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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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ヴィグの見習い近習日誌 8


 

 頬切る風は清めの水のように、冷たく澄んでいる。冷えきった体は痛さも感じないほど。遠くの山々の頂きはうっすらと白くなり、まさに冬の準備を整えつつある。美しくも厳しい季節がやって来る。

 

 「湖の畔の約束よね! 」

 「はい! あの岩山の峯にそって西へ飛んで下さい! 真ん丸の湖があります! 」

 「そんなに怒鳴んな! わーーーってる! 」

 

 怒鳴ってるのは致し方ない。恐れ多くもシンハの背中にミンツゥ様と相乗りな上に、上空を疾走中だ。

 北の草原街道のミラ湖で、いよいよ新生クマリ初の条約会議が開かれる。草原の湖は森もあり街道にも近くで、上等な避寒地だ。そして義兄の氏族の領土ど真ん中。クマリは相手の陣中に飛び込んでいく。この初めて尽くしの状況に、使節団の選抜から会議に次ぐ会議と、派遣の準備やらで忙殺された。青の民の内情を知る僕も、ハルキ様と連日の会議に追われて、気づいたら使節団の一員になっていた。クマリと青の民を、何とか話し合いを進められるように仲を取り持たなければいけない。その為には、あの義兄と顔を合わせて話し合いをしなければならない。

 久々の故郷に心が踊らない筈はない。姉様にも弟にも会いたい。凄く会いたい。けど、その前には、あの義兄が立ちはだかるのだ。しかも、私事ではなく、重大な使命があるのだし。


 「先達だわ。ここで一旦降下しましょ。全団、降下! 休息を入れる!」


前方で白地に藍色で鷹を染めた旗を振る人を見つけたミンツゥ様が、素早く手を振り指示をだし、シンハが急降下する。胃がギュッと縮こまったのは、降下のせいじゃない。あぁ、こんな派手で、憂鬱な里帰りになるなんて……。




 峯の向こうは森と湖だろう。岩山の中腹で、五十人ほどが立ったまま水を飲んだり、何かしら軽食を取り出す。


 「ヴィグ、大丈夫?」

 「あ……ミンツゥ様、何か食べられますか? 軽い砂糖菓子ならハンナ様から渡されてますが」

 「違う違う。お腹が減ったわけじゃないの」


 袖の小包を出そうとしたら、慌てて止められる。首を傾げると、シンハが足にすり寄った。


 「 お前がボーとしてるから、ミンツゥが気を使ってるんだよ 」 

 「久しぶりの故郷なのに、元気がないのね。緊張してるの? 」

 「あぁ、まぁ」


 曖昧に笑って流すと、サンギ様とダワ様ツワン様までやって来る。最後の打ち合わせなのだろう。この休息を終えて峯を越えれば、青の民の陣中なのだから。「ハンナ様からの心遣いです」と、包みをあければ、厳ついツワン様の顔が綻んだ。


 「どうだ。久しぶりの里帰り、嬉しいか」

 「そうでもないようですよ。ヴィグ、何かあるなら今の内に話してよ」

 「いや、話すほどの事でも……」

 「義兄様の事? そんなに厄介な人なの? 」


 ミンツゥ様は聡い上に鋭くて困る。

 砂糖菓子をひとつ摘まみ、ため息出そうな口に放り込んだ。さて、どう話すべきか。


 「正直に言えば、義兄は苦手な人です。族長としても隊商の長としても、優秀だと思います。会議で話した通り、切れ者です。でも……」

 「身内にはしたくない……のかな?」


 ダワ様が繋げた言葉に、ドキリとする。

 

 「直に顔を会わす前に、思い込むのも駄目なんだけどね。長く商売してたから、何となく言いたい事は感じるよ。お姉さんと結婚を決める時に何かあったかい? 」


 サンギ様まで。

 何だろ。僕は、そんなに顔に出てるかな。


 「商売と恋路の進め方は似てるってね。何があったんだい」


 ここまで読まれてたら、話さない選択は出来ないな。

 もう一つ砂糖菓子を放り込んで、言葉を選んでいく。


 「僕の家は、両親も早く亡くなったし頼れる身内も無くて……たまに親戚が手伝いに来てくれたぐらいで、姉と弟と僕の三人で暮らしてたんですけど、そこに道に迷った義兄が一人で来たんです。でも、特に迷う場所じゃなかったんです。

見晴らしは良かったし、街道から遠かった訳じゃない。怪我してた訳でもない。でも、迷い人なら丁重に迎えるのが青の民の不文律ですから、食事も寝床も用意して、次の日には送り出しました」

