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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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 夏至祭3 目が覚めても夢の中 1

お久しぶりです。久々に上げます。

まずは、中途半端だった夏至祭を終わらせます。

 祭囃子が波音の合間に聞こえては消えていく。昼間煩かった海鳥もいなくなり、夜風と浜辺からの騒がしさが心地よく甲板の上を流れている。夕方の儀式の時にいた沢山の者達は、おそらく夜通し続く騒ぎに乗りに、役目の終わった者から小舟に乗り合わせて浜辺へと行ってしまった。船からだと、陸での騒ぎが夢のように思える。それも煌びやかな不夜城の夢だ。


 「ラヴィ、お待たせ」

 「ハルキ様。こちらこそ……食事中でしたか? 」

 「いや、もう食べ終わったよ。これはまぁ、お茶だから。飲む? 」

 「いえ、その、仕事中っす」

 

 背後から掛けられた声に振り向くと、いつ会っても変わらない穏やかな笑顔で甲板下から歩いてくる。精霊と唄える唯一無二の聖人は、人懐っこい雰囲気で船尾を指差した。見張り番と夜風に当たりに来た数人しかいない甲板だが、盗聴に気を付けなければいけない。風下へと歩き出す。やや後方に控えて歩くと、酒とは違う芳醇な香りが鼻をこしょぐる。ハルキ様が手に持った杯からだろう、新しいお茶かもしれない。


 「随分と早かったね。エリドゥから10日で帰ってきたって? ツゥエン爺さんが驚いてたよ」

 「師匠を驚かせられたんなら、頑張ってよかった。潮の流れを使ったんですよ」

 「潮の流れで? 良くわからないけど、それは星の航海師の腕の見せ所って事だな。ニヤニヤ笑ってるから」


 ちょっとした俺の工夫だから、得意にもなる。船乗りとしての器量を認められたようだ。


 「もう一人前だなぁ。で、ラヴィは出立式はするのか? ほら、今年から再開するらしいけど」

 「何ですか、それ。船団の話ですか?」

 「クマリの子は似たような夜越の儀をするらしいけど」

 「だから何ですか、それ」


 てっきりオレが知っていると思っていたらしい。聖下が簡単に説明をしてくれたが、ますます首を傾げてしまう。

 出立式は船団の風習で、十代の子供達だけで、二泊ほどの航海をする。昔は遠くの島まで半分命がけで航海をしたらしい。

 夜越の儀はクマリの風習で、これまた十代の子供達だけで神苑の森の中で7日間を身を清めて過ごすらしい。

 つまり、大人への儀式だと。

 そんな丁寧な儀式があった事すら知らなかった。オレは一応クマリ族だけど、エリドゥ育ちな上に河船の船頭してたからな。


 「こっちでも、こういう通過儀礼があるんだねぇ。思春期の衝動ってやつ? 盗んだ『バイク』で走り出したくなるってやつかなぁ」としみじみと聖下が頷いている。また訳の分からない異界語が混ざってる。じっと見てると、そんなオレの視線に気づいたのだろう。苦笑いをして首を振った。


 「俺が経験したのは、形ばかりの式だったんだ。晴れ着を着て、誓いを立てるってやつ。『校舎』の『ガラス』も割ったりしないよ。で、ラヴィは参加するのか?」

 「しませんよ。一応クマリ族だけど、海を生業にしてるし働いてますからね」

 「そうかぁ。出立式に参加するなら、ミンツゥと同じ船にしてもらえば心強いんだけど。参加、しない?」

 「だからしませんって」

 「さっきミンツゥと仲好かったのに? 」


 突然の言葉に足が止まる。船尾の柵に寄りかかった聖下が笑って振り返る。この人、沖で唄ってる時にどこ見てたんだ……っていうか、あの距離で見えてたのが怖い。

 どこから見てたのか、平静な顔を装って思い出す。あそこか、それともあれか。


 「ミンツゥ、最近は自分の感情を出さないんだ。『思春期』のせいだと思うんだけど……『環境』のせいもあるしなぁ」


 時折分からない異界語が混ざった声に、心配な色が混ざっている。心配は分かるが、ミンツゥがおかしいのは、貴方への恋煩いもあるんだけど……気づいてないだろうな、この調子じゃあ。

