」

 「そりゃあんなに周りの精霊が緊張してたら、嫌だろ」 

 「精霊が緊張してたら? 僕、精霊見えないから分からないよ」

 「そりゃ『器』だからな。でも、だからだよ。『器』ってのは、精霊を呼び込むからな。ヴィグの意思なんて関係ない。精霊が『器』に魅了されちまう。兄貴の周りの精霊も、ヴィグに引き寄せられるのを兄貴が気迫で引き留めてるんだ。だから、ヴィグが威圧を感じるんだよ。俺の精霊を取ってくなって、兄貴が慌ててるのさ」


 僕が精霊を魅了する? 『器』だから? 


 「ヴィグの体から聞こえる音は心地好い」

 「僕は精霊見えないのに……周りにいるの? 」

 「そういうこと。ハルルンやミンツゥは最高だぜ? 体の音と魂の音が綺麗に調和してるから、ホント最高。聞かせてやりてぇよ」

 「へぇ……ハルキ様の三線よりも? 」

 「ああ、三線の音色によく似てる」

 「納得。なら、最高」

 

 美しく澄んだ音色と不思議な旋律を思い出して、金色の毛の中で笑うと、くすぐったいのか、シンハも笑う。耳の後ろも首の後ろもくすぐって、じゃれあって転がる。暖かな陽射しと草の香りが心地好い。


 「ハルキ様も来れたら良かったのにね」

 「ホントになー。こんなに綺麗な場所なのになー」


 今頃、何してるかな。ご飯、ちゃんと食べてるかな。

 ハルキ様を思い出して、シンハの毛並みを撫でてると、風の音にのって人の声が聞こえる。シンハの耳もピンと立つ。


 「ヴィグ、お前に客みたいだぜ」


 向こう岸に目をやれば、懐かしい人影が大きく手を振っている。


 「知り合いか? 」

 「スレンだ。義兄の右腕の弟。……あれ? トヤおば様もいる」

 

 懐かしい顔に、心がふわりと浮き立った。




 竈がずらりと並んだ天幕の中に案内される。芳ばしい肉を焼く匂いにお腹が鳴りそうだ。シンハがキョロキョロと周りを見渡し、歩みが遅くなるのに合わせて横を歩く。先導するトヤおば様が少し離れながらも立ち止まった。


 「本当に、こんなことを聞くのがいいか分からないのだけど……でもヴィグがいてよかったわ」

 「僕で役立てる事なら……話せる事なら、大丈夫だよ」

 「その、星獣様は、いいのか? 」

 「僕はこちらの星獣のお付きだから、僕が動くなら一緒に来ていただくしかないし」

 「星獣様、このような場所にお連れして申し訳ありません」


 シンハがハルキ様の星獣だというのは、今は伏せておこう。シンハも何も言わず、興味津々に周りを見渡し匂いを嗅いでいるから、傍に寄り添い、離れないようにしよう。

 トヤおば様が丁寧に頭を下げる。シンハは一瞥して僕にすり寄って僕だけに聞こえるよう囁いた。


 「許す。ヴィグが慕っているようだからな。なぁ、ヴィグ、こっちは頭が高いから気に入らんな」


 不機嫌そうに鼻を鳴らされて勘づいたらしい。スレンは慌ててトヤおば様と並んで頭を垂れた。窮屈そうな様子にまた背が伸びたのが分かる。微動だにしない畏まった様子に、シンハの耳元で「悪い奴じゃないよ」と囁くとそっぽを向いた。気に入らないけど、許すという事かな。

 お礼を兼ねて、シンハお気に入りの首の後ろを撫でるとしっぽを振りだす。笑っておば様とスレンに顔をあげるよう促した。


 「どうしたの? 厨房でしょ、ここ」

 「そうなの。クマリの方々にお出しする食事で迷ってしまって……ほら、味の好みの細かいところが分からなくて困ってたのよ」

 「あーーー」


 なるほど、そういうことだ。

 青の民は肉を中心に食べる。しかも生肉も好む。乳製品も好むし、臭いの強い発酵した食品も沢山ある。クマリのような穀物や野菜を中心とした淡白な食事は想像もつかない。人づての知識では味付けが心許なかったのだろう。青の民は基本、何処に行っても自炊。僕のように他の領地でその土地の生活をする者は稀だ。