 「で、終わったと思ったら、また来たと。あぁ、判ったぞ。姉さんが美人なんだな? 」


 ツワン様の言葉に、砂糖菓子を噛み砕いた。その通りなのが、本当に腹立だしい。


 「えぇ、姉は美人です。でも、両親がいない上に……我が家は、その、忌み家で、縁談はないと姉も言ってたのに、義兄は氏族名を名乗りもせずに、何度も来て弟と姉と仲良くなって、結局、姉を第一夫人に迎えたんです」


 それはあっという間だった。狩りの途中だとか商用だとか、何かと用事や口実をつけ、我が家へ足しげく通いつめ、一冬で姉を口説き落としてしまった。一冬で、姉と弟と家名を守ろうとした僕の居場所は、失くなってしまった。


 「忌み家? ヴィグの家が? 精霊に呪われた忌み家?」

 「僕も詳しく知りませんが、昔に精霊の怒りを買ったとか、何とか」

 「 いや、それはないわぁ。ないない 」


 シンハが、足元から大あくびをしながら答えた。大きく伸びをして、綺麗なしっぽを楽しげに揺らした。


 「 精霊は確かに怒ったけど、そりゃオユンに怒った訳じゃねぇよ 」


 オユンとは、誰ぞ。


 「 何だ、知らねぇのか 」

 「誰ですか? そりゃ、母方の名前と同じですけど」


 シンハの焦れったそうな様子。それに対してサンギ様達の苦笑い。助けを求めてミンツゥ様を見ると、侍女に髪を整えられながら呆れた顔をされた。


 「『器』の話よ。そのオユンは母方の名前でしょ? 母方のオユンという方が、先代のダジョー・オユン。ヴィグはそのオユン様の肉体に、よく似てるの。だから『器』。エアシュティマス様がヴィグを気に入っているのは、そういう事なの」

 「うつわ……?」


 ミンツゥ様の説明が、右から左へ流れてく。つまり、先代のダジョーは、母方のオユンの名前と同一人物で。僕の身体は、そのオユン様の身体とよく似ていて。魂は僕だけど、身体は先代ダジョーとよく似ていて、ということ?


 「精霊の怒りが家系に向けられていたら、こんなに早く器は産まれないだろうし……実家が忌み家って話も、違うんじゃないかしら」

 「そうさね。どうせ精霊と対話も出来ない世間が勝手な噂でも流したんだろ」

 「となると、義兄殿は忌み家じゃないのも判って婚姻をしたんだろな。長殿は、当然共生者だろうし」

 「そう、です。そう、ツワン様、義兄は確かに風の精霊の術者で、だから、まさか」

 「忌み家どころか、『ダジョーの器』がいる祝福を受けた家だよ。つまり、政敵になる面倒な親族もいない家に美人さんがいて、隣国の官僚試験に受かる賢い義弟が『器』なら、良いことずくめだな」

  

 つまり、義兄は、自分の得になると、全てが好条件と、判った上で、姉に婚姻を申し込んだと?! そりゃ、第一夫人の家が、祝福を受けた縁起いい家ならば、しかも厄介な親族はいないし? で、僕が『先代ダジョーの器』でクマリへ選抜試験受けたら、まず合格すると考えるだろうし。そうなるばクマリと交渉の場所に立てるかもしれないし? いや待て。僕が試験に受かったのは、『器』だったからなのか?! あんなに勉強したのに?!


 「あぁ、こりゃ、相当手強い交渉相手ですな」

 「切れ者だねぇ。ヴィグ、あんた苦労してるねぇ」

 「交渉は私達大人がしますから、ヴィグ君は久し振りの家族とゆっくりすればいいですからね」

 「ダワ……多分、ヴィグ、今、ゆっくりとかの気分じゃないわよ……」


 ミンツゥ様がぽんぽんと、肩を叩いて頭を撫でてくれた。何時もなら逃げる動作を、心ここにあらずで受け入れる。

 沸々と、沸き上がる感情をどう表すべきか。

 拳を握りしめ、食い縛った奥歯がギリギリ鳴る。


 「あんのクッソ義兄貴ぃぃぃぃい!」

 

普段は一度upしたものを訂正しないのですが、ヴィグが自分の事を「僕」から「俺」と言ってたので、慌てて直しました…。まだ中学生ぐらいのつもりなので、いや、そのぐらいの年なら「俺」でもいいのですが、「俺」を使用してる人物が多いので、あえて「僕」でいきます。失礼しました。その他、書き足りない部分も少し埋めてあります(義兄関係ですね)

久々に書くとこんな惨状か…失礼しました。


次回 12月1日 水曜日 更新予定です。

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