 失礼に当たらない距離まで近づくと、ふんわりと芳醇な香りに包まれる。


 「しばらくコッチにいるんだろ? 出立式に参加しないなら、せめて見送ってやってよ」

 「まぁ、そのぐらいは。でも怒られると思いますけどね」

 「怒るミンツゥが見れるなんて貴重だよ。可愛いだろ? 」


 杯を傾けて笑う仕草は、完全に人が悪い大人だ。まったく、酒でも飲んでいるのか。


 「そうやって幼気な青年を苛めていると、姫宮様に言いつけますよ」

 「……! 」


 腹立ちまぎれに言った言葉には、雷が落ちたかのような威力があった。

 一瞬で真顔になり、背筋が伸びて、青い目に光が宿る。その真剣なまなざしに、懐から今回の目的を取り出した。角が擦り切れて繊維が逆立っている小さな懐紙をそっと開けると、中に忍ばせた小さく折り結んだ文から僅かに乳香が漂う。


 「約束の御方からの手紙です」

「……元気そうだった?」


震える声で尋ねても、オレを見てはいない。心はすでに手の中にある。そこに書かれた愛しい人の言葉の一字一句に奪われた。

誰もが魅入る青い瞳に、めまぐるしく感情が流れる。陰ったと思えば、キラキラと輝きだす。そして、深く目蓋を閉じる。そこに見ているのは、囚われの姫宮。


 「聞かれても、オレは初対面だったから元気なのか分かりませんよ」

 「うん……だよね」

 「まぁ、普通っぽく見えましたよ」

 「……うん、とりあえず元気みたいだ。ありがとう。危険な事をさせちゃったね」


 渡した手紙は薄く小さな紙だったから、本当に短い文面しかなかっただろう。それでも宝物のように手で包み、押し抱いて微笑む。

 怖い。

 たった数行だろう短い手紙で満足できるほど、聖下は姫宮様に餓えている。

 たった一人の女性の為に、この人は異世界へ渡り、1つの国を復活させている。どこからその激情が湧いてくるのだろう。

 背筋に鳥肌がたったのを隠して笑い返す。

 

 「なんて書いてあったんですか」

 「それは国家秘密」

 「命張って届けたのに」

 「最高機密です」

 「どうせ惚気でしょ」

 

 いい大人が顔を赤くして本気で照れるところを見るに、本当に惚気だろう。

 付き合ってらんないよ、まったく。


 「で、これ何ですか。姫宮様、これ見ただけでオレが聖下の使者って判ったんですけど」

 

 首元に下げた紐を手繰り寄せる。現地で頼んだ女の乳飲み子に持たせた、穴のあいた黄色の丸く小さな金属。絵と文字らしきモノが刻印されている。刻印の隅も厚みも、素人目で分かるぐらい精巧に作られたのが分かる。これも異世界の物なのだろう。


 「コインだよ。御縁を結ぶ『五円玉』。ここだと、これ10枚で具なし饅頭が半分ってとこかな」

 「……小銭? こんなに精巧なのに、小銭? 」

 「気に入ったなら、あげるよ」


 気軽に言う様子に、躊躇う。

 コレを作るのに、どれだけの技術と知恵がいるんだろう。馬鹿なオレには想像出来ないぐらい大変で、時間が必要だってのは、分かる。それに、聖下にとって大事な故郷の物だ。それを貰って、オレが貰っていいのだろうか。

 じっと手の中のコインを見つめていると、不意に冷たい風が頬を撫でた。触れた肌の産毛が、逆立っていく。


 『 懐かしい匂いがする……良いな……良い匂いだ 』


 

 

 







 


次回、来週の9月8日 水曜日に更新予定です。

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[一言] お待ちしてました!待ってました!バンザーイ! もう10年近く経っちゃってたんですね。 改めて最初から読み返えさせていただきます!
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