 素早く大皿に盛られた肉を見れば案の定、肉汁が滲んで半生のようだ。ありゃりゃ。


 「肉は中までしっかり火を通して下さい。魚があれば、そちらも焼いてお出しすると喜ばれます。名代のミンツゥ様は、成人されたばかりですから、お酒よりお茶を。果物は食事の後にお茶と一緒に出してください」

 「お茶にバターを入れるのは? 」

 「まず入れません。塩も入れません。乳は、お好みで入れる方もいます。別にしてお出しすると、好む方はご自分で入れると思います」

 「なるほど……では、このスパイスは」

 「強いかなぁ。本当に塩で軽く味を整える程度で良いですよ」


 僕の助言で慌ただしく厨房が動き出す。トヤおば様が胸を撫で下ろして、お礼もそこそこに厨房の中心になって人々の間を走るように働き出す。一言、スレンが一旦外にで出ると伝えて天幕から歩いていく。


 「助かったよ。こういうの、馴れてないから」

 「クマリの皆も馴れてないから。使節団なんて初めてらしいよ。少しの不手際はお互いあるよ。僕もクマリ側が失礼をしないよう気を付ける」


  シンハがいるからだろう、反対側をさらに数歩離れてスレンが歩く。やっぱり、背が伸びてる。なかなか伸びない僕とは違い、もう頭一つ高い。大狼の氏族の血がなせる事なのかな。

 クマリに行く春先まで、武芸も共に学んだけれど、スレンは同い年の中でも群を抜いて上手かったし。もう、腰には立派な刀を提げている。


 「姉様は? 何処にいるかな? 」

 「奥方様は多分、迎賓の天幕。夜の宴の準備してる」

 「まだ忙しくて会えないか……」

 

 頭では分かっていても、気持ちは落ち着かない。早く会いたい気持ちばかり先走りそう。

 落ち着け、自分。

 頭を振って、深呼吸して、自分に言い聞かす。別の事を考えよう。


 「しかし、凄い天幕の数だね。これだけの準備、大変だったでしょ。こんなに歓迎してくれるなんて、クマリの皆もびっくりしてるよ」

 

 天幕の数も、一緒に移動してきた人も多い。これは三氏族ぐらい、一緒かもしれない。百人規模だ。

 天幕の間を歩いてると、星獣のシンハに驚いて遠巻きに見てくる視線を沢山感じる。クマリの装束をきた僕にも、視線が集まってる。白鷺の特徴の銀色の髪は、数少ないから目立つ上にクマリの格好だから、きっと長の義弟とすぐに分かってるのだろう。誰も近づいてこない。


 「ヴィグ、あのさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」

 「うん」


 スレンが周りを見渡しながら、それでも歩みを止めずに器用に囁いた。


 「クマリは、俺達をどうするんだ? 」


 聞き間違いだろうか。シンハがいて近づけないから、うまく聞きとれない。


 「双頭鷹の氏族が、ダジョー様のお怒りを買って壊滅したから、来たんだろ? 」


 双頭鷹の氏族が壊滅?! スレンの言った言葉が一瞬理解できずに、頭で何回か繰り返す。

 双頭鷹の氏族が壊滅って……。

 ダジョー様のお怒りって、まさか!


 「雲上殿に偵察に来た精霊って、双頭鷹が使役したの……?!」

 「ダジョー様のお怒りを、俺達も受けなきゃならんよな……」

 

 スレンの顔が、心なしか白い。太い眉が寄せられて、いつも強気な言葉しか出てこない口が不安を言葉にしている。


 「なあ、青の民は、どうなるんだろう」

 次回ですが、年を明けて 1月5日 水曜日 更新予定です。

 

 あっという間に、クリスマスに年末年始です。寒くなってきました。こんなご時世です。どうぞお身体気を付けて、お過ごし下さい。

 では、少し早いですが。

 来年も、皆様によいご縁がありますように。

 よい お年を。

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