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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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ヴィグの近習見習い日誌 9




湖の畔に設営された天幕の村に案内され、僕ら新生クマリ使節団は、割り振られた天幕で正装に着替えて最初の対談の刻まで控えていた。用意された天幕は新品同様で、中にはストーブが明々と燃えて全てが暖かく整えられていた。その心遣いはきめ細かく、ストーブの燃料はいつもの家畜の糞を乾燥させたものではなく、細く切ったマキ。心地よい木の燃える匂いだ。ストーブの上には大きなヤカンから湯気が立ち上ぼり、毛足の長い絨毯の上にはクッションが用意され、小さな机の上には数種類の木の実とチーズが置かれていた。一度だけ訪れた義兄の天幕に似た調度だ。華美ではないが、とても上質なものに溢れている。これは、向こうにもクマリの暮らしに詳しい人がいるんだろうな。ダワ様に言うと、小さく頷かれた。同じことを考えていたらしい。


 「このおもてなし、あちらも本気ですな」

 「そうでしょうね。事前に偵察するぐらいだもの」

 「気付いてたのがハルキ様だけとは、面目ない」

 「ハルキというより、エアシュティマス様が偵察に来た精霊に気付いて反復したっていうのが怖いわ。無茶苦茶やり返したわよ、多分」

 「……警備をもう一度考えておかねばいけませんな」


 正装に着替えたミンツゥ様が、侍女から木の小箱を受け取る。大事に膝に置いたはこの中にはハルキ様が何度も清書に挑戦して書き上げた国書が入ってる。これは、先日の伝書鷹の返事にもなる。

 先日、偵察で雲上殿をウロウロしてた精霊に気付いたエアシュティマス様は、その精霊を命令をした主に呪いをかけて返したらしい。その後に、やって来た伝書鷹には、丁重に青の民の長、義兄からの謝罪が書き連ねられ、さらに是非とも直接会いたいと書かれていた。大胆不敵。それに応えようとしたハルキ様も無茶苦茶だ。勿論、サンギ様達が大反対をして先ずは使節団を送り相手を見定めるということになった。 

 

 「警備ねぇ。あの方がいるなら、大丈夫な気もするわよ。即座にやり返したでしょ。一小隊壊滅してるんじゃない?」

 「そうでしょうね。これでは相手が無事では済まない気がします。やはり、警備は今一度考えていきましょう」

 「エアシュティマス様は軽く打ち返したつもりでも、相手には大きすぎる力だが……。それでちょうどいいんじゃないか?」

 「相手が亡くなったら、交渉も出来ませんよ」

 「さて、じゃあ、その偵察してきた相手と不可侵条約を話し合いましょうかね。最終確認しとこう。ダワ殿、準備は出来てるい?」

 「シンハ、周りの精霊は近付かないようにね。盗み聞きは御免よ」

 「オイラがいるのに近付く精霊ヤツ)なんざいねーよ。それよりもヴィグ、オイラも正装するから用意しろ!」


 ミンツゥ様の言葉を聞いてるのか、僕に毛並みを整えるようにブラシを何処からか出して咥えてくる。どっかりと絨毯の上に座り、僕にブラッシングを促してきた。呑気だなぁ。

 チラリとミンツゥ様達を見ると、笑って頷かれた。ここまで来たら、僕の役目はシンハのお守りだ。

 今回の視察団にシンハが参加したのは、勿論ダジョー・ハルキの名代の意味もある。ミンツゥ様でも十分だが、不測の事態には全ての精霊を従えられるハルキ様の星獣シンハと一緒にと、ハルキ様が判断した。主のハルキの側から離れるのを相当ごねたシンハは、同行の条件として僕にお守りを命じた。何故か解らなかったけど、僕がダジョーの『器』なら納得だ。僕からハルキ様の気配を感じるから安心するのだろう。

 だから僕の役目は、シンハのお守り。思う事はあるけれど、与えられた役目は懸命に何こなそう。いざ、ブラッシング!

 シンハが尻尾を揺らしてご機嫌になったのを確認して、ダワ様が懐から幾つかの紙を取り出し広げた。


 「今クマリ周辺の危機は、街道を軍隊が進軍した場合の国防です。先の戦では、後李帝国の動きを直ぐに察知出来なかった事も大きな敗因です。失敗を繰り返さない為にも、北の守りを強固にしなければなりません」

 「ハルキ様は、いずれ後李とエリドゥとの事を考えての、今回の不可侵条約だろうなぁ」

 「全く何処まで考えてらっしゃるのか空恐ろしい」


 サンギ様達が唸って地図を睨む。

 そう。青の民と急ぎ条約締結する意味は、貿易の為ではない。北の高原の支配者である青の民を味方にする事だ。だが、遊牧の民故に国境の意識が薄い。まず、今は神苑の森を中心にぼんやり存在する境目を国境として定め、北からの侵入口の街道を青の民に維持管理してもらう。

 あわよくば、街道を栄えさせ、友好を結び、同盟を結び、クマリの経済圏を大陸の東西へ伸ばす。その過程で両隣の大国の情報も入手しやすくなる。今回の条約は、戦をするにしても、避けるにしても、重要な意味が生まれる。

 この考えをハルキ様が話したあの日、ただ驚いた。国内を安定させるだけで大変なのに、既に先を見通して考えている。ハルキ様は、いずれ後李とエリドゥと事を構えるつもりだ。現に後李帝国へ幾組もの密偵を放っている。


 「青の民は貧乏なのに、同盟結んでいいのかな……」

 「貧乏か豊かかは、この場合関係ないよ。この土地の政治的意味だから……ってハルキは言ってたわ」


 何気なく呟いた言葉に、ミンツゥ様が答えてくれた。

 青い浄眼が、真っ直ぐに其々の目を見据えていく。それは、ハルキ様とよく似た仕草。


 「ハルキ様に大国二つと戦をするつもりなんか、ないと思うわ。戦なんてお金かかることして消耗し尽くしたら、また一から国を立ち上げるのよ。あんな大変な仕事、またやるなんて御免よ」

 

 今もまだ大変なのに。

そう愚痴って、首を鳴らす。簪がサラサラと音を鳴らした。美しく刻まれた銀の細工が、天幕からの柔らかい光に細かく反射する。


 「これから起こりうる災難を避ける為にも……最小限に抑える為にも、味方は必要。青の民には、街道を抑えるだけの力がある。それで充分。国として大きいとか豊かとか、関係ないわ。馬を自在に操り草原を庭とする青の民は、二ライカナイ船団と同じじゃない? ハルキ様はそう考えてると思うわ」

 

 ニッコリ笑って国書を入れた箱を撫でる。いとおしそうに、そっと。


 「条約締結を目指す。それは勿論だけど、大事なのは、クマリと青の民の皆にとって良い事になるように話し合いをするんだから。両方の民が、上手くお付き合い出来るようにの話し合い。だから、大丈夫」


 最後に、僕に笑いかけた。

 あぁ、青の民の僕に、笑いかけてくれたんだ。クマリの宮で働く『ヴィグ』ではなく、青の民の『ヴィグ』に。胸が熱い。涙が出そう。頷いてシンハの毛の中に顔を埋めた。僕は幸せ者だ。


 「 ブラッシングが終わったら『ネクタイ』を結んでくれよ。こう、格好良くな! 」

 「はいっ。任せて下さいっ」


 懐からハルキ様から預かった異世界の布紐をシンハの首に結ぶ。見たことのない艶やかな青い紐が金色の毛に映える。


 「ミンツゥ様も、すっかり大人になりましたな」

 「サンギ殿、ようございましたなぁ」

 「本当に子どもはあっという間に育つもんだねぇ」

 「な、何しんみりしてるのよっ。さ、行きましょ!」


 真っ赤になったミンツゥ様が立ち上がり、天幕の外へと歩き出す。外のざわめきが一層大きくなっていく。


 「 オイラ達も行こうぜ 」

 「……はい」

 「 大丈夫だ。何とか出来る 」


 何とかなる、ではなく、何とか出来る。

 その考え方が、たまらなく好きだ。自分の力で、変えてやる。未来も、周りの人達も。僕はそんな人達を見てきた。いつか、ミンツゥ様達のように胸を張って、道を切り開く人になりたい。その為に出来ることは、目を見開いて側で学ぶ事だ。僕には幸いにもそれが許されている。この幸運を掴まなくては。

 守るものが失くなった故郷を出て、僕が求められる場所を目指して新生クマリの官僚候補生の選抜を受けた。僕は、もう、子どもじゃない。あの時の子どもじゃない。きっと、あの義兄の前にも、向かい合える。

 シンハの首にもう一度顔を埋めた。日向の匂いを胸一杯に吸い込んで立ち上がる。


 「行こう」


 久しぶりの故郷と、未来の為に対面する。

今度こそ義兄を出そうと思ったのに…上手くいかなかった…。


 次回 12月15日 水曜日 更新予定です。


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